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44. クィアシーナはファンと意気投合する

ただの日常回です。

(あー、怖かった!!!)


クィアシーナは馬車から降りる際、

自身の気配を消すことに全力を注いだ。

背景に溶け込むように、まるで――

自分という存在そのものを、その場から消してしまうかのように。


馬車を離れ、人混みに紛れてしまえばこちらのものだ。

ありふれた容姿のクィアシーナは、とにかく見つかりにくい。

その点に関しては、妙な自信があった。


実際、挨拶当番に立っていたアレクシスとルーベントの二人にすら気付かれることはなく、“登校する生徒の一人”として、無難な挨拶を交わしてそのまま通り過ぎる。


教室に入って席に着き、ようやく気を緩めたそのとき――

後ろからやってきたリファラが、目を丸くして声を上げた。


「え、クィアシーナさん、いつの間に登校してたの?」


「おはよう、リファラ。今来たところだよ」


何気ない口調で、挨拶を返した。



クィアシーナは、囮役としては目立つほうがいいと理解していた。

しかし、アリーチェのように女子の妬みを買う目立ち方では、余計な敵を生むだけである。

犯人の目星がついている今、無駄な諍いは避けたかった。


そこで馬車を降りる際、必死に考えた結果が、“気配を消してやり過ごす”である。


(ビクターさんには申し訳ないことをしたと思うけど、仕方がない)


ふうっと安堵の息を漏らし、席につく。

先週はずっと挨拶当番だったため、教室に入るとすぐ授業開始、という日が続いていた。

しかし今日は、予鈴までまだかなり余裕がある。


一限目の授業の準備をしようとした、そのとき。

ララが凄い勢いで話しかけてきた。


「ねえねえ!  クィアシーナ! 週末のこと聞いたよ~。ちょっと詳しく聞かせてよ」


「週末のこと?」


ララの言っている意味がわからず、クィアシーナは首をひねる。


「休みの日のことだよー! クィアシーナ、デートしてたんでしょ!?」


デートと聞いて、クィアシーナは思わず椅子からずり落ちそうになった。


「デデデート!?

というか、そんな情報一体誰から!?」


「ファンクラ部のメンバーから、緊急伝達魔法で目撃情報が入ったんだよ。

メンバーは伝達魔法の連絡網を使って、生徒会役員の情報を共有してるんだ。

私は推しのアレクシス様だけじゃなく、全役員の連絡網に入ってるから、今回のことも知ることができたってわけ」


「そ、そうなんだ……。すごいね、ファンクラブのひとたちの情報網……」


なんとも恐ろしい集団である。

そして、いつの間に見られていたのだろうか。

リンスティーと商店街のあの店にいたのは一瞬だったはずだ。

買い物のあとはすぐに自分の家に移動した。

そんな一瞬の出来事を目撃され、しかもデートと間違えられるとは。


「それで、どうだったの?

仲良さげに歩いてたっていう話だったけど」


「いや……あれはデートとか、そういうんじゃないよ。

私が買い物してたときに、向こうも買い物してて、たまたま会ったっていうだけだし」


「え?  偶然会ったの?

でもさ、ごはん一緒に食べてたんでしょ?」


ララが、心底不思議そうな顔で首を傾げる。


「!

そんなところまで見られてたの!? ただ朝ごはんを食べてただけだよ」


「あ、朝ごはん……?」


「うん。朝ごはん。偶然会った店でジャムとかミルクとか買って食べたんだ」


「それって、どこで?」


「どこって、私の家――あ」


(しまった! バカ正直に話してどうする)


慌てるクィアシーナとは対照的に、ララの声音は低かった。


「クィアシーナ……それ、相手、誰?」


「え? 誰って……リンスティーさんだけど」


目撃されたのなら、当然知っているものだと思っていた。

しかし、その名前を聞いたララの目が驚きで見開かれた。


「連絡網で回ってきたのはね、

“マグノリアン様とクィアシーナのデート”情報だよ。

しかも、昼過ぎにランチしてたっていう……」


「!!」


完全に勘違いをしていた。


クィアシーナは、昨日、朝にリンスティーと会ったところを目撃されたのかと思い込んでいた。

しかし、まさか、ララが話していたのは、一昨日マグノリアンと学生街にいたときのことだったなんて。


ララの表情は笑顔だが、なんだかいつもより凄みを感じて見えた。


「……クィアシーナ、ちょっと、詳しく教えてもらいましょうか」


「怖い怖い! 待って、詳しくも何もないから!」


ずいずいっと顔を近づけるララに、クィアシーナの身体が後ろに仰け反る。


と、ここで本鈴が鳴りクィアシーナは一旦、事なきを得た。




「それで、どういうこと?」


クィアシーナにとって一旦は過ぎ去った話でも、ララからしたら終わってなどいない。


結局、次の休み時間、ララと、そして一緒に話を聞きたがったマリアに教室の隅に連れていかれ、朝話した件を詰められてしまった。


「マグノリアンさんとは、アリーチェさんのお見舞いに行った帰りに、生徒会の仕事で街をうろついてただけだよ。デートでもなんでもないから」


「ええ、私が聞いた連絡網の話だと、二人は制服デートしてたって。テラス席で仲良さそうにごはん食べてたって言ってたよ?」


「ごはんは食べたけど、デートなわけではないから。

みんなもファンクラブの先輩や友達とごはん行ったりするでしょ? それと変わらないよ」


実際、お茶請けの買い出しのついでにごはんを食べただけだ。

そこにラブは一切ない。

しかも、向こうは傷心中で草を頬張ってたくらいである。


「なんだーつまんない。でも、マグノリアン様ファンってガチの人が多いから気をつけてね」


「え、そうなんだ……なんかわかる気もする。どう気をつけたらいいかわからないけど、警戒しとくよ」


まだマグノリアンのファンを見かけたことはない。

しかし、真面目で誰にでも平等な彼のことである。

単なるファンではなく彼に本気で恋をしている女子のほうが多い気がした。


(今日の相談箱は、週末の件について溢れかえりそうだな……)


放課後のことを思い浮かべて気が重くなっているクィアシーナに、ララが朝に話していた話題を蒸し返した。


「マグノリアン様の件はわかった。

でもさ、リンスティー様の件について、まだ聞いてないんだけど?」


「え、なになに? リンスティー様がどうしたの?」


ララの言葉に、マリアが面白そうに身を乗り出す。


「聞いてよ、マリア!

クィアシーナったら、リンスティー様と朝ごはんを一緒に食べたらしいの。しかもなんと、クィアシーナの家で!」


「ちょ、声、声がデカい!」


「えええー!? 何それ!? クィアシーナ、あなた、前にリンスティー様の推しをやめたって言ってたけれど、あれって本命だったからってことなの!?」


「んん゛、待って、一旦落ち着こう!

ほんとに偶然成り行きでそうなっただけで、別に何もないから!」


彼のことは推しではあるが、本命などではない。

そこを勘違いされては困る。


クィアシーナは必死になって否定するが、否定すればするほど、ララとマリアの視線が鋭いものになっていく。


「でもさ、前も一緒に帰ってたし、なんか着々と距離つめてってるよね」


「いや、そんなことは……」


――ないとは言い切れない。


なんなら生徒会メンバーで一番仲が良くなったのはリンスティーと言っていいだろう。


「最初はダンテ殿下狙いかと思ったけど、そんなこともないんだね。

私、アレクシス様以外のメンバーとなら、クィアシーナのこと応援するからね!」


「私も、クィアシーナの本命がルーベント様以外なら心から応援するわ!」


「ほんと違うから……」


週始めだというのに、早速疲れが押し寄せる。

クィアシーナとて恋愛に興味が無い訳でもなく、フォボロス学園に通ったら普通に恋がしてみたいな、とは思っていた。


そう、「普通」に。


純粋庶民の自分が、生徒会のお貴族様と恋愛関係になりたいとは全く全然これっぽっちも思っていない。

大体、学園を卒業したら身分が違いすぎて、声をかけることも出来なくなる相手と恋愛なんて、将来性がなさすぎる。

クィアシーナとしては、学生時代のおままごとみたいな遊びの恋愛だとしても、現実味のある恋がしたかった。


「リンスティー様のファンの中でも、一年生のメンバーは色々と拗らせてるんだよね……。

だから、こっちもトラブルにならないよう気を付けてね」


「うん、わかった。

でも、私の中では、やっぱりリンスティーさんは推しなんだ。

だから、ファンクラブの“リンスティーさん推し”の人とも、一度会ってみたいな」


特に深く考えもせず口にしたクィアシーナだったが、

その何気ない願いは、思いのほか早く叶うことになるのだった。





「クィアシーナさんですか?」


「? はい」


昼休み、ララとマリアと第二カフェテリアでランチを食べているとき、見知らぬ男子生徒が三人、クィアシーナたちの席までやってきて声をかけてきた。


「あれ、スーニャたち、どうしたの?」


ララは眼鏡をかけた先頭の男子生徒を見てそう言う。

どうやら顔見知りらしかった。


スーニャと呼ばれた生徒は、軽くララに視線を向けてから言った。


「ララとマリアさんも一緒だったのか。

ちょっとクィアシーナさんに、確認したいことがあるんだけど……彼女と話をしてもいい?」


問いかけの形を取ってはいるが、その口調はすでに答えを待っているものではなかった。


「だって。クィアシーナ、どうする?」


「え!? あー、ええと……その前に、ごめん、誰?」


話がしたいと言われても、この人たちがどこの誰なのか、そして何の目的で自分に話しかけてきたのかがわからない。


クィアシーナが不審な目を向けると、男子生徒が慌てて名乗り始めた。


「ごめんね、急に。俺は一年Cクラスのスーニャ。それでこっちは同じクラスのトールとギリク」


スーニャが代表して自己紹介をし、横にいたトールとギリクも、クィアシーナに向けて軽く会釈をした。


「ついでに言うと、三人とも、私たちと同じファンクラ部の仲間よ」


マリアが興味なさそうに、さらっと情報を付け加える。


「え、ファンクラ部の仲間!?」


(というか、ファンクラ部って、男性メンバーもいたんだ)


「あ、よかったら隣、座る?

ちょうど三席空いてるし……いいよね?」


クィアシーナたちは、六人がけの席を三人で使っていた。

彼女の隣と、その向かいの席がちょうど空いている。


そう説明するまでもなく、ララとマリアも「いいよ」と頷いた。


「ありがとう」


三人は軽く礼を言って、それぞれ席に腰を下ろした。


「それで、クィアシーナさんに確認したいことがあるんだけど……

君、先週リンスティー様と第一カフェテリアで、お昼をご一緒したそうだね?」


スーニャは真剣な表情で、まっすぐクィアシーナを見て問いかける。

その内容から、彼らがリンスティー推しの面々であることを、クィアシーナは一瞬で理解した。


「う、うん……そうだけど……」


責められるのか、それとも詰問されるのか。

声のトーンからは判断がつかず、クィアシーナは肯定だけを返す。


――だが。


その返答に対する三人の反応は、クィアシーナの予想とは、まったく違うものだった。


「くぅっ! なんて羨ましい……!!」

「俺も彼女と同伴したい!」

「きっと、所作も美しく食事をしているんだろうな……」


三人は口々に感想を述べると、今にも身を乗り出しそうな勢いでクィアシーナの方へ向き直り、声を揃えて懇願した。


「お願いだ! よかったら、彼女が何を食べていたのか教えてくれないだろうか!?」


「え!? 食べてたもの? うーん、何だったかな……」


突然の質問に、記憶を手繰り寄せる。

あのときは、ダンテに個室へ連れて行かれたことで頭がいっぱいだった。自分が注文したものは覚えているが、彼が何を食べていたのかとなると……。


「あ! 思い出した! 名前は分からないけど、大きなステーキを食べていた気がする」


そうだった。

クィアシーナでは絶対に食べ切れないであろう大きさの肉を完食し、ダンテから「昼からよくそんなに食べれるね」と言われていたのを覚えている。


「ステーキか! ありがとう!」

「明日は俺たちも第一カフェテリアでそのメニューを注文してみよう!」

「そうだな、楽しみだ。彼女が食べたものと一緒のメニューを食べれるなんて……考えただけで幸せ過ぎる」


三人は、まるで何かのスイッチが入ったかのようだった。

その様子にクィアシーナがわずかに引いていると、隣のララとマリアもまた、何かヤバいものを見るような目で三人を見ていた。


(もしかして……拗らせてる一年生メンバーって、彼らのこと?)


少し頬を上気させた様子のスーニャが、クィアシーナにさらに質問を投げかけた。


「クィアシーナさん。よければ、彼女の食事中の様子について、もう少し詳しく教えてもらえないだろうか。ほんとうに、どんなことでもいいんだ」


「えー……」


プライバシーに関わることなので、あまり話さないほうがいいのはわかっている。それに、言い方に気をつけないと、マウントを取っているとも受け取られかねない。


クィアシーナは、どうにか当たり障りのない情報を絞り出し、三人へ伝えた。


「……食事のとき、髪を後ろで一つに結んでいました」


――すると。


「あの美しい髪が汚れないために……! 尊い!」

「なんて女子力が高い」

「結んだ紐になりたい!」


彼らの感想には、何ひとつ共感できなかったが、三人がいかにリンスティーのことを敬愛しているかはわかった。


「あの、私からも確認なんだけど、三人はリンスティーさんのファンってことであってる?」


今さらな質問ではあるが、念のため本人たちに確認してみた。

――そこに深い意味などなく、単なる会話の一環として聞いただけだったのだが。


「ファン……なんて軽い言葉で片付けないでくれるかな?」


スーニャはそう言って、眼鏡をクイッと指で押し上げる。


「うわ、面倒くさ……」


マリアが心底うんざりした声で呟いた。


「俺たちは、心の底からリンスティー様を愛し、尊敬し、そして憧れている。

彼女のすべては、俺たちのすべてと言っても過言ではない!」


「いや、過言でしょ」


クィアシーナは間髪入れずにツッコんだ。


「君が、性別を超越した至高の存在である彼女と、最近親しくしていることは知っている。

ファンとしては、本当なら見過ごせないところだが……」


「ぷはっ、ファンって、自分で言っちゃってるよ」


ララが吹き出しながら呟く。


「だが、俺たちは彼女が選んだ相手であれば、それを受け入れるだけの寛大な心を持っている!

だから、どうか――!」


そこまで言うと、三人は息を揃え、同時にテーブルへ頭をガンッと擦りつけた。


「彼女に関する素敵な情報がわかったら、ぜひ俺たちにも教えてほしい!」


「……」


クィアシーナたちのテーブルが静寂に包まれる。

ララとマリアは完全に白けた様子で三人のことを見ていた。


そして――


その中に、一人だけ、熱い眼差しを向ける者がいた。


(私……リンスティーさんの“推し”だなんて、甘っちょろいことを言ってたけど。本物は、ここまでの熱意がないとダメなんだ。

私には……覚悟が足りなかった)


彼らのあまりにも熱すぎる想いに当てられたクィアシーナは、完全に思考の方向を誤っていた。


「……わかった。私、もっとリンスティーさんの素敵なところを見つけて、あなたたちに教えるね。そして、一緒に彼の素敵さについて語り合おう……!」


「! 協力してくれるのか!」


「もちろん! 私も、生徒会メンバーではリンスティーさん推しだから! お互いに協力し合おうね!」


「……同士よ!!!!」


クィアシーナは、三人それぞれとガッチリと固い握手を交わした。

隣にいたララとマリアが白目を剥いていることには、まったくこれっぽっちも気づいていなかった。


早めにストックが溜まったので、2月まで月、金、日の週3回更新に切り替えます。

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