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19. 書記アレクシス

翌朝、クィアシーナが外へ出ると、近くの側道に立派な黒塗りの馬車が停まっていた。

その馬車には大層な家紋がついており、どこかのお貴族様のものであるのが見て取れた。


(なんであんな立派な馬車が、こんな平民の学生街に停まってるんだろ?)


この辺りは下宿代がリーズナブルであることから、平民の学生に人気だと聞いている。まさか専用馬車を持つくらい裕福な家のご子息ご令嬢が、このエリアに住んでいるとは考えにくい。

クィアシーナが不思議に思いながらその横を通り過ぎようとすると、馬車の扉が開き、中からちょうど人が降りてきた。


「ん? アレクシスさん!?」


そこに現れたのは、ピンクブロンドの華やかな髪をなびかせ、にこやかな笑みを浮かべたアレクシスだった。


「おはよう、クィアシーナ」


彼は優雅な歩調で、クィアシーナに歩み寄り彼女に声をかける。


「今日も素朴に可愛いね。いま、君を迎えに行こうとしていたところだったんだー。タイミングが合ってよかったよ。今日は僕と一緒に挨拶当番に向かおう」


軽やかな笑顔が眩しい。

なんて晴れた朝の空気が似合う人なんだろう。


「おはようございます。な……ええと、わざわざこちらまで来てくださったんですか?ありがとうございます」


"なんであなたもうちの場所を知ってるんだ"、と喉元まで出かかったが、どうせダンテから住所を聞いたのだろうと言いかけた言葉を直前で飲み込んだ。

せっかく迎えに来てくれたんだから、お礼を言っておくほうがお互いに気持ちが良いだろう。


「可愛い新入りちゃんのためだからねー。さ、乗って乗って」


アレクシスにさらりとエスコートされ、クィアシーナは馬車の中へと乗り込む。

外から見えないように、レースのカーテンがかかっており、少し薄暗くかんじるが、全く見えないというわけではない。内装はピンクの花を基調とした豪華な壁紙で、白の革張りのシートは素晴らしいクッション性だった。


(こんなに素晴らしい馬車、生まれて初めて乗ったかも……)


後から乗ってきたアレクシスは、何の躊躇いも無くクィアシーナの隣へと腰かける。

立派な馬車とはいえ、座席はそれなりに狭い。身体があたりそうな位置にアレクシスがいることに、クィアシーナはドキドキしてしまう。

……ちなみに、そのドキドキというのは胸の高鳴りとは別のものであるのだが。


(――これは、ファンにバレたら不味い。昨日挨拶を交わしただけで彼女っぽい人に睨まれたんだから、この人と二人で馬車にいるところを誰かに見られでもしたら、刺されるどころの騒ぎじゃないんじゃなかろうか……)


緊張しているクィアシーナと反対に、アレクシスは朝からニコニコとご機嫌である。

彼は女子と一緒であれば、本当に誰でもいいんだろう。


「それにしても、ここら辺は道も綺麗だしお店もあるし、なかなか住みやすそうだねー」

「はい、この辺りは私を含め、学園の生徒がたくさん下宿しているらしいです。治安も悪くなさそうだし、いまのところ満足してます。アレクシスさんはお家から馬車で学園に通われているんですか?」

「いいや、僕は学園近くの別邸から通ってるんだ。特別寮に入ることも勧められたんだけどねー。門限があるっていうし、そもそも団体行動に向いてないから性に合わないって思ってさ」

「そ、そうなんですか」


逆を言えば、その別邸には門限より遅く帰ることもある、ということだ。

昨日ララから聞いた話が頭に残っていて、アレクシスにはどうしても“女遊びしている”というイメージがついてしまっている。

もしかして女の子とのデートで帰りが遅くなっているのかも――そんな下世話な想像がつい膨らんでしまった。



「どう? 学園には馴染めそう?」


意識が明後日の方向へ飛びかけていたクィアシーナは、アレクシスの問いかけで我に返った。


「ええと、ぼちぼちって感じですね。あ、でもクラスの子とはうまくやっていけそうです」


ララとマリアとはすぐに仲良くなれた。

ほかの子たちも、昨日の午後にちょっとした一悶着はあったものの、根はいい子ばかりだ。この調子なら、きっとみんなとも仲良くなれそうだし、なんなら、早くファンクラブ会誌の内容について語り合いたいくらいだ。


「いいね。学校じゃほとんどの時間をクラスで過ごすんだから、うまくやれてるならよかったよ。

あ、そうだ。話は変わるんだけど、昨日聞きそびれてたことがあって。大丈夫だった?クィアシーナの席を狙ってガラスが割れたって聞いたんだけど」

「いえ、まだ私を狙ったって決まったわけじゃないです。偶然だったのかもしれないし……それに怪我もありませんでした。だから大丈夫です」


クィアシーナのさっぱりとした様子を見て、アレクシスは安心したように微笑んだ。


「なら良かった……アリーチェのときは、本当にひどかったからね。今回彼女が休学になって、正直、僕はちょっとほっとしてるんだー」


そう言ったアレクシスアの声には、どこか影のある響きが混じった。目元が一瞬、遠くを見つめるように曇ったのを、クィアシーナは見逃さなかった。


「彼女……そんなにひどい被害を受けていたんですか?」


問いかけるクィアシーナの慎重かつ重い声のトーンに、アレクシスは顔をハッとさせる。


「あ、ごめんごめん。朝からこんな暗い話をするもんじゃないね!それよりさ、昨日は本当にルーと走って帰ったの?」


急な話の方向転換に、クィアシーナはポカンとなる。

彼女としてはアリーチェの話を詳しく聞きたかったのだが、アレクシスの様子から話を戻してもはぐらかされてしまいそうな気がした。


「あ、はい、裏庭までは本当に二人で走って帰りました。でも、私が途中でバテてしまったので、裏庭から家までは速歩で帰ったんですよ。おかげで今日は足が筋肉痛でめちゃくちゃ痛いです」

「走ってからの速歩!!!! ははっ、マジか! 二人で早歩きしてるのを想像するだけでウケるね」


アレクシスは何かツボに入ってしまったらしく、腹を抱えて笑い始めた。

いつも優しく微笑んでいるイメージがあるが、こうして屈託なく笑うこともあるらしい。


「はーおもしろ……ちゃんと付き合ってあげてエライねぇ……。でも、あんまり毎回付き合うと、そのうち剣術にも付き合えって言われるかもしれないから気を付けてね」

「それはきっぱりとお断りしたいと思います」


そもそも剣術部にまで入っているルーベントの相手など、クィアシーナに務まるはずがない。

けれど、昨日の様子からすると、彼は思いつきで本当に言い出しかねなかった。そのときは、何が何でも断ってやるつもりだ。



「そろそろ着く頃だね。学園にも近いし、クィアシーナはほんといい立地のとこに住んでるねー」


馬車専用の停留所に着くと、アレクシスが先に降り、クィアシーナが降りるのを自然にサポートする。乗車中にも感じたことだが、彼の所作はあまりに自然で、エスコートに慣れているのが分かる。


クィアシーナは降りるやいなや、不審がられない程度に辺りをキョロキョロと見渡す。幸い、まだ生徒は誰も登校してきていないようだった。



(危ない危ない。誰にも目撃されなくて良かった。あー怖い)



「同席させて頂いてありがとうございました」

「こちらこそ、朝から楽しい時間をありがとう」


アレクシスはそう言って、甘く微笑む。

そのやさしい笑みに触れた瞬間、クィアシーナの頬に一気に熱がこみ上げた。


(これは……ララが彼を推す理由がわかったかもしれない。この甘い顔で微笑まれると、ほとんどの女子は惚れちゃう……!)


クィアシーナは少し熱くなった顔を隠すように、校門前に移動して鞄を下に置いた。

そして、鞄の中から袋を取り出し、その中に鞄をすっぽりと入れた。


「何それ?」

「土よけです」

「潔癖なの?」

「そうかもしれません」


潔癖なわけではないが、昨日嫌がらせで鞄に土を盛られたのだ。その対策である。

ただ、そのことを事情を知らないアレクシスに言うのは、なんだかチクったみたいで言いたくなかった。



「おはようございまーす。二人とももう来てたんだ!」


鞄を持ったビクターが欠伸を噛み殺しながら、二人の前へと現れた。



「おはようビクター」

「おはようございます。なんだか眠そうですね?」

「昨日遅くまで作業してて。ね、なんの作業だと思う?」


彼はわざとらしいほど可愛い仕草で、クィアシーナをその大きな瞳に映しながら問いかけた。


「宿題ですか?」


悩む素振りもせず、なんの捻りもない回答をする。


今のところクィアシーナのクラスでは宿題を出されてないのだが、ララやマリアの話によると、全く無いわけではないらしい。

しかも彼はSクラスなのだから、出される宿題も徹夜してやらないといけないくらい難易度が高いものだったのだと予想した。


「ぶぶー、残念! 校内報の原稿を仕上げてたんだよ。ある意味君のせいなんだからね?早めにシーナの庶務就任のことを周知したほうがいいだろうってアレクシスさんが言うからさー、今日の印刷に間に合うように、徹夜で頑張ったんだ。おかげで肩は凝るし、超寝不足だよー」


ビクターはこれみよがしに自分の肩をトントンと叩いてみせる。


「えーと、なんかすいません」


全く自分のせいではない気もしたが、一応謝っておくことにした……。心がこもっていないのは仕方ない。


「ほらほら難癖つけてないで、ビクターも鞄置いてきなよ」

「はーい」


先輩であるアレクシスに促され、ビクターは大人しくクィアシーナに絡むのを辞めて、鞄を脇に置きにいった。



今日の挨拶当番のフォーメーションはこうだ。

アレクシスとクィアシーナが校門の右側に立ち、その反対側にはビクターが一人で立つ。


クィアシーナは、余計なやっかみを生まないために自分だけで立ったほうがいいのではと提案した。しかし、見えないところで何かされる可能性が高いというビクターの助言により、この布陣で確定したのだった。



(ほんとは囮役だから、狙われたほうがいいんだけどな)



そう思ったのだが、すでにチラホラ生徒が登校してきていた。クィアシーナはあれこれ考えるのをやめ、言われた通りアレクシスの隣に立って「おはようございます」と挨拶をしていった。



昨日のダンテとリンスティーのときとは違って、二人にはファンからの貢物はなかった。

単に二人に人気が無いわけではなく、二人とも生徒会になりたての頃に、ファンから差し入れを貰って、見事にお腹を下したらしい。

以来、食べ物でなくとも、差し入れの類は全部断ることにしているそうだ。



(差し入れはないけど、代わりにスキンシップがすごい)


アレクシスは「おはよー」と言って、次から次へと似たタイプの女子生徒が彼とハグを交わしていく。

アレクシス推しのララも、クィアシーナに挨拶して話しかけるついでに、アレクシスにハグをして貰って朝から腰が抜けそうになっていた。


ちなみに彼いわく、彼女たちはみんな “お友達” らしい。

クィアシーナが見ているかぎり、その “お友達” とやらは、どちらかというと積極的な女子が多い気がした。


だからといって、男子に嫌われているのかと思えば、まったくそんなことはない。

「今日も朝からイイ男です!」と、男子生徒から敬語で持ち上げられているのを何度か見かけたくらいだ。


……本当に、謎な人である。



一方、ビクターはと言うと、ファンが群れになって一斉に挨拶するという不思議な光景が見れた。

アレクシスによると、挨拶当番のときはいつもこんなかんじらしい。

その様子は「抜け駆け無し」ということで互いにけん制し合っているようにも見えた。


そして……彼は何故か、一部の男子生徒からは恐れられているようだった。


「……お、おはようございます……ビクター様」

「おはよう?」


おそるおそる挨拶してくる男子生徒たちに、ビクターがどこか含みのある笑みで返すと、その生徒たちは逃げるようにして教室棟へ駆け込んでいった。

……まさか、ビクターは彼らの弱みでも握っているのだろうか。



とまあ、こんな感じで、今日はまた昨日とは違う一面を見ることができた。

では、クィアシーナ自身には何かあったのかというと──



「おはようございまーす」

「……」


「おはようございます」

「調子乗んなよ」


「おはようございまーーす」

「生徒会のフリしないでくれる?」



……こんなふうに、隣のアレクシスには聞こえない程度の声量で、挨拶以外の反応を返してくる。

アレクシスやビクターに対する態度とは雲泥の差である。

しかも、そういった連中は女子だけでなく、男子生徒もいた。その中にはわざと肩をぶつけてくる生徒もいたのだが、それはアレクシスが気付いてやんわりと注意してくれた。


そして昨日、真正面から堂々とクィアシーナに絡んできたジェシーは、

「ア、アレクシス様、おはようございます。……あなた、今日も挨拶に立っているのね。連日ご苦労だこと」

と、昨日の勢いはどこへやら、すぐにその場を立ち去ってしまった。


「なんだか彼女、昨日と違って大人しかったです」

「早く立ち去りたかったんじゃない?ジェシーちゃんは僕のこと苦手なんだよね~」


はは、と笑うアレクシスだが、クィアシーナはその言葉に驚きを隠せなかった。


「え、そんなアレクシスさんのことが苦手な女子なんてこの学園にいるんですか!?」

「そりゃいるでしょ。人間だもの、色んな子がいるよー」


確かに、よく考えてみれば、彼女はダンテを崇拝しているようだったので、アレクシスには興味がないのかもしれない。逆を言えば、ダンテが絡んでいないなら、ジェシーは何も言ってこない気がした。



「そろそろ時間だから、切り上げようか」


時計に目をやりながら、アレクシスがクィアシーナとビクターに当番の終了を告げる。


意外なことに、この日の朝は、生徒会メンバーが一人も姿を見せなかった。

ビクターに尋ねると、「たまにそういう日もあるよ。朝練だったり休みだったりでね」と、特に珍しいことではないと説明してくれた。



クィアシーナは脇に置いていた袋から鞄を取り出す。袋を被せておいたおかげか、今日は土が盛られているなんてことはなかった……はずなのだが。


クィアシーナが袋から鞄を取り出そうとしたそのとき、ぽた、ぽた、と水が滴り落ちてきた。


「……やられた」


袋の中は、なぜか水浸しになっていた。

鞄も中までしっかり浸水しており、幸い教科書類は教室に置きっぱなしだったため被害は出なかったものの、文具やエチケット用品はすべて水を吸ってしまっている。


それはまだいい。問題は──



「会誌が濡れたーーーーーーーーーーーーっっっ!!!!!!」



昨日リファラから借りていた、ダンテ特集のファンクラブ会誌が水を吸ってふやけているのを見て、クィアシーナはその場に崩れ落ちた。


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