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105. 全面衝突

自分の名前が出ているものを自ら回し読みさせるなんて、どれだけ自己顕示欲が強いのかと思われそうで胃がきりきりと痛む。


ただ、「回し読みして」と渡された手前、他の生徒に共有せざるを得ない。

おそらくこれは――「新聞部から」ではなく、「彼から」の指示であるのだろうから。


授業中、次々と生徒の手に渡って読まれていく新聞にこちらが不安になってくる。

何食わぬ顔で読む者、思わぬ呟きを漏らす者、クィアシーナの方をチラ見する者……


(たぶんだけど……炙り出しにかかってるのかも)


新生徒会の者と繋がっている――平民を。


さらに言えば、間違いなく反乱分子となりかけている自分と接触してくるであろう強硬な貴族主義たちを、この新聞で見極めにかかっている。


結局、隔離生活が始まっても、完全な平和にはならない。

早くて今日の放課後にでも、何かが必ず動き出す――そんな予感が胸の奥で膨らんでいた。


(はやく家に帰りたいな)


クィアシーナは教師の方をぼんやり見ながら、ため息をついた。





授業が終わり、ララに「一緒に帰ろうよ」と誘われたが、「このあと少し予定があるんだ」と言って断りを入れた。


早く帰りたいと思っていたのに……早々に出鼻を挫かれた。


というのも、午後の授業終わりに耳元で甲高い声の伝達魔法が鳴ったからだ。


しかも――

呼び出し場所というのが生徒会館。

ダンテに庶務を解任されて以来、一切足を踏み入れていない場所である。


(向こうに呼び出されて行くんだから、魔道具の監視に引っかかったりしないよね……?)


生徒会館までの道のりは今、間違いなく貴族の区画に分類されているはず。

その場合、階段ルートも坂道ルートも、確実に監視対象になっている。

平民のクィアシーナが足を踏み入れたりなんかしたら……その場で即、制裁が下るのでは。


(あ、でもあれか。バッチを外していけばいいか)


魔道具が認識しているのは個人の顔ではなく、胸元のバッチなのだろう。あくまで予想だが、これを感知されなければ、理不尽な罰則を避けられるかもしれない。


伝達魔法の主は自らを名乗ることはなかった。

けれども、指定された場所から、確実に現生徒会メンバーの誰かであることはわかった。


声の感じからして、副会長になったブレンダだろうか。

彼女のために、なんで自分がそこまでして行かなきゃいけないんだと、正直、心の底から思う。

呼び出すくらいなら、先に自分で来い、だ。


無視しても良かったと思うが、売られた喧嘩は買う主義のクィアシーナである。


それに――呼び出したのは、ブレンダの先にいる、ガブリエラである可能性も高い。

クィアシーナは、以前よりガブリエラの真意をずっと知りたかった。

彼女がダンテを追い落とし、学園を掌握したあとから目立った動きをしていないのも気になった。

嵐の前の静けさなのか――それとも。


(でも、平民の私をわざわざ呼び出して、自ら忠告するなんてこと、あるわけないか)


彼女の元に行く前に、サキとアトリの袋ズに連絡を入れておくことにする。

念には念を、万が一のときのためだ。

以前会ったとき、彼らから「自分たちと連絡が取りたいときはこの魔道具を使え」と、連絡用の魔道具を借りていた。


鞄からごそごそと取り出したそれは、

紙袋。


売店のパンを買った時におばちゃんが包んでくれる袋に、それは酷似していた。

むしろ、その袋に魔法を付与しただけなのかもしれない。

自ら頭に被るだけでなく、魔道具まで袋だとは、彼らの袋への愛を感じずにはいられなかった。


クィアシーナは二人から聞いていたとおりの手順を踏んでいく。


袋の表側に名前と伝言を書いて、受け取ったときに渡されたシールで封をする。

そして「名前の場所まで、届けて」と向かって呟くと、袋がひゅっと光を帯び、一瞬で燃え上がった。


(え……、キレイに燃えちゃった……。こんなんでちゃんと届くのかな……)


魔法の知識がゼロのクィアシーナには、仕組みがまったくわからない。

たた、今は袋ズの魔道具を、信じることにした。





久しぶりの階段を上り、生徒会館へと辿り着く。

ここに来るのが久々過ぎて、当然息が上がった。毎日昇り降りしてたのが嘘のようである。


クィアシーナの予想通り、魔道具と思われる装置を通過しても、バッチを外したクィアシーナに物理的な制裁が下ることはなかった。

以前と変わらない外観に、少し懐かしさを覚えるが、その中に一つだけ異なっているものがあった。


(相談箱……撤去されたんだ)


手作り感満載の古びた木でできた相談箱が、入り口前から姿を消していた。


クィアシーナがいる頃は、彼女に対する苦情で溢れかえっていたものだが、今は、生徒の相談に乗ることもなくなったらしい。


一抹の寂しさを感じながら、扉の前まで歩いていく。

通路は、落ち葉だらけ。

掃除が行き届いていないのは一目瞭然だった。


念のためノックをし、「失礼します」と一声かけてから会館の中へと入る。


中も同様、一見変わりないように見えたが、そこらに埃が溜まっている。

もしかしたら、クィアシーナが去って庶務がマグノリアンとリンスティーになった頃から、掃除まで手が回ってなかったのかもしれない。


(給湯室の茶菓子、腐ってそうだな……)


もはやクィアシーナには関係ないことだし、余計なお世話かもしれないが、誰か一人でも会館の管理をしてくれてたらいいのに、と思ってしまう。


伝言魔法で指定されたのは、応接室。


だが、応接室だけでなく、執務室からも物音がしない。

その不気味さに、否応なく緊張が走る。


トン、


トン。


ゆっくりと二回。


それから声をかける。


「クィアシーナ、参りました。中へ入ってもよろしいでしょうか」


クィアシーナの声が消えた直後、中からガタンという音がかすかに聞こえた。


そして。


「どうぞ」


と、短い声がした。


ごくり、と唾を飲み込み、ドアノブに手をかけ、「失礼します」と部屋に入った。


(――え)


応接室のソファに座っている者たちの視線が、一斉にクィアシーナへと向いた。


そこにいたのは――


新生徒会の全メンバーだった。


手前にはイグナート。隣にジェシー。アンソニー。

反対側にデリック、キャロル、グローリア。

奥にはブレンダと――

嘗てダンテが座っていた場所に、ガブリエラが淡く微笑んで腰かけていた。


「ようこそ、クィアシーナさん」


最初に口を開いたのは、ブレンダだった。

どこか楽しげに、口角を上げている。


呼び出したのは彼女だ。

だが――全員が揃っているなど、聞いていない。


(――うーん……これ、もしかして、詰んだ? 私)


まったく予想できなかった展開に、これから何が起こるかも想像がつかない。


キャロルとグローリアがクィアシーナに向けるのは、完全なる無。

ドゥラン以上に表情が無い彼女たちの様子が、ひどく奇妙に思えた。


さらに、その隣にいるデリックも、どこかうつろな表情をしている。

イグナート、ジェシー、アンソニーも同様で、クィアシーナを見ているようで、見ていない。

三人は休日に、アンソニーに至っては今日会ったばかりだというのに、そのときと明らかに様子が異なっている。


(なんか……気持ち悪い)


その気持ち悪さは、視覚だけではない。

一度どこかで嗅いだことのある、甘ったるい香水のような香りが、部屋に充満していた。


この場にいるのは、全員が貴族。

逃げ出したい気持ちを抑え、黙って頭を垂れながら次の言葉を待つことにした。


「ふふ……

やだなぁ、わたしたち、"お友達"でしょ?

ここでは、そんなことしなくて自由に喋って大丈夫だよ?」


一見無邪気で人懐こさそうに見えるブレンダだが、その無邪気な声音の奥に、鋭い棘が潜んでいることをクィアシーナは知っている。

ゆっくりと伺う様に顔を上げ、ブレンダの顔を見つめた。


「なあに? なんか大人しすぎるんだけど、どうしちゃったのー?」


彼女はひどくつまらなそうに顔をしかめ、煽るように言った。


「そんなとこに突っ立ってないで、空いてるところに座りなよ。ちょっと、時間かかると思うし」


「……」


はっきり言って、まったく座る気になれない。

今すぐにでも踵を返してここを出ていきたい衝動に駆られるが、逃げたところで拘束魔法ですぐに連れ戻されそうな気がした。


「――失礼します」


一番手前、イグナートの近くへ腰かける。――いつでも逃げられるよう、浅く。


「そんなに警戒しなくてもいいよ。怖いことなんて何もないんだから。

ただ、話し合いをしたかっただけ。好きなんでしょ? ……ディスカッション」


今のブレンダの発言に、クィアシーナはピクリと眉を上げた。


ディスカッションの授業は確かに好きだ。だが、そのことをブレンダが知るはずもない。

ここにいる“お友達”ですら、Dクラスでのクィアシーナの様子など分からないはずだ。


(やっぱり……Dクラスに内通者がいる)


それが誰かは分からない。だが、今はどうでもいい。

そんなことよりも、この得体の知れない集まりに、クィアシーナは持てる意識のすべてを集中させていた。


「本題を、お願いします」


とにかく、早く切り上げたい。

時間が経つほど、胸にこみ上げる違和感がじわじわと膨らんでいく。


「――わかりました」


そう切り出したのは、ゆったりとした微笑みを崩さないガブリエラだった。


彼女と面と向かって話すのは、保健室でリンスティーと一緒にいたとき以来だ。


あのときと同じ、何を考えているのか底の知れない真っ黒な瞳が――怖い。


(あー、ダメダメ。怖がるな)


両手をぐっと握り込む。


(この人はリンスティーさんの義妹で、根は……たぶん悪い人じゃない。

そう思い込め、私)


ほとんど自己暗示のようにして、緊張する心を必死に落ち着かせる。

そうでもしなければ、この人とはまともに話せる気がしなかった。


「単刀直入に、用件をお伝えしますわ」


(――きた)


クィアシーナは、目を逸らさない。


「ダンテ様は、いまどこにいらっしゃるの?

……お答えくださいな」


問われた内容に、クィアシーナは思わず驚きが顔に出そうになり、慌てて取り繕う。


(ダンテ先輩の居場所? え、王城にいるんじゃないの?)


内心では軽くパニックだが、平静を装って答えた。


「――それを知って、貴方はどうなさるおつもりなのでしょうか?」


含みを持たせたクィアシーナの問いかけに、ガブリエラはほんの少し首を傾ける。

その様子を見て、ガブリエラではなくブレンダが横から口を挟んできた。


「図々しいなあ。自由に喋ってもいいって言ったけど、質問を質問で返すようなマナー違反は許可してないよ?」


ニヤニヤしながら言うその顔に、思わず眉をひそめそうになるが、ここもぐっと堪えた。


「大変申し訳ございません」


顔を俯かせ、謝罪の言葉を口にする。


(なんで、私を呼び出してまでダンテ先輩の居場所を知りたいの?)


ガブリエラの意図がわからない。

知らないと素直に答えていいのかも、正直なところわからなかった。


「では、もう一度問いましょう。ダンテ様はどこに?

――彼と結託している、“影のヒーロー”さん」


クィアシーナの身体がぴくりと動く。


(やっぱり、新聞読んじゃってるんじゃん……)


「ほーんと、面白いよね。なに、庶民がヒーロー気取ってるの?

貴族に歯向かって、民衆革命でも起こすつもり?

……そんなこと、考えたくもなくなるくらい、ひどい目に遭いたいってことでいいかなぁ?」


ブレンダは人の神経を逆なでするような態度を取るが、クィアシーナにとっては言っていることが見当違いなので、正直なところノーダメージである。


「――こちらとしても、ダンテ様にはもう少し登場していてもらわないといけないのですよ」


ガブリエラの呟きに、瞬時に悟る。


(この人……また、『重ねがけ』をするつもりだったんだ)


ガブリエラがダンテの居場所を知らないだけなのか、

それともダンテが意図的に彼女に悟られないようにしているのかは分からない。

しかし、二人を接触させてはいけない。それだけは、はっきりしていた。


それに、こうしてクィアシーナを直接ここへ呼び出し、本音をこぼすということは、

向こうにとって、よほど切羽詰まった状況なのかもしれない。


クィアシーナはここで、一か八か、彼女に揺さぶりをかけてみることにした。


「王族に害を与えることが……どれほどのことか、あなたが分からないはずはないと思うのですが」


少しでも動揺を見せるか、それともしらばっくれるか。


けれども、ガブリエラの反応は、クィアシーナの予想とはまったく異なるものだった。


「デリックさん」


短い声でガブリエラが呼ぶ。

その声に、うつろな顔をしてソファにじっと座っていたデリック・ミルナーが、すくりと立ち上がった。


嫌な予感しかしない。

クィアシーナも咄嗟に、許可なく立ち上がり、ドアへ下がろうとした、そのとき。


「!」


デリックが無詠唱で、クィアシーナの身体を締め上げた。

無意識に「ぐぇ」と声が漏れる。

以前、ダンテがリンスティーに向けて、なんの躊躇いもなく拘束魔法を使ったときと同様、

手加減のないそれは、全身の骨が軋むほどの力だった。


(ちょっと、デリックさん! 休日にガブリエラさんたちに加担するなよって忠告したばかりなのに。

結局、長いものに巻かれてるじゃん……!)


狭い部屋では回避できるはずもなく、クィアシーナはあっさりと捉えられてしまう。

回避能力は高くても、魔法耐性はゼロに等しいため、こうなっては何もできない。


他のお友達が助けてくれやしないかと、イグナート、アンソニー、ジェシーを目だけで見やるが、

三人とも、クィアシーナの方を見てすらいない。


(友達がいのないやつらめ!)


心の中で盛大に悪態をつく。

はっきり言って、いま、転校以来一番のピンチかもしれない。


「王族の血に連なる者に楯突こうとしているあなたも、同罪であると、私は思います」


ガブリエラが、自身の正しさを静かに告げた。


「そして、下賤なる血で、王族に交わろうとしていることも」


真っ黒な瞳がクィアシーナを捉える。

甘い香りが、いっそう強く鼻につく。


「――赦しがたい罪」


いつのまにか、身体の痛みより、瞬きすら出来ない恐怖をクィアシーナが襲っていた。


強烈なまでの魔法の気配が、ガブリエラから滲み出る。


(ちょっと待って……

ガブリエラさん、このまま私に何か魔法をかけようとしてない?)


口は自由に動く。


身体は完全に今の状況に拒否反応を示しているが、

動けないおかげで、逆に震えずに済んだ。


「その……罪を、会長であるあなたなら、こうして裁いてもいいと?」


胸の締め付けで、思ったより声がうまく出なかったが、

なんとか言いたいことは言えた。


クィアシーナの煽るような言葉に、ガブリエラの口角が微笑みとは違った風に歪む。


「『生徒間で起きたことは、生徒で解決すること』」


静かに告げ、彼女は目を細めた。


「なんて、都合のいい方針なのでしょう」


歪んでいた口元が、元のたおやかな笑みに戻る。

そして――


「ここはフォボロス学園。

ラスカーダの縮図」


突如、かつてダンテが口にした言葉と重なるような内容を、彼女は語り始めた。


「生徒は国民」


ゆっくりと、姿勢よく立ち上がる。


「生徒会館は、王城であり、議会の場」


ローテーブルを避け、一歩ずつ、クィアシーナへと近づく。


「ここは、貴族と平民が入り乱れる街そのもの」


クィアシーナは、予測のつかない彼女の挙動から目を離せずにいる。


「だからこそ――」


クィアシーナのすぐ目の前に、ガブリエラの暗い瞳が映り込んだ。



「  」



彼女が何と言ったのか、続きは知ることができなかった。

その前に、クィアシーナの意識が持っていかれたからだ。



起きているはずなのに眠ってしまったような、頭に靄がかかる感覚。


そしてそのまま、自分とは違う、他人の意識が流れ込んでくる、不思議な感覚に囚われる。


(あれ……

私……なんで、この人たちに歯向かってるんだろう)


拘束魔法の手が止み、クィアシーナは床にどさりと膝をついて倒れ込んだ。


急に楽になった呼吸に、げほっと息が漏れる。

床に座り込んだままのクィアシーナを、ガブリエラは静かに見下ろし、ゆったりとした声で告げる。


「――私の意図が、伝わったでしょうか?」


伝わるはずもない。

なのに、クィアシーナから出た言葉は、


「はい、ガブリエラ様。大変……申し訳ございませんでした」


という、従順な謝罪だった。


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