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38. 彼女側の事情

使用人もすべて出払い、殺風景な応接室には、アリーチェとクィアシーナの二人だけが残された。


マグノリアンは執事に連れられ、別室へと下がった。

彼は、アリーチェがクィアシーナに何かしでかすのではないかと心配し、なかなか出て行こうとしなかったが、クィアシーナが「大丈夫ですから」と退出を促した。

アリーチェの雰囲気から、自分に害を与えるような気配は、まったくといっていいほど感じられなかった。


彼らが退出し、廊下の足音も聞こえなくなったあと――

アリーチェが、ようやく口を開いた。


「急にごめんなさい」


いきなり謝罪され、クィアシーナは「え」と小さく声を漏らす。


「でも、ダンテ殿下の指示で、あなただけに全部事情を話すようにと言われていて。だから、少し時間を取らせてもらったわ」


先ほどとは打って変わって落ち着いた様子のアリーチェに、クィアシーナも警戒心を解き、尋ねる。


「事情……ですか?」


「ええ、私の事情。……私も、あなたと同じ」


アリーチェは一拍置き、そして告げた。


「私も、あなたと同じ囮役よ。ダンテ殿下から契約を持ちかけられて、生徒会に入ってから――ずっとね」


「え!? な、ええっ!?」


(アリーチェさんが、囮役――!?)


クィアシーナは驚きで目をぱちくりさせ、思わず言葉を詰まらせた。

そんなクィアシーナの様子を見て、アリーチェはくすっと笑みを溢す。


「ダンテ殿下からの手紙には、新しくあなたが囮役になったことと、私は契約を満了したことが書かれていたわ。晴れて私はお役御免ってわけ」


「契約満了って……あの、アリーチェさまは一体どんな契約をダンテ会長としていたんですか?」


「『旧生徒会のメンバー三人が落ち着くまで、その身一心に周囲の嫉妬を受けること』よ」


「旧生徒会のメンバー三人……?え、それってマグノリアンさん、ビクターさん、ドゥランさんの三人ですか?」


「正解。あの三人は、前ジガルデ会長の代から、ダンテ殿下が会長になった新生徒会にも、そのまま続投することになったの。

その際、旧ジガルデ体制のメンバーや、その傘下にいた者たちから、執拗な嫌がらせを受けていたわ」


ここまでは、以前三人から聞いた話と同じだ。

三人とも嫌がらせを受け、それぞれ対処していたという。


「それで、ダンテ殿下はその嫌がらせをしていた連中を摘発しようとしていたらしいんだけど、あの三人はそれぞれのやり方で対処しちゃうものだから、証拠が出揃わなくて苦労していたらしいの。

そこで彼は、打たれ強い人間……つまり私をスカウトして、囮要員として新生徒会に入れたってわけ。

ダンテ殿下の目論見どおり、生徒たちの嫌がらせは、私に集中していったわ」


「なにそれ……アリーチェさんなら、嫌がらせに遭ってもいいってことだったんですか?」


「というよりは、一人を犠牲にして、みんなを救う? ……みたいな感じかしら」


アリーチェは、あっけらかんとした様子で、さらに話を続けた。


「私はもともと、庶民の通う学校に行っていたんだけど、二年ほど前かしら。

親戚の子爵家に養女として迎えられたのをきっかけに、貴族としての淑女教育も、魔法科もあるフォボロス学園に編入することになったの。


その編入試験の面接で、特技をアピールする場があったんだけど、そこで私は魔法を使ってみせた。

自分ではまったく気づいていなかったんだけど、私の魔力って、桁違いに強かったみたいで。

そこに目を付けたダンテ殿下が、私の転校初日に契約を持ちかけてきたの」


(どこかで聞いた話だな……)


編入試験のくだりから、クィアシーナは強い既視感を覚えていた。

けれど余計なことは言わず、続きを促す。


「それで、アリーチェさんは、その話を受けたってことですか?」


「その通り。なかなかに魅力的な内容だったから、二つ返事で了承しちゃったわ」


「魅力的な内容?」


「ええ。殿下の叶えられる範囲でお願いを聞いてもらえるっていうね」


「あー……」


結局、編入からの流れがほぼ同じで、クィアシーナは頭を抱えたくなった。

アリーチェはそんなクィアシーナに気付くことなく、当時の経緯を話始めた。


「当時、私は魔力に目覚めてからまだ日が浅くて、魔力を完全にはコントロールできてなかったの。

だから、きちんとした教育を受けるためにフォボロス学園へ転校してきたんだけど……」


アリーチェはそこで一度言葉を区切り、続けた。


「私が学びたいと思っていた治癒魔法は、この国ではまだまだ貴重で、基礎から学ぼうとすると、ここから離れた聖王国へ行くしかない、という話だった。

それでね、契約が満了した暁には、聖王国の学校への紹介と留学費用を工面してくれる、と言われたわけ。

そりゃ、食いつくでしょう?」


少し自嘲気味に笑い、アリーチェは肩をすくめる。


「だからフォボロス学園では、とりあえず一般教養科で淑女教育を受けて、その後、契約が終わったら思いきり魔法を学びに外国へ行く。そのことだけを胸に、ずっと頑張ってきたってわけ」


「ずっと……新生徒会が発足してからだから、約一年間もですか?」


「そうよ。本当は、前会長たち三年が卒業するまでの半年だけのはずだったんだけどね……」


アリーチェは含みのある言い方をしたが、すぐにそれを振り払うように、明るい声で続けた。


「でも、まー面白かったわ!

私、前に通ってた学校でも女子の陰湿ないじめに遭ってたの。あ、理由はただの女の妬みよ。だって私、この容姿だからめちゃくちゃモテるわけ」


さらりと言い切り、アリーチェは肩をすくめる。


「それで、つまらない嫉妬から嫌がらせを受けていたのよ。まあ、全部倍返しにしてたけどね。

でもフォボロス学園はさ、お貴族様がわんさかいるでしょ? しかも、魔法科でもないのに普通に魔法を使うじゃない。

やり口が汚いのなんのって……

でも、大げさに喚いて、何百倍も盛った被害者ヅラしてたら、私のファンの男どもがかばってくれるようになってね……。それが余計に女子生徒の反感を買って……もう、本当色んな意味で面白かったわ」


(いや、強い、強すぎるでしょ)


事前情報でそこそこ根が図太い人だとは思ってたけど、それ以上だった。


「あの、毒蛇を仕込まれたり、爆発したりとか、大けがを負いかねないものも中にはあったと聞いたのですが……」


「ん?ああ、そんなのもあったわね。でも、私、防御力には自信があったから屁でもなかったけど。

ただ、階段から突き落とされたてしまったのは、不覚だったわ。

後ろからドンって押されて、大分階下にいたとはいえ、あの急勾配で、さすがに死んだかと思った。マグが見つけてくれなかったら、もっとひどいことになってたかもしれないわ……」


アリーチェはそのときのことがよほど恐怖だったのか、身震いするような動きをして見せた。


「なんとかなって本当に良かったです……。

あの、そのときのことで一つお伺いしたいんですが、アリーチェさんは突き落とされたあと、本当に犯人を見ていないんですか?」


クィアシーナは、色んな人の証言が食い違っていた当時の状況を、改めて本人に確認したかった。

けれども、アリーチェから返ってきた返答は、前にマグノリアンが話してくれたものと同じものだった。


「見てないわ。右半身を強く打ち付けてたから、痛くて目が開けれなかったのよ。ただ……」


アリーチェが一瞬口ごもった。


「ただ?」


「あのとき、どこかで嗅いだことがある匂いがしたの。ほんの一瞬だったから、気のせいかもしれないけど」


「匂い?どんな感じのものでしょうか?」


「香水みたいな香りで、女子が好んでつけそうな甘い香りよ。でも、それが誰だったかまでは、覚えてないんだけど」


女子が好んでつけうな甘い香り。

クィアシーナのことを突き落とそうとしたダンからはそういった匂いは香ってこなかった。


(じゃあ、アリーチェさんを突き落とした人物は、また別の誰か……。いずれにせよ、自作自演説はこれで確実に消えた)


「本当は、ダンテ殿下も私たちの卒業まで犯人たちを泳がせるつもりだったと思う。けど、最近は度が過ぎていたというか……もう黙って見過ごせないところまで来てたみたい。私の階段事件も、下手したら私が死んでたかもしれないし……それに、実は、私の右手、完治は難しいみたい」


「え」


「医者が言うには、右手の神経に後遺症が残るって。でも、聖王国の治癒魔法を受けたら、治る可能性はあるんだって。

だから、私が休学してる間に、聖王国への留学と治療の手続きを進めててくれたみたい。さっきの殿下からの手紙に、いつでも旅立っていいっていうことと、これまでのことの謝罪と感謝の言葉が書かれてたわ」


「そんな……」


まさか、後遺症が残るほどの大けがを負っていたとは。

それはさすがにダンテが動くはずである。


ショックを受けた様子のクィアシーナを見て、アリーチェは首を横に振った。


「いいの。聖王国で学んで、自分の力で治してみせるから。もし治らなくても、リハビリを続けていれば、少しは動くようになるらしいしね。

それに、ラスカーダに戻ってきたときには、いい就職口を殿下が斡旋してくれるらしいわ。もうハラハラするような毎日ともおさらばできるし、全部ラッキーって感じ」


その表情は、どこか強がっているようにも見えた。

けれど同時に、きちんとこれからの人生へと目を向けているのも確かだった。


本当に強い女性なのだと、クィアシーナは改めて感心する。


「私はこのまま退学することになると思う。生徒会のみんなには一度挨拶しておきたかったけど……今生の別れじゃないしね。みんなにはよろしく伝えておいて」


「はい……わかりました」


「私がわざと周囲の嫉妬心を煽ってたことに、生徒会のうち何人かは気付いてたと思う。

リンスティー様は本気で私のこと避けてたし、マグは本気で私に説教してたけど。

でも、マグには本当迷惑かけたわー。私、庶務の仕事が好きじゃなかったから、掃除なんか絶対に手伝わなかったし。けれど、彼と過ごしてる時間はそれなりに楽しかったわ」


「あ、さぼってたのは演技とかじゃなく本当だったんですね」


「私、全部演技なんかしてないけど?

Aクラスの袋たちに鞄を汚されたときは、二人の袋をぐっちゃぐちゃに破いてやった上で教室の前で泣き叫んでやったし、Sクラスのジェシーに『あんたなんか生徒会にふさわしくない』って言われたときは新聞部にタレコミして脅されたって書けって記事にしてもらったし、生徒会のみんなは優しいから、女の武器を使って精一杯甘えさせてもらった。

私は、私がやりたいと思うことを自由にやってただけ」


「じ、自分の気持ちに素直なのはいいことですよね……。うん。」


おそらく、先ほどクィアシーナたちに杖や茶器を投げつけたのも、演技などではなく、本心からの行動だったのだろう。

応接室の調度品がシンプルな理由も、きっと家の者が彼女の癇癪への対策として、余計な物を置いていないからに違いない。


「ちなみに、ダンテ殿下の婚約者候補って吹聴してたっていうのは……」


「あれは殿下への嫌がらせよ。面倒くさいことを言って、困らせてやろうと思ったの。あの王子様、いつも自分の思うようにコマを進めるでしょう?

だから、いくら契約しているとはいえ、思い通りになんてなってやらない――それが私なりの抵抗だったわ。実際、ダンテ殿下の相手なんてお願いされても、死んでもごめんだもの」


「……」


ダンテの人を見る目は、確かにあったのだと思う。

誰よりも心が強く、誰にも縛られない奔放なアリーチェ。

色々とやらかしてはいたが、それでも契約を一年間も遂行してくれたのだから。


「そうだ、新聞部には本当にお世話になったのよ。ラシャトっていう二年生の部員がいるんだけど、彼には後日手紙を送ると伝えておいてくれない?

彼、私を貶める記事を書いたかと思えば、今度は私を庇う記事を書いたりして……あくまで中立の立場で、『アリーチェ』という存在を学園中に知らしめてくれたわ」


アリーチェはどこか満足げに続ける。


「おかげで私は生徒会の“弱点”として認識されて、色んな餌が食いついてきてくれたんだから」







帰り道の馬車は、とても静かだった。

マグノリアンは、先程から、頬杖をついて外の景色を眺めている。



あの後、応接室に再び戻ってきたマグノリアンに、アリーチェは学園を去ることを告げた。


「は!? なんであんたが学園を去らなくちゃいけないんだ!」


マグノリアンは敬語も忘れ、アリーチェに感情をぶつけた。


「なんでって、飽きたのよ。もう危ない目に合うのなんてごめんだわ。

それに、私、外国に行くことが決まったの。ラスカーダよりもいいところなのよ?羨ましいでしょ。

あんたはせいぜい残りの学園生活をそこの庶務代理と楽しみなさい」


彼女はあくまでダンテとの契約のことを他人に話す気は無いらしい。

どこの国に行くのかマグノリアンが聞いても、決して教えようとはしなかった。


「それは、もう確定したことなんですか?」

「ええ、確定したことよ」

「……俺、アリーチェさんが戻ってくると信じてました。辞めるだなんて……」


マグノリアンはぐっと拳を握り締め、アリーチェに視線を合わせた。


「あなたは、庶務の仕事をさぼりまくってたけど、絶対にその場にはいてくれて、俺のことを見守っててくれました。それに、たまに俺がミスったときは、ちゃっかり尻ぬぐいしてくれてることも知ってました」


アリーチェはマグノリアンの言葉に目を見開く。

まさか彼がそんなことを言ってくるとは思ってなかったらしい。


「俺は、そんなあなたのことが――」


「え、待って、あんた普通に後輩とかの前で何言い出そうとしてんの!?」


「――嫌いじゃありませんでした」



空気を読んで背景と化していたクィアシーナだったが、今の流れは完全に告白のそれだと思い、固唾をのんで聞いていた。


(……告白するんじゃないんかいっ!)


あまりにも肩透かしの内容に、思わず身体が仰け反りそうになった。


「そ、そう。私も、マグのことは可愛い小姑だと思ってたわ。……元気でね」


「はい、あなたも。……またいつか、お会いしましょう」


そうして二人は、子爵邸を後にした。




きっと、色々と思うところがあるのだろう。

屋敷を出てから、ずっとマグノリアンは寂しげな表情を浮かべていた。

クィアシーナは、そんな彼にかけてやれるような、うまい言葉を見つけられなかった。


馬車に揺られ、王都の端から端へと移動する。

一定のリズムで揺れる車内で、いつの間にかクィアシーナは目を閉じ、眠りに落ちていた。



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