51. アリーチェの日誌
『X月X日:最高の一日。文句なし』
『X月Y日:今日は全員が忙しい日だった。
会長/副会長:学校委員会対応
会計:部活動予算企画
書記:学校委員会議事録作成
庶務:備品整理、相談対応、害虫駆除 (アリーチェ)
』
――何これ、面白過ぎる。
クィアシーナは寝る前、生徒会館から持ち帰ったアリーチェの日誌を読んでいた。
さきほど会館で適当に捲って読んだときと同じく、日誌の書きムラが、不思議と読んでいて癖になる。
日付の古いページに目を通していると、当時のほうが、皆がやっていることはずっと大変そうだった。
(このときは、まだみんな二年生と一年生だったんだ)
おそらく、ダンテの生徒会が発足したばかりの頃。
年度途中での交代ということもあり、手探りで業務を進めていた様子が、行間から伝わってくる。
というのも、日誌には次のような記述があったからだ。
『Y月R日:
会長/副会長:過去資料捜索
会計:会長サポート
書記:会長サポート
庶務:会長サポート
』
(資料の捜索だって……)
そして、結局その資料は見つからなかったらしい。
それ以降しばらくの間、会長/副会長の欄には『資料作成』という記述が続いていた。
華麗な交代劇の裏では、間違いなく泥臭い仕事ばかりが積み重なっていたのだろう。
「それにしても、『害虫駆除』って……変なの。そんな頻繁に虫が出てきたの?」
庶務の欄には、度々『害虫駆除』という内容が書き込まれていた。
担当は決まってアリーチェで、その後ろには必ず謎の数字が添えられている。
例えば、(11-21)といった具合だ。
ときには、括弧が二つ、三つと並んでいる日もあった。
さらに、その書き込みがあった日付のページ端には、
小さなマークのような絵まで描き添えられていた。
それは蛇であったり、握り合った手であったり、
あるいは水が滴っていたり、火であったり――。
最初はただの落書きだと思っていた。
だが、よくよく見比べてみると、数字と絵は、かなりの確率で一致している。
(何か規則性でもあるのかな?)
一度気になり始めると、もう止まらない。
クィアシーナはページを行ったり来たりしながら、
何か法則や、ヒントになりそうなものがないかを探していく。
しかし、「これだ」と思えるものには、なかなか辿り着けなかった。
「誰か、このマークの意味を教えて……それか、取り扱い説明書をください……」
なんの気なしに呟いた独り言だった。
だが、その直後、クィアシーナは「あ」と小さく声を上げる。
もしかして、日誌以外の冊子に、ヒントがあるのではないだろうか。
数字が、何かのページ番号を示しているのだとしたら?
――生徒会館の、あの二階の棚に、答えが眠っていたりするのでは?
(もしそうなら、今日中に解決しないじゃん)
クィアシーナは、がくりと肩を落とした。
まだじっくり中を読み進めたい気持ちはあったが、「今日はもういいか」と気持ちを切り替え、素直に寝ることにした。
翌朝。
アパートを出てすぐのところに、人だかりができているのに気づく。
――朝から事件でもあったのだろうか。
そんな野次馬根性で中を覗き込んだのが、間違いだった。
「なんで……」
クィアシーナは、呟きを漏らしたあと、見なかったことにしようと踵を返す。
けれども。
「やあ。おはよう、クィアシーナ」
「⋯⋯」
彼は目ざとくクィアシーナを見つけ、人だかりを抜けて、彼女の方へと歩み寄ってきた。
近付いてくるのは、やたらに輝いている存在。
はっきりいって、彼はこの場から浮きまくっている。
彼は周囲から次々とかけられる声を、軽く手で制していた。
「ここで待ち伏せしてて良かったよ、いいタイミングだったね」
しかも、その人物は――どうやら自分を待ち伏せしていたらしい。
そんな展開を、いったい誰が想像できただろうか。
クィアシーナは「はぁ⋯⋯」と一息吐き、逃げるのを諦めて、疲れた様子で挨拶を返した。
「おはようございます……ダンテ会長。
……どうして、こんなところにいるんですか」
クィアシーナの耳に、ひそひそと囁く声が届いてくる。
「御学友かしら」
「いや、地味な子だし、殿下の召使いか何かじゃないか?」
残念。どれもハズレだ。
怪訝な表情のまま立ち尽くすクィアシーナの前に、ダンテが立つ。
彼は相変わらず、やけにキラキラした笑顔を向けてきた。
「君と一緒に登校したくて」
(どういうつもりなんだろ……)
――この王子様は、一体何を考えているのだろうか。
「いや、あの、なんで?
というか、護衛の方とかいなくて大丈夫なんですか? 危なくないですか?」
治安のいい学生街とはいえ、王子殿下が一人でうろついているのは問題だと思う。
クィアシーナとしては、至極もっともな質問をしたつもりだった。
「その辺に“影”がいるから大丈夫だよ。心配してくれて、どうもありがとう」
「……」
心配というか、なんというかである。
おそらく、ダンテの言う“影”とは、
見えないところで彼を警護している人たちのことなのだろう。
それでも、なぜ自分と一緒に登校しようなどと思ったのかは、
さっぱりわからなかった。
「ほら、遅刻してしまうよ? 早く学園へ向かおう」
確かに、ダンテの言うとおり、このままここにいても遅刻してしまうだけだ。
クィアシーナは釈然としない気持ちのまま、ダンテとともに通学路へと足を進めた。
「本当は、君の家のドアをノックしに行こうとしてたんだけどね。
色んな人に声をかけられて足止めをくらってしまって、できなかったんだよ」
「未遂で終わって、よかったです」
足止めをしてくれた皆さん、グッジョブである。
王子殿下に自分の部屋を覗かれでもしたら、お見苦しいものを見せた罪で裁かれるに違いない。
クィアシーナは、ちらりと隣のダンテを窺い見る。
今日も相変わらずキラキラしていて、柔らかな微笑みを浮かべ、どこか機嫌がよさそうにも見えた。
しかし、彼の行動には、必ず打算や計算がある。
それを、クィアシーナはよく知っている。
昨日、アリーチェのことを話したときだけは、本音を語っていたように思えたが、それ以外は、常に腹に一物を抱えている人物だ。
今回は、いったい何が目的で、朝から一緒に登校しようなどと思いついたのだろうか。
周りにいる登校中の生徒は、遠巻きに二人のことを見ており、非常に居心地が悪い。
「そういえば――」
おもむろに、ダンテが口を開いた。
「昨日、リンスティーがやけにフワフワした様子で寮に戻ってきてね。
……クィアシーナ、君、何か知らない? "女子の悩み相談"を彼にしたんでしょう?」
「……!?」
まさか、これを聞くためだけに、
朝から馳せ参じたというのだろうか。
(ほんと、面白いと思うことには全力なんだな)
「さあ、なんででしょうね。
昨日は帰りが少し遅くなってしまったので、もしかしたら、リンスティーさんも疲れていただけかもしれません」
実際、自分もリンスティーに送ってもらってから、しばらくの間は、どこかフワフワした気持ちでいた。
今まで経験したことのない、不思議な感覚が続いていたのだ。
シャワーを浴びたら、きれいさっぱりリセットされてしまったが。
もちろん、そのことを馬鹿正直に伝えるつもりなど、微塵もなかった。
クィアシーナのあまりにも無難な返答に、ダンテは「ふーん」と、つまらなそうな声を漏らす。
まだ何か言いたげなダンテだったが、クィアシーナは先手を打つことにした。
「リンスティーさんといえば――」
昨日から気になっていたことを彼に問いかけ、話題を意図的に別のものへと切り替える。
「ダンテ会長は、彼の義妹さんとは面識があるんですか?」
クィアシーナの不意打ちの質問に、ダンテがわずかに目を見開いた。
「……ガブリエラのこと?
リンスティーは、彼女のことも君に話したのか」
最後の言葉は、口元に手を当て、小さく呟くような声音だったため、クィアシーナにははっきりとは聞き取れなかった。
「はい、彼女のことです。その言い方だと……やはり、面識はあるんですね」
「ああ、もちろん。従兄妹だからね。
昔は『ダンテ兄様』なんて呼んで、よく懐いてくれていたんだけど……今では、さっぱりだよ。
今年からフォボロス学園に入学してきたというのに、ほとんど交流もない」
「そうなんですね……。あ、それで、」
クィアシーナは、そこまで言いかけて、口をつぐんだ。
――リストの件を聞こうとしたのだが、さすがに、これだけ周囲に人がいる状況で話す内容ではない。
ジェシーの忠告の件も含め、どこか別の場所で、きちんと時間を取ってもらう必要がある。
「今日のお昼休み、少しお時間をいただいてもよろしいでしょうか?」
「おや、ランチのお誘いかい?」
「まあ、そうですね。
場所は生徒会館の会議室で、いかがでしょうか」
「……了解」
これで、ダンテと二人きりで話す時間を作ることができた。
なぜか、少しがっかりした様子のダンテとは対照的に、クィアシーナは嬉々とした気持ちのまま、校門をくぐっていった。




