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26. 学園長との対面

爆発した付近にいた生徒たちから、悲鳴が上がる。


みんな咄嗟に避けたおかげで、幸い怪我人らしき人はいないようだった。

まだ地面は燻ってはいるが、燃え広がったりもしていない。そもそも威力もそこまでのものだったらしい。

しかし、爆発物の残骸がどこにも見当たらないことから、カフェテリアのときと同様、何らかの魔法である可能性が高い。


(良かった、誰も巻き込まれた人がいなくて……爆発の場所からして、今回は確実に私が狙われたな……でも、一体どこから?)


クィアシーナが辺りを見渡していると、ルーベントが周囲に向けて叫んだ。


「道の真ん中を避けて、いますぐ校舎内へ避難しろ!!! ここは危険だ!!!」


すでに校門の中にいた生徒は、彼の警告を聞いて、慌てて教室棟の方へと逃げていく。


しかし、まだ予鈴も鳴っていない時間帯のため、まだゆっくり登校してくる生徒の姿がちらほらと見える。

入って来る生徒を足止めしないと、とクィアシーナが門の方へ行こうとすると、ドゥランが先に動いた。


彼はちょうど登校してきた生徒の前に立ちふさがって、彼らの進入を止めた。


「すいません、いまここで爆発騒ぎがありました。ここは危険なので、裏門から校舎に入ってください。遅刻扱いにならないよう職員から証明を貰ってください」


(ルーベントさんも、ドゥランさんも、なんて状況判断が早いんだろう)


二人とも、付近を警戒しつつ、人を近づけさせないよう即座に動いた。

慌てることもなく、的確な状況把握をもって、である。


「クィアシーナさん」


ドゥランから声をかけられ、はっとする。


「私はこれから職員に伝達魔法で連絡を入れます。その間、申し訳ありませんが、登校してくる生徒に裏門から入るよう誘導してください」


「はい。わかりました」


彼に指示されたとおり、クィアシーナは入って来る生徒に向かって裏門へ行くように告げる。


いまのところ、不思議とクィアシーナには恐怖も不安もなかった。

それよりも、誰も被害を受けていないことへの安堵のほうが大きかった。


そうして、職員が駆け付けてくるまで、この誘導は続いた。




そして今――クィアシーナは、厳めしい眼鏡をかけた老齢の女性であるこのフォボロス学園の学園長と対面している。


彼女に会うのは、初日のオリエンテーション以来のことだ。

そのときと同じように、二人はソファに向かい合って静かに座っていた。


「まだ学園に慣れてない中、大変でしたね。怪我人はいないと聞いていますが、大丈夫でしたか?」

「はい、先輩が手を引いてくれたおかげで、巻き込まれずに済みました」

「それなら良かったです」


あのあと、現場を職員たちに任せ、クィアシーナたち三人は授業へ向かった。

あとで職員から事情聴取されるだろうと思ってはいたが、一限終わりにクィアシーナのことを呼び出したのは、まさかの学園長であった。

しかも、呼び出されたのはクィアシーナ一人だけだったらしい。

学園長室には、ルーベントやドゥランの姿はなかった。


「それで、用件を伝える前に確認です。つい先日、あなたは第二カフェテリアでガラスが割れた現場に遭遇し、今回もあなたのいた場所で爆発騒ぎが起こったと聞いたのですが、それは本当ですか?あなたが狙われてると聞いたのですが……」


学園長からの指摘に、クィアシーナはドキリとする。


(もしかして、トラブルメイカー扱いされてる?次なんかあったら退学なんて言われないよね?)


クィアシーナはとんでもないマイナス思考で学園長を見つめながら、自身の意見を口にした。


「本当です……狙われてるかわかりませんが、二回とも、避けなければ私は大怪我をしていたのは間違いないです」


「なるほど。ちなみに、どうして二回とも避けることが出来たのですか?」

「勘です」

「……勘?」

「はい」

「……それは、どういったものでしょう?」

「ただの直感です」


そうとしか説明のしようがなかった。

自分の危険察知能力は、長年のヘビーな学校経験によって培われたものだ。

どうやって身につけたのかと問われても、「なんとなく」としか答えようがない。


学園長は一応納得した顔を見せ、クィアシーナに告げる。


「わかりました。でも、あなたのその勘が外れることもあるかもしれません。そのときに、大怪我じゃ済まない可能性もあります。いくらあなたが()()とはいえ……私はそれが心配なのです」


(そうだった。学園長は、ダンテ会長が私を囮役として生徒会に引き入れたことを知っていたんだ)


学園長の呼び出しを、まったく別の方向に受け取っていたクィアシーナは、自分を案じるような彼女の様子に胸を撫で下ろした。


「そこで、犯人が捕まるまで、あなたにこれを預けておこうと思います」


学園長は、脇に置いていた包みから何かを取り出し、クィアシーナの前へそっと置いた。


「これは?」


テーブルに置かれたのは、一つの華奢な腕輪。金の細いリングで、余計な装飾は一切ないシンプルな意匠のものだ。

……シンプルながら、見るからにお高そうな代物である。


「私の魔力を込めた魔道具です。効果は一度きりなのですが、身に着けていれば、あなたの危機を救ってくれるでしょう。一連の犯人が捕まるまで、身に着けておきなさい」

「いやいや、こんなもの受け取れません!」


たった二回事件に巻き込まれただけだ。

過去に通っていた学校では、もっと悲惨な騒動に、これ以上の回数巻き込まれたことすらある。

学園長の気遣いはありがたいが、さすがに行き過ぎだ。こちらとしては、ただただ恐縮するしかない。


「誰もあげるとは言ってません。事件解決まで貸してあげるといっているのです。あなたが想定より悪質な被害を受けているから……。ごめんなさいね、転校して来たばかりだというのに、こちらの問題に巻き込んでしまって」


「そんな、生徒会入りして囮になると決めたのは私なんで。それに、『生徒間で起きたことは生徒が解決』がこの学園の方針なんですよね?」

「ええ、学園の方針は貴方が言った通りです。ただ、ここまで危険な事件は過去に例がありません」

「そうなんですか?」

「そうですとも。それに、私がダンテに貴方を紹介したせいで、囮役なんてことをする羽目になったんですから、私にも責任があります」

「学園長が、ですか?」


ダンテは学園長から書類を見せてもらったと言っていたので、てっきり彼のほうから頼んだのかと思っていた。


「ええ、あの子が『誰か学園内にタフで頑丈そうな子はいないか』、と私に聞いて来たのです。

そこで、私は編入試験で会った貴方のことを彼に伝えました。すると、あの子はすぐにあなたに興味を持ち、オリエンテーションで生徒会に勧誘するから時間を作ってくれと頼まれたんです」

「それで転校初日に私を勧誘してきた、と」

「そのとおりです。あなたを紹介したときは……あの子の遊びに耐えれそうな子をあてがってあげただけという軽い気持ちだったのですが、まさか爆破騒ぎまで起きるとは」


(待って、遊びに耐えられそうな子をあてがったって何? そりゃ頑丈でタフな自信はあるけども……!)


聞き捨てならない言葉が耳に入ったが、学園長は気にも留めず話を続けた。


「私は、どれだけ危険なことが起こっても、学園の方針は変えません。この学園には、私が施した強力な結界が張られているため、外部の脅威からは守られています。

つまり……今回起きている問題はすべて内部の犯行によるものなのです。

だからこそ──『生徒間で起きたことは生徒が解決する』。

学園の平和を、生徒たち自身の手で守ってほしいと思っています。そうして、人として成長していってほしいのです」


生徒が解決するにはいささか重すぎる案件である気もするのだが、言ってることは理解できた。


「わかりました。きっかけはダンテ会長の気まぐれだったのかもしれませんが、こうして私も生徒会の一員になった以上、騒ぎを起こしている犯人を一刻も早く捕まえられるよう最善を尽くします」


たとえダンテの"新しいオモチャ"として引き入れられたのだとしても、褒美のため、そして平和な学園生活を送るため、手は尽くすつもりである。


「頼もしい限りですね。……あなたを合格にしてよかったと、心から思います。ここだけの話ですが、筆記試験はどうしようもなくて、合格点に達していなかったの。でも、面接では面接官全員が最高評価をつけていたのよ。このまま入学させても授業についていけない可能性があるから、どうするべきか迷ったけれど……最終的に合格にしたの。あのときの判断は、間違っていなかったと思うわ」


「そ、そうなんですか……」


できれば、筆記試験がどうしようもない出来だったという話は聞きたくなかった。こちらとしては、それなりに手ごたえを感じていたのだから。

それにしても、面接が高評価だったとは意外だ。特技アピールでは失笑を買った記憶しかないのに、思いのほか評価は良かったらしい。


「私は生徒の成長を期待していますが、その前提には、生徒が安全であることが欠かせません。あなたも、くれぐれも注意して下さい」


「はい、心得ました。お気遣い、感謝します」

「それから、ダンテに無茶を言われたら、遠慮なく私に相談してきていいですからね」

「は、はい。あの……最後に一つだけお伺いしたいことがあるのですが、よろしいですか?」


クィアシーナは、先ほどから胸の内に引っかかっていた疑問を、恐るおそる口にすることにした。


「なんでしょうか?」

「学園長は、ダンテ会長とどういったご関係なのですか?」


さきほどから、学園長はダンテのことを、生徒というよりも――

まるで親が子どもを気にかけるような口ぶりで話していた。

そのせいで、どうしても二人の関係を気にせずにはいられなかった。


「あの子は私の又甥です。平等に接してるつもりなんだけど、ついつい目をかけてしまうのよね」


「又甥……あ、」


(そういえば、聞いたことがあるかも)


フォボロス学園は王立の学園であり、その管轄は代々、女性王族が担っている、と。

ということは、学園長も……


「……理解しました」

「ふふ、あの子をどうぞよろしくね」


ここ数日で、高貴な人に触れ合い過ぎて、感覚が麻痺してきたクィアシーナであった。





「次は爆破騒ぎに巻き込まれたって聞いたけど、大丈夫!?」


学園長室から戻ってきたクィアシーナに、ララが後ろの席から心配そうに話しかけてきた。


「うん、怪我もしてないし大丈夫だよ。心配してくれてありがと……立て続けに、ちょっと怖いよね」

「うん、でも、クィアシーナならなんとかしそうだよね! 新聞読んだよ! めっちゃカッコいいじゃん」

「ん?カッコいい?何のこと?」


ララが期待で目を輝かせてくるが、クィアシーナには全く心当たりがない。


「何って、これまでの学校でも悪を成敗してきたんでしょ?リアルにそんな人がいるなんて驚きだよ~。あ、先生きちゃった! またあとでね」


こちらこそ驚きである。


特大に盛られた記事のせいで、自分はまるで正義の味方だと勘違いされているらしい。


("悪を成敗してきた"って、……一体誰のことなんだよ!今日の放課後、新聞部に抗議しにいかなきゃ)


クィアシーナは、その悶々とした気持ちを抱えたまま授業に臨んだ。




――そして、その日の昼休み。

気分転換も兼ねて、いつもの三人で売店へ軽食を買いに行くことにした。


「売店って初めて来たけど、こんなにいろんな種類があるんだね」


クィアシーナは卵のバケットサンドを購入したのだが、ほかにもさまざまな品がケータリングとして販売されていた。しかも、第二カフェテリアと同じくらいの価格設定で、お財布にも優しい。

食べ物のほかにも、文具などの学校用具まで並んでいて、ちょっとした買い物に非常に便利である。


「うん、見てて楽しいよね。私たち、第二カフェテリアに飽きてきたら、売店でお昼を買うようにしてるんだ」

「私はここのカップケーキがお気に入りなの。レーズンのやつがとっても美味しいから、今度クィアシーナも食べてみて」

「そうなの!? それ、おやつに買おうか迷って辞めちゃった。買っとけば良かったな……」


放課後は何かとお腹が減る。

生徒会のお茶請けで出される上品な量では、クィアシーナの胃袋は満たされないのだ。


「明日リベンジだね」


買ったものは教室に持ち帰って食べることにしたが、よく考えれば、転校してきてからそんなふうに昼休みを過ごすのはこれが初めてだった。


Dクラスに戻ると、思った以上に生徒が残っており、あちこちで輪になってワイワイと昼食をとっている。


「教室で食べてる子って、けっこう多いんだ」

「いつもはそんなことないよー。昨日と今日、第二カフェテリアがガラス工事で立ち入り禁止なの。だから、みんな教室で食べてるんだと思うよ。明日には営業再開するみたいだけど」

「あ、今日が工事だったんだ。なるほど」


三人で机を寄せ、ようやく腰を落ち着ける。クィアシーナのお腹は、もはや飢餓状態だった。


さあ実食とばかりに、大きく口を開けてバケットサンドにかぶりついていると、マリアがぐいっと前のめりになってクィアシーナに尋ねてきた。


「ねえ、私たち、昨日、クィアシーナがリンスティー様と帰ってるとこ見ちゃったんだけど、二人でどこかにお出かけしに行ったの!?」

「っ!?」


突然のリークにクィアシーナは食べてるものが詰まりそうになった。


(うそ、二人にも見られてたの!?)


クィアシーナは口の中のものをなんとか飲み込み、マリアに向かって告げる。


「一体どこから……二人が見てたなんて、全然気が付かなかった」


どこから、という問いに、ララがニヤリとして答えた。


「ファンクラ部の部室からだよ~! 私たち、昨日は会合の日だったから放課後学校に残ってたんだよね。

なんか部員の何人かが窓に張り付いてるから、何してんだろうと思って見たら、リンスティー様とクィアシーナが仲良く校門のほうに帰っていってるじゃない!びっくりしたよ~。

この前クィアシーナは生徒会メンバーだとリンスティー様がいいって言ってたしさ、これは……! って思って。

ねえ、何か進展あった!?」


ララとマリアが目をキラキラさせ、まるで恋バナに発展するのを期待しているのが丸わかりだ。

……だが残念ながら、その期待にはまったく応えられそうにない。


「いや……ただ業務報告をしてただけだから……」


ついでにいえば、いらぬカミングアウト話が二つ。

昨日あの流れで、ダンテの本性とリンスティーの性別について知ることになるとは思いもしなかった。

リンスティーが帰ったあと、色んな情報を整理するので精一杯で、晩御飯を食べそびれたくらいだ。



そんな釣れない態度のクィアシーナに、二人は大層不満げである。


「そうなの? つまんないなー。推しならもっとガンガン攻めて仲を深めなきゃ!」

「そうそう、せっかくのチャンスだったのに!」


クィアシーナは決してリンスティー推しなわけではない。

この前はただ、生徒会でカッコいいのは誰かと聞かれて、同性だと波風が立たないだろうと彼女の名前を出しただけである。


(異性とわかったんだし、撤回しないと)


「実は私、リンスティーさん推しではない」

「え!?」

「なんで!? まさかこんな短期間で推し変!? 本命は誰!?」

「いや、推し変とかじゃなくて……」


「あら、じゃあ続行でいいんじゃない?」


何故か聞き覚えのある声が後ろの高い位置から聞こえてきた。


「あなたの推しだったのね、私。知らなかったわ」


教室内が一気にざわつく。

一年生の、しかもDクラスになんて絶対に現れるはずのない、高貴な美貌を携えた人物がクィアシーナの後ろに立っていた。


「リンスティーさん!?」

「お昼の邪魔をしてごめんなさいね。伝達魔法で呼び出してもよかったんだけど、ちょっと興味があって教室まで来ちゃった」


悪びれた素振りもなく首を傾げるその様子は、なんとも可愛らしい。


(本当に、女子より女子らしいな、この人)


ララとマリアはそんなリンスティーに目が釘付けになっている。


「何か緊急の用事ですか?」

「ダンテからの呼び出しよ。悪いんだけど、今すぐ一緒に付いて来てくれないかしら? ご飯は持っていって向こうで食べていいから」


ダンテからの呼び出しとは、きっと今朝の件について、当事者から報告を聞きたいんだろう。


「わかりました、ちょっと待ってください」


クィアシーナは慌ててバケットを袋に詰め直し、それだけを手に持つと、「もう大丈夫です」とリンスティーに声をかけた。


「こっちよ」

「はい」



「ごめん、いってくる」とララとマリアに一言だけ告げ、颯爽と教室を出ていくリンスティーの後を追った。


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