36. お見舞いの道中
クィアシーナは、ラスカーダ国の公共交通インフラはとても遅れていると思っている。
基本、移動は馬と馬車。
庶民の間では自転車もそこそこ利用されている。
それから最近になって、一部で普及し始めたという転移式。
――以上。
列車が走っている領地もあるにはあるが、王都にはない。
理由としては、レール建設工事の計画段階で「景観が損なわれる」だの、「騒音問題が発生する」だのと、猛烈な反対に遭ったかららしい。
――その結果として考え出されたのが、転移式である。
はっきり言って、技術が飛躍しすぎだと思う。
隣国ザイアス国では、魔動力を原動力とする「車」という乗り物が、近年では移動手段の主流になっていた。
早くラスカーダ国にも輸入して、広く普及してほしい。切実に。というのも――。
「馬車って、やっぱり時間がかかりますよね……。ザイアス国みたいに車があったり、その隣国みたいに飛獣がいたり、もっと交通手段のバリエーションを増やしてほしいです……」
「ラスカーダは歴史が古いからな。新しいものを取り入れるのに、どうしても時間がかかるんだ。俺も昔、ザイアス国に遊びに行ったときに車に乗って、感動したよ。こんなに速くて、しかも乗り心地のいい乗り物があるのかって」
「マグノリアンさんが将来偉い人になったら、ぜひ我が国の交通機関の大改革をお願いします」
「偉い人って……。それ、絶対俺じゃなくてダンテさんにお願いしたほうがいいだろ」
クィアシーナは今、お見舞いの品となるメッセージ台紙を手に、マグノリアンと二人で馬車に揺られていた。
アリーチェの療養先は、彼女の実家である子爵邸だった。
場所は王都のはずれにある。学園もまた王都外れの森林地帯に位置しているが、子爵邸はそこから正反対の方角――馬車で三時間ほども離れた場所にあった。
馬車についてはダンテがあらかじめ手配してくれていたため、乗り継ぎをすることもなく、学園近くから直接子爵邸へ向かうことができた。
もちろん、それは非常にありがたいものだった。先方への連絡といい、すべてダンテ殿下様々である。
だが――いかんせん暇すぎた。
まさかそこまで遠いとは思っておらず、暇つぶしになるようなものを何一つ用意していなかったのだ。ちゃっかり本を持参しているマグノリアンは、さすがと言えるだろう。
手持無沙汰なクィアシーナは、先ほどからずっと、窓の外を流れていく風景をぼんやりと眺めていた。
「そろそろ景色を見るのにも飽きてきました……」
クィアシーナは制服のリボンの端を指でいじりながら、つまらなそうに呟く。
ちなみに、二人は休日にも関わらず制服姿である。
理由は簡単、クィアシーナが貴族の家を訪問するような私服を持っていなかったためだ。
そのことをマグノリアンに相談したところ、「二人とも制服でいいんじゃないか?」と提案してくれたので、二人揃って学生服を着ていた。
「魔法で、馬車の速度をはやめるっていうのはいかがでしょう?」
「できるかもしれないけど、馬がバテるだろ」
「確かに。じゃあ、バテないように、回復魔法をかけながら……」
「治癒魔法はめちゃくちゃ貴重だから、馬に使う前にもっと必要とする誰かのために使うんじゃないか」
「確かに……」
クィアシーナの貧弱な頭では、残念ながらマグノリアンに即却下されるような案しか出てこない。
せめて転移式が一般家庭にも広く普及してくれれば、交通、ひいては流通業界に大革命が起きるのではないだろうか。
そんな未来が早く来て欲しい。
「そういえば」
マグノリアンは読んでいた本をいったん閉じ、暇を持て余して今にもどうにかなりそうなクィアシーナに声をかけた。
「昨日、結局リンスティーさんと……じょ、女子会、したのか?」
「え」
……女子会。
あれは、果たして女子会だったのだろうか。
彼と買い物をして、家で男の手料理を振る舞って貰って、事件の犯人について話し合う会。
改めて振り返ると、なんてカオスなんだろうか。
「女子会というか⋯⋯なんていうか、もっとこう、ごった返した会でした」
「なんだそれ。具体的に何やったんだ?」
「食材を買い出しに行って、私の家でごはんを作ってもらって、それを食べながらお喋りしてました。それで――」
親愛のハグを交わしたあと、リンスティーは片付けを済ませると、そそくさと帰ってしまった。
余った食材は本当にすべて置いていってくれたし、作った料理に関しては、あの量をすべて完食していた。
あの細い身体のどこに入っていったのか――クィアシーナには不思議でならなかった。
「え、おまえの家で!?」
「はい。私の家で」
「二人で?」
「二人で」
マグノリアンは口に手をあて、「あの人マジで何考えてんだよ」と呟いた。
「おまえリンスティーさんと仲良いよな。この前も……女子会、してたし」
マグノリアンは女子会というワードに躊躇いがあるのか、さっきから女子会と言うたびに言葉に詰まっている。
「? そうでしょうか。向こうも仲良しと思ってくれてるならいいんですが……私、彼推しなんで」
「んん? 推し? ていうか、彼って知ってたのか。ずっと女子会女子会って言ってるから、まだ気づいてないのかと思ってた」
マグノリアンはさっきの言いずらそうな雰囲気から一転、ほっとしたような表情を見せた。
リンスティーが男性であることを、クィアシーナに隠していたほうがいいのか、ばらしても大丈夫なのか、ずっと様子を伺っていたようだ。
「最初はすっかり騙されてましたけど。だってリンスティーさんってめちゃくちゃいい匂いがするし、スタイルも完璧だし、声も可愛いし」
キツめの顔立ちの凛とした雰囲気のお嬢様。
ダンテ王子に並び立つのに一切の遜色なしである。
地声は低いバリトンボイスだけど。
「ただ、あの人たまに雑な動作しますよね。
無意識に髪を掻き上げる仕草とか、たまに足を広げて座ってるところとか、めっちゃ男だなって思う時があります」
「おまえの観察眼すごいな。そんなこと全く気が付かなかったよ。むしろたまにこの人って本当に女性だったんじゃなかったっけ? って勘違いしそうになるんだけど」
「あ、その気持ちもすごくわかります。初めて男性ってわかったとき、『なんでお姉さまじゃないの!』って泣きました」
彼との第一回女子会の思い出は、涙涙のしょっぱい思い出でもある。
「泣いたんだ……。
今年の一年が入学したときも、同じような現象が起きてたよ。美貌の生徒会の副会長に告白して、撃沈するっていう男子生徒が跡をたたなかったんだ。
相談箱にも『なんで彼は女性じゃないんだ!』って理不尽なクレームが多数寄せられていたくらいだし。
今はもう公然の秘密みたいになってるから、そんなクレームも無くなったけど」
「なんせ理想のお姉様ですからね~」
そういえば挨拶当番で貢物をしていた生徒の中には、男子生徒も何人かいた。まだしぶとく想いを寄せている人も、中には残っているに違いない。
(でも、元の彼を知ってる人からすればどうなんだろ?)
「マグノリアンさんは、昔のリンスティーさんの姿って見たことあるんですか?」
「ある」
「え、うそいいな!どんななんですか?」
「どんなって、普通に今の男版だよ。長身の美人」
「おお……それは見たい……」
「俺と年もそんな変わらないのに、ダンテさんの側仕えをしててさ。初めて王城であの人を見たとき、男の俺が見惚れるくらいカッコいいと思ったよ。
でも、留学から帰ってきたあの人を見たとき、腰を抜かしそうになった」
「あ、やっぱり驚いたんですね」
「そりゃそうだろ。密かに憧れてた人が、おネェになって帰ってきたんだから。あのときの衝撃はやばかった」
「おお、憧れてたんだ。本人に理由聞きました?」
「聞いたら『触れないで』ってめちゃくちゃ怖い顔で言われた」
「あー……」
弁論大会で負けた結果の屈辱の罰ゲームである。
理由を自らの口で説明するのはプライドが許さなかったのだろう。
「でも、今でも平日以外は元の格好でいるみたいだし、そのうちおまえも見れるんじゃね?」
「ぜひ見てみたいです」
休日に遭遇する可能性は限りなく低いだろうが、見れるものなら見たい。ただ、絶対緊張する気がするから、できれば遠くから。
「そうだ、話は変わるけど、おまえアリーチェさんの対策はしてきたのか?」
マグノリアンが突然、アリーチェの話題をクィアシーナに振ってきた。
馬車に乗ってから既に二時間は経っている。きっと到着までにクィアシーナに今日の段取りを確認しておきたかったのだろう。
ただ、彼が言った"対策"という言い方が少し気になった。
「対策ですか?いえ、なんにも。ただ怪我の具合を見て、少し話をできれば、って思ってたんですが」
そもそもアリーチェがどんな人なのか、人伝いにしか知らない。
対策と言われても何をすればいいのか見当もつかなかった。
「甘いな。反射神経は良い方か?」
「はい、回避能力には自信がありますが……」
「なら良かった。まず、間違いなく何か物は飛んでくる。そのときはとにかく逃げることだけを考えろ。魔法の耐性はどうだ?」
「いえ……あ、でも、魔法を吸収する魔道具を付けているので、最悪なんとかなります」
「了解。一応俺も防御するけど、向こうの方がレベルは上だから、この場合も最終的に逃げることを考えて欲しい」
「はい……。いや、あの、さっきから聞いてると、アリーチェさんってどれだけ物騒な人物なんですか」
お見舞いにいくだけなのに、物が飛んできて魔法も飛んでくるらしい。
自分たちが彼女の命を狙っているとでもいうのだろうか。
「めちゃくちゃな人、とだけ言っておく。たぶんだけど、おまえがアリーチェさんの代わりに庶務をやってる、なんて言ったら、あの人怒り狂って家を半壊させるんじゃないか。それくらいに感情が激しい人なんだ」
確かにめちゃくちゃである。
でも、さすがに自分の家でそれはないんじゃないだろうか。
「でも、私が庶務の代理をしているってことを話さないと、お見舞いに来た意味がわからなくないですか?」
「それはそうだけど……」
「マグノリアンさんは気にし過ぎですよ。私は見た目は無害そうに見えるらしいので、もし少し難しい人であっても、お近づきになってみせます」
「そんな奇跡起きるかな……」
そして、マグノリアンの予想は的中する。
クィアシーナはそのときになって初めて、「あー対策しておくべきだった……」と後悔することになるのだった。




