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109. 今後の誓い

まじまじと、自分のいる場所を目で確認する。

天蓋付きのベッドなんて、生まれて初めて見た。そもそも、部屋の天井が高すぎる。


透けるレース素材の布がベッドの周囲を囲み、

しかも、考えられないくらい気持ちいい枕に、頭が沈んでいる。


「なるほど……ここは天国か」


どうやら、自分は死んでしまったらしい。

生前どれだけの徳を積めたかは分からないが、

こうして寝心地のいいベッドで目を覚ますことができたのだから、天国に行けたのだろう。


――じゃあ、天国のベッド以外のスペースはどうなってるのだろうか。


よいしょ、と身を起こすと、


「! お嬢様、気付かれましたか!」


そんな声がベッドの向こうから聞こえてきた。


天蓋のレースの隙間から覗いたのは、

可愛らしいお仕着せを着た若い女性。

いわゆる、メイドのような格好をしていた。


「お加減はいかがですか?」


「はぁ……おかげさまで」


具合を聞かれ、咄嗟に返事をしたものの、いまいち今の状況がわからず、曖昧な答えになってしまう。


「目覚められたことをお伝えしてきますね。

このまましばらくお待ちください」


そう言い残すと、彼女は慌ただしくこの場を立ち去ってしまった。


(うーん。さすがに現実か)


つい現実逃避をしてしまったが、

どうやら自分はちゃんと生きていて、

それでいて学園ではない、妙な場所に連れてこられてしまったらしい。


――おそらく、とんでもない場所に。


そもそも、自分は保健室にいたはずだ。

だというのに、今は制服すら着ておらず、

これまで着たことのないような、着心地の良い、緩いワンピースのような部屋着を身につけている。


天蓋の隙間から見える空間は、やけに広い。

テーブルソファに机、バルコニー、クローゼット――

色々と揃っているのが、レース越しにも分かった。


あまりの場違いさにクィアシーナがソワソワし始めた、そのとき。


ドアをノックする音とともに、


「入るよ」


と、先ほどのメイド姿の女性とは違って、聞き覚えのある男性の声がした。


「どうぞ」


一応、返事をしてみるのとほぼ同時に、一人の、これまた見覚えのある男性が中へ入ってきた。


(……ですよね)


期待を裏切らない登場に、ある意味安心すら覚えてしまう。


「大丈夫? 気分は悪くない?」


彼はなんの躊躇いもなくレースを捲り、

クィアシーナを覗き込むようにして問いかけてきた。


「あー……はい。体調はなんとも」


先ほどと同じように、曖昧に答えてみる。


「なら良かった。じゃあ、一応確認。

私は、誰?」


――なんとも面倒な質問だ。

答える意味があるのか一瞬迷ったが、ここは間違いなく学園の外。


そして――身分制度は、絶対の場所。

だからこそ、クィアシーナはきちんと答えることにした。


「ダンテ・フォルグ・ラスカーダ第二王子殿下にございます」


そう答えながら、頭を下げる。

ベッドの上からなので、これが正解なのかはよく分からないが、

今の自分にできる最大限の敬意だ。


けれども、どうやらこの受け答えは外してしまったらしい。


「うーん、しっくりこないなぁ……」


彼は続けて「顔を上げて」と言ったあと、寛大な言葉をクィアシーナにかけてくれた。


「今は二人きりだから、いつもの感じでいいよ」


――許可が出たのなら、遠慮はしない。


「じゃあ『ダンテ先輩』で。

言い慣れなさすぎて、舌噛みます。

さっきのは今後、学園外で会ったときのために練習しておきますね」


しれっと礼儀を吹き飛ばして告げると、これは正解だったようだ。


「ふふ、良かった。

いつものクィアシーナだね」


ダンテが、口元に手を当てて面白そうに笑った。


「従順なクィアシーナも一度見てみたかった気もするけどね」


「止めてください。あの状態は二度とゴメンです」


ダンテの真面目とも冗談ともつかない態度に、クィアシーナは、眉根を寄せて複雑そうな顔をしてみせた。

それから改めて問う。

 

「あの……つかぬことをお伺いするんですが、

ここ、どこなんでしょうか?」


部屋の感じから、やんごとなきお方――ダンテが関係するであろう場所であることは大体想像がついたが、ここがどこであるかまでは見当もつかなかった。


リンスティーと保健室で話していたはずなのに、

気づけば意識が途切れ、目を覚ましたら……である。

本気でわけが分からない。


「ああ、ここは王城にある、要人が宿泊するための客室の一室だよ。

最初は医務室に運ばれてたんだけどね……

友人だからってことで、こっちに連れて来たんだ」


淡々としたダンテの説明に、クィアシーナは頭を抑えた。


「……なぜ」


思わず、小さな疑問が口をついて出る。


「ん?

“職権乱用”しただけだよ。これ、君から教えられた言葉なんだけどな」


ダンテは苦笑しながら、首を傾げた。


職権乱用――。

確かに、アリーチェとの縁を切らないよう助言したときに、

そんな言葉を口にした覚えはある。

しかし、これは職権乱用というより、

王子のワガママというか何というか……

色々な誤解が生まれそうだが、そこのところどうなのだろうか。


(まあ、いいか。私が知ったこっちゃない。たぶん)


「というより、私はなんでそんな場所に連れて来られたんでしょうか?」


「もちろん、魔法の解呪のためさ」


「解呪……」


反芻したあと、ようやく理解した。


(そっか……私、ガブリエラさんと話してる途中で、魔法にかけられてたんだ。たぶん……よくない精神系のやつ)


あのときの意識を持っていかれる感覚を思い出すと、拒否反応からか身体が震えた。

あれが呪詛と言われるのも、至極納得だった。


「――気分、悪かったでしょう?

たった数時間とはいえ、かなり強烈に食らってたみたいだね」


「……」


正直、ダンテの言うとおり気分は最低だった。

頭の中で必死に抗おうとするも、奥底から意識を引きずり出されるように操られ、

まるで自分は前々から“そういった思想”を根底に持っていたかのように振る舞ってしまう。


しかも、それがさも当然であるかのように。


――リンスティーに対しても、自然と謙っており、あのときのやり取りを思い出すと自己嫌悪に陥ってしまう。いっそ記憶が無くなってて欲しかった。


「本当――目が覚めたくなくなるくらい、最悪の気分でした。

あれは……間違いなく呪いですね」


「そうだね。古い魔法だ。禁呪扱いになってるから、呪いと断言していい。

私も君と同じ状態になっていたときは、最悪の気分だった。気持ちをわかってくれる人が身近にいて嬉しいよ」


「……」


気持ちはわかり合えるが、その内容は“呪いにかかった気分”の共有である。

ダンテの「嬉しい」という気持ちは、クィアシーナには今ひとつ理解できなかったが、とりあえず、解呪してもらえたことへの感謝の気持ちを伝えることにした。


「解呪を、ありがとうございました。それに、こんな手厚くアフターケアまでしてもらって……」


「私は何もやってないよ。以前、私のことを解呪したときの医療部隊に任せただけ」


またもさらっと言いのけるダンテだが、クィアシーナは彼の言葉に、途端に顔面が蒼白になる。


「ひっ、王家お抱えの医療部隊ですか――!?」


これこそ、職権乱用である。

平民のクィアシーナを、友人扱いで治癒にあたらせるとは。


「私のときで彼らも勝手がわかってたからね。そんなに時間もかかってなかったよ。

ただ、そこからずっと目が覚めなかったんだけど」


(目が覚めなかった?)


ダンテの言葉に、今が何時なのか、いまさらながら確認する。


「えと、今って何時なんですか?

私、どれくらい寝てたんでしょう?」


「君が運ばれてから、ほぼ一日経ってるね。もう夕方だ。

ああ、ちなみに停学処分を受けてたってことだから、学校は欠席扱いになってない。そこは安心して」


「丸一日!?

さすがに寝過ぎじゃないですか!?」


クィアシーナの顔が青くなる。

ダンテはクィアシーナが学校を無断欠席したことに焦っていると思ったようだが、そうではない。

まさか、治癒をしてもらっただけでなく、ほぼ一泊、場違いな場所でぐーすか眠らせてもらっていたなんて。


(治療費に加え宿泊費――どうか請求されませんように)


下手したら、平民の中流家庭に属するクィアシーナの家族が、路頭に迷うほどの金額を払う必要があるかもしれない。


だが、ダンテはそんな細かいことを気にした風もなかった。


「寝過ぎというわけでもないと思うよ。むしろ、しっかり元に戻ってくれてよかった」


「ご迷惑をおかけしました。感謝してもしきれません……

なんて御礼をしていいやら……」


「はは、そんな気に病まなくても大丈夫だよ」


安心したように微笑むダンテに、思わず気が緩みそうになるが、次の言葉で我に返った。


「……面白いものも見れたしね」


「面白いもの?」


含みのある言葉に、嫌な予感しかしない。


「リンスティーが、とんでもなく焦った様子で伝達魔法を寄越してきたんだよ。こっちは別件で忙しいっていうのにね……


『全部そっちのけでクィアシーナの治療の手配をしろ』って、今にも泣きそうな声で言ってくるもんだから――

本当に全部そっちのけで対応させてもらったよ」


「え……リンスティーさんが?」


彼とは、保健室で会話をしていた。

その後、彼に何かの魔法をかけられ、気付けば意識を失っていた。


「リンスティーが君を魔法で眠らせてる間に、王城から専門部隊を呼んでここに運ばせたんだ。その間も、ずっと付き添ってたみたいだ。

学校があるから彼は今ここにいないけど、もう授業も終わった頃だし、そろそろ会いに来るんじゃないかな?」


「……」


どうやら、ダンテに無茶をさせたのは、リンスティーだったらしい。

いくら従兄弟であり、互いに信頼関係があるとはいえ、たかが平民のために、ダンテにそこまでさせるとは。


(というより、リンスティーさんにそこまでさせてしまったなんて、申し訳なさ過ぎる……)


クィアシーナが居た堪れなさからぎゅっとシーツを握りしめていると、ダンテが突然、改まった様子で話を切り出した。


「それで――リンスティーがここに来る前に、一度君の意思を確認させてほしい」


ハッと顔を上げ、ダンテの顔を見つめる。


「今、私はブリード家の問題を片付けている最中だ。まだガブリエラの件はシュターグ家に申し入れていない。

しかし、その間に、彼女は君へも呪詛をかけるという“余罪”を作ってしまった」


「残念ながら、いまのラスカーダでは、貴族が平民に害をなしたとしても、大した罪には問えない。

――が、今回は別だ。彼女は、『学園内で』事を犯した」


学園内での犯行。

それは、身分に関係なく、対等に裁き合えるという意味だった。だが――


「今の学園の状態なら、貴族が平民に害をなしたとしても、罪には問えないのでは?」


クィアシーナが率直な意見を述べる。

ガブリエラが会長になってからの方針は、『厳格な身分制度』であり、学園外以上の強固な身分差を示していた。


「学園長が復帰した。もう今までの勝手は許されない。

元の状態の学園――『学園内では身分に関係なく平等』の方針のもと、

『生徒間で起きたことは、生徒間で解決する』という理屈が通る」


ダンテは、そこで言葉を切り、改めて問いかける。


「だからこそ、クィアシーナ。君に問いたい。

――君は、どうしたい?」


短い言葉だが、胸に重くのしかかる問いだった。


クィアシーナは一度、ダンテから視線を逸らす。


しばらくの間、室内に沈黙が流れた。


今回の件で、自分に重要な選択を迫られている。

当たり前だが、無かったことにするつもりはないし、泣き寝入りをする気もなかった。


(私は――)


ゆっくりと、前を見据え、口を開く。


「私は、彼女との対話を求めます」


はっきりと、迷いなく告げた。

第一王子の意向があるとはいえ、ガブリエラ本人が今どう感じ、どんな思いでいるのかを知りたいと思ったのだ。


その上で――罪に問う。


『喧嘩の前に対話を』


――改めて、自分の思想をぶつけてみたいと思った。


「いいね……」


クィアシーナの確かな決断に、ダンテは深く頷いた。


「では、私もその場に同席しよう。早速明日の放課後、場を設けるよう手配するよ」


「本当に早速ですね。

でも、こちらの我儘を聞き入れてもらって、ありがとうございます……」


人をうまく使いつつも、そのほとんどを一人で考えてお膳立てをしてくれるダンテに、クィアシーナは頭が上がらない。


感謝の気持ちから深々と頭を下げるが、すぐにダンテが止めた。


「顔を上げて」


「……」


ゆっくりと顔を上げる。

視線の先には、穏やかな笑顔のダンテが映り込んでいた。


「むしろ、振り回してるのはこちらだよ。君が転校してきてから、目まぐるしく日々が過ぎていって、毎日刺激しかない」


(いや、うん。刺激的ではあるし、振り回されてる感はいなめないけども)


彼の独特の感性にクィアシーナがやや呆れていると、

ふいにダンテの手がクィアシーナの前に差し出された。


「今回の件、前にも言ったけど、こちらできちんとケジメをつけるつもりだよ。

それには君の力が必要だ。

そして、学園が元に戻ったあとも、私は一度自分の懐に入れた者を手放す気はない。


――これからも、よろしく頼むよ」


まるで悪魔の契約だ。

彼との"囮契約"は無効となったが、次は絆だけで、新たな約束を交わそうとしている。

そして、それに従おうとしている自分も、大概だった。


「もちろんです。ただ、泥舟は嫌です。豪華客船であれば、喜んで」


二人、笑い合いながら固く、握手を交わす。

一つの山場へ向けた、確かな誓いだった。



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