20. ダンテからの呼び出し?
一限が終わると、クィアシーナはリファラの席まで行って会誌が濡れてしまったことを平謝りした。
リファラは「いいよ、わざとじゃないんでしょ?」と故意ではないことを理解してくれただけでなく、ダンテ特集号の会誌をあと三冊余分に持っているからと、笑顔で許してくれた。
むしろ、濡れてしまった鞄のほうを心配してくれるほどだった。
――そして。
「クィアシーナさん、私、別に会誌が濡れちゃったことは気にしてないの。それより……昨日、ダンテ殿下と抱擁してたって噂で聞いたんだけど、本当?」
リファラの声は低く、凄みを帯びていた。
突然の態度の急変に、クィアシーナの顔が思わず引きつる。
(まって、あれは抱擁というか、どちらかと言えばダンテ会長の悪ノリなんだけど!?)
「いやいやいや、あれは、深い意味はないやつで、アレクシスさんが朝の挨拶でやってるハグみたいな軽いノリで、うん、それだ。
とにかく、仲間同士のハイタッチに近いと思う!
隣国のザイアスでハグは当たり前だしね!」
自分で言ってて、もう何が何だかわからなくなった。
クィアシーナは、リファラの目がまったく笑っていないのが怖くてたまらなかった。
ファンクラブの会誌まで台無しにしてしまった手前、なんとか納得させないと、せっかくうまくいきそうだった彼女との関係が、完全に終わってしまう気がした。
必死に言い訳をして、焦りまくっているクィアシーナの様子に、リファラはふぅっとため息をつく。
「いくら生徒会メンバーだからって、次、抜け駆けみたいなことしたら、ファンクラブが黙ってないから。……ね?」
「……肝に銘じます」
納得はしてないが、けん制しておくことでどうにか彼女の怒りは沈んだようだった。
クィアシーナがほっと胸を撫でおろした、そのときである。
突然、彼女の耳元に、『伝達事項』とダンテの声が聞こえてきた。
「え」
続けて頭に響くキーンという音がし、周囲の声が一段階小さくなる。
クィアシーナはすぐに、(もしかして、これって伝達魔法……?)と思い至り、教室のざわめきで音声を聞き逃さないよう、咄嗟に耳を押さえた。
『昼休みになったら、すぐに生徒会館に集合すること。このことを他のメンバーに伝える必要はない』
言葉が届くと、周囲の声は元の大きさに戻った。
目の前のリファラを見ると、不思議そうにこちらを見つめていた。
「クィアシーナさん?」
先程のクィアシーナの頭に鳴り響いた声は、自分にしか聞こえてなかったらしい。
「ごめん。急に意識飛んじゃった」
「何それ」
苦しい言い訳だったが、彼女はそのことを気にすることもなく苦笑していた。
◇
昼休みになると、クィアシーナはララとマリアのところへ行き、「ランチは後で食べるね」とひと言断りを入れた。
そうしてクィアシーナがまっすぐ向かった先は、生徒会館へと続く階段だった。
先ほどのダンテからの伝言魔法では、何の用件なのかには一切触れられていなかったが、きっと緊急性の高い用事なのだろう。
階段の中腹まで来たところで、一度休憩のために足を止める。
(あー、私も早く転移式使いたい……筋肉痛の身体に階段の上りは辛すぎる……)
「きっつー……」
筋肉痛は昨日ルーベントと走ったせいもあるが、朝のリンスティーとの乗馬でも普段使わない筋肉を使ったのだろう、太腿はもちろん、お尻、腹筋までが地味に痛んだ。
呼吸を整えてから歩き出そうとしたその時、階段の上から誰かが降りてくるのが見えた。
この階段は人同士のすれ違いこそできるものの、幅はかなり狭い。両側は高い壁に囲まれており、横に避けるスペースもない造りになっている。
クィアシーナはすれ違うのに邪魔にならないよう、右側に身体を寄せて、降りてくるのを待つ。
「……?」
しかし、やって来たのは、茶色の紙袋を頭からすっぽりと被った男子生徒二名。
袋には前が見えるようにするためか、小さな穴が二つ空いていた。
(あ、怪しすぎる……この人たち、こんな格好して一体生徒会館まで何しに行ってたんだろ。)
階段の先には生徒会館しかない。そのため、この階段を使っているということは、生徒会館に用事があったということだ。
「おい、おまえ」
突然上から彼らに呼びかけられて、クィアシーナは「へ」と声を漏らす。
自分以外の人に話しかけたんじゃないかと下を振り向いて確認するが、自分の他には誰もいない。
「はい、なんでしょうか?」
「おまえ、新しい庶務になったクィアシーナか?」
紙袋のせいで、声はくぐもっており、喋るたびにかしゃかしゃと耳障りな音がする。
「あってます。あの⋯声が聞き取りずらいので、袋を取って喋って貰えませんか?」
至極まっとうなお願いをしたつもりだったが、クィアシーナの言ったことは彼らの気に障ったようだ。
「黙れ!」
喋ってないほうの袋が声を荒げた。しかし、その声もくぐもっていて、クィアシーナからしたら、だから脱げよ、という感じである。
「あの、私急いでるんで、要件を言って貰ってもいいでしょうか」
「それでは手短に言ってやろう。生徒会から抜けろ」
ほんとうに手短でシンプルだ。
まさかこういった類のことを面と向かって言ってくる人がいるとは思いもしなかった。
(もしかしてこれは囮に引っかかった餌の方たちじゃない!?)
「抜けま……」
クィアシーナの返事に二人のごくりと唾を飲み込む音が聞こえる。
「……せん!」
「なんだ、今の溜めはー!紛らわしいだろー!」
「今すぐ辞めろ、ただちに辞めろ!そしてお前が去ったあとの庶務の座を、クリスティー様にお譲りするのだ!」
「誰、それ」
クィアシーナは間髪入れずに言ったものの、クリスティーの名前には聞き覚えがあった。
確か、アリーチェの事件の容疑者の一人では無かっただろうか?正確には、彼女の取り巻きが実行犯かもと言っていた気もするが。
「ク、クリスティー様を知らないだと!?」
「貴様、モグリか!?」
「いや、私三日前に転校して来たばかりなんで……」
たとえ在校生であっても、よほどの人物じゃない限り、クラスも学年も違うと、顔も名前も知らないなんてことは普通にあることなのではないだろうか。
「じゃあ無知な貴様に教えてやろう!クリスティー様はこの学園でも随一の魔力を持つ、希代の魔法使い様なのだ!彼女は三年Aクラス、いや、全Aクラスの憧れ!しかもダンテ殿下の婚約者候補としても名高いお方なんだ!」
「彼女の吸い込まれるようなアメジストの瞳、そして艶やかな黒く長い髪、容姿も整いに整いまくっており、おまえなんか足元にも及ばない美しさを持っているんだぞ!どうだ、まいったか!」
「あー、はい」
彼らの熱弁に対し、クィアシーナはやる気のない返事を返す。
(Aクラスの憧れって、思ったより範囲狭いな……。そして婚約者"候補"だし。あと、自分より容姿が整った人なんて履いて捨てるほどいるんだから、まいったか、なんて言われても……)
「貴様!もう少し興味を持て!そうだ、特別に写真を見せてやろう!」
「え、いや、別にい、「ほら、どうだ、美しいだろう!?」
いらないと言おうとしたのに、わざわざ目の前まで降りてきて、写真を差し出してくる。
写真はブレザーの胸の内ポケットにしまっていたらしく、無駄に温かくなっている。
無理やり見せられた写真には、黒く長い髪の大人しい感じの少女が映っていた。
「……うん、可愛いと思う」
(美人というよりは可愛い感じ。だけど……女子で言えば、リンスティーさんが圧倒的だからなぁ。ややこしくなりそうだから、絶対に口には出さないけど。)
「だろう、そうだろう!容姿に優れた生徒会メンバーに入っても彼女なら見劣りしないだろう!」
「そうだそうだ! クリスティー様こそ庶務の座に収まるべきだ! おまえは、自分が生徒会のレベルを下げてる自覚がないのか!」
「いや、文句なら学園長とダンテ会長に言ってください。あの、もう行ってもいいですか?」
「まてまてまてーい! まだ話は終わっていない!」
「えー……長いな……」
これは時間がかかりそうである。
陰湿な嫌がらせもキツイが、こういった人たちに一方的な絡まれるのも地味にキツイ。
「じゃあ、後で戻ってくるんで、それからでもいいですか?ダンテ会長からすぐ来るように言われてるんです」
ここでダンテの名前を出したら火に油を注ぐ気もしたが、そう考える前に口から出てしまっていた。
「ふふふ、馬鹿だな、おまえは。一限終わりの伝言魔法をダンテ殿下からのものだと思ったのか!」
「え、違うの?」
「あれをおまえに届けたのは、俺たちだ!」
「騙された!」
まさかのなりすましである。
ダンテの声だと疑いもしなかったが、違っていたようだ。
「おまえが今すぐ生徒会を辞めるとここで我々に誓わないと、鞄の汚れどころではなくなるぞ」
「え、もしかして、私の鞄に土を盛って、水浸しにしたのって、あんたたちなの!?」
「そうだ! 俺たちはそんなことも遠隔でできるんだぞ! 恐れ入ったか!」
「いや、地味過ぎる。そんな芸当ができるんだったら、直接私を狙って脅せばばいいのに」
紙袋を被って顔を隠したり、遠隔で嫌がらせをしたり、要は小心者ということなのだろうが。
「直接危害を加えて脅せだと!? 貴様、変態か!」
「そんなわけないでしょ」
「いや、きっとこいつもアリーチェと同じ部類に違いない!」
「え、アリーチェさん?あなたたちがアリーチェさんを階段から突き落とした犯人!?」
まさかこんな簡単に犯人が見つかるなんて!
……と喜んだのも束の間、クィアシーナの言葉に紙袋たちはぷんすかと怒り出した。
「誰がそんな危ないことするかッ!階段から突き落としなんかしたら、怪我どころじゃすまない可能性だってあるんだぞ!?」
「そうだそうだ! 危険なことはしちゃだめなんだぞ!」
「あれ!? はずした! じゃ、じゃあ、昨日第二カフェテリアの窓から私を狙って魔法を使ったりなんか、」
「そんなことするはずないだろう! 怪我をしたらどうするんだ!」
「そうだそうだ! 人に向けて魔法を使っていいのは模擬戦のときだけだ!」
「うーん……」
彼らの言い方からして、人に危害を加えるようなことはしない主義らしい。
……やはり、これまでの学校と違い、基本的にこの学園の生徒は平和である。
「ほら、そんなことより、早く“生徒会を辞める”といえ!さもなければ、」
「さもなければ?」
「明日はお前の鞄をカビだらけにしてやる!」
「鞄めっちゃ狙ってくるね! それ地味にやだな。何気にくさいよね、カビ」
「そうだろう、嫌だろう。それを避けたければ……「ね、これ見て」
急に言葉を遮ったクィアシーナに、紙袋たちがきょとんとする。
クィアシーナは少し屈むと、片方の靴を脱ぎ、そのつま先を彼らに向ける。
「ここ、つま先のここ、わかる?昨日の夜に、鉄板仕込んできたの」
「な……、急になんだ!?」
クィアシーナはニコリとした様子で続ける。
「これでね、急所を蹴ると、めーーーーーっっっっちゃくちゃ痛いらしいの」
「うぉ」「ぐっ……」
彼らは想像でもしたのか、あそこを抑えて痛そうな声を出す。
「で、このまま話を続けようっていうなら、私は正当防衛と称して攻撃に出ようと思います!」
クィアシーナは靴をパンパンと片手で叩きながら、高らかに宣言した。
脅しには脅しだ。これもクィアシーナの平和的解決の手段の一つである。
「まて、暴力は反対だ!」
「いえ?正当防衛です。暴力なんかじゃないです。私、ここで脅迫されてる被害者なので。それで、どうします?続けます?私、こう見えて喧嘩打ってくる連中を病院送りにした経験、結構あるんですけど」
「ひぃ、なんて恐ろしい! おまえ卑怯だぞ!」
「いや、どっちが」
紙袋たちはぎゃーぎゃー喚いているわりに、一歩も引こうとはしない。
埒があかないと思ったクィアシーナは、「仕方がない、やるか」と一段足を進めようとしたとき、
「ちょーーーーーっとーーーーーっ! サキにアトリ! あんたたち何やってんのーーーーー!!!!!」
階下からの女子生徒の怒鳴り声が、辺り一帯に鳴り響いた。
「ぎゃ、やばい!」
「見つかってしまった!」
その声を聞いた紙袋たちは、どうしようと慌てふためき始めた。
怒鳴りながら階段を駆け上がってきたのは、可愛らしい顔を真っ赤にして怒りをあらわにしている女子生徒だった。
その顔は、先ほど彼らが写真で見せてきた少女と同じだった。
「はぁ、はぁ……! クラスの子から、あんたたち二人がこそこそ裏庭のほうに行ったって聞いて、嫌な予感がして来てみれば……二人がかりで一年いじめてんじゃないわよ!」
「誤解です、クリスティー様!」
紙袋の一人が手を組んで階段に跪く。そこで跪くのは非常に危ない気がするのだが、余計なことは言わないでおいた。
「そうです! 我々が彼女を脅してたはずなのに、いつのまにか我々が彼女に脅されてたんです!」
「そうなんです! 我々が脅してたはずなのに!」
「最初から脅すなんてことするな! 本当に碌なことしないんだから……!」
クリスティーと呼ばれた生徒が頭を抱える。
先程写真でみた感じだと、大人しそうなお嬢様という風に見えたのだが、どうやら外見と中身が一致しないタイプらしい。
「そうだね、碌なことをしないね。ねぇクリス、ちょっと犬の躾けがなってないんじゃない?」
「あ、ダンテ会長」
クリスティーの後ろから現れたのは、微笑を携えたダンテだった。どうやらクリスティーと一緒に彼らを探していたらしい。
「ごめんなさい、ダンテ君。私はそもそも生徒会に興味が無いって、もう何千回と言って聞かせてるんだけどね……」
「私も何度も君に言ってるよ? 言ってダメなら切ればいいって。犬の代わりなんていくらでもいるだろう?」
先程からダンテの表情は笑っているように見えていたのだが、口調からは怒りがにじみ出ていた。
「ごめんなさい、こんな馬鹿な駄犬だけど、私にとってはかわいい飼い犬なのよ。今回が最後にするから、お願い、勘弁してやって」
「それを決めるのは私じゃないよ。どう? クィアシーナ。君を脅迫してきた彼らを許す? 君が望むのであれば、彼らに重いペナルティを与えることもできるけど」
クィアシーナに、彼らへ罰を与えるつもりはまったくなかった。
ただ――どんな内容なのかは正直気になる。結局、好奇心に負けて、なんとなく尋ねてみることにした。
「ちなみに、その“重いペナルティ”って何でしょう?」
「退学」
「重っ!」
思わずダンテに対してツッコみを入れてしまった。
彼らがやったことと言えば、クィアシーナの鞄に土を盛り、水浸しにし、そして今さっきまで明日はカビだらけにしてやる!と脅されただけである。それで退学とは、あまりにもかわいそうである。
「あの、私は、今後彼らが二度と同じことをしないと誓ってくれるなら、許します」
ダンテは少し驚いたような顔をしたあと、いつもの柔らかな笑みに戻る。
「クィアシーナは優しいんだね」
「クィアシーナさん、彼らが本当にごめんなさい。転校して来たばかりと聞いたけど、慣れない内から嫌な思いをさせてしまって本当に申し訳ないわ。私からも、彼らに代わって謝罪します」
クリスティーはそう言うと、クィアシーナに向かって頭を深く下げる。
「いやいやいや、あなたはまったく関係ありません!顔を上げてください」
「そうですよクリスティー様!」
「クリスティー様が謝る必要はないです!」
「あんたたちがそう言う資格はないわ!」
クリスティーがぴしゃりと言うと、紙袋たちはしゅんっと大人しくなる。
その様子は本当にご主人様と飼い犬のようである。
「そういえばクィアシーナ、お昼はもう食べた?」
「あ、いいえ。伝達魔法で昼休みになったらすぐ来いと言われてたので、食べずに来ました」
「じゃあ、君の貴重な休憩時間を奪った罰として、彼らにお昼をご馳走して貰ったら?」
「え」
「私もぜひご一緒させて。二人に任せるのも不安だし」
「私はもう済ませてしまったから、このまま教室に戻るね」
「えー……逆になんかすいません」
こうして、クィアシーナは美少女と紙袋二人を従えて、第一カフェテリアへ移動したのだった。




