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107. クィアシーナという人物について(1)

思えば――人間、自分という人格を形成したものを問われたなら、

普通は色々あり過ぎて、ひと言では言い表せないだろう。


けれども、クィアシーナの場合は違う。


『環境』


このひと言に尽きる。



学校に通い始めてすぐのことだった。


急遽、父の仕事の関係で、ラスカーダ国を出ることになった。

そのときは、まさか十六歳になるまで、聞いたこともない国を転々とし、学校を転校しまくる羽目になるとは、思ってもみなかった。



初めての外国は、ラスカーダから海を渡った先の国。


父曰く、ラスカーダのような身分制度はなく、

『みんな一緒』で、国として大事なことは、みんなで話し合って決めるらしい。


当時のクィアシーナは、「ふーん」という程度で、

それよりも、異国の子たちと新しい学校で仲良くなれるかどうかのほうが、自分にとっては大事だった。


そして迎えた転校初日――


クィアシーナは、一瞬で心が折れた。

エスロダの中でも治安が良い地域にあり、進学校と言われている私立の学校。

父が、わざわざ選んでくれた学校だった。


それなのに。


自己紹介のとき、

自分ではそれなりの声量で挨拶したはずなのに、

「聞こえません」と言われてしまった。


しかも、ほとんどの生徒は頬杖をついており、

まったくこちらに興味がなさそうである。


気を取り直し、再度、名前と出身国を大きな声で伝えると、

「つまんねぇ」と、生徒たちが口々に言ってきて、

しまいには、やり直しを要求されてしまった。


教師も、

「もう少し、みんなの前で何か話をしてあげて」

と、この年ごろの生徒にしては高いハードルを要求してきた。


自己紹介には、バリエーションが必要。

そう学んだ瞬間だった。


この国の思い出は、正直に言って、ほとんどない。

なぜなら、しばらくしてすぐ、隣の国であるエスロダへ引っ越すことになってしまったからだ。


次に転居した先のエスロダ国は、

この前までいた国と同じく、身分制度のない国だった。


前回の学校では、身分差こそなかったが、

頭のいいヤツ、声のデカいヤツが、圧倒的なヒエラルキーを持っていた。


クィアシーナは、学力としての頭は良くなくても、

頭の回転を速くし、なんでも言いたいことを口にできるようにすることを、

心がけるようになった。


エスロダ国の学校も、きっと乗り越えていける――

そう思っていた。


しかし、そんな希望も虚しく、

この学校の生徒たちは、また別の意味で癖が強かった。


今回、比較的治安のよくない地域にある私立の学校に編入させられたのだが、

案の定、学校の雰囲気もあまり良くなかった。


自己紹介の時間。

前回の経験から、いくつか用意しておいたパターンのうちの一つを披露する。

自分としては、なかなかいい感じだった。


――問題は、この教室の生徒の誰一人として、

クィアシーナの自己紹介を聞いていないことにあった。


周りの態度に、心が折れかける。

それでも、「よろしくお願いします」で締めくくった、その瞬間。


前の席にいる生徒たちの口から、何かが一斉に飛んできた。

そのうちの一つが、クィアシーナの髪に当たる。


驚きながら、髪についたものを指でつまんでみると、

粘着力のあるそれは、先ほどまで噛んでいたのであろう、ガムだった。


あまりの気持ち悪さに、思わず悲鳴を上げた。

けれど、生徒たちは、そんなクィアシーナを見て、大きな声で笑う。


教師に助けを求めるように振り向いても、

「じゃあ、あなたの席は……」と、

何事もなかったかのように話を続けるだけだった。


堪らず教室を飛び出し、トイレへ駆け込んだ。

髪についた気持ち悪いものを洗い流すが、うまく取れない。

仕方なく、衝撃で震える身体を落ち着かせてから、教室へ戻った。


みんな、何食わぬ顔で授業を受けているし、

教師も、クィアシーナが出ていったことにも、戻ってきたことにも、何も言わない。


(ここは、怖い場所)


それが、この学校――ひいては、この国に対して、

クィアシーナが最初に抱いた印象だった。


親から「新しい学校はどう?」と聞かれた。


「まだ、わかんない」


そう答えた。


昔から、親には

「最初から決めつけることはよくない。相手を見て、周りを見て、いろんな角度から見てから判断しなさい」

と教えられてきた。


まだ、たった一日しか過ごしていないのだ。

「まだ、わかんない」としか答えようがなかった。


けれども、次の日も、その次の日も、

クラスメートによる嫌がらせは続いた。


ちょっとした無視や、仲間外れはもちろんのこと、

物がなくなったりすることもしょっちゅうだった。


そのうち、持ち物は最小限にし、

どこへ行くにも、鞄に入れて持ち歩くようになった。


親には、伝えていなかった。

自分でできることは、自分でやる。

それが、クィアシーナの家の方針だったからだ。


なかなかへこたれないクィアシーナが面白くなかったのか、

ある日、持ち物を隠された上に、

「返してほしければ金を持ってこい」

という脅しの手紙が入っていた。


さすがに、それは持ち帰って親に相談した。


すると、子どもの心配をするより先に、

「自分で解決できないと思った理由は?」

と、問われた。


「お金は、私は稼いでないから。

お父さんとお母さんにしか解決できない」


そう答えると、そこでようやく、抱き締められた。


うちの家族が、他とは少し異なるとわかったのは、

かなりあとになってからだ。



この学校のヒエラルキーは、前の学校と同じく「声が大きい者」。

それに加えて――「喧嘩が強い者」。

これが、彼らの頂点だった。


クィアシーナは、転校生だから――

ただそれだけの理由で、いじめのターゲットにされた。


けれど、まだ低学年だったため、あからさまな「暴力」はなかった。

上の学年はもっと酷く、やたらと怪我をしている人が多い印象だった。

また、教師は皆、事なかれ主義のため、生徒たちは本当にやりたい放題だった。


前の学校にいたときよりも長い時間が過ぎた頃、

いつのまにかクィアシーナは、自衛の手段を覚えていた。


「お腹が痛くなるから、固いものが欲しい」


つまり、暗に――

お腹を殴ってくるようなヤツがいるから、

身を守れるものをくれ、という要求だった。


「どれくらい?」


と聞かれたので、


「軽いけれど、相手のほうが痛くなるやつ」


と答えた。


親は、次の日には防護チョッキをクィアシーナに与えてくれた。


こうして、「自分では解決できないもの」については、親がサポートしてくれた。

けれど、日常的に生傷が耐えなくなってきたあるとき、父からこんなことを問われた。


「お友達と喧嘩したとき、まず、話し合いから始めているかい?」


その言葉に、クィアシーナは「うん」と答えることができなかった。


だって、手を出してきたのは向こうなのだから、

こちらもやり返さなければならないと思っていたから。


「まず、相手と話しなさい。

徹底的にやるのは、最終手段だよ。

一方的で理不尽だと感じる喧嘩は、相手に改心してもらうのがゴールなんだ」


この話をして以降、喧嘩を売られても、

まず「なぜ」と会話を試みるようになった。


九十九パーセントの確率で話を聞いてもらえなかったが、

それでもダメなら――という“正当防衛”を覚えた。


この頃には、

「転校生だから」という理由でいじめてくる子はいなくなっており、

手を出したら面倒な相手だからやめておけ、という共通認識が、

いつのまにか周囲にできていた。


この学校で、ようやく本当の意味で友達と呼べる存在ができ始めた頃、

また別の国へ転居することになった。


そのときの父の言葉は、今でも忘れられない。


「どんな環境であっても、話し合いが一番大事だ」


――どんな環境に娘を連れ回すつもりなんだ、と、

心の中で真剣に思った。


次に移った国の学校も、身分制度のない国だった。

ここまで続くと、もはや父が狙って選んでいるようにしか思えない。


この国はエスロダよりさらに治安が悪く、

町の雰囲気もどこか荒んでいた。


学校は私立ではなく、現地の公立校。


言語も共通語より、この国独自の言葉のほうが主流だったため、

まず言葉の壁で挫けた。


しかも、学校のガラスはほとんど割れていたり、壁は落書きだらけだったり、授業をサボる生徒で外が溢れるという謎の状況。


授業中はほとんどの生徒が立ち歩いており、教師の言葉はそもそも何を言ってるかわからない、


これ、通う意味あるのか、と何百回と思った。

さすがに親に抗議した。

すると「ここでは、知識よりも関係づくりを学びなさい」と言われた。


関係づくりもなにも、まともなコミュニケーションひとつ取れない状況でどうしろというのか、途方にくれた。


なんとか会話を試みようと、休み時間に生徒の一人へ声をかけてみるも、

返ってきた言葉が何を言っているのかわからず、会話にならない。


終いには、他の生徒同士の喧嘩に巻き込まれ、

わけもわからないまま手を出す始末だった。


クィアシーナは、決して自分から手を出すことはなかった。

自分が手を出すのは、正当防衛のときだけ。

それだけは、徹底していた。

そこで身についたのは、圧倒的な回避能力だった。

来る、という気配を感じた瞬間に身体を動かす。

それだけで、ほとんどの物理的な攻撃は避けることができた。


学力が底辺のこの学校には、陰湿ないじめというものは存在しない。

あるのは、真正面から呼び出され、

暴力による正当化がまかり通る、弱肉強食の世界だった。


単純明快な価値観は、クィアシーナは嫌いではなかった。

言葉が通じなくても、拳で語ればよかったからだ。


そのうち、この国の悪態、要求、謝罪、肯定――

物理的な交わりを繰り返すうちに、それだけの言葉がわかるようになり、

次第に周囲と最低限のコミュニケーションが取れるようになっていった。


少しばかり、この特殊な環境を楽しめるようになった頃、

また別の国へ転居することが決まった。


「せっかくお友達ができたのに」


と親にこぼすと、


「言語が通じなくて、どうやって仲良くなったの?」


と問われた。


「一緒のことを、一緒にやってるうちに。勝手に」


と答える。


「うん。言葉がなくても、人って気持ちは通じていくものだね」


そう言われた。


そこに至るまでの道のりが、めちゃくちゃに大変だったのだが、

それはあえて、黙っておいた。


次の国も、その次の国も――

どこも共通して、「民主主義」を謳った国だった。

そして決まって、クィアシーナは、劣悪な環境の学校へ通わされることになる。


親は、クィアシーナに精神的な修行でもさせたいのかと、疑ってしまうほどだった。

各国を転々とさせられるたびに、そう思わずにはいられなかった。


「また、癖が強い人たちばっかり」


そう親に苦言をこぼすと、


「じゃあ、その癖の強い人たちと仲良くなれたら、クィアシーナの勝ちだね」


と、軽い調子で煽ってくる。


そんなことを言われたら、クィアシーナとしては、

親をぎゃふんと言わせたい気持ちもあって、

仲良くならざるを得なかった。


ときに話し合い、

ときに喧嘩し、

どうしても相容れない相手がいるときは、親に相談もした。


「性根が腐ってる子は、どうしたらいいの?」


「自分の手に負えないときは、最終手段だね。

プロに任せるのが一番だよ」


その言葉を鵜呑みにし、

あまりにも理不尽なことをされたときは、教師に訴え、

教師が機能していない場合は、更生施設に通報して突き出した。


やり過ぎとも言える行為に、

何人かからは報復とも言える復讐まがいのことも受けた。

それでも、クィアシーナは手を緩めず、とことんやり合った。


これは、かつての学校で学んだ、

「諦めたら、余計にやられる」という経験から来ている。


こうしてクィアシーナは、

着々と「自分の環境を整える手段」を身につけていった。


そして――

クィアシーナの防護グッズが部屋に溢れかえるほどになった頃、

彼女は、ザイアスというラスカーダの隣国へ引っ越すことになる。


クィアシーナの転機は、ここから始まったと言えるだろう。


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