2. クィアシーナ、勧誘を受ける
「頼まれてほしいこと、ですか?」
学園長室にて、少女は今しがた学園長から告げられた内容に首を傾げた。
少女の名前はクィアシーナ・ベック。
転校初日であるこの日、彼女は教室へ向かう前に、学園長直々のオリエンテーションを受けていた。
一通りの説明が終わり、そろそろ教室に移動するのかと思ったそのとき――
なぜか学園長のほうから『頼まれてほしいことがある』と切り出されたのだった。
「ええ、そうです。詳しい事情は直接彼のほうから話を聞いたほうが早いでしょう。…ダンテ、入ってきなさい!」
学園長が部屋の中の続き扉に向かって、少し大きめの声をあげた。
「失礼します」という入室の声とともに、一人の男子生徒が扉の向こうから姿を現す。
その人物を見て、クィアシーナは思わず目を見開いた。
輝くような金の髪を靡かせた少年と青年の狭間くらいの中性的な容貌の美男子。
彼が着ると制服すら高貴なものに見えてしまう不思議現象。
(……嘘。この人、この国の王子殿下じゃない!?)
ラスカーダ国第二王子、ダンテ・フォルグ・ラスカーダ。
クィアシーナはそれがどんな報道だったかまでは覚えていないが、以前、その美しい顔を新聞で見かけたことがあった。
そのときは、なんかキラキラした顔だなぁ、と思ったものだが、実物はその何倍も輝いていた。
クィアシーナは慌てて立ち上がり、彼に向かって頭が床に着くくらいの最敬礼のポーズを取る。
すると、彼は「はは、そんなにかしこまらなくていいよ」と言いながら、クィアシーナの正面へと歩み寄ってきた。
「こんにちは。はじめましてクィアシーナさん。このフォボロス学園で生徒会長をやっている三年のダンテだ。よろしく」
ダンテが簡単に自己紹介をすると、クィアシーナに向かって手を差し出した。
クィアシーナは、平民の自分が触れてもいいのかと一瞬躊躇したが、出された手を前にして仕方なく、おずおずと握手を交わした。
(ひぃ、天上の人と握手をしてしまった)
「よ、よろしくおねがいします……今日からこの学園に転校してきた、クィアシーナ・ベックと申します。い、一年生、です」
恐れ多すぎて、声が震える。
……知らなかった。いや、王族が学園に通っていること自体は知っていた。
けれど、自分の在学中に姿を見かけることはあっても、まさか言葉を交わすことになるなんて思ってもみなかった。
(王子なんていう高貴な身分の人が、学園の生徒会長もやるんだ。プライベートも忙しいだろうに、大変だな……)
ダンテはクィアシーナとの握手のあと、彼女の斜めにある一人掛けソファへと腰をおろした。
学園長はというと、話が終わったころにまた戻って来ると言って、彼と交代するように部屋を出て行ってしまった。
今、この部屋いるのはクィアシーナとダンテの二人のみである。
(待って待って学園長! このキラキラした人と二人きりになんかしないでよ!)
緊張であわあわしてるクィアシーナを他所に、ダンテは形のいい口を開き、用件を話し始めた。
「早速なんだけど、クィアシーナさん。わざわざ学園長に頼んでこの時間を設けて貰ったのは、君にお願いしたいことがあるからなんだ」
「おおお願いですか? 私に?」
この国の王子が、平民の自分に対し、一体何のお願いをするというのだろうか。
自分がしてあげれることなんて、彼の肩を揉んでやるくらいでは?
学園長から『頼まれて欲しいことがある』と言われたとき同様、ダンテの意図が分からず、クィアシーナは首を傾げる。
「君には生徒会の仕事を手伝って欲しいんだ。転校早々に申し訳ないのだけど、どうか引き受けてくれないだろうか?」
「え、生徒会の手伝い、ですか?」
「うん、そうだよ。今、うちの庶務が怪我でしばらく休学してしまっていてね。彼女が帰ってくるまでの間で構わないから、君に代理で加入して欲しいんだ。どうだろうか?」
生徒会長であり、何より王子でもあるダンテからの直々の勧誘である。
果たして、クィアシーナに拒否権などあるのだろうか。
(でも……なんで転校してきたばかりの自分に?)
目の前の存在に緊張しきっていたクィアシーナだったが、胡散臭い用件を聞いた瞬間、急に冷静さを取り戻してしまった。
「お怪我をされたとはお気の毒に……けれども、なぜ、私なんでしょうか?
それに、普通は生徒会の役員って選挙で決めるものでは? 少なくとも、私が以前通っていたダントリアス校ではそうでした」
転校前、クィアシーナが通っていたのは、隣国ザイアスにある高等学校――ダントリアス校だ。
この学校の生徒会は、学年を問わず誰でも立候補でき、役員の選出は全校生徒による投票で決まる。
どこの学校でも、生徒会役員の選び方なんて、大体はそんなものだろう。
だからこそ今回、補欠選挙が行われるわけでもなく、会長から個別に生徒会入りを打診されるというのは、どこか奇妙に感じられた。
「ああ、ダントリアス校に通ってたんだね。実は私も昨年そこに半年ほど留学してたんだ。確かにあそこはそういう制度だったよね」
なんと、偶然にも同じ学校に通っていたらしい。
……残念ながら、在学時期は被っていなかったようだが。
「このフォボロス学園では、選挙の仕組みがダントリアス校とは異なっている。
会長は全校生徒の投票によって選ばれるけれど、その他の役職については、会長が直接指名できることになっているんだ。
もちろん、指名したい人がいない場合には、立候補で募集をかけることもある。ただ、私のときは全員、私が指名させてもらったよ」
なるほど。ここの生徒会は、その代の生徒会長が信頼のおけるメンバーを自ら選ぶことが出来るらしい。
「それなら尚更、学園のことを何もわかってない私をわざわざ指名する理由がわかりません……。
私なんかよりもっと適任の人が、在校生の中にいると思うんですが……」
クィアシーナとて、王子様から「生徒会に入ってほしい」と頼まれて、心が惹かれなかったわけではない。
こんな異例の大抜擢、人生でそう何度も起こることではないだろう。
しかし、だからこそ、転校してきたばかりの自分が勧誘される理由が、どうにも分からなかった。
間違いなく裏がありそう――そう考え、軽々しく引き受けてしまう前に、彼が自分にこだわる理由をはっきりさせておきたかったのだ。
「おや、思ったよりも慎重派なんだ」
どうやらクィアシーナが二つ返事で了承してくれると思っていたらしい、ダンテは少し驚いた様子を見せた。
「ますます良いね……じゃあ、君が適任だと思った理由を説明しよう」
何故か気を良くしたらしい、先程よりもダンテの表情がにこやかになる。
そして、彼はその長い足を組み替え、
「理由は、君に囮になって貰うためだよ」
と、クィアシーナに告げた。
「お、おおお囮!?」
予想外の言葉に、彼女の口から思わず大きな声が出る。
そして、(やっぱり裏があるじゃねぇか)とクィアシーナは口角を引きつらせた。
「さっき庶務の子が怪我で休学したって言ったけど、実は後ろから誰かに階段から突き落とされたからなんだ。
階段から転がり落ちて、受け身を取り損ねて右足を捻挫、右腕を骨折。下手したら死んでたかもしれないから、それだけで済んで本当に良かったんだけどね……しかも、その犯人はまだ見つかっていない。
そこで、その犯人をおびき出すために、君に囮役をお願いしたいと思っている」
「ええっ……」
恐ろしい。
普通に新聞沙汰になるような事件である。
故意ならなおさら、事件――いや、犯罪だ。
そして今、自分は、その犯罪に巻き込まれそうになっている。
「今回彼女……アリーチェを襲った犯人は、彼女をやっかむ連中の誰かだと思ってる。この学園の生徒会ってね、かなり目立つ存在なんだよ。生徒会入りをしたという実績だけで、進学や就職に有利になると言われている。そんなこともあって、生徒会の者は選ばれしものとして羨望の眼差しで見られたり、もしくは嫉妬の対象にもなったりもする。
アリーチェの場合は後者だね。彼女は今三年生なんだけど、実家の身分は子爵、生徒会メンバーの中で唯一、特進クラスのSクラスではなく、一般教養科のBクラス所属だ。彼女よりももっと高位の爵位で、もっと優秀な人がいるのに、って勘違いした連中がいてね。度々アリーチェに嫌がらせをしていたんだよ。それで、」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
話を遮るのは不敬と思いつつも、嫌な予感がして、クィアシーナはたまらず話を止めた。
「子爵家で、Bクラスで、それだけで嫉妬の対象になるなら、平民でDクラス予定の、しかもまだ一年生の私が生徒会に入ったりなんかしたら、もっと悲惨な目に合うんじゃないですか!?」
クィアシーナは、自分でいうのもなんだが、平凡を絵に描いたような人物である。
容姿はありふれた薄めの茶色の髪に同様の瞳。
集団にいたら確実に紛れるタイプである。
成績だって決していいというわけではなく、編入試験には合格点すれすれで突破したらしい。なぜすれすれとわかったかというと、先ほど学園長から、あなたは一年Dクラスに配属されました、と聞かされたからだ。
この学園では、各学年が S・A・B・C・D の五つのクラスに分けられている。
S クラスは特進クラス、A クラスは魔法を専門に学ぶ専門科、そして B・C・D クラスは一般教養科として幅広い分野を学び、二年次になるとそれぞれが希望する専科に分かれていく仕組みだ。
ちなみに、生徒がどのクラスに所属しているかは、制服に刺繍されたエンブレムの色で分かる。
一般教養科は青、魔法科は赤、特進クラスは金色、といった具合に、ひと目で区別できるようになっている。
そして……一年次の一般教養科は、Bから順に成績順となっているらしい。
それなりに試験に自信のあったクィアシーナとしては、Dと聞かされ少しばかりショックだった。
さらに身分の方はどうかというと、クィアシーナの実家は先祖代々の平民だ。
父は平民ながら外交の要職に就いているが、それは別に珍しいことではないし、クィアシーナ自身には関係のない話である。
……とまあ、そんなわけで、前に庶務だったアリーチェという人物と比べると、クィアシーナには輪をかけて“つけ入る隙”が多すぎた。下手をすれば、いじめ抜かれて学校に通えなくなる可能性すらある。
「大丈夫、大丈夫。私たち生徒会の面々が、君を外敵から守るよう全力を尽くすよ。といっても、現行犯で捕まえたいから少々危険は伴うかもしれないけれど。それに、君を勧誘したもう一つの理由は、君の能力を買ったからだよ。編入試験の際、面接で君が披露したという特技を、ぜひ生徒会でも発揮してもらいたい」
「え゛、私の特技ですか?」
クィアシーナが面接でアピールした特技。
それは、"気配を消すこと"というふざけたものだった。
フォボロス学園の編入試験に関する事前情報で、面接時に特技をアピールする場面があると聞いていた。特技の中身に関しては直接選考には関係せず、単にアピールできるだけの度胸を試されているとのことだった。そのため、クィアシーナは面接のときに、何の躊躇いもなくそれを特技として実践してみせた。
――面接官たちから失笑を買ったのは言うまでもない。
でも一体なぜ、このしょうもない特技が、生徒会の仕事と関係があるのだろうか。
「君のその特技を上手く活かせば、囮捜査でいざとなったときに危険を防げるでしょ?」
「いや、そんな危険を回避できるくらいにすごいもんでもないし……」
ダンテの軽い物言いに、クィアシーナは思わずため口でぼやいた。
(そもそも気配を消したら囮捜査にならなくない?言ってることが矛盾していることに、この人は気付いてないの?)
「すいません、この話、無かったことにしていただけないでしょうか。私、今度こそ穏やかな学園生活が送りたいんです……」
クィアシーナはこれまで、父の仕事の都合で各地を転々としてきた。
ここに来る直前まで通っていた隣国のダントリアス校も、父から「急遽帰国することになった」と告げられ、入学からわずか半年で転校を余儀なくされた。
だからこそ……今回こそは、しっかり根を下ろし、落ち着いて平和に通いたいと、強く思ったのだ。
たとえ父がまた外国勤務を言い出したとしても、フォボロス学園には下宿先から通い、自分はもうついて行かないと決めていた。
この学園でたくさん友達を作り、たくさん勉強をして、ちょっと恋愛なんかもしてみたりして――
そんな“普通”の学園生活を送るつもりだった。
スリルとサスペンスを孕んだ生活など、これっぽちも望んでいなかった。
クィアシーナのお断りの言葉に、ダンテは「ふーん」とでも言いたげな表情をする。
悪いことをしているわけでもないのに、彼の視線が痛い。
クィアシーナが視線を逸らしダンテの返事を待つと、「ちなみに……もし犯人を捕まえた暁には、何かしらの褒美をあげようと思ってるんだけど、それでも君は、断ってしまうかな?」と、餌をチラつかせ始めた。
「ほ、……褒美ですか?」
王子様からのご褒美とな。
クィアシーナはごくりと唾を飲み込んだ。
わかりやすく餌に釣られてしまっている自覚はある。けれども、褒美とは……なんとも心躍るフレーズである。
「うん。私の……第二王子として叶えられる範囲でね。あ、でも、私の婚約者になりたい、とかは難しいかな。わかりやすい例でいうと、報奨金とか、就職先の斡旋とか、なんなら恋人を見繕ってあげるとかでもいいよ。破格の待遇でしょう。何がいい?」
「なんと」
美味しすぎる話である。
(囮になるリスクはあるが)ただ生徒会に入るだけで、褒美がもらえるなんて。
(ええ、どうしよう。王子が「叶えられる範囲」って……かなり何でもできちゃうんじゃない? こんなビッグチャンス、二度と巡ってこないかも……)
クィアシーナはしばらく思考を巡らせ、やがて腹を決めた。
大きく息を吸い、「わかりました」と決意を口にする。その言葉に、ダンテの口の端が上がった。
「見事解決した暁には、今おっしゃったような褒美をくださると……約束していただけるなら。この話、お引き受けしたいと思います!」
(我ながらチョロい。チョロすぎる。でも、褒美をもらえるとなったら囮捜査なんてバッチ来いだ)
クィアシーナは穏やかな学園生活と褒美を天秤にかけ、一瞬で後者へと傾いてしまった。
さようなら、普通の学園生活。そして、ようこそ未来のご褒美。
薄々感じているこれからの苦労に目を瞑り、事件解決後の褒賞に期待を寄せる。
「ああ、もちろんだとも。後で契約書を持って来よう。では、生徒会入りは引き受けてくれるということでいいね?」
「はい! 一生懸命頑張りたいと思います! 褒美のために!」
先ほどとは打って変わり、急に鼻息荒くやる気を見せ始めたクィアシーナに、ダンテは満足そうな様子で頷いた。
「はは、いいね、その心意気。ありがとう、クィアシーナ。君の貢献に感謝するよ」
「いえいえ。ちなみに、囮捜査をするにあたって、私はどういったことをすればいいのでしょうか?」
頑張ると言ったものの、クィアシーナには具体的に何をすればいいのか、まったく見当がついていなかった。
「詳しいことは、別途時間を設けて説明するよ。もうすぐ授業が始まる時間だからね。
ちなみに、他の生徒会のメンバーには、君が囮捜査のために加入したとは伝えないつもりだ。
あくまで、私がアリーチェの穴埋めとして、君を期間限定の庶務に抜擢した、ということにする。
このことは、私とクィアシーナ、そして学園長の三人だけの秘密だよ」
「三人だけの秘密」と言われ、クィアシーナは少しばかり緊張し、背筋を伸ばした。
そして、はっきりとした口調で了承の意を告げる。
「承知しました、第二王子殿下」
しかし、この返事にダンテは手で制するような仕草を見せた。
「ここでは敬称は不要だよ」
ダンテのことを「第二王子殿下」と呼んだクィアシーナだったが、どうやら彼は、その呼び方を改めてほしかったようだ。
「この学園内では身分は関係なく、みんな平等という方針だからね。
もし自己紹介することがあっても、聞かれない限り家名を名乗る必要はない」
なるほど。この学園の方針は、ただの建前というわけではなく、きちんと機能しているらしい。
平民の自分としては、この方針はとてもありがたい。
「わかりました、ダンテ会長」
ダンテはクィアシーナの返答に満足したのか、柔らかな微笑みを返した。
こうして、まんまと餌につられたクィアシーナは、転校初日から庶務代理として生徒会の一員となったのだった。




