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108. クィアシーナという人物について(2)

ザイアス国にあるダントリアス校。

ここへは、入学試験の時期に合わせて越してきた。


次はザイアスに引っ越すと聞いて、「次の学校は治安の良いところに通いたい」と父親に溢した結果、ここの入学試験を受けるようにと言われたからだ。


「この国は、今までと違うよ。集大成って感じかな」


父親の言葉どおり、この国は、これまで訪れた民主主義国家とは在り方がまったく異なっていた。


まず、歴史が非常に浅い。

国として成立してから、まだ数百年しか経っていない。

建国何千年を誇るラスカーダと比べれば、まだ赤子のような国である。


移民たちが興してできた国家であり、

表向きは王制をとっているものの、王族はあくまで国の象徴。

実質的なトップは、国民によって選ばれる。


また、身分制度は存在するが、

貴族はただの土地の管理者に過ぎず、

せいぜい“少し土地を持った小金持ち”程度の扱いだ。


それに、移民同士の血が交わっているため、文化も人種もさまざまで、それぞれが尊重し合いながら国家を形成している。


もちろん、異なる者同士、衝突は避けられない。

しかし、司法制度が整っているため、

身分や声の大きさで勝敗が決まることはなく、法に則って罪が裁かれる。


ある意味では、理想的な国の形を体現していた。


「ダントリアス校は、いろんな考え方や人種が集まった場所だよ。

クィアシーナ、これまでは経験を積んで、さまざまな知識を蓄えてきたことだと思う。


けれど、これからは――

その経験を活かして、学校生活を楽しみなさい」


まだ合格もしていないのに、通う前提で話を進められることに内心では(何を言ってるんだ)と思いつつも、

「今までとは違う」という言葉に、珍しく心が躍った。



この学校の入学試験は、職員による口頭面接と、受験者同士による討論だった。

正直、何をどうやったかは、あまり覚えていない。

ただひたすら――

ここに通ってみたい、という気持ちだけで、受験戦争を乗り越えた。


結果は合格。

晴れて入学の切符を手に入れることができた。


クィアシーナの学力は、はっきり言って良くない。

ただ、頭の回転は人より早く、

意見が合わない相手に対しても、柔軟に受け止めることができた。


ダントリアス校での授業は、これまでとはまったく異なり、

常に能動的に動かないと置いていかれる仕組みになっていた。


それはクィアシーナにとって、神経をすり減らす環境だった。

常に考え続け、言葉を選び続けなければならないのだから。


けれど、いつの間にか議論や討論にも慣れていき、

躊躇うことなく――元より、躊躇いは見せていなかったが――意見交換の輪の中へ、自分から入っていけるようになっていた。


ダントリアス校では、人間関係の面でも、これまでとは違っていた。

今まではクィアシーナは転校生という立場で、

異物感を抱えながら馴染んでいく過程を踏んできた。

だが今回は、一年生の入学に合わせての編入だったため、

全員が同じスタートラインに立っていた。


全員が互いに自己紹介をし合い、

徐々に気の合う仲間と友人関係を築いていく。

そんな当たり前のことを、

十五歳になって、今さらながらに経験することとなった。


ダントリアス校は、

ザイアス国民が半分、残りの半分は、クィアシーナのように他国出身の者で構成されている。

留学生の受け入れも積極的に行っており、

各学年のクラスには、短期留学生が数人ずついた。


ザイアスのオープンなお国柄のせいか、彼らは皆、フレンドリーで積極的だった。

言いたいことは、喜怒哀楽すべて口に出して伝える。

特に、喜びはハグや握手で表現する。


初めて「親愛のハグ」なるものを、

同性、異性を問わず受けたときは、戸惑いしかなかった。

向こうがバシバシと背中を叩いてくるのに対し、自分はおずおずと反応を返すばかりだった。


だが、そんなこともすぐに慣れた。


「ありがとう」「やったー!」「またね」


挨拶代わりにハグを交わす。

なんとも分かりやすく、それでいて気楽。

クィアシーナには、ここが天国のように感じられた。


「学校は楽しい?」


両親に問われ、即答した。


「楽しい」


今までで、初めてのことだった。


なのに。


入学から半年が過ぎた頃、

「ラスカーダへ本帰国の辞令が出た」と、

父親が母親とクィアシーナに告げた。



正直、予感はしていた。

だから、どこかでここを去る覚悟もしていた。

けれど、今回ばかりは納得がいかなかった。


「私、ここに残ってもいい?」


初めて、親にそう伝えた。


「クィアシーナにとっては、ザイアスの空気が合っていたんだね」


父はそう言った。


そして――

「君が培ってきたその価値観を、次は母国であるラスカーダで、思う存分に役立ててほしい」


結局、幼少期まで過ごしていたラスカーダへと、

にべもなく戻ることになった。


ただ、そこでひとつだけ、両親は約束してくれた。


「もう、クィアシーナは十六歳になった。

次に仕事で他国への辞令が出ても、今後私は君を連れ回したりはしないよ」


その後、クィアシーナは両親に言われるがまま、フォボロス学園という王立の学園へ編入試験を受け、無事に合格を果たすことになる。


実家のあるトラヴェは学園から遠いため、下宿先を探すことになった。

初めて親元を離れることに、胸が高鳴るのと同時に不安も募る。


いつも、どうしようもなくなったときは、学校から家に帰って親に相談していた。

けれど、これからは離れて暮らす。

すぐに支えになってくれる人はいない。

自然と、気が張った。


それと、もうひとつ。

どうしても拭えない不安があった。


――“身分制度”。


これまで身分制度のない民主主義国家を転々としてきたクィアシーナにとって、

貴族と平民に明確に分かれた社会での生活は、ほとんど初めての経験になる。


学校へ通い出す前にラスカーダに住んでいたことはあったが、

その頃の周囲は全員平民で、身分を意識する必要はなかった。


ザイアスにも自国では貴族という者が通っていたらしいが、身分を隠して通学するものがほとんどで、同じく身分を意識する必要はなかった。


それが今回、

貴族と平民が入り乱れるフォボロス学園へ通うことになる。

どこまで距離を取り、どこまで踏み込んでいいのか――

正直、いまいちピンと来ていなかった。


「とりあえず、よく分からなかったら敬語を使っておけば間違いないよ」

親からは、そんな適当なことを言われた。

ただし――

「貴族の中には身分差を気にする人もいる。そこは、ちゃんと見極めなさい」とも。


そうして迎えた、転校初日――


まさかこの学園のヒエラルキーの頂点に君臨する、

第二王子殿下と対面することになるなんて。


しかも、高位貴族が所属する生徒会への突然の勧誘。

短時間のうちにいろいろな出来事が一気に押し寄せ、正直、戸惑うばかりだった。


――けれど、人というものは現金なもので。


彼から褒美をチラつかされると、あっさり食いついてしまった。

しかも、話してみれば王子といえど同じ人間。

王子様――ダンテは食えない人物ではあったが、そこに隔たりのようなものは感じなかった。


クラスの子も、生徒会のメンバーも、

癖はあれど、みな一様に――

いい意味で“普通の人間”だった。


もちろん、生徒会に入ったことで嫌がらせを受けたり、

傲慢な貴族に出会ったりもした。

それでも、『学園では身分差なく皆平等』という方針のもと、

どこか和気あいあいとした空気が、確かに存在していた。


クィアシーナはダンテとの契約を交わしたことで、

この学園での立ち位置は、少し特殊なものになっていた。

そんな中で、特に強い絆が生まれたのは、

高位貴族であるはずの、生徒会の面々だった。


会長であるダンテは、生徒皆にフレンドリーで、

クィアシーナとも互いに契約者以上の信頼を置いていた。


書記のアレクシスは、「女子は皆平等」という確固たるポリシーのもと、

クィアシーナにも分け隔てなく優しくしてくれた。


もう一人の書記であるビクターは、

クィアシーナのことをオモチャのように面白がりつつも、

なにかと気にかけてくれた。


会計のルーベントは、頼れる兄貴分といった風格でありながら、

場の空気を読まずにバシバシと引っ張っていくタイプで、

結果的に場を前へ進めてくれる存在だった。


ドゥランも掴みどころのない性格ながら、

いざというときには、きちんと頼りになってくれた。


同じ庶務として業務をしていたマグノリアンは面倒見がよく、

クィアシーナは、まるで自分に兄ができたような気分になっていた。


そして――

副会長であるリンスティー。


最初は“カッコいいお姉様”という印象だったリンスティーは、

実は男性で、クィアシーナと同じく、ダンテと契約を交わした仲間だった。


これまで孤独に奮闘してきたクィアシーナの味方になってくれた存在であり、

冗談を交えながらも、彼にだけは本音を語ってきた。


王族の血と平民の血が流れる彼は、

その出自に反して、身分による隔たりを一切見せることなく、

自然体でクィアシーナとの距離を縮めてくれた。


ラスカーダに来て、もう二度とすることはないと思っていた“親愛のハグ”も、

彼とだからこそ出来るものへと、いつのまにか変わっていた。



身分差は、確かに存在する。

そして、自分の中でも、どこかで線引きはしていた。


けれど、周囲の環境があまりにも温かく、

その意識を、いつのまにか忘れかけていた。



――それを、突然のダンテの方針転換によって、

嫌でも思い知らされることになる。


『学園における身分差は絶対』


恐ろしいほど徹底された身分制度の意識改革に、

クィアシーナは、否応なく「自分は平民なのだ」と突きつけられた。


だが、彼の急激な意識の変化が、第一王子派の介入によるものだと判明し、

やがて学園は

「身分制度はあれど、人としての違いはない」

という、これまで大多数が抱いていた思想へと戻りつつあった。


もちろん、クィアシーナ自身も、表向きはそうだった。


……なのに。


クィアシーナは、生徒会館でガブリエラたちと対峙して以降、

その考え方こそが「異常なのではないか」と、

考えるようになってしまったのだ。


クィアシーナは、身分制度のある生活を、ほとんど経験していない。

だというのに、まるで昔からそれが当たり前だったかのように、


平民は貴族の下にあり、

彼らは絶対的な存在で、決して歯向かってはいけないもの。


貴族には尊い血が流れ、

平民には下賤な血が流れている。


二つは相容れず、

決して交わらないもの。


そんな考え方が、

いつのまにか、無意識の奥に植え付けられていた。


あれほど親しくしていたリンスティーにすら、

あからさまな線を引く態度を取ってしまう。


心の奥底では「違う」と叫ぶ声が確かにあるのに、

誰かの思想に意識を絡め取られ、

思うように行動できなくなっていた。


その意識に抗おうとしたとき、

涙が溢れた。


けれど、抗うたびに、強い力で塗り替えられていく。


――私は、平民。

でも、貴族と同じ人間だ。


――私は、平民。

だからこそ、貴族の方には諂う必要がある。


(ああ、気持ち悪い。

このまま――目を覚ましたくない)


ぐるぐると回る思考に、

抵抗することすら疲れてしまった。


だからといって、

誰のものかもわからない思想に、

自分が侵食されたままでいるのも癪だった。


真っ暗な空間を、

ただ漂っているような感覚。


――そんな中。


『誰かの……他人の思想なんかに、囚われないで』


確かに、声が響いた。


心の奥に、

小さな明かりが灯る。


『あなたの思想は、あなただけのものよ』


――そうだ。


「私」がつくってきた思想は、

私だけのものだ。


それを誰かに書き換えられるなんて、死んでもごめんだ。


(私は平民。

だからといって、必要以上に卑下することは、絶対にしない)


『だって……自分の血を蔑むほど、

その血に連なる他の人たちまで、

否定してしまうことになるでしょう?

違う?』


(全く違いません。

むしろ、大賛成です)


『――目が覚めたときには、

私が誰よりも特別だと思ってるあなたに、

きっと戻っていますように』


(私も、目が覚めたときには――

“自分”に戻って、

私が誰よりも特別だと思ってるあなたに、特大のハグをしたいです)



暗がりだった視界が、一気に光に包まれる。


意識が浮上し、そのまま突き抜けていく感覚。



――外へ、出られる!



真っ白な閃光に呑み込まれたかと思った瞬間、

視界に現実が広がった。


そして――



(ん?)



「……どこだ、ここ?」


天蓋付きの、超ふかふかなベッドから身を起こす。

頭は妙にスッキリしているのに、まだ夢の中なんじゃないかという気がして、無意識に頭をポリポリと掻いた。


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