33.密かなる攻撃
今朝の挨拶当番は、この週で一番平和だったと言ってもいいだろう。
相変わらず何人かクィアシーナに心無い声をかけてくる者もいたが、それよりもきちんと挨拶を返してくれる人のほうが多かった。
そうこうしてる内に、前回同様、貢物で溢れたリンスティーから、当番の終了を告げられる。
昨日投函されていた警告文で、気持ちとしてはやや警戒を強めていたのだが、どうやら気鬱に終わったようだ。
◇
「共用科目って、他のクラスと合同なんだ」
「うん、でもSクラスは別枠だよ。基本的にあのクラスとだけは授業が被ることはないんだよね」
午前の最初の授業は、共用科目の『建国論』。
大きな講堂に移動し、一年生のクラス合同で講義が行われるのだという。
一般教養科だけでなく、魔法科であるAクラスも一緒なのに、特進科であるSクラスだけこの場にはいなかった。
「講堂でやる授業ってめちゃくちゃ眠くなるのが多いんだよね~基本聞いてるだけだしさ。明かりも薄暗いし、先生の声が子守唄みたいに聞こえてくるんだー」
「じゃあ、ララが隣で寝てたら、身体揺すって起こしてあげるよ。私、建国論は興味あるから、絶対起きてると思う」
建国論はラスカーダ国の建国から周辺諸国の成り立ちまでを、史実とともに解説していく授業だという。
クィアシーナは各国を転々としてきたこともあり、それぞれの国の歴史に深い関心があった。
講堂内は四クラスの生徒が一堂に集まってるとあって、授業前の今はかなり騒々しい状態となっている。
クィアシーナは今のところDクラス以外の一年生と全く関りがない。中前方の席に座っていたのだが、ぐるりと周りを見渡すも、やはり見覚えのない生徒ばかりであった。
「ねぇねぇ、あなたクィアシーナさんでしょ?」
クィアシーナが背後を振り向くと、真後ろの席から、黒髪をツインテールにした可愛らしい女生徒がこちらを見ていた。
「うん、そうだよ」
「私、一年Aクラスのブレンダっていうの。あなた有名だから、思わず話かけちゃったわ」
えらく人懐っこそうな子である。自分の隣にいるララとマリアにも、よろしく、と声をかけていた。
「ねぇ、クィアシーナさんって、平民って聞いたんだけど本当?」
クィアシーナは急に身分のことを問われ、彼女に少しばかり引っ掛かりを覚えた。
「うん。先祖代々の平民だよ。それがどうかしたの?」
「へー! 平民なのに、生徒会入りって本当にすごいよね。過去にも平民の人が生徒会のメンバーにいたらしいんだけど、みんな辞めさせられたんだって。クィアシーナさんも気を付けなきゃだね?」
ブレンダは何が言いたいのだろうか?
表面上はニコニコとしているが、言動からは多少の棘と嘲りが見え隠れしている。
「そうだね。じゃあ、授業始まるから」
彼女と話していても、実のある話ができる気がしない。
クィアシーナは前を向き、そのまま話を切り上げた。
クィアシーナの肩を、ララがトントンと軽く叩く。
そして、ノートに書いた文字を、周囲から見えない位置で彼女に見せてきた。
『感じ悪いね』
クィアシーナはララたちの方へ顔を向け、静かに頷きを返す。
感じが悪い――まさにその通りだった。
このあとすぐに先生が講堂内に現れ、授業が始まった。
ブレンダのせいでモヤついた気分になっていたが、授業の内容はとても興味深く、彼女のことなどすぐに頭の中から消えていった。
「あーやっぱり面白かった。来週が楽しみ!」
食い入るように授業に集中していたクィアシーナに対し、ララは先ほどから欠伸を連発している。マリアもどことなく退屈してそうに見えた。
「私ほとんど寝てたよ……あとでノート見せてー」
「私は起きてたけど、クィアシーナみたいに来週が楽しみになるって程ではないかなぁ」
各々の感想を話しながら、出口に向かう列に並ぶ。
収容人数は多いのに、出口となる扉は後ろの一か所のため、出るだけでも一苦労である。
クィアシーナは、早く教室に戻りたいと思いながら、人の流れをぼんやりと眺めていた。
そのとき、何か悪いことが起こる前触れとして感じる、あの嫌な悪寒が肌を走った。
しかし――今回は、これまでとは違い、回避しようにも逃げ場がない。
前も後ろも出口へ向かう人々で溢れ、身動きが取れなかった。
まずい、と思ったその瞬間――親指の指輪が一瞬、光った。
(ん? 今、光った!?)
思わず指輪に視線を落とす。だが、次に見たときには、すでに光は消えていた。
ほんの一瞬、瞬きをするほどの短い間だったが、確かに指輪が淡い光を帯びたのを見たのだ。
改めて指輪をよく見ると、初めて目にしたときよりも、わずかに黒ずんでいる。
(もしかして……何かの魔法を吸収した?)
咄嗟に周囲を見渡すと、こちらを見て驚いた表情を浮かべているブレンダと目が合った。
だが彼女はすぐに視線を逸らし、出口へ向かう列に加わっていった。
(もしかして、ブレンダが?)
彼女が魔法を使ったという証拠はない。
それでもクィアシーナの胸には、「狙われたのではないか」という疑念が、じわじわと広がっていった。
◇
午前が終わり、クィアシーナは完全に油断していた。
先ほどの指輪の件に意識を持っていかれ、
まさか本当にダンテが、教室までランチを誘いに来るとは、思ってもみなかったのだ。
「やあ、クィアシーナ。昨日言ってた通り、迎えに来たよ」
ダンテはキラキラの王子スマイルをクィアシーナに向ける。
教室内は突然のダンテの登場に、昨日のリンスティーのときと違って、ざわめきを通り越して鎮まりかえっていた。
(げぇっ、かんっぜんに忘れてた!!!昼休みになったら、ダンテ会長が来る前に、とっとと姿をくらまそうとしてたのに!)
思わず苦虫を噛み潰したような表情になるが、ダンテはその様子すら楽しんでいるように見える。
「ほら、リンスティーが席を確保しに行ってくれたから、早く行こう?」
「せっかくなんですが、私、友達と約束がありまして……」
そう言ってララとマリアを見ると、ゴメンね、のポーズとともにそそくさと教室を出ていってしまった。
まさかの友人の裏切りにクィアシーナは呆然とする。
「置いてかれちゃったみたいだねぇ」
「なんてこった……」
「約束もないみたいだから、いいよね。あ、手でも繋いどく?」
「勘弁してください」
先ほどから、リファラたちのグループがとんでもない形相でこちらを見てるのにダンテは気付いてないのだろうか。
(いや、気付いてて面白がってるのか。ほんとたちが悪い……)
これ以上晒し者になりたくはない。
クィアシーナは覚悟を決めた。
「ちゃっちゃと向かいましょう」
「さっきからそう言ってるんだけどねえ」
クィアシーナは通常より気持ち足早に歩き、ダンテを連れ立って第一カフェテリアへと向かった。
「なんですかここ」
「何って、個室だけど」
「個室って、ここ、学園の食堂ですよね?」
リンスティーが席を確保していたというのは、第一カフェテリア内にある個室席だった。
窓は無いけれども代わりに絵画が飾られており、空間を綺麗に演出している。
テーブルに飾られている生花や、テーブルクロス、カラトリーなど、どこのレストランだと思わせるテーブルセッティングとなっていた。
(いわゆるVIP席というやつか……おそろしい!)
この学園は王立なので、学費は安い。安い代わりに、貴族の一部の家からは多額の寄付金を募っていた。おそらくその一部が、こういった貴族が心地よく過ごせる空間作りのために投資されているのだろう。
「ダンテがカフェテリア内のど真ん中の席を取っておくように、なんていうもんだから、それはあんまりだと思って個室にしたんだけど……外の席のほうが良かったかしら?」
リンスティーが首を傾げてクィアシーナに尋ねる。
「いえ、グッジョブです。おかげで晒しものにならなくて済みました」
「なら良かった。ここ、私たち生徒会の三年生四人でよく使ってるのよ」
なるほど、生徒会の三年生――ダンテ、リンスティー、アレクシス、ルーベントたちは個室を使っているのか。
(そりゃあ第二カフェテリアにダンテが現れたときにざわつくはずだわ)
第一カフェテリアにいても、個室に入ってしまったなら、彼らの姿を見かけることはできないのだから。
「ああ、つまらないなあ。せっかく仲良しなところを見せびらかそうと思ったのに……でも、ここに二人で入っていくのを何人かに目撃されたわけだし、これはこれで良かったかな」
「まったく良くないです。また余計な嫉妬攻撃が増える……」
こういうときこそ気配消しの特技の出番ではないだろうか。早くカフェテリアに着きたい一心で、そこまでの考えに至らなかったのが悔やまれる。
会話が一段落したところで、給仕を呼んで各々メニューをオーダーし(自分もちなので控えめ価格のものにした)、落ち着いたところでクィアシーナが口を開いた。
「これ、ちょっと見てくれませんか。何か魔法を吸収したかどうかってわかります?」
クィアシーナは親指に嵌めていた指輪を外し、ダンテとリンスティーの間にそっと差し出した。
個室なら誰かに詮索される心配がないと思い、指輪の件を相談することにしたのだ。
「おや……これは見事に一発くらってるね。魔力の色が見えるよ」
「はやっ。そんなすぐにわかるものなんですね」
「ダンテだからよ。これが普通と思わないで」
ダンテは目を細め、指輪を眺めながらクィアシーナに問いかける。
「ちなみにこれ、いつこうなったのかって覚えてる?」
「はい。今日の一限が、一年生の合同授業で学園の講堂で受けていたのですが、その授業終わりに、指輪が一瞬光りました。そして、気付いたらこのように黒ずんでたんです」
「周りに人はたくさんいた?」
「はい、みんな出口に向かって講堂から出るのにごった返してたので、四クラスの生徒のほとんどがまだあそこにいたと思います」
「なるほど……派手にやろうとしたけど、残念だったね」
ダンテはそう言うと口の端を吊り上げ、指輪をグッと握りしめた。
握った手の隙間から淡い光が漏れ出したと思いきや、途端に目も開けられないくらいの光が個室内に溢れでた。
「!?」
しかし、その光はすぐさま消え去り、周囲は元の明るさに戻っていった。
光の眩しさが強烈すぎて、まだ目の奥がチカチカしている。
ダンテが何かしらの魔法を使ったのだとは思うが、それが何なのかまではわからない。
クィアシーナは戸惑いながら、彼に尋ねた。
「今のは一体……何ですか?」
指輪を見ると、いつの間にか元のシルバーの輝きを取り戻している。
「君に向けて魔法を放ってきた子に、お返ししてあげただけ。あれだけの威力だ、明日から当分は学園に来れないんじゃないかな?」
ダンテの言葉に、クィアシーナの口元が引きつった。
さらりと言ってきたが、『明日から当分は学園に来れない』ほどの何かをしたらしい。
普通に考えて、恐ろし過ぎる。
「え、ええと、それって大丈夫なんでしょうか?」
「大丈夫じゃないんじゃない?今ごろ病院にでも運ばれてると思うよ。でも、自業自得だよね?君だけじゃない、他の生徒も巻き込まれるところだったんだから」
ニコリとした笑顔で同意を求めてくるが、正直反応に困る。
そんなクィアシーナにリンスティーは助け舟を出してきた。
「大丈夫、ダンテも人殺しなんてしないから」
「そ、そうですか……」
(命に関わるものでないなら、よかった……のか?)
クィアシーナは、ダンテのあまりに突飛な行動と、そんなことが出来てしまう力を持っていることに完全に引いてしまっていた。だが気を取り直し、ここまでに分かったことを答え合わせするつもりで、改めて問いかける。
「あの、この流れでお聞きしたいことがあります。
ダンテ会長は、ブレンダという一年生をご存じですか?Aクラスの子なんですが」
「ブレンダ……ああ、一年Aクラスのブレンダ・マクレンだね。その子がどうかした?」
さすがは生徒会長。いや、これもダンテだからか。
彼はこの学園の全生徒の名前を記憶してるに違いない。
「彼女は、ジガルデ前生徒会長のときの旧生徒会のメンバーに、ご兄弟はいらっしゃるか、ご存知ですか?」
クィアシーナの言葉に、ダンテは「おや」という表情を見せる。
「……クィアシーナは、さすがだね。答えに辿り着くのが早い」
その返答は、まさにクィアシーナが求めていたものだった。
「どういうこと?」
一人だけ腑に落ちない様子のリンスティーが、疑問を口にする。
それに応えるように、クィアシーナは確信を込めて、二人に告げた。
「私は、さっきの指輪の件も含め、これまでの一連の事件は、旧ジガルデ会長時代の生徒会関係者が犯人だと思っています」




