35. 第二弾女子会
「違和感しかない」
「ん、何か言ったかしら?」
「いえ、なんでもございません」
クィアシーナは今、下宿先のアパート近くの商店街に来ていた。
平民の学生が多く住んでいることもあり、リーズナブルな価格の商品が置かれている店が軒を連ねている。
道をすれ違う人々は、みんな一様にして、クィアシーナの隣にいる人物を振り返って二度見していた。
(庶民の街に、こんな完璧なお嬢様がいたら……そりゃ、振り返るよね)
学園の制服を着ているため、ぱっと見は学生の一人に紛れているようにも見える。だが、その立ち姿と放つオーラは、どう見ても庶民のそれではなかった。
見事なまでに周囲から浮き上がっているリンスティーは、否応なく人目を引いていた。
すれ違ったうちのフォボロス学園の生徒からは「今日はどうされたんですか!?」と声をかけられていたのだが、リンスティーは口元に人差し指を持っていき、内緒のポーズでうまいこと追及を交わしていた。
(むしろ私も聞きたい。「今日はどうされたんですか!?」って……)
「ほんと、いい町ね。学園は近いし、ここの商店街は生活するのに便利だし。私も、こっちに引っ越そうかしら?」
「特別寮のほうが、絶対にいいと思います……」
何を酔狂なことを言ってるんだとクィアシーナは内心でツッコミをいれる。
今ふたりで歩いているこの商店街は、あくまで生活のための店が並ぶ通りだ。きっと、貴族の坊っちゃんからすれば、どれもが珍しく見えるのだろう。
だが、学生の遊び場として考えるなら、ここよりも反対側に位置するショッピング街のほうが、どう考えても向いている。
それなのに、なぜ自分は彼と、わざわざこの通りを散策しているのだろうか。
「先ずは八百屋ね。家に野菜はある?」
「え!? いや、明日買い出しに行こうと思ってたんで、ほとんど残ってませんが……」
「わかった、じゃあ材料は全部買っちゃいましょうか」
リンスティーはそういうと、しっかりと鮮度を見定めるように根菜と葉物の両方を次々と手に取って確認し、流れるような動作で品物を購入した。
「リンスティーさんって、お買い物できるんですね」
「どういう意味よ、それ」
失礼とは思いつつも、この国の通貨にすら触れたことがないのではないか、とつい想像してしまった。
衣服などの買い物は外商を屋敷に呼んで済ませるのが当たり前で、その他はすべて使用人任せ。
食事ももちろん、使用人が調理したものを口にする。
だから、材料を自分で買うという発想自体、持ち合わせていないのではないかとさえ思えた。
しかし、彼は躊躇うことなく店内に入り、ちゃんと品物を手に取り、店主と値段を確認していた。
なんなら、さっき値切っている様子も見えた。
ちょっとハイレベルすぎやしないか。
「ちなみにその食材たちはどうするんですか?」
「もちろん、この後あなたの家で料理するために使うのよ。余ったら場所代として置いていくから、遠慮なく貰ってね」
「……ありがとうございます」
なぜか、クィアシーナの家で料理をすることが確定している。
有無を言わせないリンスティーもだが、流されている自分も大概である。
次は肉屋に、そして別の店で調味料もいくつか購入していく。
「フォボロス学園の生徒さんかい? えらい別嬪さんだね~!ソーセージ二本、オマケに入れとくから、仲良く食べなね」
「ありがとうございます。ふふ、やった、オマケもらっちゃった」
肉屋の店主は、すっかりリンスティーの美貌にやられたらしく、サービスまで付けてくれた。
だがクィアシーナが感心したのは、そのことではない。リンスティーが八百屋に引き続き、肉屋でも肉の部位や重さをきちんと指定し、手慣れた様子で買い物をしていた点だった。
(めちゃくちゃ買い物慣れしてるな、この人)
そういえば、以前庶民のアパートで暮らしたことがあると言っていた。あのときはお遊びで一時的に住んでみただけだと思っていたのだが、この感じだと、実際にそのアパートで生活をしていたのかもしれない。
「さて、買いたいものは買ったし、移動しましょうか」
リンスティーの両手にはたくさんの紙袋が抱えられている。
「あの、私一つ持ちます」
お嬢様リンスティーに荷物持ちなんてさせられない。
クィアシーナが荷物を一つ寄こすよう申し出るも、リンスティーはそれを丁寧に断ってきた。
「何言ってるのよ。こういうのは黙って男に任せておけばいいの。ほら、行くわよ」
リンスティーは、クィアシーナが口を開くより早く、アパートの方へと歩き出した。
(いや、男前すぎるでしょ……)
事情を知らない者からすれば、完全に意味不明な言動だろう。
だが事情を知っているクィアシーナにとっては、思わず「かっこいいよ、兄貴!」と叫びたくなるほど、胸がきゅんとする一幕だった。
◆
時を遡ること、数時間前。
下校時刻になる少し前、仕事を終えたリンスティーに、帰ろうと促された。
先ほど「自分がクィアシーナを送る」と皆に宣言していた彼女だが、どうやら本気で言っていたらしい。
ちなみに、クィアシーナの仕事も特に残っていなかったため、マグノリアンからはすでに帰宅の許可をもらっていた。他のメンバーはまだ生徒会館に残るとのことで、結果的に二人だけが少し早めにお暇することになる。
「私と遊びたいって言ってたの、本気ですか」
「そうね。でもそれもあるけど、本当は、今日あなたがお昼に話していた犯人について、きちんと話をしておきたかったのよ」
生徒会館を出て階段を降りながら、リンスティーは声を潜めて言った。
「この前協力し合うって言ったでしょう? 私も力になりたいの」
おそらく、今日のランチのときに、犯人が前会長の関係者と言ってたことが気になったのだろう。
クィアシーナとしても、協力者がいるのは心強い。けれど、これまでの人生で単独行動に慣れすぎていて、どう頼っていいかわからなかった。
そのため、彼からの申し出はとてもありがたいものだった。
◆
(……でも、てっきり話合いをするだけと思ってたのに、なぜか一緒に買い物に行って、こうやって私の家で調理しだすなんて、まさか夢にも思わないよね……)
「さあ、出来たわ。食べながら作戦会議よ」
「あ、ありがとうございます」
小さな簡易テーブルに並べられたのは、ザ・男の庶民料理。
野菜と肉を切って焼いて調味料で味付けしただけのものに、ソーセージと野菜がゴロゴロ入ったスープ、付け合わせはスライスしただけのパン。
てっきりリンスティーのことだから繊細なお料理でも作るのかと思いきや、ものすごい手際の良さでこの大雑把な料理たちを作りあげていった。
「リンスティーさんって、何者なんですか」
「何者って、ただの腹ペコの男子学生よ。今日の午後は実技授業ばっかりだったからお腹が空いてるの。早く食べましょう」
「あ、はい。じゃあ遠慮なく……」
目の前のリンスティーは本当にお腹が空いてるように見えた。色々聞きたいことはあるが、クィアシーナも、美味しそうな匂いにやられた。
仲良くフォークでつつきながら、大皿料理を口に入れる。
「うわ、めちゃくちゃ美味しい!」
この懐かしい感じは、例えるなら、実家の味。
母が「今日は時間ないから適当ね~」と言って作っていた名もなき料理を思い出させた。
「それはどうもありがとう。質より量って感じだから、どうかと思ったけど、口にあったなら良かったわ」
本人も質より量とわかっていて作ったらしい。
どう考えても二人で食べる量ではない。
まあ、もし余ったら、クィアシーナの明日のご飯にすればいい。
「そういえば、特別寮では寮食は出ないんですか?」
クィアシーナは、ふと疑問に思って問いかけた。特別寮なら、料金も高い分、きっと立派な寮食が用意されているのではないかと思ったのだ。
「ん、出るには出るんだけど、あのお上品な量じゃ足りないのよね~それに飽きるし。
一応、共用のキッチンルームがあるから、たまに自分で作ってみたりするんだけど、同じく腹ペコの輩がワラワラ寄ってきて面倒くさいのよ。この前なんか自主練帰りのルーベントに、作った側から全部かっさわれたわ」
「みなさん、飢えてるんですね……」
特別寮に住むお貴族様たちも、結局のところ皆、育ち盛りの男子ということらしい。
目の前のリンスティーは、クィアシーナの倍ほどのスピードで、次々と料理を平らげていく。
今日の昼は、上品な料理を上品な所作で口にしていたリンスティーだが、今のガツガツと食べる姿は、とても同一人物とは思えなかった。
「それで、今日のお昼に話していた件について、もう少し詳しく教えてちょうだい。前ジガルデ会長の関係者が犯人って、どういうこと?」
どうやらお腹が満たされてきたらしく、リンスティーはようやく今日の本題を切り出した。
「あ、はい、ちゃんと説明しますね」
クィアシーナはいったん食べていた手を止め、リンスティーに真っ直ぐ向き直ったあと、ゆっくりと話を始めた。
「昨日、ダン・ブリードに階段から突き落とされそうになって、でも、なんでそこまで恨まれてるのか理由がわからなくて……。
それで、新聞部のところまでダンの情報を聞きに行ったんですよ。彼らは生徒たちの情報をよく知ってるとのことだったんで。
そしたら、部員の人から、ダンは前会長ジガルデさんの弟だっていうことを聞きました。
それから、前会長の関係者は今の生徒会に強い恨みを持っているとも……」
すべてはラシャトから聞いたことである。
生徒会に入っていれば将来安泰と約束されてたのに、会長のジガルデは途中で生徒たちから会長の座を引きずり下ろされ、しかも会長に従っていたメンバーも役員を続投することなくその役目を降ろされた。恨む理由を持つには十分である。
「そうね……まあ、恨まれてはいたわね。当時私も彼らからよく絡まれたものだわ」
「え?リンスティーさんがですか?」
「ええ。『貴族として我々は学園を正しい在り方に変えようとしていただけなのに、紛い物の貴様なんかに!』みたいなことを言われて……そのたびに、うるせぇ、ってボコボコにしてやったんだけど」
「それ、別の恨み買ってません?」
物理的に黙らせる姿が想像できないが、彼はダンテの護衛をしているくらいである、きっと本当の話なんだろう。
「それで、続きなんですが、ダンは私を後ろから突き落とそうとしました。自分の身体をぶつけることによって。
でも、ガラスが割れた件と、朝に爆発騒ぎがあった件は魔法で私を狙ったものでした。あの二つの件もダンがやっていたとしたなら、突き落とすのも魔法でやれば良いんじゃないかと思ったんです。
でも……彼はそうしなかった。たぶん、出来なかったんだと思います。彼は魔法が使えないから」
高位貴族で魔力を持っていたとしても、その力を発揮出来ない者もいる。おそらくダンはそれに該当するんだろう。
「そう考えると、他の二つの事件は、ダンとは別の人物が犯人ということになります。
そんな中、今日の午前中に、ダンテ会長の指輪の守りが発動する事件が起きました。事件といっても、指輪のおかげで実際の被害は何もなかったのですが……。
そのとき、不審な動きをしていたのが、一年Aクラスの魔法科に所属するブレンダでした。
彼女も前会長の関係者かもしれないと当たりをつけ、今日の昼にダンテ会長へ確認した、というわけです」
そして、ダンテは明確には答えてくれなかったものの、肯定を返してくれた。
つまり、ダン、ブレンダ、その他の前会長ジガルデ関係者たちが、一連の事件を起こしているということだ。
「なるほどね……前にあなたが話してたアンチ生徒会の連中の仕業っていうのも、当たってたってわけね。
それで、関係者っていうのは調べがつきそうなの?」
「あ、はい。実は新聞部の方と交渉をしまして、アリーチェさんの現状を教えるかわりに、ジガルデ前会長の関係者リストをくれるって約束をしました」
「だから昨日急にお見舞いに行きたいなんて言い出してたのね……あなた、ほんと優秀ね……」
クィアシーナの手際の良さと行動力に、リンスティーは本心からそう呟いた。
「でも、ちょっとはこっちも頼って欲しいわ。リストを貰ったら、私にも見せてもらえる?対策なら一緒に練れると思うし」
「はい、わかりました。よろしくお願いします。あの……」
「ん? なあに?」
「リンスティーさんは、なんでこんなに私に協力的なんですか?」
以前、リンスティーから「事件を早く解決したい」とは聞いていた。
しかし、実際にはダンテも犯人の正体を把握しており、もし自分が期限内に捕まえられなければ、彼が自分でどうにかすると言っている。
何にせよ、時間が経てば事件は自然に解決する。
リンスティーが協力しようとしまいと、結局は同じことだ。
「なんでって……最初は、アリーチェのことがあったから、他にもっと酷い被害が出る前になんとかしたかったのよ。ダンテは全くの逆で、もっと酷い事件を起こさせてから、犯人を引きずり出したかったみたいだけど」
多少犠牲がでてもその原因を徹底的に取り除きたいダンテと、少しの犠牲も出したくないリンスティー。
二人の意見は見事に相反していた。
「それで、生贄みたいな形で、あなたがアリーチェの枠に収まったじゃない? アリーチェみたいな怪我で済まなくなる可能性だってあるのに……。
いくらあなたが他人よりタフとはいえ、可愛い後輩がやられるのは見たくないの。だから、私にもちゃんと協力させてちょうだい」
「リンスティーさん……」
力強く、それでいて慈愛に満ちたリンスティーの言葉に、クィアシーナの胸はいっぱいになった。
そして、気づけば思わず言葉が口をついて出ていた。
「ありがとうございます、お姉様! やっぱり私の推しはあなたしかいません! ぎゅっとさせてください!」
(味方がいるっていうのは、こんなにも心強いものなんだ)
クィアシーナは一人で感極まっていた。
そして同時に、その喜びを、どうやら少し――いや、かなり間違った方向で表現しようとしていた。
「ちょっと、それは……今日は私も、その……汗臭いと思うし……」
クィアシーナの勢いに、リンスティーはやや引き気味に答えた。
だがクィアシーナは、どうしても身体で感謝の気持ちを伝えずにはいられなかった。
椅子から立ち上がり、リンスティーが腰掛けているベッドへと近づく。自分もその隣に腰を下ろすと、彼に向かってこう言った。
「そんなこと気にしません! これは親愛のハグです! 隣国ザイアスでは、リンスティーさんもよくやってたでしょう? 『サンキューブロ!』って」
「いや、隣国に馴染みすぎでしょ。私はそこまでのスキンシップはしてなかったわよ」
「え、そうなんですか?」
クィアシーナはザイアス国のダントリアス校に通っていた頃は、友人たちとしょっちゅうハグを交わしていた。
最初は馴染みがなく戸惑ったものだが、一ヶ月も経つ頃にはそれが普通になっていた。
「まあ、郷に入れば郷に従えって言うじゃないですか」
「ここ、ラスカーダ国なんだけど……」
リンスティーが真面目に返すが、クィアシーナは取り合わない。
彼の側ににじり寄ると、素早くその大きな身体に腕を回した。
「あ、ほんとだ、汗臭い」
いつものいい匂いは影を潜め、彼の身体からは男性特有の汗臭い香りが漂っていた。
「……だから言ったのに」
リンスティーは呆れた様子で言葉を返す。
「でも、本当にありがとうございます。今度こそ、お姉様を頼らせてください」
「うん、わかった、わかったから。お姉様呼びはやめて。それと、もう離れて」
心底嫌そうなその声音に、クィアシーナははっとして抱きしめていた身体を離し、「ごめんなさい」と素直に謝罪した。
しゅん、と肩を落としながらリンスティーの様子をうかがうと、彼はなぜか顔を赤くして、「ツラい……」と、何かを必死に耐えるような声で小さく呟いていた。




