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22. リンスティーへの中間報告

その日の帰りのホームルームの時間、生徒会発行の校内報が生徒全員に配られた。

新聞部の発行物とは違い、生徒会の校内報は、こうして先生からクラス全員へ配布されるらしい。


以前通っていた学校では、こうした学校だよりは主に教員が作成していた。

そのため、今回生徒会が作った校内報には、クィアシーナも興味津々だった。


(どれどれ……)


クィアシーナは一枚ペラの紙に目を落とす。


挨拶文にはじまり、今月の出来事として、二年魔法科の生徒が学園外で課外実習を行ったことが書かれている。

また、コンクールで受賞した生徒の、当時の気持ちや今後の展望といったコメントも掲載されていた。

部活動の活動報告も簡潔にまとめられている。


さらに、今月の学校スケジュール──休校日や委員会の日程に加え、創立祭に向けて各クラスから実行委員を募集する告知もあった。


校内報という名のとおり、学園に関する情報が過不足なく整理されており、内容も硬すぎず読みやすい印象を受けた。


一通り目を通して鞄にしまおうとしたとき、どうやら用紙は両面印刷になっていたらしいことに気づいた。

裏面にも何か文章が印刷されているのが、視界の端に見えたのだ。


「ん?」


『新任庶務:クィアシーナ』


――その文字が、クィアシーナの目に飛び込んできた。


教室がざわざわとし、「クィアシーナさん載ってるじゃん」といった声がどこからともなく聞こえてくる。


(げ、忘れてた。朝にビクターさんが私の紹介を載せるとか言ってた気がする……!)


『一年Dクラスのクィアシーナです。転校したばかりで右も左も分からない状態ですが、生徒会の一員として、皆さまのお役に立てるよう精進してまいりたいと思います。

今週は挨拶当番で、毎日校門前に立っていますので、お気軽に声をかけていただけると嬉しいです! どうぞよろしくお願いします』


自分は書いた覚えがないそれっぽい文章が、クィアシーナの写真とともに、裏面いっぱいに掲載されていた。


(写真、いつのやつなんだよ!)


使われていた写真は、クィアシーナが学園の編入試験の際に提出したものである。なので制服も前の学校のものを着用しているし、試験用とあって表情も硬い。

……これなら無理に写真なんて載せないほうが良かったのではないだろうか。


そしてその横には、「生徒会メンバーからの一言」という欄があった。

クィアシーナを除く七人それぞれの激励メッセージが並んでおり、読んでいるとなんだか気恥ずかしくなる。


誰がどの文章を書いたのかは明記されていないのだが、ひとつだけ、書き手が一目で分かる文があった。


『自分と同じ庶務として、これから精いっぱい頑張ってほしいと思います。』


(マグノリアンさん……匿名にする気はなかったのかな……いや、それよりも、)


この、さも自分が書いたかのような自己紹介は、書記の二人が……いや、間違いなく徹夜で作業したと言っていたビクターが作った文章に違いない。

一言くらい言ってくれれば、自分で文章を考えたのに、とは思う。

けれども、自分が考えたところで、似たり寄ったりな文しか書けなかっただろう。


「ねぇねぇ、とうとう校内報でクィアシーナが生徒会に加入したって周知されたね」


クィアシーナの席の後ろから、ララが小さな声で話しかけてきた。


「ね。周知されちゃった」


彼女のほうを振り向きながら、あっさりとした様子で答えるが、内心は違う。


(正式に周知することで、これからもっと色んなやっかみがくるのかな……)


今朝、アレクシスが、"アリーチェのときはひどかった"と言っていたことを思い出す。

彼女が階段から突き落とされた以外の嫌がらせを、どんな形で受けたのかはわからない。

けれど、怪我だけはしたくないなぁと思った。



ホームルーム後、クィアシーナはどこにも寄り道することなく、まっすぐ生徒会館へと向かった。


この日、持ち物にいたずらをされたり、移動教室の際に何か嫌がらせを受けるといったことは一切起きなかった。

いくらか構えていたものの、特に何も起こらず、むしろ肩透かしを食らってしまったほどだ。


(まあ、平和そうな学校だし、そんな頻繁に襲われるような事件はおきないか)


ちなみに、昼休みに袋たちに脅迫されたことはノーカウントである。


今日は一番乗りで生徒会館に着けるかもしれない、そう思いながら廊下を歩いていると、

「――あ、クィアシーナさんだ!」

と、前から歩いてきた男子生徒に声をかけられた。


「? はい」


その生徒の顔を見るが、全く見覚えが無い。エンブレムの色から、一般教養科の生徒であることだけはわかった。


「校内報見たよ! 生徒会、頑張ってね! あと、新聞で、ガラスが割れた事件に巻き込まれた女子生徒の記事もみたよ。あれクィアシーナさんだよね? 怪我がなくてよかったね」


男子生徒はそれだけ言うと、「引き止めてごめんね」とそのまま立ち去ってしまった。


(……新聞? あ、昨日ラシャトさんが今日には配るって言ってたな。)


確か、部室前とカフェテリア前に置いてあると言っていた。

明日の昼休みにでもどんな内容の記事になっているのか、見てみよう。


さあ先を急ぐかと足を進めた矢先、今朝体験したばかりの伝達魔法の感覚が、再びクィアシーナの元へと襲ってきた。


再度足を止め、頭の中で鳴り響く声に集中する。


『いますぐ、生徒会館の会議室にくるように。』


聞こえて来たのはリンスティーのもの。

届いたメッセージは以上で、すぐに頭の感覚が元の状態に戻る。


(リンスティーさんからの呼び出し?

まさかまた、誰かのなりすましじゃないよね……)


今朝の伝達魔法はダンテからのものと思いきや、袋たちがダンテの声を模倣したものだった。

クィアシーナは今度こそ本人からの伝言であることと信じて、生徒会館へと急いだ。



「お疲れ様。悪いわね、急に呼び出して」

「いえ、本当に本人からの呼び出しで安心しました」

「?」


クィアシーナが会議室に駆けつけると、そこには、いつもの迫力ある美貌をたたえたリンスティーが椅子に腰掛けていた。

彼女が誰かのなりすましではなかったことに、クィアシーナは胸を撫で下ろす。


ただ、他のメンバーも揃っているのかと思いきや、部屋にいるのはどうやら彼女ひとりだけのようだった。


「リンスティーさんお一人ですか?」

「ええ、そう。私だけよ」

「わかりました。いまお茶を淹れてきますね」


クィアシーナは、これは自分が初めて一人でする仕事だ、と張り切って給湯室へ向かおうとした。

しかし、「待って」とリンスティーに呼び止められ、その場で足を止めた。


「お茶は結構よ。それより、ダンテが戻って来る前に二人だけで話しておきたいから、そこに座って」


リンスティーは顎の前で両手を組み、肩をすくめた。

その仕草には、どこか軍の総大将のような、妙に迫力のある雰囲気が漂っている。


クィアシーナは扉にかけていた手を離し、奥に座っているリンスティーの対角の席へと座った。


「ダンテ会長に聞かれたらまずい話なんですか?」

「まあ、そんな感じよ」


そう言うと、リンスティーは指をパチンと鳴らす。


クィアシーナの耳にキンという音が響き、会議室内の空気が一瞬にして変わった。

何が起きたんだとリンスティーのほうを仰ぎ見ると

「会議室内に防音魔法をかけたの。念の為、ね」

と説明してくれた。


「! すごい!」


なんて軽々と魔法を使うのだろう。

彼女はSクラスの所属だから、魔法科のAクラスと違って、魔法を専科に学んでいる訳では無いだろうに。

リンスティーの爵位は知らないが、彼女も相当な魔力量を持った高位貴族であるに違いない。


(いや、魔法も凄いけど、防音魔法を使ってまで聞かれたくない話って、いったい何?)


「用件を手短に話すわね。あなたはアリーチェの事件の犯人をおびき寄せるため、ダンテに誘われて生徒会に入ってもらったのよね……それで間違いないかしら?」

「はい、そのとおりです」

「ダンテから、犯人候補について、何か聞かされてる?」

「三名……正確には合計五名の容疑者の方について、お話を聞いてます」

「お願い、それが誰なのか教えてちょうだい」


リンスティーが少し鬼気迫るような口調で尋ねてきたので、クィアシーナは思わず身を引いた。


(なんで今さらそんなことを聞くんだろう……)


「すでにダンテ会長から聞いていると思いますが……

一人は三年Sクラスのジェシーさん、もう一人は三年Aクラスのクリスティーさんとその取り巻き二人、そして、えっと、二年Sクラスのマグノリアンさんです……」


最初にダンテから聞いたときとは違い、マグノリアンにはお世話になっている。そのため、彼のことを容疑者として名前を挙げるのは憚られた。


リンスティーの様子をちらりと伺うと、彼女の顔色がみるみる悪くなっていく。


「嘘……まさか彼らを容疑者扱いするなんて……」

「え、リンスティーさん、ご存知なかったんですか?」

「初耳よ」

「……」


どういうことだろうか。

てっきり、生徒会メンバー、いや少なくとも副会長であるリンスティーには、ダンテから容疑者の件について相談を受けていて、動いているのだと思っていた。


「ねえ、クィアシーナ。今あなたが学園に来て三日経ったけど、アリーチェを突き落とした犯人は本当に彼らのうちの誰かだと思う?」


"容疑者の中に犯人はいると思うか"


――いきなり答えにくい質問をされてしまった。


正直なところ、まだそれほど彼らと密に接したわけではないし、情報も足りない。

犯人の決め手になる何かというのは全く何もなかった。


「正直、わかりません。ただ……、私の、なんの根拠もない、主観だけの見解を言ってもいいですか?」


根拠も証拠も何もない。

自分がこの数日で感じた、まだ誰にも言っていないことを、リンスティーに伝えようとしている。


「ええ、構わないわ。あなたの意見を聞かせて」


話すよう促され、頷きを返したあと、クィアシーナは口を開いた。


「まず、状況だけを見ると、マグノリアンさんが犯人である可能性は高いと思います」


クィアシーナの言葉に、リンスティーは目を見開く。


「……けれど、それと同時に、状況以外の面から考えると、犯人ではない可能性も、同じくらい高いと私は思います。

彼のあの強い正義感からして、たとえ何かの拍子に彼女を突き落としてしまったのだとしても、その事実をずっと黙っているとは到底思えません。自分がやってしまったことは素直に認めるタイプだと思うんです」


「……」


「それに、彼は自分が疑われていることを知っていました。それでも“自分はやっていない”と言い切りました。あのときの彼の態度は、嘘をついているようには見えませんでした」


「そう……」


事前に容疑者の一人として聞かされていたマグノリアンは、貴族主義で排他的なものだったが、蓋を開けてみれば全くそんな人物ではなかった。

むしろ、クィアシーナには、ダンテがなぜ彼をそう評しているのか不思議でならなかった。


「あとの二人もそうです。まず、ジェシーさん。朝の挨拶で会ったくらいですが……。彼女は直情的なところはあるように思いますが、人として悪い人には見えなかった。彼女も、もしアリーチェさんを突き落としてしまったとしても、痛みで蹲ってる彼女を放っておけるとは考えにくい。

もしかしたら、怖くなって逃げ出した可能性もありますが、罪悪感からすぐに自白するタイプに見えます」


リンスティーは、クィアシーナの言葉に静かに頷いてみせた。

そんな彼女の反応を見て、クィアシーナはさらに言葉を続けた。


「それから、クリスティーさん。

取り巻きのサキさんとアトリさんが、これまでアリーチェさんにちょっかいを出していたと会長から聞きました。でも、彼らは“人に魔法は絶対に使わない”と言ってましたし、彼らの態度からも、それは本当だと思いました。実際、私に対する嫌がらせも、せいぜい鞄を汚す程度でしたし。

ですから、彼らがアリーチェさんを襲った可能性は低いと思います。たとえクリスティーさんに命じられたとしても、人を傷つけるようなことはできないのではないでしょうか」


クィアシーナは一度言葉を切り、膝に置いていた手を机の上に置いた。


「そうなると、可能性が残るのは“クリスティーさん本人がアリーチェさんを階段から突き落とした”という線ですが……動機がはっきりしません。

婚約者候補のアリーチェさんが目障りだった、という可能性も考えたんですが、彼女と話している限り、クリスティーさんはそんな短絡的な行動をする方には見えませんでした」


頭で整理しながら話したので、リンスティーにちゃんと伝わったかは不明だ。

けれど、とりあえず今話したことが、現時点での自分の考えである。


先ほどから黙って話を聞いていたリンスティーが、ようやく口を開いた。

「あなたの考えを聞かせてくれてありがとう」


……果たして、自分の考えは彼女にはどう映っているのだろうか。


彼女はクィアシーナを真っ直ぐ見つめながら、自分の意見を述べる。


「たった数日彼らと接しただけで、よくここまで分析できたわね。私は前々から全員と面識があるけれど……ほとんどあなたと同意見よ。アリーチェの事件の犯人は、彼らだとは考えにくい」


リンスティーの言葉に、クィアシーナは安堵した。

まったく見当違いのことを言っていなくてよかった。


「その上で聞くけど、あなたはどういった人物が犯人だと思う?」

「え……」


(なるほど、そう来たか)


どうやら、リンスティーはダンテのいないこの場で、犯人の目星をつけておきたいようだった。


なぜ彼に隠そうとするのかはわからないが……

自分としても、考えを誰かと共有しておきたい気持ちはある。たとえそれが間違いだったとしても、一人で溜め込むよりは発散させておきたかった。


「これも私の持論でいいですか? 間違っている可能性は大いにありますが……」

「構わないわ。聞かせてちょうだい」

「わかりました。

 その前に……リンスティーさんのほうから、アリーチェさんがどんな人だったのか教えてもらってもいいでしょうか?」


「? アリーチェのこと?」

「はい。同じ生徒会メンバーとして、彼女がどんな人だったのか、知りたいんです」


同性同士、同じ生徒会メンバーとして、リンスティーとアリーチェはどういった関係性だったのか。そして、彼女から見たアリーチェ像を知っておきたかった。


(もし二人が大親友だったら、私が今から言おうとしていることは、黙っていたほうがいいかもしれない……)


しかし――リンスティーは頬杖をつき、ため息交じりに彼女のことを口にした。


「アリーチェねぇ……。良く言えば野心があって上昇志向、悪く言えば、女のズルいところを使ってくるあざとい女ってところかしら」


悪く言えば、の部分はなかなか辛辣だ。

彼女のやや嫌悪の滲む表情から、二人の仲が良くなかったことは容易に想像できた。


「上昇志向、ですか? 私の中のアリーチェさん像って、嫌がらせに耐えて健気に頑張る女の子って感じなんですけど、違ってます?」


「うん、違ってるわね。健気というより図太いって言い方がぴったり。

生徒会メンバーとは、マグノリアンを除いてうまくやってたけど……でも、どちらかというと周りにはあまりいなかったタイプだから、珍しさでみんなに面白がられてたって感じかしら。彼女はそれをいいように捉えてたみたいだけど」


図太いタイプか。

まあ、そうでなければ、怪我をするまで生徒会を続けることなどできなかっただろう。


リンスティーの態度から大体の察しはついていたが、クィアシーナは念のため、彼女にアリーチェとの関係について確認することにした。


「リンスティーさんは、アリーチェさんと私生活でも仲が良かったんですか?」


クィアシーナの質問に、リンスティーは心外だとでも言うように片眉を上げた。


「……まったく。向こうはベタベタくっついてきてたけど、どうにも私のタイプじゃないから、ご遠慮させてもらったわ」


タイプじゃない。

なかなか面白い言い回しである。


「ありがとうございます。なんとなく、彼女のことがわかってきました。それを踏まえたうえで、私が考えている犯人像なんですが……」


クィアシーナがそのことを口に出す直前、扉からノックの音が鳴った。

会議室の扉は、先ほどクィアシーナが中から鍵をかけたので、外からは鍵を持っていない限り開けることはない。

だが、言い換えれば、鍵を使えばすぐに入室できてしまう。


「うわっ、最悪……タイミング悪すぎ……」


いつになく乱暴なリンスティーの悪態から、彼女が本気でそう思っていることが伝わってきた。


「時間切れよ。ダンテが戻ってきたみたい」

「どうします? 場所、変えますか?」

「そうね……ダンテが来れないような場所がいいんだけど……」


悩むリンスティーに、クィアシーナはすぐに閃いた場所を提案する。


ダンテが来れない、というか、決して足を踏み入れることはないだろう場所。それは――


「リンスティーさん、よかったら、私の下宿先(うち)、来ます?」


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