48. デートの定義
ダンテとの話のあと、二人はそれぞれ速やかに生徒会の仕事へ戻った。
クィアシーナは、発注していた文具の納品対応や、古い書類の廃棄など、細々とした作業をマグノリアンの指示を受けながら着々と片づけていく。
そして最後に、相談箱の確認をしたのだが――
朝に想定していたとおり、マグノリアンファンからクィアシーナ宛ての苦情が殺到していた。
会議室で顔を突き合わせ、その内容を確かめながら、二人はそろって苦笑いを漏らす。
投函されていた意見書は、どれもこれも、週末に二人で出掛けていたことに対するクィアシーナへの不満ばかりだった。
「いつの間にか、二人でいるところを見られてたんだな」
「まあ、あそこは学生街ですからね……
なんでも、ファンクラ部の誰かが目撃して、部内の連絡網で情報が回ったらしいですよ」
ララから聞いた話をそのまま伝えると、マグノリアンは
「連絡網って……マジか。連携プレーが過ぎるだろ」
と、やや引いた様子を見せた。
「前にも言ったかもしれませんが……生徒会のファンって、熱量がすごいですよね。
わざわざここまで来て、苦情を投函していくなんて」
少し呆れたようにそう言ってから、クィアシーナは続ける。
「それに、なんだか……マグノリアンさんのファンは本気度が高いというか……」
そう言いながら、クィアシーナは相談箱の中から一通の意見書を取り上げた。
『意見書(苦情):クィアシーナさんへ。私はマグノリアン様を本気でお慕いしています。あなたのお気持ちが遊び程度のものであれば、マグノリアン様のプライベートにまで近付かないで下さい。匿名希望』
このように、本人たちの切実な想いを綴った意見書が、他にもいくつも届いていた。
こちらとしては、ただ、先輩と買い出しをしただけで、お遊び程度の気持ちも何もないのだが。
しかし、ファンからしたら自分がマグノリアンにちょっかいをかけてるように見えたのだろう。
……全くもって解せないが。
マグノリアンもそれらの苦情を見て、「うーん」と悩まし気な声をあげる。
「実際、俺は他のみんなみたいに、ファンから頻繁に声をかけられるタイプじゃないんだけどな……。
でも、こうして見ると、俺にもちゃんとファンがついてくれてたんだなって、実感するよ」
「え? そうなんですか? 意外です……」
クィアシーナは、マグノリアンのファンも例に漏れず、積極的に声をかけてくるタイプばかりなのだと思っていた。
だが、ララたちの話によれば、マグノリアンのファンは“本気度が高い”者が多いという。
だからこそ、軽々しく距離を詰めるような行動は、かえって控えているのかもしれない。もしくは、ファンに話しかけられても、それらをファンと認識していないか、だ。
マグノリアンは、苦情半分・告白半分といった意見書をまとめ終えると、その束の一番上にあった一枚を見て、小さく笑いを漏らした。
「おい、これ見てみろよ。笑っちゃいけないんだろうけど……正直、ウケる。
この前のこと、おまえが俺に強要したってことになってるぞ」
「え? どれですか?」
クィアシーナはマグノリアンからその紙を受け取ると、書かれていた内容に、思わず握っていた指先に力がこもった。
『意見書(苦情):マグノリアン様に制服デートを強要するなんて、最低だと思います。悔い改めてください。匿名希望』
「何が悔い改めてくださいだよっ!」
憤りのあまり、クィアシーナは思わず大きな声でツッコミを入れてしまう。
それに呼応するかのように、マグノリアンはとうとう堪えきれず、盛大に吹き出した。
「ちょ、ほんと腹痛い……。ご意見どおり、悔い改めないとな」
「何をですか、何を」
心底、意味がわからない。
そもそも、あの場に二人でいたのは、お茶請けを買うという生徒会の仕事のためだ。デートなどでは決してない。
しかも制服だったのは、アリーチェの家に着ていく服がなく、クィアシーナの懐事情が寂しかったからに過ぎない。マグノリアンの厚意で制服になった――ただそれだけの話である。
「だいたい、デートでもないのに、どうしてここまで言われなきゃいけないんだろ……」
「え?」
クィアシーナの呟きに、マグノリアンが思いのほか大きな反応を示した。
「え、って……どうしたんですか?」
「え? いや、あれはデートだろ?」
「!?」
何を冗談を言っているんだ、と思った。
だが、マグノリアンの表情にあったのは戸惑いだけで、冗談めいた色は一切ない。
それどころか、よく見れば少しショックを受けているようにも見えた。
クィアシーナは基本的に空気を読む人間である。
咄嗟に、先ほどの発言を訂正した。
「すみません……あれは、れっきとしたデートでした」
その答えに安堵したのか、マグノリアンは「だよな」と小さく頷き、他の意見書へと視線を移した。
(え、なに……どういうこと?
天然? マグノリアンさんって、もしかして天然なの?)
真面目腐った顔をしてデート発言ときた。
あの日は、まったくそんな雰囲気では無かったはず。
それとも、自分のデートの定義が間違っているのだろうか?
改めてマグノリアンを見るも、すでに意見書を読むことに集中している様子だった。
――これは深く考えるだけ無駄だ。
クィアシーナは「他に何か要望はありましたか?」と話題を切り替える。
「ん? ああ。こっちは校内報への掲載要望だな。これはアレクシスさん行き。
それと、校内美化運動の啓蒙活動に関する意見が一件。こっちはダンテさん行きで。はい」
マグノリアンは二枚の意見書をクィアシーナに手渡した。
どうやら、アレクシスとダンテの二人に届けてこい、ということらしい。
最初は何事も丁寧に説明していたマグノリアンだが、クィアシーナが"察するタイプ"だとわかってからは、段々と指示が雑になっていた。
「はい、持って行きます」
「それを渡し終わったら、今日はもう上がっていいぞ。俺も各部屋のゴミだけ回収したら終わりにするつもりだから。……とはいえ、もう下校時刻だけどな」
「わかりました。ゴミ回収、ありがとうございます」
そう礼を述べて、クィアシーナはそそくさと会議室を後にした。
部屋に一人残されたマグノリアンは、苦情の意見書の束をまとめてゴミ袋へと放り込む。
そして――
その場に、どさりとしゃがみ込んだ。
「あれ、デートだと思ってたの……俺だけだったのか……?」
先ほどのクィアシーナの言葉を思い返しながら、マグノリアンは一人、しばらくのあいだ、言いようのないモヤモヤを抱えていた。
◇
クィアシーナは、アレクシスとダンテにそれぞれ意見書を渡し終えると、帰り支度を始めていた。
そこへ目を付けてきたのが、どうやらまだ仕事が終わりそうにないルーベントである。
「ん、もう庶務の仕事は上がりか?」
「はい。あとはマグノリアンさんが各部屋のゴミ回収をしたら終わりだそうです」
「よし、じゃあ手伝ってくれ。この書類をファイルに日付順で挟んで、元に戻しておいてくれないか」
そう言って示されたのは、ルーベントの机の上に、ぐしゃぐしゃに散らかった書類の山だった。
(う、うわー……めっちゃ汚い……!)
「おい、あからさまに引かないでくれよ……」
「あ、すいません、思わず。じゃあこの書類とファイル、いったんこっちに引き取りますね」
クィアシーナは散らばった書類をまとめ、ファイルとともに自席に移動する。
どうやったらここまで散らかすことができるのだろうと、内心不思議に思っていると、
「彼の特技です」
とルーベントの隣に座っていたドゥランが、クィアシーナの心の中を読んだかのように返事をした。
確かに、そうなのかもしれない。せっかくファイルに閉じて見やすいようにしてあるのに、わざわざ全て取り出して作業をするとは……
いや、これ以上何も言うまい。
クィアシーナは、書類に記載された日付欄を確認しながら、それらを黙々と順に並べていく。
約一か月分の書類がばらばらの状態になっていたため、棚と机の間を行ったり来たりしつつも、作業自体は手慣れたもので、ほどなくすべてをファイルに収め終えた。
ファイルを手に、執務室の脇にある棚へ戻しに行く。
そのとき、会計棚に置かれたファイルが、年度も統一されないまま並んでいるのが目に留まった。
(嫌な予感……)
クィアシーナは、そのうちの一冊をそっと手に取り、中を確認する。
すると案の定、整理される気配もなく、ランダムに閉じられた書類たちがこんにちはしていた。
クィアシーナは、見なかったことにしようと、パタンとファイルを閉じる。
――と、その瞬間。
背後から視線を感じ、ハッとして振り返ると、そこにはルーベントが、にこやかな笑顔で立っていた。
「今度、暇があるときでいいからさ。そっちもよろしく!」
「…………わかりました」
見なければよかった。
クィアシーナは、心の底からそう思わずにはいられなかった。
今度こそ自席に戻って帰り支度をしようとするが、次は作業をしているリンスティーの姿が目に止まった。
(そうだ、帰る前に、リンスティーさんにリストの件を伝えておかなきゃ)
以前、彼の家を訪れた際、リストを入手したら共有すると約束していたのだ。
しかし、問題は――
みんながいるこの場で、どうやって彼に伝えるかである。
一緒に帰ろうと誘ってみる?
それなら、帰り道で二人きりになって話すことはできそうだ。
だが、ラシャトから「リストの扱いは慎重に」と言付けられている。
帰り道とはいえ、外でリストの話をするのは、あまり良くない気がした。
(であれば、いま、応接室に呼び出すほうがいいのかもしれない)
クィアシーナは不自然にならないような上手い言い訳を考えながら、リンスティーの元に向かい、声をかけた。
「あの、リンスティーさん」
「あら、どうしたの?」
リンスティーは手を止め、隣にやってきたクィアシーナに向き直った。
クィアシーナは彼の耳元へと身を寄せ、少し声のトーンを落として囁く。
「――女子の、悩み相談があります。下校まであと少しなのにすいません、手が空いたら応接室に来てもらえませんか?」
「えっ!?」
クィアシーナの誘い文句は、自分では完璧だと思っていた。
しかし、リンスティーだけでなく、それを聞いていた周囲の面々までもが、なぜかピタリと手を止め、不思議そうな表情でこちらを見ている。
「クィアシーナ……その相談相手、本当に合ってる?」
皆を代表してと言わんばかりに、隣の席にいたダンテが、やんわりと確認を入れてきた。
しかもなぜか、他の面々もダンテの言葉に合わせるように、うんうんと頷いている。
「え、はい。もちろんです」
「そ、そう……本人がいいって言ってるなら、いいか」
どこか釈然としない表情で引き下がるダンテを見て、クィアシーナの胸にも不安が広がる。
(あれ……私、なにか間違えた?)
「え、ええっと……そうね。手が空いたら行くわ」
「ありがとうございます。じゃあ、お待ちしてますね」
一瞬、執務室一帯に、なんとも言えない空気が流れた。
しかしクィアシーナはそれ以上深く考えないことにして、
「みなさん、お疲れ様でしたー」
とだけ言い残し、逃げるように部屋を飛び出していった。
明日からまた毎日更新に切り替えます。




