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15. 庶務の仕事は侍従に近い

「マグノリアンさん、お疲れ様です! 遅くなりました」

「ああ、お疲れさん。めっちゃ息切れてんじゃん。大丈夫?」


クィアシーナは五人と別れたあと、裏庭の階段から生徒会館へ急いだ。

本当は今日も坂道ルートを使うつもりだったが、話し合いで遅くなったため、近道である階段を選んだのだ。


息を切らしながら廊下に飛び出すと、ちょうど給湯室へ向かうマグノリアンと出くわした。


「大丈夫です、すぐに整います。それより、お茶を淹れに行くなら私も手伝います」

「ありがとう。でもその前に、執務室に鞄を置いてこい。息が整ってから給湯室に来ればいい」

「わかりました、すぐ行きます!」

「いや、そんな慌てなくていいから……」


新参者である自分が遅れてきて、昨日教えてもらったばかりの仕事を先輩にやらせる――そんなこと、クィアシーナの辞書には“甘え”の文字はなかった。


急いで執務室へ行き、まずは皆に挨拶する。


「お疲れ様です! いってきます!」


元アリーチェの席である自分の机は入り口の近くにある。

扉が閉まらないうちに鞄をドサッと置き、足早に給湯室へ向かった。


「置いてきました! お手伝いすることはありますか?」


給湯室に入ると、マグノリアンがすでにお湯を沸かし始めていた。


「お、じゃあ早速だけど、ポットとそれと八人分のカップをワゴンに用意して。用意ができたら、次に奥の五番の茶葉を取って欲しい」

「了解です」


ここで、自分がやるからいいよ、なんて言わずにクィアシーナにやらせてくれるところが、彼の良いところである。


ポットを棚から下ろし、ティーカートの上に置く。昨日と違って今回は人数が多いため、トレーではなくティーカートでポットごと運ぶらしい。


カップを人数分出したあと、茶葉を取り、マグノリアンに手渡す。


「ありがとう。次に、ここの引き出しに軽量スプーンがしまってあるから、それを使って茶葉を入れていくんだ。擦り切りで三杯をポットに入れて」

「わかりました」


クィアシーナは慣れない手つきで、なんとかポットへ茶葉を入れる。

マグノリアンが側で見ているため、無駄に緊張してしまう。


「それから、お湯が沸くまでの間に、砂糖とミルクを用意する。保冷庫になってるから開けて。ミルクの瓶が入ってる」

「はい」


クィアシーナが棚の横にある小さな保冷庫の扉を開けると、中からひんやりとした空気が漏れ出してきた。


この保冷庫は魔石を主な動力としており、食材を冷やすのに欠かせない家財道具の一つだ。

クィアシーナが過去にいた国では、こうした設備が常備されていない場所もあった。

それを考えると、ここラスカーダは他国に比べて、生活環境や技術がずいぶん発展しているのだろう。


「ミルクは週の始めの買い出しでいつも補充してる。それから週末の帰りに全部廃棄するから、忘れないように」

「了解です」


ここの食材管理も、全部庶務の仕事らしい。本当にやることが幅広い。


「じゃあ、それをミルク差しに溢れないよう移し替えて。ミルクを使うのはドゥランだけだから、少しでいい。おまえは使う?」

「私はストレートで大丈夫です」

「ん、わかった。覚えとく。あ、そこの二段目の棚の箱にクッキーが入ってるから、人数分を皿に置いて」


クィアシーナはマグノリアンの指示に従い、クッキーを皿に並べていく。


「この茶菓子は、なくなったらその都度買いに行ってるんですか?」

「菓子も週始めにまとめて買ってるな。たまに盗み食いするやつがいるから、途中で足りなくなったときは、自分で作ったやつを持ってくることもある」

「作る? 誰が?」

「俺が」

「マジですか」

「寮には共用だけどキッチンがあるからな。オヤツも作れる」


いや、そういう問題ではないだろう。

クールな容貌のお貴族様が、手作りスイーツを持参するなんて……。

どう頑張っても、その絵面が想像できなかった。


「やっとお湯が沸いたな。じゃあ持ってくか」

「はい!」


ティーカートを押すマグノリアンの後ろを、クィアシーナが先導するように歩き、執務室の扉を開けた。


さっきは鞄を置いて慌てて出てしまったため、誰が来ていたのか確認できなかった。

執務室には、ルーベント、アレクシス、そしてビクターの三人だけが揃っており、ダンテとリンスティー、ドゥランは不在のようだった。


「あれ、ドゥラン、また消えた?」

「さっきまでいたんだけどねー。ダンテから呼び出しがあったみたいで、教室棟のほうに行ってる。三人分のお茶はあとでいいかも」


マグノリアンの呟きに、アレクシスが丁寧に説明を添えた。


「そうなんですね。じゃあ、三人分はよけておきます。クィアシーナ、カップにお茶を淹れるから、クッキーを乗せてみんなに配ってくれ」

「わかりました」


クィアシーナはマグノリアンが淹れたお茶をカップに注ぎ、三年生から順に配っていく。

アレクシス、ルーベント、ビクター、そしてマグノリアンと、自分の分まで手渡した。

なんだか、どこかの貴族の屋敷で侍女をしている気分である。


配り終わった後は、席に着いて少し休憩。初めて座る自分の席(正確にはアリーチェの席)で、お茶を口に含みながらほっと一息つく。


給仕のような庶務の仕事とは違い、書記と会計の三人は黙々と机に向かって作業していた。

会計のルーベントは備品購入の収支を整理し、書記のアレクシスとビクターは校内報の原稿を書いているらしい。


「さて、そろそろ掃除にいくぞ」

「掃除ですか?」

「そうだ。生徒会館の管理も庶務の仕事のひとつだ。掃除も当然含まれる。ここは広いから、曜日ごとに掃除する部屋を決めている。これが担当表な」


マグノリアンが机の引き出しから紙を取り出し、クィアシーナに手渡す。


表は曜日で列が区切られ、行には「応接室+給湯室」「会議室+転移室」「二階」「廊下+外」「執務室」と記されている。

しかし、なぜか各セルには肝心の担当者名が書かれていなかった。


「掃除場所を決めてるだけで、掃除担当は決めてないんですか?」


クィアシーナは、ふと思った疑問を口にした。


「ああ、出来る奴がやるってことで、アリーチェさんと取り決めてたから……」

「ははっ、それって、『出来ないっていう奴はやらなくていい』っていう、飛んでもない取り決めだよね~」

「うるさい、ビクター」


『出来ないっていう奴はやらなくていい』?

よくわからないが、クィアシーナ自身は掃除ができないなんてことはない。気にしないことにした。


「掃除は簡単な掃き掃除と拭き掃除だけでいい。学期末には全員で大掃除をするし、年度末には次の代が入る前に、業者を呼んで綺麗にする。だからそんなに時間をかける必要はない。それと、掃除用具は全部二階の倉庫に格納してある」

「了解です。今日は会議室と転移室の日ですよね? 手分けしてやりますか?」

「あ、うん。でも初回だし、一緒にやろう。触ってほしくないものとかも伝えとかないと」

「わかりました。じゃあ早速、二階に行って掃除用具を取ってきましょう!」

「なんかイキイキしてないか?」

「私、掃除好きなんですよ。やってる間、頭を空っぽにできるから。さあさあ、早くいきましょう!」


クィアシーナは昔から、ストレス発散のために掃除をするのが好きだった。特に窓ガラスの拭き掃除がお気に入りだ。

曇りや指紋が消えていくたびに、胸の中のざわつきまで一緒に拭き去られていくようで、終わったあとには必ず心が軽くなった。


今日は朝から、さまざまな事件が立て続けに起き、気づけば肩が重くなるほど心が疲れていた。

だからこそ、クィアシーナは無性に掃除がしたかった。


生徒会館の二階は、ダンテの説明どおり、ほとんど使用されていないようだった。

二部屋は空き部屋で、もう一部屋が掃除用具や備品の倉庫。そして、残りの一部屋も同じく倉庫として使われている。


「地下室もあるらしいけど、歴代会長しか入れない秘密の部屋なんだとよ。ただ、地下室に続く階段がどこにあるのか、俺は見たことがない」

「へぇ……でも、ここを管理してるマグノリアンさんが知らないなら、ただの作り話の可能性もありますね」

「確かにな」


クィアシーナは箒とブラシ箒、塵取り、雑巾を数枚持って会議室へ向かった。

マグノリアンがブラシ箒でカーペットの埃を浮かせ、クィアシーナが箒で丁寧に掃き集める。

舞った埃が机や椅子に降りかかる前に、雑巾でテキパキと拭き取っていく。


二人でやればあっという間の作業だが、一人だとそれなりに時間がかかりそうだった。


「目で見えるくらいの汚れじゃなかったら、そんなに丁寧にしなくてもいい。逆に応接室とかは外部の人も入るから、丁寧にやってほしい」

「なるほど。了解です」


会議室を出て転移室へ向かおうとしたそのとき、

「マグノリアン! 紙が切れたんだけど、新しいのある?」

と、アレクシスが執務室から顔を出し、早足でこちらへやってきた。


「俺の引き出しの二段目に何枚か残ってたはずです。それを使ってください。あとで二階から束を補充しときます」

「ありがとう、助かるよ~。ほんと庶務さまさまだよね! クィアシーナちゃんも、早く彼を見習ってたくさん仕事覚えてねー」


アレクシスは手をヒラヒラさせながら、にこやかに執務室へ戻っていった。


「……なんか、マグノリアンさんが庶務は雑用係って言ってた意味がわかってきました」

「理解してくれたか。良く言えば生徒会のみんなの侍従だな。悪く言えば使用人に近いかもしれん」

「とてもしっくりきます」


クィアシーナは深く頷き、なんというか、頭を使うより行動で示すタイプの自分にはぴったりな役職だと思った。


気を取り直して、次は二人で転移室へと移動する。窓もなく二人が入れる分しかない小さな空間だ。会議室に比べると狭く、掃除もあっという間に終わるだろう。


「ここは箒で掃いて、それから雑巾で水拭きする。前に魔法陣が靴の泥で汚れて発動しないことがあったんだ。それ以来拭き掃除もすることにしてる」

「わかりました、じゃあここは私がやっちゃいますね」

「いや、いいよ。せっかく二人いるんだから分担しよう。箒は任せるから、俺が雑巾で拭いてくよ」

「いやいや、ここは新人に任せましょうよ」


クィアシーナはマグノリアンの持っている雑巾に手を伸ばす。だが、彼はそれをひらりと交わし、クィアシーナが手の届かない位置まで持ち上げてしまった。小柄な彼女は背伸びしても届かない。


(なんて小癪な…!)


悔しさに駆られ、ジャンプで取ろうとしたクィアシーナ。だが――


「うわっ」

「きゃ」


着地のタイミングで、思わずマグノリアンに激突。バランスを崩した彼が咄嗟に掴んだのは、なんとクィアシーナの身体だった。


果、二人はゆっくりと床に倒れ込み、クィアシーナはまるでマグノリアンに覆いかぶさるような形で尻もちをついてしまう。


「いってぇ……」

「ごごごごめんなさい!!!!」


慌ててクィアシーナがマグノリアンの身体から飛び降りようとした、その瞬間、転移式の魔法陣が静かに光った。


二人して顔を光に向けると、そこに現れたのは、彫刻めいた美貌のドゥラン。

彼は顔色ひとつ変えず、二人の倒れ込んだ姿を見て、


「……お邪魔しました?」


と、呟いた。


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