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42. 従兄弟の関係性

リンスティーが微笑む姿を見たとき、クィアシーナはふと気付くことがあった。


「あれ、でも、王弟殿下の子供ってことは……

リンスティーさんとダンテ会長は……」


「ああ、ダンテは俺の従兄弟にあたる」


やはりそうなのか。

いや、考えて見れば当たり前であるのだが。

でも、全く顔立ちの違う二人なのだが、柔らかく微笑むリンスティーの姿はどことなくダンテと血縁関係があることを連想させた。


(従兄弟同士だったから、余計に二人は気安い関係に見えたんだ)


「ちなみに、最初トラヴェの田舎に俺を迎えに来たのもダンテだった」


「え、それって、ダンテ会長が直々にトラヴェまでやって来たってことですか?」


「そう。お忍びみたいに変装してな。でも護衛をゴロゴロ引き連れたキラッキラした奴が、平民に紛れられるはずもなくて、町中が大騒ぎだった。

しかも、そいつが俺のところまで来てさ。『君が僕のいとこ? 一緒に行く?』なんて聞いてくるもんだから、

これ、買われるやつじゃないか? お貴族様こわって、全力で逃げた」


「確かに、それは逃げ出しますね……」


そして、容易に想像がつく。

平民に紛れて育った従兄弟なんて、ダンテにとっては最高に面白い逸材に見えたに違いない。


「まあ、逃げ出したものの、アイツの魔法で秒で捕まったんだけど。俺もそのとき生まれて初めて実際に魔法ってのを見た」


「リンスティーさんも、初めての魔法体験がダンテ会長の魔法だったんですね」


クィアシーナ自身も初めて見た魔法はダンテの浮遊魔法である。

どうやらダンテはその頃から自由自在に魔法を使っていたようだ。


「それから、その後はどうなったんですか?

公爵家のほうに移り住んだということでしょうか?」


「いや、それが、なぜかそのまま移された先が王城だった。

そこで教育を受けながら、ダンテの遊び相手を務めることになったんだ」


「お、王城ですか」


トラヴェの田舎町で暮らしていた少年が、いきなり王城で第二王子殿下の相手役――

それは出世というべきなのか、それとも不運というべきなのか。


少なくとも、気苦労の絶えない立場であることだけは間違いなかった。


「二年近く、徹底的に貴族としての教育を叩き込まれてさ。それから、ようやくシュターグ家に移り住んだんだ。

冷静に考えると、普通は逆だよな。まずシュターグ家でマナーを身につけさせてから、王城に上がらせるもんだろ」


「確かに、そうですね。よほどダンテ会長がリンスティーさんのことをお気に召したとしか……」


おそらくではあるが、ダンテが、珍しい毛並みの子を面白がって手元に置いていた――

そんな光景が、容易に想像できてしまう。


「あ、そういえばさ。ダンテのやつ、最初は俺のこと女の子だって勘違いしてたんだよ。ウケるだろ?」


「ええっ!? それ本当ですか!?」


「ほんとほんと。あいつさ、やたら俺に優しくて。でも、なぜか言葉づかいにだけは厳しかったんだよ。

『俺』なんて使うな、とか言ってきたり……」


リンスティーは苦笑しながら続ける。


「それから、女物のアクセサリーをプレゼントされたりもした。

最初は、そういうヤバい趣味のやつなんだと思ってたんだけどさ

……段々、本気で勘違いされてるって分かってきて。

さすがに全力で訂正したよ。でも、全然聞く耳を持ってくれなくて、裸を見せて、ようやく納得してくれた」


「割とガチなやつじゃないですか……」


クィアシーナは思わず引き気味に言う。


「え、当時のリンスティーさんって、そんなに女の子に間違われるような見た目だったんですか?」


「いや……まあ。あの頃はダンテより背も低かったし、声変わりもまだだった。

髪も切るのが面倒で、伸ばしっぱなしだったからな。

……間違えられる要素は、確かにあったかも」


「うわぁ……」


ということは、ペナルティで女装を指示したのも、当時のことを拗らせていたからなのかもしれない。


(もしかしたら、初恋の相手だったりして)


下衆な想像をするクィアシーナだが、あながち間違ってはない気がした。


「あ、もしかして――お嬢様リンスティーさんの口調って、そのとき仕込まれたものだったりします?」


「いや。あれは公爵夫人――義母上の真似だよ。仕草とかも含めて」


そう答えたリンスティーは、ふっと視線を落とした。


「とても気高い人でさ。

夫の昔の恋人の子供なんて、見たくもないだろうに……俺にも、自分の子供と分け隔てなく接してくれてる」


過去を思い返すように、彼は一瞬だけ言葉を選ぶ。


「あのふざけた魔法契約のペナルティで女装しなきゃいけないって分かったとき、最初は実家に相談したんだ。

シュターグ家の威信にも関わることだろうし……それに、どこかでダンテのお遊びを止めてくれるんじゃないかって、期待もしてた。

そしたら――」


リンスティーは、当時を再現するように淡々と告げる。


「『すべて私の真似をしていれば間違いないわ。やるなら徹底的に。そして、ダンテ殿下の御心を満たしておあげなさい』って義母上に言われたんだ。……覚悟を決めた瞬間だったよ」


それは命令でも、強制でもなかった。

けれども、


(公爵夫人、ちょっとノリが良すぎやしませんか!?)


良く言えば、器が大きいとも言える。

……が、それにしてもだ。

なぜ公爵家の人間は、誰一人として止めようとしなかったのだろう。


クィアシーナは気を取り直し、リンスティーに告げる。


「ええと……じゃあ、学園でのリンスティーさんの完璧なお嬢様姿って、公爵夫人のおかげでもあったりするんですね」


「そうだな」


リンスティーは軽く肩をすくめた。


「たまに言い方に迷ったとき、あの人だったらどう言うかな、って考えながら話したりする。

……ときどき、自分のアイデンティティを見失いそうになるけど」


そう言って、はは、と乾いた笑いを零すリンスティー。

だが、クィアシーナにはわかっていた。


その“お嬢様リンスティー”ですら、もう彼の一部になっていることに――

そして、当の本人だけが、それに気づいていないということに。



ベーグルを一口かじる。さっきより温度は冷めてしまっていたが、まだほんのりと温かい。


さっき使ってくれたこの魔法も、彼が貴族として引き取られてから、クィアシーナには想像もつかない努力の末に身に着けたものなのだろう。


「……」


食事の手を再開したリンスティーに向かって、クィアシーナは静かに告げた。


「やっぱり、私の推しはリンスティーさん一人です」


――昨日、少し絆されて、マグノリアンも自分の中の“推し候補”に入りかけていたことは、口が裂けても言えないが。


「え、あ、うん……ありがとう?」


突然のクィアシーナの告白に、リンスティーは明らかに戸惑っていた。


「恵まれた環境で育った人だから、完璧なお嬢様も演じられるんだと思ってたんです。でも、そうじゃなくて……あの姿は、弛まぬ努力の結晶だったんですね」


「いや、あそこに関しては、そんな大した努力はしてないんだけど……」


小さくツッコミを入れるリンスティーだったが、クィアシーナの耳には届いていない。


「私、心が決まりました」


ぐっと拳を握りしめ、宣言する。


「ファンクラ部に入って、全力でリンスティーお姉様を応援します!」


「待って、急に思考が変な方向に行ってないか!?」


「いいえ、これは前から考えていたことなんです。でも、やっと迷いがなくなりました。リンスティーお姉様が一番! お姉様こそ至高! ダンテ会長のファンなんて蹴散らしてみせます!」


「お願いだから本気で止めて!」


意思を曲げないクィアシーナと、それを必死で阻止しようとするリンスティー。

部屋の中は、しばらくの間カオスそのものだった――




「それじゃ、今日はありがとうな。最後は訳わかんねぇことになったけど、楽しかった」


お腹を満たしたリンスティーは、ちゃっかり片付けもしてからお暇すると告げた。


「こちらこそ、ジャムとか色々とありがとうございました。これでしばらくは朝ごはんに困りません」


リンスティーは自分が買っていたパンも、クィアシーナにお裾分けしてくれていたので、そのお礼を述べる。


すると、リンスティーは、クィアシーナの前でふっと腕を広げてみせた。


「?」


そのポーズの意図がわからず、クィアシーナは思わず首を傾げる。


「親愛のハグは? 挨拶のときもやるんじゃないのか?」


「えっ!?」


まさかのハグ待ちの姿勢だったらしい。


(……んん? なんで? この前、自分は“ザイアス式の挨拶はしてこなかった”って言ってなかったっけ!?)


からかっているのかと彼の顔を見つめるが、その表情は真面目そのものである。


「いや、ちょっとそれは……」

「何躊躇ってんだよ。よくやってたんだろ?」


躊躇うクィアシーナに、催促するリンスティー。

この前とは全く逆の状況だった。


どうしよう、とまごついているクィアシーナに、とうとうリンスティーが痺れを切らす。


「あーもう! じゃあ、こっちからやるからな!」


(そうだった……! この人、めちゃくちゃせっかちなんだった!)


騎乗のときも、転移式のときも、毎回リンスティーに急かされ、結局は向こうが先にアクションを起こしていた。


クィアシーナはそのことをすっかり失念していた。


一歩後ろに下がろうとしたが、もう遅い。

がばりと抱き込まれ、背中をぽんぽんと叩かれる。


「これであってる?」


「は、はい。あってます、たぶん」


ハグが合っているかどうかなど、正解も何もないのだが、とりあえず肯定しておく。


これまで、自分からリンスティーに抱きつくことはあっても、向こうから来られたのは今回が初めてだった。


身長差が大きいため、クィアシーナは彼の大きな身体にすっぽりと包まれてしまっている。


――ただの挨拶のハグの、はずなのに。


……長い。


「あの……もう、離してもらって大丈夫です」


「あ、ごめん」


リンスティーがクィアシーナから、ゆっくりと身体を離す。

その瞬間、いつもとは違う彼の香りがふわりと鼻先をかすめた。


(だめ。今のは挨拶。だからドキドキするな、自分。それに、この前は自分からハグしてたじゃない。落ち着け、落ち着け……)


長めの抱擁に、なんとか心を平静に保とうとするクィアシーナだったが、身体が離れた今も、距離の近いリンスティーを必要以上に意識してしまう。


顔に手を当て、火照った頬を冷やそうとする。

だが、手のひらも同じように熱を帯びていて、あまり意味はなかった。


下を向いて俯くクィアシーナに、リンスティーは彼女の頭上から、機嫌よさそうに呟いた。


「今日は、耳までちゃんと赤くなってる」


「やめてください。自分でもわかってます……」


声は次第に尻すぼみになっていく。

もはや、今の状況すべてが恥ずかしかった。

彼を意識してしまっていることも、熱くなった顔も、その全部が。


これ以上そんな自分を見られたくなくて、クィアシーナは逃げるように言葉を放った。


「それでは、また明日! よい休日を!」


「ん、また明日な」


あっさりと出ていったリンスティーを見送り、扉を閉めた途端、クィアシーナはその場に崩れるようにしゃがみ込んだ。


(恥ずかしさが、限界突破した)


明日、学園でリンスティーに会ったとき、自分は平静を装えるだろうか。


すでに彼は帰ったというのに、身体の熱は引かず、胸の鼓動はしばらく鳴りっぱなしだった。


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