29. 新聞部から聞く新たな情報
放課後――
新聞部の部室は、管理棟の一階にあった。
その部屋はファンクラ部の部室の隣に位置しており、彼らは生徒会メンバーに関する情報を頻繁に交換し合っているらしい。
部室の前には棚が設けられていて、新聞部が発行したものと思われる新聞が、過去の号も含めて何冊も並べられていた。
(私のことが盛られて書いてるやつって、これかな?)
新聞部の扉を叩く前に、クィアシーナは最新号を手に取った。
その一面には、第二カフェテリアのガラスが割れた事件についての記事が載っている。現場に居合わせた数人から証言を取ったのだろう。ガラスが突然割れたことや、何かが投げ込まれた形跡は見当たらなかったことなど、事件のあらましが事細かに記されていた。
何のことはない。普通の読み物として、しっかり書かれているという印象を受ける。
しかし、末尾の文章に差し掛かったところで、クィアシーナは思わず新聞を追っていた目を止めた。
『まだ調査中の段階だが、生徒会の期待の新人メンバーが、きっとこの事件を解決してくれることだろう(二面へつづく)――』
(こ、これは……)
嫌な予感を覚えつつ、クィアシーナは恐る恐る新聞を捲り、二面へと視線を移した。
そこには、先日生徒会館でラシャトに撮影された一枚の写真が、これでもかというほど大きく掲載されていた。
無難な笑顔で、無難にそれなりに写っている――紛れもなく、自分自身の姿だった。
それだけでも相当なインパクトだというのに、書かれてる文字にクィアシーナは顎が外れそうになった。
『生徒会に新風! 新庶務にクィアシーナ・ベック』
すでに見出しから飛ばし過ぎている。しかし、それよりもその下に書かれた内容のほうがもっと衝撃的だった。
『本学園生徒会に、注目の新メンバーが加わった。一年生にして庶務へと大抜擢されたのは、クィアシーナ・ベック。突如として本学園に現れ、瞬く間に話題の中心となった人物である。
彼女は、かつて生徒会会長ダンテ第二王子殿下や副会長リンスティーさんも留学先として名を連ねた名門・ダントリアス校に在籍していた経歴を持つ才媛だ。しかし、真に注目すべきはその華々しい転校遍歴にあるだろう。
家族の仕事の都合により、ラスカーダ国周辺諸国を転々としてきた彼女は、行く先々の学校でその名を知らしめてきたという。問題行動の目立つ生徒を導き、学園の風紀を正してきたとの噂も少なくない。
その詳細について、本人は多くを語らない。だが、その慎ましい姿勢こそが、彼女の評価をさらに高めているのかもしれない。
生徒会会長であるダンテ第二王子殿下は、次のように語っている。
「彼女の正義感は、初めて会ったときから他とは一線を画すものだと感じていた。学園の平和に、大いに貢献してくれることを期待している」
果たしてこの“新星”は、フォボロス学園にどのような変化をもたらすのか。今後の動向から、ますます目が離せない。』
「たのもーーーーーーっっっ!!!!!」
気付いたらクィアシーナは部室の扉をぶち破る勢いで開けていた。
特大も特大、超大盛りの記事の新聞を、片手でぐしゃりと握りしめながら。
◇
「この記事は一体何なんですか!? あのとき取材を受けたときに聞かれたことがほとんど書かれてないどころか、話してない情報が特盛に誇張されて書かれてるんですが!?」
クィアシーナは、部室で取材に出る準備をしていたラシャトと、ちょうど鉢合わせた。
彼女のあまりの剣幕に、ラシャトは思わず逃げ出そうとしたが、そうはさせるかと腕を掴まれ、そのまま椅子に押し戻される。気がつけば、粘着テープでぐるぐる巻きにされていた。
なお、ラシャト以外の部員たちはというと、「またラシャトが取材対象からクレーム受けてる」と、誰一人として助けに入ろうとはしなかった。
そして、いまは部室の奥の応接スペースを借りて、記事の内容について問いただしている真っ最中である。
「いやぁ、取材したときの内容だと、ちょっとインパクト弱いかなって思ってさ。どうしようか悩んでたんだけど、あのあとダンテ殿下のところに戻って、君のことを相談しに行ったんだよ。
そしたらもう嬉々として、前の学校での話とか色々教えてくれてさー。気づいたら途中から、原稿の叩きまで一緒に考えてくれてたよ。本当、我らが会長様は頼りになるよね!」
「ゔがぁーーー!!! やっぱりあの人が一枚噛んでたのか!」
頭をぐしゃぐしゃと掻きむしりながら、憤りを顕にする。
(あの真っ黒王子は色々と忙しいだろうに、なに人の個人情報使って楽しんるんだ!)
そんな風に感情を爆発させているクィアシーナを前にしても、ラシャトは至って平静である。
おそらく、クィアシーナ以外からもよくクレームを受けているのであろう。
「まぁまぁ、新星さん」
「誰が新星ですか!」
「ちょうど君に今朝の爆発騒ぎのことを聞きに行こうと思ってたんだよ~」
「今のこの状況でよくそんなことが言えますね!?」
「だって、新聞部だからね! そこに情報やネタがあれば、どんな状況でも飛び込むのさ」
ラシャトはウインクをしてドヤを決めるが、その反省の欠片もない様子に、クィアシーナは腹が立ってしょうがない。
「今朝の件は、私よりも、ルーベントさんやドゥランさんのほうが、私よりよほど状況を掴んでいると思います。それに、その後の調査にあたった職員にも話を聞いたほうが、有益な情報が得られるかと」
実際、クィアシーナは爆発騒ぎに巻き込まれた、ただそれだけである。大した情報は持っていない。
「違う違う、ルーベント様やドゥランくん、それから関係職員にはすでに昼休みに取材済みだよ! それよりも、僕は被害者Aの生の言葉を聞きたいんだ。だって狙われたのって君だったんでしょ?」
なんと。
彼らにはすでに話を聞き終えていたらしい。
さすが、仕事が早い。
「私が狙われたのは確かですけど、別に怪我はなかったし……周りの人にも被害はなかったし……」
今さら特に思うことはない。
むしろ今となっては囮として役に立ったな、ああ、犯人は一体誰なのだろう?くらいの感想しかなかった。
しかし、そんなことを口に出せば、また飛んでもない書かれ方をされるに違いない。
「さすがだよ、クィアシーナさん! 自分の身の危険を語らずして周囲の無事にのみ言及するなんて! その発言、いただきます!」
「いや、どうやったらそんな捉え方ができるんですか。今のは絶対に匿名にしといてくださいよ! 被害者Aで! それから、誇張し過ぎないでください!」
ラシャトの思考回路というのは、どうやら自分のものとは大きく異なるようだ。言っても無駄かもしれないが、盛るの止めるよう釘を刺しておく。
「はいはい、わかったよ。貴重なご意見をありがとう。で、そろそろこの拘束、解いてもらってもいいかな?」
ラシャトは自分の体に巻き付けられた拘束テープをちらりと見やりながら、へらっとした調子で頼んできた。
だが、こちらの話はまだ終わっていない。
むしろ――ここからが本番だと言っていい。
「私、誇張されすぎて、ほとんど捏造に近い記事で個人の尊厳を傷つけられました。なので、迷惑料として、ひとつ情報を提供してもらうことを要求します」
腕を組み、さも当然の要求であるかのように告げるクィアシーナに、ラシャトは思わずぎょっとした。
「えぇっ、情報って……一体何の情報が欲しいの?
ダンテ殿下の個人的な情報とか横流ししたら、僕、消されちゃうから、勘弁してほしいんだけど!」
「ダンテ会長のなんて要りません! 一年Sクラスのダン・ブリードについて、あなたが調べられる限りの情報が欲しいんです」
今日の昼、自分を階段から突き落とそうとしたダン。
一体どんな理由があってあんなことをしたのか、そして彼はアリーチェさんの事件に関係しているのか――何でもいいから彼に関する情報が欲しかった。
「一年Sクラスのダン……? ああ! 聞いたことがあると思ったら、ブリード家の坊っちゃんか! 弟の方が入学してたんだね」
「弟? ブリード家?」
どうやらラシャトは、ダンについて何か知っているらしかった。
だが、その言葉に興味を引かれたクィアシーナを前に、ラシャトはわざとらしく勿体ぶった調子で続ける。
「えー、でもさぁ。迷惑料としては、この話、ちょっと釣り合わないよ~。どうしようかな~?」
身体を拘束されて身動きもとれない圧倒的に不利な状況なのに、それでも交渉の優位に立とうとするとは、見上げた根性である。
――そっちがそうくるならば、こちらとしても考えがある。
「なるほど、情報を渡す気はないと。では、迷惑料に代わる慰謝料として、来月の新聞部の部費の半額を請求することを生徒会に報告します」
「何だって!?」
クィアシーナの言葉に、これまで空気のように静かに作業していた部員たち全員が、聞き捨てならないと言わんばかりに立ち上がった。
「ラシャトさん! 困ります! 前も似たようなことして部費をカットされたばかりですよ!」
「おまえ次やったら部長から退部勧告出てただろうが!」
「大人しくさっさとこの子に情報を提供しなさい!」
部員たちから口々に責め立てられ、さすがのラシャトもまずいと感じたのだろう。「しょうがないなぁ……」と小さくこぼし、観念したように話を始めた。




