31. お見舞いの打診と指輪
「というわけで、アリーチェさんにお見舞いに行きたいと考えてるんですが、療養先に伺うことって可能ですか?」
クィアシーナは早速、ダンテの元に相談に行っていた。
個人情報をやたらに把握している彼である。相談先として間違いはないだろう。
「アリーチェの? 面識のない君が、お見舞い?」
なんでまた急に、といった様子のダンテに、クィアシーナは食い下がる。
「純粋に怪我の具合が気になるのと、復学される前に面識を作っておきたいと思ってまして」
「そこは常識的に考えて、遠慮したほうがいいと思うけど。せっかくの療養期間に見知らぬ子が訪ねてきたら、向こうも気を使うでしょう?」
至極真っ当な意見である。
しかし、なんとしてもアリーチェの近況を調べないと、ラシャトから情報を貰えないのでこちらも必死だ。
何かいい言い訳はないかと頭を捻り出したのだが……
「でも、私も彼女の様子は気になるしな……そうだ! マグノリアンと一緒に行ってきなよ」
「え!? 俺ですか?わ、」
近くで備品の在庫チェックをしていたマグノリアンだったが、急に話を振られてチェックリストを落としてしまった。
「そうそう。どうせだから、庶務同士、仲良く今週末にでもお見舞いに行ってきたらいいよ。先方には私から先触れを出しておくから」
そう言うダンテに対し、マグノリアンはため息を溢す。
「……俺が行ったところで、きっと玄関先で追い返されますよ。そんなに様子が気になるなら、ダンテさんが行けばいいでしょう」
マグノリアンが断るも、ダンテは「私は行けないよ」ときっぱりと言い切った。
「学園を一歩出れば、そこには明確な身分差社会がある。……残念なことだけどね。
私が彼女の家に行くと、それこそあらぬ噂を立てられるから、それは避けたいんだ。
大丈夫、アリーチェの子爵家が、私からの通知を無視することはできないし、たとえ勘当されたも同然だとしても、キエフ家のご令息を無下に扱うことはないだろう」
(ん? 勘当された?)
「確かにダンテさんからの頼みなら、向こうも受け入れざるを得ないでしょうが……」
「そうでしょう。じゃあ今日にでも連絡を入れるようにしとくから、週末予定しておいてね。クィアシーナもそれでいい?」
「はい、もちろんです! ありがとうございます」
クィアシーナは嬉々として礼を述べた。
一方、完全に巻き込まれただけのマグノリアンは、先程からしきりに胃のあたりを押さえている。
そういえば以前、彼はアリーチェとは相性が良くなかったと言っていた。
よほど嫌だったのだろうと思い至り、クィアシーナは慌てて頭を下げる。
「すみません、巻き込んでしまって」
「いや、大丈夫。俺もあの人の様子は気になってたし……」
そうは言うものの、マグノリアンの表情は暗い。
その様子を見ていたダンテが、ある提案を出してきた。
「二人ともしっかり彼女を見舞ってきてね。それで、お見舞いが終わったら、そのままデートでもしてきたらいいんじゃない? そうすれば、やる気も出るってもんでしょう?」
「何を言ってるんですか……」
本当に、一体何を言い出すのだ。
ただでさえ貴重な休日の時間を割いてもらうというのに、その後まで拘束するつもりなど、クィアシーナにはさらさらなかった。
しかし、そんなクィアシーナとは対照的に、マグノリアンは意外にもやる気を見せた。
「……確かにそうですね。お見舞いが終わったら、そのままどこか出掛けることにします」
「え!?」
驚くクィアシーナに、マグノリアンが淡々と告げる。
「ちょうどお茶請けが明日で無くなりそうだったから、買い出しにいかないといけないところだったんだ。お見舞いに付き合う代わりに、そっちも付き合ってほしい」
(なんだ、庶務の仕事の延長か)
ダンテがデートなんて言葉を出すから、マグノリアンがそれに賛同したのかと思ってしまった。
「はい、もちろんです。お見舞いのあとは一緒にお買い物に行きましょう! 私、この国に戻ってきてからあまり外に出歩いてないので楽しみにしてますね」
アリーチェのお見舞いの約束もダンテ経由で取り付けることができたし、しかもマグノリアンが付き添いで来てくれる。さらにその後はお買い物ときた。
学園に入学してからの初めての休日は、とても充実したものになりそうだと思わず笑みが溢れる。
「……」
(あれ、急に静かになったな……)
いつのまにか、執務室から音が消え、生ぬるい視線が自分に注がれていることに気付く。
書記コンビは二人ともニヤついており、ルーベントに至ってはこちらに親指を立てて頷いている。
なんとも言えない空気に耐えきれず、「あ、そうだ、私、外を掃除してきますね」
とクィアシーナは慌てて逃げ出した。
クィアシーナが去った執務室で、マグノリアンは何事もなかったかのように在庫の確認を続ける。
「後任が可愛い後輩で良かったよね~」
ビクターがからかうように言うが、マグノリアンは「本当にな」と否定することもなく、僅かに微笑んだ。
◇
クィアシーナは外用の箒で会館周りの落ち葉を掃きながら、一人考えごとをしていた。
(お見舞いの品、どうしよう……)
学生で平民のクィアシーナが買えるものなんてたかが知れている。下手なものをあげても逆に失礼になるだろう。
無難に花?
しかし好みがわからない。
では果物?
いや、自分が買える品質のものなんて口に合わないんじゃないだろうか。
(よし、生徒会メンバーから激励のメッセージを一言ずつもらおう)
仲間からの言葉という、人間味のあるものなら、貴族も平民も関係なく嬉しいはずだ。後で紙を用意しておこう。
我ながらいいアイデアだと思ったクィアシーナは気分良く会館周りを掃いていく。
一周回って落ち葉を拾い集め、続いて相談箱の掃除に取り掛かる。
雑巾で土埃を拭いて、ついでに中身を取り出した。
(今日も相変わらず多いな……)
この間の三十通に比べれば少ないように感じたが、それでもざっと見た限り、かなりの数の手紙が投函されていた。
手紙の数だけ、ここに投函しに来た生徒がいるはずなのに、クィアシーナは彼らと鉢合わせしたことがなかった。
いったい、みんなどの時間帯に入れに来ているのだろうか。全くもって謎である。
掃除用具を二階に片付けたあと、執務室には戻らず、誰もいない会議室に向かう。
そこで一人手紙を広げ、仕分け作業を行っていった。
『意見書(要望):今朝の爆破騒ぎの原因は何だったのでしょうか。このままでは学園に通うのが怖いです。早急に解決お願いします。匿名希望』
今朝の騒ぎに関する意見が数通。
『意見書(要望):あの新任庶務は今週いっぱい挨拶当番なのでしょうか?庶務はマグノリアンさん一人で十分だと思います。代理不要。匿名希望』
(この文体、この前も見たぞ!毎度クレームを入れるなんて、なんて暇な奴なんだ!)
こんな感じのクィアシーナに対する理不尽なクレームが数通。
そして――
『意見書(その他):警告。次は爆破未遂では済まされない』
「なにこれ……」
一通だけ、異質な意見書が混じっている。
しかも、筆跡がバレないように、その文章は何かの切り抜きを継ぎ合わせて書かれていた。
内容としては、ただの警告文。
しかし、要求が何も書かれていないところが、かえって不気味だった。
(ダンテ会長に報告かな)
クィアシーナは手紙をまとめ、不穏な気持ちを抱えたまま執務室へと戻っていった。
「これは、また明日も何か起きるっていう親切な警告だね」
ダンテは意見書を眺め、神妙な面持ちで言った。
ちなみに二人が今いる場所は、先程クィアシーナが手紙を広げていた会議室である。
執務室にいるダンテに手紙を持っていったのだが、「場所を変えようか」と言われ、結局ここへ戻ってきたのだった。
「やっぱりそうですよね。こういうのって、普通は『悪さをしてほしくなければ、これこれを要求する!』みたいに、何かしらのメリットを得るためにやるものじゃないですか。
それなのに、この文にはそういったことが一切書かれていないんですよね。それがどうにも解せなくて……」
クィアシーナは頭の中で自身の考えを纏めながら、率直な意見を述べた。
この文だけでは、回避のしようがない。
「ガラスの件と爆発の件、両方がこの文を書いた人物の仕業だったとして、それらの共通点って何かわかるかい?」
ダンテが敢えてクィアシーナに考えさせるように彼女に問う。
(共通点?)
「ええと、『私を狙った』、ということでしょうか」
「惜しい。『人がたくさんいる場所と時間帯に、君を狙った』、だ」
「! そう言われてみれば、確かにそうですね」
ガラスが割れたのは、昼休みで生徒が混雑している第二カフェテリア。
そして爆発騒ぎに関しては、朝の登校時間帯の校門付近――いずれも、クィアシーナ以外の生徒がいる中で起きた出来事だった。
そこで思い当たった考えを、クィアシーナは口にした。
「じゃあ、次も、そういった場所や時間帯を狙って、私を狙ってくるということですか?」
「おそらくね。でも、困ったな……。君を囮にするのはいいんだけど、他の生徒が巻き込まれるのは本意ではないからな……」
ダンテの物言いでは、言いかえれば囮役の自分はどうでもいいように聞こえてしまう。が、そこは卑屈にならずに受け流すことにした。
「あの、二つの事件って、誰かの魔法の仕業ってことであってますか?」
事実、何の物的証拠も残っていなかったため、そうとしか考えられなかったが、念のため確認をしておく。
「ああ、そうだよ。ご丁寧に魔法痕を残さないようにしていたみたいだから、その証拠もないんだけどね」
「なるほど……あの、私この腕輪を学園長からお借りしているのですが、これって魔法を吸収できたりします?一回きりしか使えないみたいなんですが……」
クィアシーナは、嵌めていた腕輪を外し、ダンテの前へ差し出した。
彼はその腕輪を手に取ると、興味深そうにまじまじと眺めた。
「学園長ってば、こんなものを君に預けたんだ……。
これは魔法でも物理的でも、君の身に命の危険があったときに発動する守りの腕輪だよ。君を瀕死から救うような代物だから、魔法を吸収するようなものではないかな」
「そ、そうなんですね。残念なような、そうでないような……」
改めて聞くと、とんでもなく強力な防衛グッズである。
しかし、瀕死の状態から守ってくれるだなんて、学園長は一体どんな状況に追い込まれることを想定していたのだろうか。出来ることなら発動しないことを願うばかりである。
「あの、一つ頼まれて欲しいことがあるんですが、よろしいでしょうか」
「頼まれてほしいこと? どんな内容か、聞かせてもらってもいいかい?」
「はい。ダンテ会長は、魔法の効果を無効化するような魔道具を、お持ちじゃないですか?跳ね返すタイプのものは危ないので、あくまで無効化するか、吸収するような……それを一つお借りすることはできないでしょうか」
クィアシーナは、はっきり言って魔法に関しては何の知識もなかった。
自分が持っている防衛グッズも、すべて物理攻撃から身を守るためのものばかりである。
この国で普及している魔法具についても、生活に関わるもの以外はほとんど知識がない。
それゆえ、今ダンテに求めているものが本当に存在するのかどうかすら分からないまま、尋ねていた。
「ああ、なるほど。確かにそれだと、クィアシーナを狙ってきたとしても、被害を最小に抑えられるね。いいよ、一つ貸してあげる」
そう言うとダンテは、自身の指に嵌めていた指輪のうちの一つを外し、クィアシーナへ差し出した。
銀色の一見するとシンプルな指輪だが、よく見ると細やかな装飾が丁寧に彫り込まれている。
「え!? いや、余ってたら、って意味でした! ダンテ会長のものはさすがにお借りできません!」
「いいよ。城に帰ったらスペアがあるしね。少し大きいかもしれないから、もし合う指が無ければ、首からかけとくといいよ」
「いやいやいやいや!」
王子の持ち物を借りるなんて、恐れ多いにもほどがある。
それに、もし無くしたり壊したりでもしたらどうするんだ。命がいくつあっても足りない。
そんな爆弾みたいな代物、どう考えたって身に着けられるわけがなかった。
「まぁまぁ」
ダンテは笑みを深めたあと、指先をふいっとクィアシーナの身体に向け、ぎゅっと掌を握りしめた。
「!?」
その瞬間、クィアシーナの首から下の動きが止まる。
指先一本動かすことができない不思議な状況に、頭がパニックになる。
「ちょ、いま何したんですか!?」
「拘束魔法だよ。ほんと、まったく魔法耐性が無いんだね。はい、指に着けてみるよ」
クィアシーナが身体を動かせないことをいいことに、ダンテはクィアシーナの指に指輪を嵌めては外してを繰り返し、そのサイズを確かめていく。
「やっぱりちょっと大きいね……あ、でも親指ならちょうど良さげだ」
ダンテはそう言うなり、ぱっと手を開いた。
次の瞬間、クィアシーナの身体に感覚が戻る。そのほんの一瞬の隙を突いて、
「えいっ」
またも指輪を嵌められてしまった。次はお試しではなく、ぎゅっと奥まで押しこんで、である。
クィアシーナは自分の左手――親指にはめられた指輪を見て、みるみる顔色を青ざめさせる。
「ひぃ……! こ、怖っ!! 人を拘束してまで付けます!? お返しします!」
「ダメだよ。契約期間中は、ずっと付けてていいから。あと、これ国宝だから、気軽に外して無くしたりしないでね。契約の終了時にちゃんと返してもらうから」
「こ、こ、こ、国宝!!!!?」
指輪の意匠をよくよく見ると、この国の国花である薔薇の模様となっていた。
(意味がわからない!)
なぜそんなものを、平民の学生風情に気軽に渡せるのか。
どう考えても理解できなかった。
「今の君は、あらゆる魔法を吸収する状態なんだ。普通なら、吸収した魔法は自分の魔力に変換される。でも君には魔力がないみたいだから、その分、指輪のほうに魔力が溜まっていくんだよ」
ダンテはさらりと、とんでもないことを口にする。
「一定以上溜まったら、器が耐えきれずに壊れると思う。だから――そうなる前に、必ず私のところへ持ってきてね」
「ぎゃ、壊れるとか、国宝、む、無理……」
クィアシーナはパニックになりすぎて、言語能力が著しく低下していた。
「大丈夫大丈夫。気をつけてればいいだけだし。それに、また君が狙われたとしても、周りには何の被害も出ないと思えば、ちょっとは気が楽でしょ?おかげで犯人を見つけられるかもしれないし」
「むしろ指輪のことが気になって、まったく気が休まりません!!」
「ははは」
「笑ってごまかさないでください!」
結局クィアシーナは、ダンテにうまく丸め込まれたまま、指に国宝をはめる羽目になった。




