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101.特別寮(異世界)への潜入(3)

二人にほとんど引きずられるようにして、クィアシーナは特別寮の敷地内にある訓練所へと連れてこられてしまった。


白く無骨な外観は、特別寮の落ち着いた雰囲気からどこか浮いている。


ここでは魔法科の生徒が魔法の練習を行ったり、学年が上がったあとに進む騎士コースの者が鍛錬を積んだり、寮生同士で模擬戦が実施されたりするのだという。


「剣術部がほぼ活動停止状態になってからは、学園の施設じゃなくて、ここや一般寮の訓練場を使ってるんだ」


そう言うルーベントは、少し寂しそうに笑った。


本来なら、学園内の設備で、身分に関係なく練習できるはずだった。

それが今は、部員たちに不自由を強いてしまっている。

彼の表情には、部長としての責任感と、やりきれなさがにじんでいた。


「早く、学園が元に戻って、みんながのびのびと練習できるようになるといいですね」


月並みな言葉しか出てこなかったが、それでも本心だった。

ルーベントは、そんなクィアシーナの頭をガシガシと撫でる。


――普通に痛い。


「うっわ……!」


二人がそんなやりとりをしてる中、イグナートが訓練所の扉をのぞき込み、こちらを振り向いて興奮した声を上げた。


「姐さん、タイミング最高だよ!

今日はルーベントさんの代わりで、リンスティー様が稽古つけてくれてるみたいだ!」


「え、リンスティーさんが?」


クィアシーナの問いかけに、ルーベントが答えた。


「ああ。今日は俺が午前中、話し合いで手が離せないから、リンスティーに頼んでおいたんだ。

部員たちの鈍った身体を、しごいておいてくれってな」


そういえば、以前、休日に偶然会ったとき、ルーベントの鍛錬に付き合わされたと言っていた気がする。

彼も剣術部のものたちと前々から交流があるのだろう。


けれども……

リンスティーが魔法を使う姿は見たことがあるが、物理で戦っているところは、一度も見たことがなかった。

そのため、彼が稽古をつけている姿が、まったく想像できない。


「うわ! しかも模擬戦だよ!

これは熱いなーっ! ほら、姐さん、ルーベントさん、早く早く!」


イグナートに急かされ、おずおずと中へ入る。


一応、男子生徒の制服は着ている。

だがクィアシーナは女子だ。


こんな男くさい場所に踏み込んでいいのか、わずかに躊躇いがあったが――

勧められるまま、足を踏み入れてしまった。


「うわ……」


入った瞬間、むわっとした熱気が肌にまとわりつく。

汗の匂いと、床に残る魔力の焦げたような気配。


「いけ!」「そこだ!」「やっちまえ!」


思わず耳を防ぎたくなるような、野太い声援があちこちに飛び交っていた。


建物の中は、広い何もない空間。

周囲を数段のベンチがぐるりと囲む、実に簡素な造りだ。


その観客の数は、クィアシーナが予想していたものより遥かに多い。


みんなの視線の先に目を向ける。

すると――


複数人の生徒を相手に、ただ一人――明らかに“格”の違う存在がいた。


銀色の髪が、ふわりと宙を撫でる。


(あれは、リンスティーさん……? でも、なんで多対一なの?)


「ルーベントさん。あれ……多対一で何やってるんですか?」


周囲が煩いため、クィアシーナはルーベントの耳元に顔を近付けて尋ねた。


「ん? ああ、確かに、何やってんだろうな。

おい、今は何の時間なんだ?」


ルーベントが近くにいた部員と思しき生徒へと声をかけた。


「あ! ルーベント様、お疲れ様です!

今はお楽しみイベントの真っ最中ですよ!」


「お楽しみイベントだと?」


「はい、もう稽古も終わって時間が余ったんで、部員の一人がリンスティー様にお願いしたんですよ。

『僕が貴方に一撃でも入れれたら、リンスティー"お姉様"で個人レッスンをつけて下さい』って。


そしたら、部員全員がすっかり盛り上がっちゃって。個人だと歯が立たないんで、複数人に別れて挑みに行ってるところです。


ちなみに、僕らのグループは瞬殺でした」


てへへ、といった様子で語る部員。



今の話を聞いたクィアシーナはというと。


目から鱗が落ちた。


――お姉様に、稽古をつけてもらえる、だと?


(え、なに、そのとんでもなく美味しいご褒美企画。

私も……私も絶対に参加したい……!

お願いだから、誰も一撃入れないで――リンスティーさん、頑張って全部かわして!)


(私が――殺る)


クィアシーナは、静かに燃え上がった。


「あの、次のグループで最後ですか?」


「え!?」


聞こえるはずのない女子の声に、部員が目を丸くする。

間髪入れず、ルーベントが"あの"ポーズをした。


「あー……なるほど」


部員も同じポーズで返し、納得したように頷いた。


「うん、次で最後だよ。

ちょうどさっきのグループが捌けたところだから、君、タイミングが良かったね。

一応、今から三年の精鋭たちが挑もうとしてるところだけど……どうかな」


クィアシーナは、前方のギャラリーの隙間から対戦の様子をちらりと覗き込んだ。


複数人の男子生徒が、それぞれ木刀を構え、指にサックを装着し、魔法の詠唱の構えを取っている。

戦法はばらばらだが、全員が本気だ。


――対して、リンスティーは。


丸腰。


しかも、両腕を背中で縛られていた。


(ハンデが過ぎやしない!?)


「あの……ちょっと、不利すぎません?」

「いやー、こうでもしないとあの人には敵わないからね。はは」


部員の彼はそう言って笑うが、見ようによっては一方的な暴力に見えなくもない。


思わず両手を組み、リンスティーの無事を祈る。


(お願い、こんなハンデなんかに負けないで!)


そして、私と対戦してくれ――

そんな願いとともに、行方を見守る。


「用意、――」


一斉に、挑戦者たちが足を踏み込む。

リンスティーは、その様子を――

ただ、何の感情も浮かべない顔で眺めているだけだった。


周りの音が、消えた。


「始め!」


――ドンッ


一瞬、音は聞こえないのに、心臓を直接叩かれたような衝撃が走る。


クィアシーナが「あ」と思う間に、

挑戦者の五人のうちの二人が、すでに膝をついていた。


(な、何、いまの……)


残る三人も、踏み込んで仕掛けるはずが、

その場でじり、と足を止めて踏みとどまっている。


リンスティーは――


一歩。


そして、もう一歩。


ゆっくりと前へ踏み出していく。


ただ前に向かって歩いているだけ。それだけのはずなのに、場の空気が押し潰される。


圧倒的かつ一方的な威圧。


そんないまの状況に対し、クィアシーナが覚えたのは、僅かな既視感。


――これは……ダンテ先輩と同じ。


王族として人を畏怖させる、あの圧倒的な存在感だ。

彼が放つそれを、クィアシーナはこの場にいるリンスティーからも感じ取っていた。


半分だけとはいえ、リンスティーにも王族の血が流れている。

その事実を、嫌でも思い出さずにはいられなかった。


その恐怖の化身は、三人に向かって一気に距離を詰めると、

相手の防御など意にも介さず、容赦なく強烈な蹴りを叩き込んでいく。


魔法の「ま」の字もない。


抜群の脚力と体幹。

それだけで、凶悪なまでの攻撃を次々と繰り出していた。


――型も何もないその動きは、平民の中でも「やんちゃな輩」がやる喧嘩そのもの。


(うげぇ……えげつない……)


顔面、みぞおち、脛、急所。


三対一にもかかわらず、途中から目を背けたくなるほど一方的で、クィアシーナは思わず手で顔を覆った。


「うっわ、容赦ねぇな!

さすがリンスティー様だぜ!

お、これで終わりか?」


隣で見ていたイグナートは、すっかり興奮しきった様子だった。


「相変わらずな戦い方をするなぁ」


ルーベントもまた、感心したようにそう感想を漏らす。


(いや、あれ完全に怪我人出るやつだから!)


クィアシーナからすれば、

何をそんなにのんびり実況しているんだ、という気分である。


クィアシーナが顔を覆っているうちに、いつの間にか鈍い音が止んでいた。


「――止め!」


審判の声が場内に響く。


「勝者、リンスティー!」


クィアシーナはその声に、ゆっくりと顔から手を外し、場内の様子を確かめる。


残っていた三人も全員が床に突っ伏し、最初に膝をついて倒れた二人は、すでに端へ運ばれていた。


ワッと場内が沸く中、一人だけその場に立っているリンスティーは、異様なほど静かなままだ。


(……? なんでリンスティーさん、さっきからひと言も喋らないの?)


クィアシーナが不思議に思っていると、隣のルーベントが声を張り上げた。


「おい! 誰かリンスティーの両腕の拘束と、口の粘着テープを剥がしてやれ!」


(げえっ!? まさか、口まで塞がれてたの!?)


恐らく、魔法の詠唱をさせないために口を塞いでいたのだろう。

一体、どれだけ危険人物扱いされてるんだろうか。


ルーベントの声に、部員二人が駆けつけた。

そして、頑丈に縛られていた腕の紐と、口の粘着テープを丁寧に剥がしていく。


口が自由になったリンスティーは、真っ先に初手で脱落した二人へ声をかけに行った。


「――おい」


「は、はい!」

「なんでしょうか!」


だらりと座り込んでいた二人は、彼の声に慌てて背筋を伸ばし、直立不動になる。


「腹から気合い入れろ。威圧なんて、気の持ちようだ」


「「ハイッ!!」」


ありがたいお言葉に、二人は両手を組み、キラキラした目でリンスティーを見上げている。


リンスティーはそこからくるりと向きを変えた。


「それから、そこの最初に魔法を使おうとしたやつ」


床に仰向けで伸びている部員が、「は、はぃ……」と力なく返事を返す。


「詠唱が遅せぇ。短縮系を一つでも覚えておけ」

「はいぃー……」


その言葉を最後に、彼は目を閉じた。

そうして、そのまま医務室へと運ばれていく。


「次。剣で挑もうとしたおまえ」


「ひゃい」


次に声をかけられた彼は、すでに他の部員に支えられ、手当を受けようとしていた。

顔面に容赦なく蹴りが入ったせいで口の中を切ったのか、ひどく喋りづらそうだ。


「一瞬でも怖がって目線を逸らすな。その一瞬で、やられる」


「ひゃいっ!」


(……今日は流動食確定だろうな)


クィアシーナがそんな心配をしていると、リンスティーは最後のひとり――

拳で挑んだ部員へと視線を向けた。


「最後まで、よく耐えたな」


ここにきて、笑顔。


(ぎゃ!)


クィアシーナの血管は爆発しかけた。

そしてその瞬間、部員の鼻の血管は実際に爆発した。

慌てて別の部員が、止血用のタオルを鼻に押し当てる。


「ただし、結局は防御だけで終わった。次は、そこからどう動くかを考えろ」


「はい! 精進します!」


(ああ、羨ましい……)


残念ながら、クィアシーナは、あんな化け物を相手にできるほど強くはない。

いたって普通の、平凡な女の子なのだ。



――だが⋯⋯人には、負けられない戦いというものがある。



「やっぱすっげー! 俺も今からリンスティーさんに挑むぜ!」


イグナートが隣でワクワクした様子で声を上げているのを、クィアシーナがスッと手を上げて制した。


「……私が、いきます」


「!?」


その宣言に、イグナートだけでなく、ルーベント、そして近くにいた部員もギョッとした顔を向ける。


「おい、クィアシーナ、いや、クインシー。

悪いことは言わない。アレは止めとけ」


ルーベントが珍しく、真剣なトーンで諭す。


「いえ、私は……。

人間、やらなきゃいけないときがあるんです」


まるで今から死地にでも行くような、場違いな重い言葉を吐くクィアシーナに、部員は「この子、どうしたんだ……」と目を丸くした。

イグナートは満面の笑みで、嬉々として叫ぶ。


「さっすが姐さん! 肝が違いますね! もちろん、喜んで譲りますよ! 思う存分にやっちまってください!」


「ありがとうございます。譲って頂き、感謝します」


クィアシーナがニコリと笑うと、イグナートは余計な一言を挟んだ。


「おぉ! 姐さんの笑顔なんて超レア! こえぇ!」


とりあえず、彼の脛を蹴り上げておいた。


ルーベントはというと、心配そうにクィアシーナの顔色を伺いながら呟く。


「おい……本気か?」


「はい。超、本気です」


場内に目を向けると、皆後片付けに入っていた。

リンスティーも端へ掃けようとしている。


(待ってーまだ帰らないで! 今から始まるんだから!)


クィアシーナは大きく息を吸い、腹から声を出した。


「たのもーーーーーーーっっっ!!!!!」


そのよく通る掛け声に、訓練場内の全員が一斉に振り向く。

完全に、道場破りのソレだ。


硝子のような綺麗な瞳を持つ彼――リンスティーは、驚きで目を見開いた。


クィアシーナは両腕を組み、場内を睨みつける。


「最後の相手は、私です」


男子生徒の制服を着た女子が、ゆっくりと場内へ足を進める。

その場違いな光景に、観衆はざわつきつつも、思わず呆気に取られていた。


そして、何よりも驚いているのは――リンスティーだ。


「――は? え、なんで……」


彼は呆然と立ち尽くし、クィアシーナの挙動を見守る。


「――私は」


クィアシーナは場内に降り立つと、静かに声を上げた。

辺りは一斉に静まり返り、皆がその言葉に耳を傾ける。


「あなたに挑みます。そして――」


ゴクリ。


場内の全員が唾を飲み込み、言葉の続きを待つ。


「リンスティーお姉様の、個別指導権を――手に入れてみせるッッッ!!!」


クワッと目を見開き、堂々と宣戦布告するクィアシーナ。

リンスティーは思わず顔を伏せ、心の中で呟いた。


――おまえ、何考えてんだ。


そんな心の声が、皆に伝わった。

場内の空気が、一気に冷えた。


「ええ、と? あの、お名前は――」


審判役の部員が慌ててクィアシーナの元へ駆け寄る。


「クィア、あ、すみません。クインシーでお願いします」


おそらく、ここにいる部員のほとんどは元生徒会としてのクィアシーナを知っている。

しかし、ここではルールに従い、ルーベントから授けられた(?)「クインシー」を名乗ることにした。


「じゃ、じゃあ……

ハンデは、両腕拘束、口封じ、目隠し、足も拘束とか――

そんなもんでいかがでしょう?」


審判の彼は明らかにクィアシーナに気を使い、リンスティーがほぼ何もできない状態を提案してくる。


だが、クィアシーナは口の端を片側だけ吊り上げ、高らかに宣言した。


「なんのハンデもいりません」


その堂々たる言葉に、場内はどよめいた。


「いや、ハンデ無しって……」


むしろ、挑まれているリンスティーの方が気を使い始めている。

そんな優しいリンスティーの気持ちを汲み、クィアシーナは一つ提案を出した。


「お気遣いありがとうございます。


――そうですね、では、そちらから先制するのが、ハンデということでいかがでしょうか」


「先制が、ハンデ?」


リンスティーが戸惑いの表情を浮かべると同時に、場内の者たちもさらにざわつき始めた。

――何を考えて、みすみすヤラレに行くんだ、と。


クィアシーナは、リンスティーや周囲の困惑などお構いなしに、深く頷いた。


「はい、よろしくお願いします。――審判の方、危ないので下がってください」


「え、あ、はい」


クィアシーナは基本的に、自分から攻撃することはない。

これまで底辺校でくぐり抜けてきた修羅場も、すべて相手から仕掛けてきたものだ。

正当防衛の手段は、十分心得ている。


「え、いや待って。本当に……やるのか?」


リンスティーが心配そうな、それでいてやや焦った様子で確認するも、クィアシーナは満面の笑みで応える。


「はい。手加減なしでお願いします!」


これは引かないな――と、

リンスティーはクィアシーナの様子から悟り、審判に向かって開始の合図をしていいと、静かに頷いた。


リンスティーが情をかけずに瞬殺するのか。

それとも、手加減して勝ちを譲るのか。

あるいは――。


ルーベントやイグナートを含め、観客たちは、この先の展開をまったく予想できず、息を潜めて見守っていた。


二人が定位置につく。


そのとき、数人の観客が、遅れて異変に気付く。


(……え? あの子、丸腰じゃね?)


だが当の本人たちは、そんな視線を意にも介さない。

クィアシーナとリンスティーは同時に審判へ目配せをし――


「用意――、」


「始め!」


合図が鳴った。


リンスティーは言われたとおり、先制攻撃を仕掛けることにした。

先ほど部員たちにやったように、クィアシーナを威圧する。

それで、一瞬で勝負をつけるつもりだった。


――が。


リンスティーが目を見開く。


確かに圧をかけたはずなのに、目の前のクィアシーナは、堂々と立ってこちらを向き、なんとも涼しげな表情をしていた。


(よし、リンスティーさんの威圧は、流せる。

だって――)


クィアシーナは内心こそバクバクしていたが、このとき、まだ余裕があった。

リンスティーから目を離さず、口元に大きな弧を描く。


(彼は、私にとって、推しを超えた存在だから……!)


理屈を超えたクィアシーナに、もはや怖いものはない。


その瞬間、場内が一気に沸いた。


「おい、あの子やるじゃないか!」


といった声があちこちから上がる。


特に、

「やっちまえー! 姐さーん!」

と熱狂的に応援するイグナートに釣られ、周囲もいつの間にかクィアシーナの味方に回り、「クインシー! 頑張れー!」と一緒になって声援を上げ始めていた。


リンスティーは、威圧だけでは彼女をいなせないと悟ると、次は拘束魔法でクィアシーナの動きを封じにかかった。


――だが、それすらも、クィアシーナは軽々と躱していく。


(『害虫駆除』で逃げ回ってた私の経験、めっちゃ活きてる……!)


そう、クィアシーナの回避力は、学園随一だと自負している。

物理攻撃に特化したその身のこなしは、害虫駆除の経験によって、魔法への対応力すら身につけていた。


だが、貴族主義の連中たちとは違い、リンスティーの魔法は発動が異常に速い。

一歩でも反応が遅れれば、それだけで命取りだ。


緊張を孕みながら、クィアシーナは判断する。


(体力が尽きる前に――)


平凡な彼女の体力は、当然ながら平凡。

長期戦になれば、不利なのはこちらだ。


(……ここで、片をつける)


クィアシーナは次々と放たれる魔法を躱しながら、

まずブレザーを脱ぎ、えいっとリンスティーへ投げつけた。


朝、これを羽織ったとき、

「何かあったら困る」と、ちゃっかり裏に防護グッズを仕込んでおいたのが功を奏した。


重みのあるそれは宙を舞わず、まっすぐ彼のもとへと飛んでいく。


リンスティーは一瞬だけ、そちらに意識を取られた。


ほんの、刹那。


その隙に、クィアシーナはくるりと踵を返し――

今度は逃げるのではなく、一直線にリンスティーへ向かって踏み込んだ。


逃げに徹していた彼女の動きが、突然“攻め”に変わる。


リンスティーも観客も、


(まさか、反撃か――!?)


と、どよめいた。


それでもリンスティーは魔法の手を緩めない。

その場から一歩も動かず、迎え撃つ構えを崩さなかった。


クィアシーナは走りながら、つま先を深く踏み込み、踵を浮かせる。

そして――


思いきり前へ蹴り上げた。


足元からすっぽ抜けたのは、

クィアシーナ愛用、鉄板仕込みのローファー。


当然、狙いはリンスティー。


腕で受ければ一撃にカウントされる。

そのためリンスティーは、身体をひねって横へと躱した。

その間も、彼は容赦なく拘束魔法を放ち続けている。


だが、避けた、その一瞬。


クィアシーナは魔法を掻い潜りながら、もう片方のローファーを素早く脱ぎ、手に取った。


そして、持てる力のすべてを込めて――


今度は、彼の足元を狙って投げつけた。


もちろんリンスティーは、咄嗟の判断で横へと避ける。

――が、ほんのわずかに足元へ視線が逸れた。


クィアシーナは尽かさずその隙を狙い、今日一番の猛ダッシュをかけた。

靴下のまま片足を強く踏み込み、

勢いのままリンスティーの懐へ飛び込んでいく。



(さあ、どっちに出るか――)



クィアシーナは、リンスティーの性格に賭けていた。


彼が魔法で自分の動きを止めるか。

……それとも、クィアシーナの身を案じて、自らの身体で抱きとめてくるか。


――クィアシーナは、後者に賭けた。


言うなれば、リンスティーの優しさに付け込んだ、

姑息な作戦である。


底辺校でクィアシーナは学んだ。

喧嘩や決闘では、打てる手があるなら何でも使え。


そこにルールなどない――


勝つことが、すべて。



「私を受け止めろ―――っっっ!!!」


クィアシーナは魂の限り全力で、

身体の奥底から、叫んだ。


「!」


反射的に、リンスティーは腕を拡げる。


次の瞬間、

クィアシーナの身体を――全身で受け止めた。


(ああ、だから好き)


衝撃で、彼の身体がそのまま地面へ倒れ込む。

だが、さすがはリンスティー。魔法で背中へかかる衝撃を和らげていた。



――もちろん、クィアシーナがその瞬間を見逃すはずもない。



ゴツッ……。



「ぐっ」


鈍い音と、くぐもった声。


辺りが一気に騒然となる。



「――はい。私の勝ちですね」



クィアシーナは、にこりと笑った。



「……――止め!」

審判が、信じられないといった様子で、静かに判定を下した。



「勝者、……クインシー!」



判定が告げられた瞬間、

場内に一瞬、時が止まったかのような沈黙が落ちる。


――そして次の瞬間。


大歓声が、爆発した。


拍手喝采。

熱気が一気に場内へ溢れかえる。


一方のリンスティーは、尻もちをついたままクィアシーナに馬乗りにされていた。


肩肘で上半身を支え、反対の手で額を押さえながら、彼はぼやく。


「普通、そこで頭突きするか!?」


「なんとでも言ってください」


しれっと言い返すクィアシーナ。

だが彼女もまた、同じように額を押さえていた。


おそらくだが、

二人そろって、同じ場所が見事に腫れている。


――別に、なんでもよかったのだ。


一撃さえ入れられれば。


軽く叩くでもいい。

えいっと可愛くデコピンでもいい。


けれど。


彼が抱き止めてくれるなら、

自分も抱き返すと決めた。


そうなると腕は使えない。


なら、残っているのは――

頭より上。


必然的に、思い浮かんだのは。


原始的な方法である、頭突きだった。


リンスティーは両手で顔を覆い、そのまま頭を地面に倒して呻いた。


「――というか、なんで挑んでくるんだ……」


「そりゃあ、リンスティー“お姉様”に手取り足取り指導してもらうためですよ。当たり前じゃないですか」


「……」


寝そべったまま、今度こそリンスティーは黙り込んでしまった。


なぜか気落ちしている様子の彼に、クィアシーナはふっと表情を緩め、譲歩案を口にする。


「指導は、学園が元に戻ってから――学園内の訓練所でお願いしますね」


「……っ」


暗に未来へ希望を持たせる言葉だったのだろう。

リンスティーの身体が、わずかに跳ねた。


そして、


「……わかった」


小さく息を吐いてから、


「約束する」

と呟いた。


「やったー!」


ウハウハで喜ぶクィアシーナに、リンスティーはがばりと上半身を起こす。


「だから」


「はい?」


そのあとに続いた言葉は、まったくの予想外で。


「敗者に、"慰めのハグ"をくれ」


「!?」


リンスティーの表情は真面目そのもの。

腕をわずかに拡げ、さあさあと目線で促してくる。


クィアシーナが馬乗りになったまま身体を起こしたせいで、二人の距離は異様なほど近い。


こんなにギャラリーがいる前で、さすがに素直に抱きつくのは躊躇われた。


足を立てて逃げようとするも、

「逃げるな」

と、低く囁かれる。


(勝ったはずなのに……私、なんか負けてない!?)


クィアシーナは、リンスティーの圧のある視線に弱い。


「うぅ……」


短く呻くように呟き、渋々ながらも、彼の背中におずおずと手を回す。

ぽんぽんと大きな背を叩きながら、


「よくがんばりました」


と、超上から目線な労いをかけた。


「……うん」


抱き締め返すリンスティーの力は、思いのほか強く。


駆け寄ってきたルーベントたちを含め、ギャラリーはそんな二人の様子を見て、さらに大いに盛り上がったのだった。

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