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24. 彼女の公然の秘密

「待ってください。ど、どういうことですか!?」


"自分の暇つぶしのために、周りを巻き込む変態"


リンスティーが評したダンテは、自分の知っているダンテとは全く異なっている。



「私はね、あなたがダンテに生徒会に勧誘された本当の理由は、新しいおもちゃが欲しかったからだと思っているわ」

「おもちゃ……ですか?」


クィアシーナの口角が思わず引きつった。


(アリーチェさんの仇を討ちたい的なアレではなく、おもちゃだと?)


「そう。だって、アリーチェという暇つぶしがいなくなってしまったんだもの。彼女がいないと、彼女の周りで起こる嫌がらせのに関する事件や、逆に彼女が巻き起こす問題ごとが無くなってしまうでしょう?

そうなると、また退屈な日々へ逆戻り。そこへ面白い経歴を持ったあなたがやってきた。

本当、彼にとって最高のタイミングだったと思うわ」


「で、でも、私が勧誘されたのって、アリーチェさんの犯人をおびき出すためだって……。

え、生徒会のメンバーがやられたから黙っていられないっていう、そういう崇高な精神からの行動じゃなかったんですか……?」


「いい口実よね。私の予想では、アイツはもう犯人の目星はついてると思ってるんだけど。

でも、それじゃ面白くないでしょ? だから、もっと事が大きくなるように仕向けて、さらにあなたが簡単に犯人に辿り着かないよう、適当に“容疑者”をあてがったのよ。

大体、おかしいと思わなかった? マグノリアンが容疑者の一人だなんて。

あの真面目が服を着た正義感の塊みたいな子が、同じ生徒会メンバーにそんな非道なこと、できるわけないじゃない」


「……」


なんだか頭がクラクラしてきた。

ということは、自分はまんまとダンテの暇つぶしのコマの一人として、踊らされていたということなのだろうか。


「あの、ダンテ会長から容疑者の話を聞いたとき、マグノリアンさんは『選民意識が高い奴』で『生徒会のメンバーはSクラスだけにしたほうがいいって、進言する奴』みたいなことを言ってたんですが……あと、アリーチェさんに辛く当たっていたとも……」


クィアシーナの話を聞いて、リンスティーがふぅっとため息をつく。


「それは言い方の問題。選民意識というより、"やる気がない奴は去れ"っていうのが正しいわね。

アリーチェは仕事を選ぶ子で、私はあの子が掃除をやってるところなんて、一度も見たことがないわ。マグノリアンはそのことを毎回口を酸っぱくして注意してたから、見ようによっては辛く当たってたって言えるかも。

それから、彼が"生徒会メンバーはSクラスだけにしたほうがいい"なんて言ったのは一度だけよ。

それも、アリーチェが嫌がらせを受けてかわいそうだから、やっかみを受けないようなSクラスの子に交代したほうがいいんじゃないかってダンテに相談していたのよ」


「言い方ひとつで、全然印象が変わりますね……」


特に選民意識が高いってことに関しては、湾曲し過ぎである。


「おそらくだけど、ダンテは意図的にあなたのマグノリアンの印象を操作したんでしょうね。あなたがマグノリアンを警戒してもっと面白いものが見れるかも、って期待して」


「趣味、悪すぎじゃありませんか……」


マグノリアンに関しては、最初こそ嫌な人だと思ったものの、その後すぐに、真面目な良い人だと考えを改めた。

今では彼のことを、頼れるお兄さん的な存在として認識している。


クィアシーナは書記のビクターのことを小悪魔的な人だと思っていたが、今の話を聞く限り、ダンテはその上をいく魔王である。

自分が思い描いていたキラキラ王子は、どうやら真っ黒な魔王さまだったようだ。


最初、クィアシーナとのスキンシップを周囲に見せつけるって言っていたのは、犯人をおびき寄せるためというより、単に面白がっていただけなのかもしれない。

いや、きっとそうに違いない。


もしかしたら、アリーチェがダンテの婚約者候補だと吹聴しても訂正しなかったのも、純粋に周囲の反応を楽しんでいただけの可能性すらある。


「まあそんなわけだから、アイツがいないところであなたの意見を聞きたかったのよ。早いとこ犯人を見つけたいけど、もうしばらくは邪魔してくるだろうし」


「……ちょっと理解が追い付きません……。えー……うそでしょ……」


クィアシーナは彼女の言葉がにわかに信じられず、「えー」を繰り返した。


「嘘じゃないわ。その証拠に、ファンクラ部の会誌で出回ってる彼のプロフィールを見たら、『嫌いなこと:退屈』って書いてあると思うから」


会誌と聞いて、クィアシーナは机の横にかけておいた鞄から、ぱりぱりに乾いた会誌を取り出した。


「え、会誌!?あなた、ファンクラ部に興味あったの!?」

「これ、クラスの子から貸してもらったんです。濡れちゃったから、結局私が貰うことになったんですが……」


一部のページは濡れたときにくっついてしまって捲ることができなかったが、巻末の全生徒会役員のプロフィールページはなんとか無事だった。


「どれどれ……」


『ダンテ・フォルグ・ラスカーダ、役職:会長、身分:ラスカーダ国第二王子、学年クラス:三年Sクラス、好きな物:自分が楽しいと思うこと、嫌いな物:退屈』


「うわっ、本当に書いてある……」


リンスティーの言う通り、しっかりと退屈が嫌いであることが書かれていた。

それにしても、もっと言葉を濁そうと思わなかったのだろうか。


「これでわかった? ダンテはしばらくは犯人を泳がせるつもりよ。少なくとも創立祭の準備が始まるくらいまで、長引かせるんじゃないかしら。

長年一緒にいる私が言うんだから間違いないわ。

でも、それまでにアリーチェが戻って来るはず……そしたら、確実にややこしいことになるわ。だから、その前に色々と片付けておきたいの」


敵は身内にあり。

まさかまさかである。


アリーチェの今の怪我の具合はわからないが、腕の骨折と足の捻挫であれば、おそらくあと数週間で復学してくるだろう。


「それに……あなたも、ガラスの件は間一髪だったみたいだけど、今後もっと恐ろしい危害が及ぶ可能性だって考えられるんだから」


そう言ってリンスティーは、不安そうな表情でクィアシーナに告げる。


「マグノリアンが初日に言ってたように、嫌になったらすぐに相談してね?

解任してあげられるよう、私がダンテに言うから」


リンスティーが心配して言ってくれているのはありがたい。

しかし自分はそもそも、犯人を捕まえた暁には褒美をもらう、という契約をダンテと交わしている。


そもそもの話、ダンテはアリーチェのために、褒美を出してでも犯人を捕まえたいという強い思いがあるのだと、自分は考えていた。

だが、それもまた思い違いだったのだろうか。


「あの、リンスティーさん。実は私、アリーチェさんの事件を解決したら、褒美をもらうってダンテ会長と約束しているんです」


クィアシーナは思い切って、リンスティーに契約のことを打ち明けた。

しかし、その言葉に、リンスティーは目を見開く。


「しかも契約書まで作ってもらったんです。だから、褒美に目がくらんだ私は、喜んで囮役を引き受けたんです。けれど……」

「待って。事件が解決できなかった場合のペナルティについて、契約書に何か書かれていなかった?」


リンスティーがクィアシーナの言葉を遮り、契約の件について焦った様子で尋ねてきた。


「ペナルティ、ですか?私は契約書にサインしただけで、ちゃんと中身を読んでなかったんですが……」

「おそらくだけど、契約不履行のときの条件が、百パーセントの確率でどこかに書かれていたと思うわ。契約書の控えはどこにあるの?」

「ダンテ会長からまだ受け取ってないので、会長が持ってると思います」

「やられたわね……これじゃ、私のときとほとんど同じじゃない……」


リンスティーが項垂れながら、「私がそのときその場にいたら……」と小さく溢す。


「あの、リンスティーさんも、この件でダンテ会長と何か契約しているんですか?」


「ええ……アリーチェの件とは別だけどね。でも、私はそのペナルティのせいで、()()()()()()()()()()()()()


彼女はいつも身につけている首元の黒いチョーカーに手をあてるが、それがどういう意味なのか、クィアシーナにはわからなかった。


「ちなみに、その契約内容とペナルティについてお伺いしても?」

「……」


クィアシーナの問いかけに、リンスティーは視線を落とし、黙り込んでしまった。

きっと、何か理由があって話したくないのだろう。


「話せないのであれば、無理にとは言いません。……すみませんでした」


クィアシーナは、少し踏み込みすぎたと反省した。


しかし、リンスティーが顔を上げて口を開いた。


「大丈夫。この際だから話しておくわ。でも、その前に、防音魔法をかけさせてちょうだい」


そう言うと、リンスティーは会議室のときと同じように指をパチンと鳴らした。

「これでひとまず盗聴の心配はないわね」


またも一瞬で部屋が防音仕様に変わったらしい。会議室のときといい、見事な手際である。

しかし、先ほどからやけに盗聴を気にしている。誰かに聞かれると困ることなのだろうか。


「ちょうど一年前くらいのことよ」


リンスティーは膝の上で手を組み、ゆっくりと話し始めた。


「私はそのとき、隣国ザイアスのダントリアス校に、ダンテと留学していたの。

あ、この留学っていうのも、ダンテがフォボロス学園に入学したものの一年で飽きて、隣国の学校に刺激を求めに行っただけなの。

表向きは遊学のためってことになっていたけど」


リンスティーの言葉に、クィアシーナは思わず呆れた顔になる。

……王子の留学理由が「自国の学校に飽きたから」なんて、さすがに公表できなかったのだろう。


「ほんと、聞けば聞くほどですね……。ちなみに、リンスティーさんも一緒だったのは、何か理由があるんですか?」


「私はダンテの護衛という名目で付いて行ったの。

……もっと正確に言えば、彼のお目付け役としてあてがわれていたの」


リンスティーが少し息をついてから話を続ける。


「それで、ダンテリアス校に留学して半年がたった頃、ダンテの元にある知らせが届いたの。

まだ年度途中なのに、フォボロス学園の当時の生徒会長が、生徒たちの署名で罷免されたっていう知らせだったのよ」


「生徒会長が罷免!? そんなことできるんですか!?」


「ええ。実際には、その制度が使われたことはほとんどなかったらしいし、存在すら知らない生徒のほうが多かったと思うわ。

でも、当時の会長のやり方が色々と酷かったらしく、生徒からも、生徒会内部からも反発の声が上がったの。

それで、その罷免制度が使われ、とうとう会長は辞めさせられたみたいなの」


そんな埋もれた制度を掘り起こしてまで、生徒たちが会長を辞めさせようとしたとは。

逆に、その会長はどんなことをやらかしたのだろうか。


クィアシーナは詳しく話を聞きたい気持ちをぐっとこらえ、話の続きに耳を傾けた。


「そして、その知らせの続きには、こう書かれていたの。

『近々、会長の再選挙を行うから、学園に戻ってこないか』って。


その知らせをダンテに届けてきた在校生というのが、彼と似た属性の子でね……。

『会長の座を引きずり降ろされて、解散した後の生徒会の立て直しなんて、面白すぎると思わない? いますぐ学園に戻ってきなよ!』

たしか、こんな感じでダンテの心をくすぐってきたのよ」


「その知らせを届けた人って、もしかして今の生徒会メンバーの誰かですか?」

「いいえ、違うわ。ちなみにその子は、ダンテが会長選で当選したあと、生徒会メンバーに指名されたんだけど……

『ダンテさんが卒業してから自分が会長になって好きなようにしたいから、遠慮しておく』って断っていたわ」

「あ、ダンテ会長が卒業したあとってことは、その人は今二年生なんですね」

「そうよ」


クィアシーナはまだ一年生なので、来年その人物が会長に立候補した時点で、誰なのか判明するはずだ。

一国の王子を学園へ呼び戻してしまうような人物とは、一体どんな人なのだろうか。


「話を戻すけど、ダンテは留学をたった半年で切り上げて学園に戻ろうとした。

でも、私は、彼が学園に戻るのは反対だったの。正確な留学期間は決めてなかったんだけど、せめて一年はダントリアス校で学ばないと、もったいないでしょうと」


確かに、半年よりも一年いたほうが、身につく知識は格段に増えるだろう。


自分もダントリアス校に半年だけ在籍していたが、せめて一年の最後まで学びたかったと思ったことが何度もある。

基礎学問に加えて、あの学校特有の「自分の意見を主張すること」や「相手の話を傾聴したうえで討論・議論すること」といった経験は、多少は身になっていると思う。

ただ、これらのスキルを完全にマスターしたと言えるかと言えば、そこまでは達していないのだ。


「それで、学園に戻ると言い張るダンテと、戻る必要はないと主張する私で口論になったのよ。

話し合いは平行線のまま、これじゃ埒があかないと思っていた矢先――ダンテがある提案をしてきたの。


『ちょうど今履修している授業で、弁論対決の課題が出ているだろう? それで勝負をしよう。私が勝ったらフォボロス学園に戻る。君が勝ったら留学は続行する』ってね。


極めつけに、口約束じゃ心許ないからって、契約書まで持ち出してきたのよ」


「なるほど、それで、結果は……」


「結果は、ダンテの圧勝。しかもその授業で、彼は見事学年一位に輝いた。

つまり……ダンテは、たった半年の留学でもしっかり成果を出してきたってわけ。もう、ぐうの音も出なかったわ」


リンスティーが遠い目をする。悔しいというよりは、達観したような表情である。


「それで、約束どおり留学を切り上げて、フォボロス学園に戻ることになったんだけど……」

「もしかして、負けたほうにペナルティが課せられる――みたいなことが、その契約書に書かれてたんですか?」

「そのとおりよ。……本ッ当に屈辱だわ! アイツ、契約書にサインするとき、わざと裏面の条件を見せなかったのよ……!!」


ほぼ詐欺師の手口である。

しかし、そのペナルティというは一体どんなものだったんだろうか。


(もしかして……"ダンテの婚約者になること"だったり? うわ、まるでどこかの恋愛物語みたい)


クィアシーナが乙女全開でそんな展開を期待していることに気づいたのか、リンスティーは言葉を続けた。


「ごめんなさい、つい感情が高ぶっちゃった。裏面にはこう書かれていたわ」


ごくり、とクィアシーナは唾を飲み込む。

そして、リンスティーの次の言葉に、一瞬理解が追い付かなかった。


「“負けたほうはペナルティとして、その後の学校生活を女子生徒として過ごすこと”、と」


「ん?」

「しかも、それが魔法契約だったから、契約を破るともっと酷いペナルティが付くの。だから、知らなかったとはいえ私はそれを飲むしかなかった。ほんとう、とんでもない嫌がらせよね。よほど私に帰国を止められたのが気に食わなかったみたい」


(あれ、いま、なんて言った?)


クィアシーナは、リンスティーの言葉がまったく頭に入ってこない。


「あの、すいません、もう一度ペナルティの内容を聞いてもいいですか……?」

「? “負けたほうはペナルティとして、その後の学校生活を女子生徒として過ごす”、だけど」


やはり聞き間違いではなかった。

しかし、脳が理解することを全力で拒んでいる。


「あの、つかぬことをおききしますが、リンスティーさんって、」

「男よ。今こんな格好してるからわかりにくいでしょうけど」


クィアシーナは衝撃で、思わず椅子から転がり落ちそうになった。


「待って待って待って待って」


動揺を隠しきれず、片手で額を抑え、なんとか冷静になろうとする。


「え、冗談ですよね? 顔も声もめっちゃ女子じゃないですか?

そりゃ平均の女子より大分背は高いし、身体付きは意外と筋肉質な人なんだなぁなんて思ってたけど!」


クィアシーナは半ばパニックになりながら、必死に訴えた。

お願い嘘だと言ってくれ、と強く願いながらリンスティーを見つめるも、……現実は無情だった。


「声は、さすがに変えてるから。学園に戻ってきた日の初日にダンテからこれをプレゼントされたのよ」


リンスティーはそう言うと、首元に巻かれた黒いチョーカーをするするっと外す。

可愛らしいリボンの下には、なんともご立派な喉仏が露わになった。


「元の声はこんな感じ。これ、実は変声器の魔道具」


彼女の可憐な口から出た声は、女子には出せないような低音ボイスだった。


「脳内がバグってるんですが!? 見た目はリンスティーさんなのに、低音ボイスが聞こえる!」


ベッドに腰掛けているリンスティーが、急にまるで別の生き物のように見えてしまい、クィアシーナの頭はもはやショート寸前だった。

どちらかというと、ダンテの本性を聞いたときより、こちらのほうが数倍衝撃度が高い。


「え、待って、このことはみなさんご存じで?」


声さえ出さなければ、見た目は完璧な女性。

もしかしたら、本来の性別に気付いていない生徒も中にはいるのではないだろうか。


「ええそう……、っと違った。ああ、公然の秘密みたいなもんだから、みんな知ってるんじゃね?」


「っ!!!」


(リンスティーお姉さまが、お姉さまじゃない……!)


さすがに元の声でお嬢様口調はキツイと思ったのだろう。

リンスティーは素の状態で喋るのだが、先程とのギャップがあまりにも大きく、クィアシーナはまともに彼女……彼のほうを見ることができなかった。


「留学から帰ってきたときは、そりゃ驚かれたよ。王子殿下の御付きが、いきなりおネェになって戻ってきたんだから。"向こうで一体何があったんだ!?"ってな」


「それは……そうでしょうね……」


今のクィアシーナでさえ腰を抜かしそうになっているのだから、元の彼を知っている人たちが、リンスティー“お嬢様”の姿を見たら――驚くのはむしろ当然だっただろう。


「あの、声は変声器で変えてるっていうのはわかったんですが……化粧とか、髪の手入れとかってどうされてるんですか?というか、そもそも今住んでるのって、男子寮?女子寮?どっちなんでしょう?」


「男子寮だよ、当たり前だろ。身支度はダンテがご丁寧にも朝に侍女をよこしてくれるから、それでなんとかしてもらってる。ほんと、手の込んだ嫌がらせだよ」


(リンスティーさんの髪のいい匂いは、その侍女さんのおかげ……)


化粧品は何を使ってるのだろう?髪の手入れの方法を教えて欲しいな!それでキャッキャウフフと盛り上がれたら、なんて思ってた自分を殴ってやりたい。


「ちなみに休日は? 休日も女装したままなんですか?」

「それはさすがに勘弁して貰った。ダンテの公務の付き添いで王宮に出入りすることもあるしな……。ただ、平日は寮以外では完璧な女子を演じろって言われてる。破ったら別のペナルティがつく」

「じゃあ、今って約束を破ってる状態なんじゃ……」

「だから防音魔法をかけたんだよ。声さえ聞こえなけりゃバレねぇだろ。正直、あの口調しんどいんだよ……」

「……」


リンスティーはそう言うと、足を広げ髪を掻き上げる。

改めて彼の姿を見ると、そこには紛れもない男性の体つきがあった。

これまでリンスティーは、その男性らしさを仕草で巧みに隠していたのだろう。


クィアシーナの中の、完璧なお嬢様のリンスティーは、音もなく崩れ去っていく。


そして――気づけば、頬に温かいものがつたっていた。


「げっ、なんで泣いてんだ!?」


思わず声を上げるリンスティーに、クィアシーナはさらに涙をこぼす。


「だ、だって……せっかく、女の子同士、仲を深められると思ってたのに~っ!!!!」


自分でも理由はよく分からなかった。

ただ――どこか裏切られたような気持ちと、どうしようもない寂しさが、胸の奥から溢れ出してきた。

同性だと思い込んでいた先輩に、知らず知らずのうちに特別な思い入れを抱いていたのだ。


目の前で嗚咽するクィアシーナを、リンスティーは戸惑いながらも見つめる。

そしてそっと、薔薇の刺繍が施された品のいいハンカチを差し出した。


「ほら、これで涙拭けよ」

「リンスティーお姉さまのほうでお願いしますーッ!!!!」


クィアシーナは失礼なことを言っていると分かりつつも、リンスティーに懇願した。


彼は渋々といった様子で変声器のチョーカーを手に取り、首に装着し直す。

そして、クィアシーナの聞き慣れた声で「失礼するわね」と告げ、そっと手を伸ばして彼女の頬を優しく拭った。


その優しさが、かえってクィアシーナの心を深く抉る。

堪えきれなくなったクィアシーナは、思わず目の前のリンスティーに抱きついた。


「え!?ちょっと、」

「こんなに優しいのに……こんなにいい匂いがするのに!」


(それなのに……やっぱり、胸がないなんて! えーん!! 誰か嘘だと言ってーーーっ!!)


ぎゅうぎゅうとリンスティーを抱きしめるクィアシーナ。

乗馬で後ろから抱きついたときも、彼におぶさったときも、身体の堅さは筋肉質のせいだと思っていた。


しかし――いま真正面から抱きしめている今、彼の身体には“女子の柔らかさ”と呼べるものが、どこにもなかった。


「身体が堅い~!」

「そりゃそうでしょう。身も心も男なんだから」

「事実を突きつけないでください! 私のリンスティーさんは、『完璧な理想のお姉さま』なんです!」

「そ、そう……」


自分でも、こんなことを言ったらリンスティーが困るのは分かっていた。

それでも、感情の行き場がなくて、どこかで発散させたかったのだ。


そんな迷子になったクィアシーナの気持ちを察したのか、リンスティーは何も言わず、ただ彼女の好きなようにさせていた。


しばらくすると、抱きしめられた温もりのおかげで、クィアシーナの心は徐々に落ち着いてきた。

そして、「すいません」と小さく言いながら、そっと身体を離す。


彼女を見下ろすリンスティーの表情は、なんともいえない複雑さを湛えていた。


「……ダンテ会長は、なんでこんな……しょうもないことをペナルティにしたんでしょうか。こんなの、ただのたちの悪い罰ゲームじゃないですか……」


クィアシーナは、言いようのない憤りをこの場にいないダンテにぶつける。


「それがダンテだから、としか言いようがないわね。気を許している相手ほど、容赦なく幼稚なことをしてくるのよ。それに、もし弁論対決でダンテが負けていたとしても、アイツは自分が女装して学校生活を送ることに、何の躊躇いもなかったでしょうね。それも一興、って感じで」


最初に聞いていた通り、ダンテは本当に退屈しのぎのためなら、どんなことでも平気でする人らしい。

なんて厄介な人なんだろうか。


「明日にでも、あなたの契約書を見せてもらいなさい。もしとんでもないことが書かれていたら、抗議していいと思うわ」

「わかりました」


そのあと、犯人捜しについては協力し合うことを約束し、リンスティーは部屋を後にした。


残されたクィアシーナは、カップを片付けながら、ふとあることに気づく。


(わ、私……知らなかったとはいえ……男の人を部屋に招いてたのか……!!!)


最初に部屋へ誘ったとき、リンスティーが少し躊躇ったのは、きっとこのせいだろう。


羞恥心が今さら込み上げてきて、クィアシーナはしばらく一人で悶絶していた。


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