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28. 犯人っぽい一年生

その人物は階段をゴロゴロと勢いよく転がって行き、地面に着いたときにようやく動きが止まった。

蹲った身体から呻き声が聞こえ、クィアシーナは「大丈夫ですか!?」と大慌てで階段を駆け下り、その人物のもとへ駆け寄った。


転がり落ちていく際、腕で頭を守っているのが見えたため、なんとか受け身はとっていたのであろう。おそらく、最悪の事態は免れたはずである。

ただ、全身を強く打ち付けているのは間違いない。その人は地面に蹲って唸り声を上げたまま、立ち上がろうとしなかった。


「大丈夫ですか? 立てますか?」


介助しようとクィアシーナがその生徒――見たところ、クィアシーナと同じ、一年生くらいの男子生徒である――に触れようとしたところ、その手を払われた。


そのあまりの勢いに、クィアシーナは一瞬「え」と固まってしまった。


彼は振り払った姿勢のまま、クィアシーナの顔を睨みつけてくるが、その顔には脂汗が滲んでいる。


「……だよ……」

「? ごめんなさい、聞こえなかった。何て――」

「……っ、おまえ、なんで避けるんだよっ!!!!! おまえが避けるから、俺が足を踏み外したんだぞ!? くそっ、なんで俺がこんな痛い思いを⋯っ!」


激しくまくしたてるとともに、フー、フー、という息遣いが聞こえてくる。

痛いのを我慢しながらも、毛を逆立てた猫のような威嚇をされてしまった。


「いや、なんでって……嫌な感じがしたから避けたんだけど……」


さっき、なんとなくではあるが、背後から追突されるような感覚を察知したのだ。

手すりはないので、捕まるものもなし、しゃがんで横に避けた。ただそれだけだ。


「え⋯⋯というか、"なんで避けた"って、やっぱりあなた、私のこと突き落とそうとしてたの!?」


今の会話の流れからしたら、そうとしか考えられない。

しかし……クィアシーナは目の前の男子生徒に、まったく見覚えがない。クィアシーナのようにありふれた茶色の髪に、これまたありふれた茶色の瞳をしたキツイ顔立ちの生徒である。

正直、これまですれ違ったことがあるかどうかさえ怪しい。

それゆえ、彼に階段から突き落とされるくらい強い感情を向けられる理由が、クィアシーナにはわからなかった。


「……」

「ねぇ、どうなの?」

「……黙秘する」


馬鹿なんじゃないだろうか。

そんな言い方、どう考えても肯定しているようなものだ。

しかも逃げようとする気配すらない。おそらくどこかを怪我していて、動けないのだろう。


「痛い? もしかして、足を動かせないの?」


「……」


沈黙。

けれど、その沈黙がむしろ答えになっていた。

黙秘を続ける彼に、クィアシーナは呆れてふぅっと息を吐く。


「……あなた、よく考えて行動しなよ。自分が転がり落ちてみてよくわかったでしょう? 下手したら殺人罪だよ……で、どうする? 動けないであってるんでしょ? 私じゃあなたを運べないし、人呼んで来たほうがいいよね?」

「ッうるさい! おまえが避けなければ!」


(ダメだ、会話にならない)


さっきから壊れたオモチャみたいに、「おまえが避けなければ」と同じことばかり繰り返している。

けれど——もし自分が避けなかったら、あの勢いで階段を降りてきた彼とぶつかり、二人まとめて階段下まで転げ落ちていたに違いない。


とはいえ、それを口にしたところで火に油を注ぐだけだ。

そう判断したクィアシーナは、大人しく口を噤むことにした。


「あぁ……痛い、ちくしょう、なんで避けるんだよ……」


しかし、同じことばかり繰り返す彼に、さすがのクィアシーナもだんだん腹が立ってきた。

というより、そもそも自分は少々沸点が低い自覚がある。


(自業自得なのに八つ当たりしてきて、しかも授業遅れるの確定だし、なんなんだ本当……)


「ねぇ⋯⋯さっきからさ、なんで私があなたに怒鳴られないといけないわけ……?」

「!」


先ほどまでの気遣うような態度から一転、クィアシーナが急に苛立ちをにじませ始めたことに気づいたのか、彼の悪態が一瞬止まる。


「べつに私このままあなたを放置して授業に向かうこともできるんだけど。

よく見えないけど、足、やばいんじゃない?時間が経てばたつほど悪化するよ?……痛いよ?」

「……」


彼は落下の際、足を強打したらしい。

膝をしきりに抑えている様子から、骨や靭帯に何らかの影響が出ている可能性がある。


「ちょっと、本当にどうするの?何も答えないなら教室戻るけど」

「……」

「わかった、じゃあね。足、折れてないといいね」


お大事に、という言葉すらかける気にならず、クィアシーナが足早にその場を立ち去ろうとすると、「待て!」という声が彼女を引き止めた。

もちろん、引き止めたのは蹲った状態の男子生徒である。


「何?」

「おまえ、本当にこのまま置いていくのか?怪我人を放置して?」

「うん。だって立てるかどうか聞いても答えてくれないし、そもそも助けてって言われてないし。なにより私、突き落とされそうになった被害者だし。……義理、ないよね?」

「……」


罪悪感が無かったわけではない。

でも、本当に彼を放置して教室に戻る選択肢を取ることを考えていた。一応、保険医に人が倒れてる、と伝えてからのつもりではあったが。


「ねえ、助けて欲しかったら、そう言ってよ。それからちゃんと私に謝って。ついでに、なんでそんなことしようとしたのかも教えて。あ、それと、あとで生徒会に突き出すから名前と学年とクラスも教えてね。優しいでしょう?教員には内緒にしといてあげる」


図らずも、早速ひとり餌が釣れてしまった。

アリーチェの件や今朝の爆発の件に彼が絡んでいるか知らないが、何にせよ一人犯人候補を潰したことに変わりはない。


「おまえ……ッ!」

「で? 助けて欲しいの? どうなの?」

「……助けてください……」

「了解。先生呼んで、ついでに担架もってくるよう保健室に行ってくるから、絶対動いちゃだめだよ」


予鈴どころか本鈴の鐘が校舎に鳴り響く。

一限に引き続き、どうやらまた、授業を遅刻する羽目になってしまった。





結局、彼はあのあと病院へ運ばれていった。やはり足を骨折していたらしく、しばらくの間は学園に来られそうにないだろう。


それから――保険医が彼の名前を確認した際、ちょうどクィアシーナがそばに付き添っていたことで、ようやく彼が誰なのか判明した。


「一年Sクラスのダン・ブリードです……」


ただ、彼の名前を聞いたところで、クィアシーナの頭には「誰おまえ」状態である。

「……お見舞い、行くからね?」と暗に理由を吐くまで逃げるなよと釘をさし、運ばれていく彼を見送った。


(……彼は物理的に私を突き落とそうとした。今朝の爆発は魔法によるものだったから、今朝の件と彼は無関係なのかも?

ただ、今回は状況的にアリーチェさんの事件と似てるから、アリーチェさんの事件とは何かしら関係がありそうだけども……)





「さっき授業遅れてきたのって、生徒会で何かあったの?」


午後の授業の中休み、ララとマリアがクィアシーナの席までやって来て、ソワソワした様子で遅刻の理由を聞いてきた。


「ううん、違う、生徒会は早めに終わったんだけど、生徒会の用事が終わった後に、別でトラブルがあったんだ……」


「トラブル? なーんだ、生徒会で何かあったわけじゃないんだ」


なぜかガッカリした様子の二人に、クィアシーナは率直に理由を尋ねた。


「なんでそんな気になるの?」


「だって、わざわざリンスティー様が教室まで足を運んでくださってクィアシーナを連れ去ったんだよ? なんかこう……恋愛的な何かが少しでも起きていたことを期待してたんだけど……」


(いや、ダンテ会長からの呼び出しだって彼も言ってたでしょ……強いて言えば、リンスティーさんに横抱きにされたのはドキドキしたけど、荷物として運ばれただけだし)


どうしても恋愛に結びつけたいらしい彼女に、クィアシーナは別の話題を振って話を逸らすことにした。


「そういえば、一年Sクラスのダンって人知ってる? 茶色い髪のキツめの顔した子」


「ダン? Sクラス? ん~……誰だろ? あんまりSクラスの子とは関わりないからなぁ」

「私も聞いたことないかも。その人がどうかしたの?」


「あ、ううん、知らないんだったらいいや。別に大したことじゃないから」


実際、大したことなのだが、知らないのなら仕方がない。


Sクラスは他のクラスと履修授業が被ることもないらしいし、ほぼ全員が高位貴族だ。

よほどのことがない限り顔見知りになる機会もないだろう。


「あ、そうだ。もし人探しとか、情報が欲しいんだったら、新聞部の人に聞いてみたらいいかも」


「へ、新聞部?」


思いもよらない単語が、マリアの口から出てきた。


「そうそう、新聞部だったら、学園や生徒会でも知らないようなコアな情報持ってたりするから、少しでも名が知れてるんなら、知ってるんじゃないかしら?」


「そ、そうなんだ……ちょうど今日の放課後に新聞部になぐりこ……、違った、用事があったから、聞いてみることにするよ」


ちょうど、一体誰のことを書いたんだ、というような誇張記事(実際まだ読んでないのだが)に、文句をいいに行こうとしてたところだ。


文句ついでに、あのダンという生徒について尋ねてみることにしよう、そう心に決めた。




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