16. 生徒会の裁量が大きい件
狭い空間で、座り込んだマグノリアンの上にクィアシーナがまたがっている。中途半端に身体を起こそうとしたことで、二人はなおさら誤解しか生まないような体勢になってしまっていた。
「私はすぐに立ち去るので、お気になさらず。あ、誰にもいいません」
「まてまてまてまて、おまえ絶対なんか勘違いしてるから」
「私がバランスを崩してしまっただけです! なんもやましいことはありません!」
「その体勢で言われても」
ドゥランに指摘され、はっとする。彼に気を取られ、密着した姿勢のままになっていた。
(ぎゃー! まるで私がマグノリアンさんを襲ったみたいじゃない!)
慌てて身を起こし、互いに気まずそうに顔を逸らす。
ドゥランは表情をほとんど変えないので、何を考えているのか分からない。ただ、言動からして誤解していることは間違いなさそうだった。
「今のは事故だ」
マグノリアンが言い切るが、ドゥランは納得したのかしていないのか、「そういうことにしておきます」とだけ告げ、執務室へと戻って行った。
残された二人には、気まずい空気が漂う。
「……ごめん」
「いえ、私のほうこそ」
「……」
先程のことも、昼休みのダンテの抱擁も、今日の出来事はどれも初めてのことばかりだった。
今のところ、ドキドキよりも緊張感と気まずさのほうが勝っている。
(き、きつい……空気がカオス……)
結局、マグノリアンとクィアシーナは先程の件には一切触れず、役割を分担して掃除を終えた。
気まずさが残った掃除のあと、二人は会議室で相談箱に投函された手紙を確認することにした。
「これはすごいな。ここ最近で一番多いかもしれない」
なんと、その数は三十通で、昨日の倍の意見書が相談箱に寄せられていた。
最初、マグノリアンが順に中身を確認していった。しかし、クィアシーナが目を通す前に「おまえは見なくていい」と、なぜか手紙を破って捨てようとした。
そんなマグノリアンに対し、クィアシーナはすぐに待ったをかける。
「大体内容は想像つくので、遠慮なく見せてください。それに、マグノリアンさんがいないときは、こうした手紙を私一人で確認することになるんですから、今のうちから耐性をつけとかないと!」
マグノリアンは渋るが、先ほどの転移室での出来事と同じく、クィアシーナが引かない姿勢を見せたため、「全部見なくていいからな」と念押ししてから、手紙を渡した。
(どれどれ……)
やはりというか、そのほとんどがクィアシーナに関する内容だった。
『意見書(要望):庶務はマグノリアンさん一人で十分だと思います。代理不要。匿名希望』
『意見書(要望):庶務の方は挨拶当番しなくていいです。既存メンバーだけでやってもらえませんか?匿名希望』
『意見書(要望):新しい庶務にはもっと可愛い子を代理に据えてください。匿名希望(♂)』
『意見書(苦情):庶務の子、普通過ぎ!匿名希望』
次々と読み進めていくものの、全部似たりよったりな内容である。
(容姿が普通なのは私自身が一番わかってるし!でも、人格を否定されるようなやつはないからノーダメージだな)
手紙を読んでいるクィアシーナの側で、マグノリアンは心配そうに彼女のことを見つめていた。
しかしクィアシーアは手紙をまとめて机に置くと、あっさりした様子で言った。
「思ったより軽い内容でした」
取り立てて気にしたふうもないクィアシーナに、マグノリアンは意表を突かれたような顔をする。
「新しいものって中々受け入れにくいですもんね。一ヶ月も経てば収まると思うんで、気にしないようにします。ちなみにですが、これって匿名希望だから、返事の出しようがないと思うんですけど廃棄でいいんですか?」
「これで軽いんだ……アリーチェさんとか毎回泣いてたんだけどな……。うん、廃棄でいいよ。一応意見は"確認した"からな」
何故かクィアシーナよりも、マグノリアンのほうが手紙の内容に憤っており、手紙をビリビリに破いてゴミ箱に捨てた。
机の上には、まだ数枚の意見書が残っている。
クィアシーナはその中身をまだ読んでいなかったため、何が書かれているのかをマグノリアンに尋ねた。
「そっちはなんでしょうか?」
「こっちはダンテさん行きの内容だ。てか、おまえこれ知ってる? 第二カフェテリアの窓が割れたってやつ」
クィアシーナはマグノリアンが手渡してきた意見書を受け取り、一枚ずつ目を通していく。
『意見書(要望):今日の昼休み、第二カフェテリアの窓が突然割れました。破片が飛び散り、みんなけがをするところでした。強化ガラスにしたほうがいいのではないかと思います。ご検討ください。 匿名希望』
『意見書(苦情):第二カフェテリアの窓が割れたせいで、一部の席が使用不可になりました。ただでさえ第二は混雑するのに、早急になんとかして欲しいです。また、今回と同じことが起きないようにしてください。 匿名希望』
このような意見書があと二通も届いていた。
全て日頃から第二カフェテリアを利用してる者からの意見のようだ。
(こんなことも、先生や事務員ではなく生徒会に意見が来るんだ。強化ガラスにしてほしいなんて、生徒会ではなく学園の管轄じゃないのか……)
クィアシーナは意見書の内容に首をかしげながらも、先ほどのマグノリアンの質問に答えた。
「このことなんですが、実は私、このとき現場にいました。私の座ってたテーブルの席のガラスが、割れたんです」
「え? なんで? なんか物でもガラスにぶつけたりしたのか?」
「いいえ、外から割られたみたいで。たぶん……故意です」
「な、」
故意という言葉に、マグノリアンの顔色が変わった。
「このとき、ダンテ会長とリンスティーさんが現場まで駆け付けてくれたんですけど、誰かが校舎向こうから放った魔法の仕業じゃないか、って言ってました」
「ガラス壁が割れるほどの衝撃だったわけだろ? 余程の悪意がないとそんな……」
マグノリアンは暗にクィアシーナの命が狙われた?と言いかけ、言葉を詰まらせる。
「でも、そうか。ダンテさんとリンスティーさんの二人がいないのは、その件で動いてるからなのか」
何故か納得した風なマグノリアンに、クィアシーナは疑問をぶつけた。
「あの……今回の件も、それにアリーチェさんの事件も、生徒会で対処する範疇を超えてる気がするんですが…学園側は何もしないんでしょうか?」
「学園も何もしないわけじゃない。けれど、『生徒間で起きたことは生徒が解決』がこの学園の方針だ。
生徒の裁量ではどうにもならないことが起きた場合に、学園が動く。でも、そうでなければ、生徒会のメンバーが率先して学園内で起きたことを解決する。生徒会の裁量が大きいのは、そのためなんだよ」
「知りませんでした……生徒会って、そんな大それた団体だったんですね」
最初の説明で、ダンテは、生徒会はみんなから憧れや羨望の眼差しで見られるって言っていたが、その権限や責任が大きいからというのもあるのだろう。
それに、それだけ責任ある仕事ができるのだから、生徒会に入っていたというだけで就職や進学に有利に働くということにも納得がいく。
「もしかして……、おまえ何も知らないで生徒会に入りたいって言ってたのか?」
「えッ!? いや、そんな、そんなことも無いんですが、うん」
クィアシーナはマグノリアンから痛いところを突かれ、目に見えて動揺を見せる。
(アリーチェさんの事件で、ダンテ会長が囮捜査をするってことを学園長が容認していた時点で、薄々変だと思ってはいたけど。だって、ほぼ犯罪に近いことが起きてるのに、生徒会主体で調査っておかしいもの)
「改めて、生徒会って大変な仕事なんだな~、頑張るぞ~って思っただけです! ははは……」
適当にごまかしてみるも、マグノリアンは目に含むものがあるような視線をクィアシーナに向け、小さくため息をついた。
「はぁ……まあ、普通に考えたらおかしいよな。学園外だと地域の警備隊か、場合によっては王立騎士団が調査に入るようなことだって、学園内では生徒会が取り仕切るんだから。他の学校だと考えられないようなことをしてるとは思う」
「ですよね、他の学校の生徒会なんて、学級委員に毛が生えたような仕事しかやってなかったと思います」
二人がこの学校の生徒会の在り方について話していたとき、クィアシーナの耳に正面扉のドアノッカーが鳴る音が聞こえてきた。
「あれ、今の音……来客ですか?」
「そうだな。いっしょに見に行くか?」
マグノリアンの言葉で、クィアシーナは来賓の応対も庶務の仕事だと聞かされていたことを思い出した。
自分も行くと返事をし、二人は意見書をそのままにして会議室を出ると、正面扉へと向かった。
マグノリアンが先頭をきって扉を開けると、そこには一人の男子生徒が立っていた。
彼は肩からカメラをぶら下げており、片手にはメモとペンを持っている。制服であることを除けば、まるで記者のような出で立ちである。
「いつもすいませーん。新聞部でーす! 今日の昼休みの件で、クィアシーナさんを取材したくて来ました!」
「え、私!?」
取材、とな?




