30. アンチ生徒会のブリード家
「一年生のダン・ブリードは、前年度に学園にいたジガルデ・ブリードの弟だよ」
「ジガルデ?誰ですか、それ」
全く聞き覚えのない名前に、クィアシーナは首を傾げる。
「ああ、そうか。クィアシーナさんは転校してきたばかりだし、外国にいたから、この国の貴族事情には詳しくないのか。
ダン・ブリードやジガルデ・ブリードの実家であるブリード家は、ラスカーダ国でも有数の名門貴族で、代々宰相を務めてきた文官職の家系だ。
昨年の在校生の中では、ダンテ殿下を除けば、いちばん身分が高かったんじゃないかな」
「名門貴族……」
でも、そんないいとこの坊ちゃんが、なんで他人を階段から突き落とすなんていう、とち狂ったことをしでかそうとしたのだろうか。
「そして、そのジガルデ様は昨年度の途中まで、生徒会長を務めていた」
「え!? あの、会長職を罷免されて引きずり下ろされたっていう、あの人ですか!?」
リンスティーの話では、当時の会長が罷免されたことがきっかけで、ダンテがフォボロス学園に戻ることになったらしい。
何をやらかしたのかは知らないが、その不名誉な処分を受けた人物が、ジガルデという人なのだろう。
「そうだよ、よく知ってたね! 生徒会の誰かから聞いたのかな? ジガルデ様は選民意識が高い方でね。彼が会長になった途端、この学園の"身分関係なく皆平等"っていう基本方針を無視して、貴族優位な学則を次々に導入していったんだ」
「それは……平民にとったら迷惑な話ですね」
「いや、貴族にとっても迷惑な話だよ。急に、「自分たちは平民とは一線を画す選ばれしものだ! 貴族として選民意識を持て!」だなんて、馬鹿みたいじゃないか」
「バカですね」
思ったよりも、派手に偏った思想の持ち主だったようだ。
それほどまでに極端な身分制度を意識する性質なら、最初から貴族専用の学校(そんなものがあるかは知らないが)に進学すればよかったのではないだろうか。
なぜ、三年間も平民が入り混じるこの学園に入学しようと思ったのだろう……
しかし、ふと、クィアシーナの頭にある疑問が浮かんだ。
「あれ、でも、彼は選挙で勝ったから、会長になったんですよね?
どうして、そんな人が当選できたんですか?
生徒のみんなから票を集めたってことですよね?」
それほど貴族意識が高い人物に、賛同する生徒が多かったということなのだろうか?
それにしては、今の学園を見る限りでは、そこまであからさまに身分にこだわっている感じはない。まぁ、第一カフェテリアなんかは貴族専用みたいになってはいるが。
「それが、みんなすっかり彼の策略にハマってたんだよね~……
彼のすごいところは、その選民意識を、会長になるまでひた隠しにしていたところだよ。
選挙期間中も、そういった思想には一切ふたをして、耳障りのいいことばかり並べ立てていたんだ。
会長になった途端、人が変わったかのように特権階級をむき出しにするんだから、当時はみんな驚いたもんだよ。生徒たちは、僕も含めて、すっかり騙されたってわけさ」
「……それは確かに、騙されちゃうかもですね⋯⋯」
昨年まで学園にいたということは、当時三年生。
会長になるまでの三年近くも、自分の思想をひた隠しにしていたというのなら、みんなが騙されてしまうのも無理はない。
「僕は報道する立場として、どの候補者に対しても中立でいるつもりだったけど、それでも『彼に当選してほしいな』と思って票を入れた一人だよ。
彼は演説に関しては、他のどの候補者よりも頭ひとつ抜けていたと思うね」
「あーたまにいますよね、そういう人」
以前のダントリアス校にも、演説だけはズバ抜けてうまい生徒がいた。
討論大会でも活躍はしたものの、中身が薄すぎて途中で敗れてしまっていたが。
ただ、ジガルデが一体どんな演説をしたのかは分からないが、人を惹きつける魅力のある人物であることは間違いない。
罷免されたとはいえ、一度会長になれたのが、その証拠だ。
「それで、そのジガルデさんは会長を罷免されたあと、どうなったんですか?」
「ああ、生徒会が解散して、会長選の再選挙に、彼も再び立候補したんだ。けれど、留学から帰ってきたダンテ殿下が会長選に名乗りを挙げて、結果はいわずもがなさ。
惨敗を喫して、彼は学園に来なくなった。結局、そのまま学園を中退しちゃったのかな?他に転校することもなく、今は領地に籠っているって噂だよ」
「中退って……なんていうか……卒業まで頑張れば良かったのに……」
学園を中退扱いとなれば、将来にも影響が出るだろう。
この国では高等学校への進学は任意ではあるが、卒業しておいたほうが就職には有利だ。
まして宰相職を狙っていたのなら、なおさらのこと。もしかすると彼は、すでにそのレールから外れてしまったのではないだろうか。
「ちなみにだけど、このとき、ジガルデ会長を罷免させようと動いていたのが、今も現役の生徒会メンバーであるマグノリアン君、ビクター君、ドゥラン君の三人だよ」
「え!? そうなんですか!?」
クィアシーナは、突然飛び出してきた馴染みのある名前に、心底驚いた。
確かに、彼らは一年のときから生徒会に入っていたと聞いている。
しかし、まさか罷免制度を使って前会長を辞めさせた張本人たちだったとは、思いもしなかった。
驚くクィアシーナをよそに、ラシャトは淡々と三人の行動について話を続けた。
「三人は当時、一年生ながら生徒会メンバーに指名された。最初こそ生徒会メンバーとしてジガルデに従っていたものの、次第に彼の思想に反発するようになり、生徒会を解散させるための行動を水面下で進めていたんだ」
「あーなんとなく、想像がつきます」
マグノリアンがジガルデの言うことに真正面からぶつかって反発し、ビクターは表向き従いつつも、会長を引きずり下ろすためにドゥランを使って裏で動いていた、こんなところだろうか。
「旧政権が破れ、新しい生徒会が発足して、生徒会メンバーも一新されるかと思いきや、そのまま三人は現役続行だからね。
三人はそりゃあ旧メンバー……ジガルデ派の連中から恨まれてたよ。
でも幸いなことに、連中は全員三年生だったから、去年学園を卒業してすでに学園にはいない。けれども……」
「けれども?」
「ダン・ブリードのように、彼らの兄弟が学園には数人在籍している。兄弟でなくても、ジガルデに賛同し、彼と同じ思想を持っていた生徒もいる。
彼らはダンテ会長の生徒会に、強い恨みを抱いていると言っても過言ではないんじゃないかな」
「え……それって、"アンチ生徒会"的な?」
「はは、そうだね。寧ろ"アンチ・ダンテ政権"って感じかな? ダンテ殿下は民主主義だからねぇ」
あのダンテを敵に認定する……色んな意味で勇気あるなぁとクィアシーナは思う。
(というか、今の生徒会に本当にアンチがいたなんて、昨日私がリンスティーさんに展開した強引な推察そのままじゃん!)
「ラシャトさん。そのアンチ・ダンテ政権の人たちの名前を、教えてもらうことってできますか?」
もしかしたら、アリーチェさんの事件から今朝の爆発騒ぎまで、すべて彼らの仕業なのではないか、と思う。
それを確かめるためにも、誰が反対派なのかを知っておきたかった。
……が、こちらの予想通り、ラシャトは盛大に渋ってきた。
「いや~、それはちょっと割に合わないよ! リストを渡すには、もっと対価となるネタを用意してくれないと」
(対価となるネタと来たか。っていっても、私まだこの学園の事情に詳しくないしな……)
今のところ、新聞部に渡せそうな情報なんて何も持っていなかった。
そこで、クィアシーナはラシャトに一つ提案を出すことにしてみた。
「逆に、ラシャトさんが欲しい情報ってなんですか?」
「え、僕の欲しい情報!?」
ラシャトの目が輝く。
あ、藪蛇なことをした、とクィアシーナは瞬時に察し、慌てて言葉を付け足す。
「私が調べられそうな範囲で、です」
「君が調べられそうな範囲? うーん……何かあるかなぁ……」
ラシャトは、いつになく真剣な様子で頭を悩ませ始めた。
クィアシーナは、ゴシップになりそうなことが起きるはずのない一年Dクラスの所属だ。
それ以外に情報を得られそうなのは、生徒会に所属しているというカードがあるが、それもまだ日が浅い。
むむむ、と言った表情のラシャトに、クィアシーナも不安になる。
「君にできることは何もない」と言われたら、交渉は決裂してしまうだろう。
「そうだ! こんなのはどう?」
「はい! なんでしょうか?」
いいことを思いついたと言わんばかりのラシャトは、次の提案を口にした。
「アリーチェさんの近況を報告して貰うっていうのはどうかな?」
「え? アリーチェさんの、近況、ですか?」
クィアシーナは彼の口からでた予想外の人物の名に、思わず目をキョトンとさせる。
「そう、元庶務のアリーチェさん。彼女の今の怪我の具合と、今どうしているか、それからいつ頃復学するかっていうのを記事にしようとしてたんだ。後任の君にぴったりな仕事でしょ?
彼女の近況を記事にできるくらいの情報を僕にくれるなら、さっき言ってた人たちのリストをあげてもいいよ」
クィアシーナは、内心飛び上がりそうになっていた。
(これこそ渡りに船だ!)
クィアシーナは、ちょうど、アリーチェに接触を図ろうと考えていたところだった。
階段から落ちたのが彼女の自作自演である可能性を、はっきりさせておきたかったのだ。
「了解です。なるべく早く、情報提供できるようにします。私がアリーチェさんの情報を渡せたら、アンチ・ダンテ政権の人物リストを必ずくださいね」
「ああ、約束するとも! 楽しみにしてるよ!」
このときのクィアシーナは知らなかった。
「しめしめ、これであのヒステリー女のところに行く手間が省けた」と、ラシャトが呟いていたことを――




