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100.特別寮(異世界)への潜入(2)

ブレンダ・マクレンは、ジガルデ曰く、ガブリエラが隠れ蓑にしていたという貴族主義の筆頭のご令嬢である。


以前、クィアシーナに馴れ馴れしく話しかけてきたかと思えば、こっそり魔法を放ってきた。

だがそれは指輪に吸収され、彼女の目論見は未遂に終わった。

しかも、その魔法をダンテに跳ね返され、重傷を負って一時休学している。


入院中は、同じ貴族派のご令嬢たちに「クィアシーナにやられた」と言いふらし、

その結果、彼女たちもクィアシーナに返り討ちにされている。


(きっと、ろくなことしてないんだろうな……)


クィアシーナの表情から、デリックも何かを察したらしい。


「察してくれて嬉しいよ……」


力なく呟いた。


「ブレンダ嬢は、自分が“選ばれた存在”だと思い込んでるみたいでね。

だって、あの元副会長のリンスティー様の後釜だよ?

まあ、調子に乗る理由も分からなくはないけどさ……」


デリックはげんなりした様子で続ける。


「貴族だけの世界がいかに素晴らしいか、とか、

平民って生きてる意味あるの? みたいなことを、四六時中ずっと喋っててさ。

それで、彼女、魔法科だろ?

会計の俺に『貴族専用の魔法科に専任講師を外部から呼べ』とか言い出してきて……

それ、生徒会の管轄じゃなくない? 学園の経営権が生徒にあるとでも思ってるの?

もう何十回説明しても聞いてくれないし……

相変わらずシュターグ令嬢も見て見ぬふりで、何も咎めないし……


あの子、副会長の仕事、何ひとつこなしてないよ」


クィアシーナも、これには思わずルーベントと顔を見合わせた。

デリックの話を聞く限り、自分で考えてまともに仕事をしようとしているのは、彼一人ということになる。


――完全に、仕事が回ってない。


そして、それを敢えて見逃しているガブリエラの意図がわからない。


「……おまえ、苦労してるんだな」


ルーベントが同情を含んだ声をデリックへ向けた。


「わかってくれます!? 俺、別になりたくてなったわけじゃないんで、本当に早いところ辞めたいんですけど……」


デリックが愚痴をこぼしたところで、クィアシーナは、

「色々お話しいただき、ありがとうございます」

と話を区切り、少し真剣な表情で確認の言葉を口にした。

“お友達”が今後処罰を受けないための、忠告である。


「デリックさん。あなた、ダンテ殿下派だと言っていましたよね?

それは、今も変わりませんか?」


「え? あ、ああ。最近のダンテ殿下には正直ついていけないと思ってたけど……

少なくとも、貴族主義の頭のおかしな連中よりはマシだと思ってるよ」


デリックの返事を聞き、クィアシーナは深く頷いた。


「ありがとうございます。その返事を聞けて安心しました。

――ここからは、他言無用でお願いします。破れば……」


低い声で凄むクィアシーナに、デリックは「ひぃっ」と言って腕で顔を覆った。


「クィンシー。怖がってるぞ。破ったら、全身の骨を砕くって言ってやれ」


「そこまでしませんから。というか、できません」


クィアシーナはか弱い女の子だ。

骨を砕くような暴力は――……道具がないと、できない。


「だ、誰にも言いません!

だから砕かないでーっ!」


「だから、できませんってば」


ソファに縮こまり、軽くパニックになっているデリックをいなしながら、クィアシーナは続けた。


「――ダンテ先輩のことなんですが。

これまで、彼は新しく会長となったガブリエラ嬢の魔法によって、本人の意思とは無関係に、行動を強制されていました」


「え……?」


デリックは、その言葉があまりにも予想外だったのか、顔を覆っていた手を下ろし、驚いた様子でクィアシーナを見つめた。


――実際には、復学初日以降は操られているふりをしていたのだが、そこはあえて黙っておくことにした。


「今の学園は、どう見ても歪です。きっかけはダンテ先輩かもしれませんが、彼はその歪さを正すため、水面下で動いています」


クィアシーナはデリックに向かって、静かに頭を下げる。


「来週中には片をつけると仰っていました。

だから、お願いです。それまでは――決してガブリエラ嬢の意思に従わず、あなたが正しいと思うことをしてください。

もし、それで罰が下るようなら……迷わず逃げてください」


自分が力になるなど、無責任なことは言えない。

それでも、彼には最大限に保身に走ってほしかった。


ガブリエラに罰が下った際、彼まで巻き添えを食わないように。


「え……

なに、それ……

シュターグ令嬢、ヤバくない?」


「まあ、ヤバいです。なので、その傘下にいるあなたも、ヤバいんです」


クィアシーナのダメ押しに、デリックは身を守るように両腕で自分を抱きしめた。


「いや……

俺、一応魔法科だからさ。ここにいる二人より、少しは魔法のこと詳しいと思うんだけど……

精神系の魔法をダンテ殿下にかけてたってことだよね?」


「そう、ですね」


先ほどとは違い、今度は本気で怯えたような表情を浮かべるデリックに、クィアシーナは小さく首を傾げた。


「人の意思を操るようなものって、確実に禁呪だよ……

かけた術者も、相当な代償を負ってるはずだ」


「え……?」


そういえば、魔法をかけた側――ガブリエラのことなど、気にしたこともなかった。

ただ、精神系の魔法に長けた人物なのだろう、という程度の認識だったが、どうやら危険な領域に手を出していたらしい。


「魔法が発展してきたラスカーダは、いくつか禁止になっているものが存在するんだ。その代表格が人としての尊厳を失わせるような魔法。

大昔……奴隷制度があった頃に頻繁に使われていて、制度が廃止されたときに、そういった魔法は軒並み禁呪扱いになった。恐らくだけど、その類が使われたってことなんだろうね?」


クィアシーナはルーベントの方をちらりと見るが、彼も知らなかったらしい。小さく首を振り、やや戸惑った様子を見せた。


「それは……知りませんでした。ちなみに、昨年、ジガルデ先生が会長だったとき――任期中ずっと、同様の魔法をかけられていたようなんですが……」


「えええっ!? そうなの!?

あの人、去年は頭イカれちゃってたのかと思ってたけど、そのせい!?」


なぜだろう。真剣な話をしているはずなのに、彼が口にすると、ひどく軽く聞こえる。


「でも、任期中って、かなりの間ずっとってことでしょう?

今回のダンテ殿下の件も含めると……相当だね」


「その、魔法の“代償”というのは?」


クィアシーナは、先ほどから一番気になっていたことを口にした。

術者が負う代償とは、一体――


「あー、ごめん。それは俺も習ってないわ」


デリックも頭を掻きながら、申し訳なさそうに言う。


(学校で習わないなら、知る由もない、か)


「いえ……貴重な情報をありがとうございます」


「いや、こちらこそありがとう。

俺、泥舟に乗ってたんだなーって実感したよ!

とりあえず生徒会の仕事はこなすようにするけど、ヤバくなったら全力で逃げるわー」


「危ない危ない」と言って、またも軽い態度を見せるデリックだが、

(意外と、責任感のある人なんだな)

と、少し見直してしまった。



ここで、デリックとの話し合いはひとまずお開きとなった。

彼がそそくさと談話室を出ていくと、ルーベントは早速、次の人物を伝達魔法で呼び出した。


『いますぐ談話室に来い』


――非常に雑……いや、簡潔すぎる物言いである。


(ルーベントさんの呼び出し方からして、次の“お友達”って、ルーベントさんのお友達?)


「あの、今呼び出した人って……」


クィアシーナがルーベントに尋ねようとした、そのとき。


談話室の扉が、

バタンッ!

と激しく音を立てて開かれた。


「姐さんっ!!」


(あーこっちかー……)


「休日にも関わらず、ここまで俺に会いに来てくれたんっすね!?」


「……」


クィアシーナは無言で頭を抱えた。


(この人の場合、どこから手を付けていいのか……)


――現れたのは、二年生で、今回新しく庶務になったイグナート・ストーン。

クィアシーナにその気はまったくないのだが、周囲からは“舎弟の一人”として認識されている人物である。


息を切らしている様子から、自室から全力疾走してここまで来たのだと、手に取るようにわかる。


「おはようございます、イグナートさん。

――あの、とりあえずお掛けください」


「ああ、ありがとう! 座らせてもらうぜ!

ルーベントさん、最高っす。粋な計らい、ありがとうございます!」


どの辺が粋なのか、クィアシーナにはさっぱりわからない。

一方のルーベントは、礼を言われて満足そうに頷いていた。


……よくわからないが、仲は良さげだ。


「で、姐さん。俺、用件を聞かされてないんだけど、ここまで来てくれたってことは――

手合わせしてくれるってことだろう!?

俺の庶務就任祝いってことでいいか!?」


「まったく違います」


ほぼ食い気味に否定する。


なぜ、談話室に呼び出されておいて「手合わせ」という発想に至るのだろうか。

彼の思考回路は、すべて戦闘に繋がっているのではないかと疑ってしまう。


デリックのときとは違い、ここは単刀直入に用件を伝えた方がいいだろう。

彼が暴走し出す前に、先手を打って畳みかける。


「今日お呼びしたのは、就任祝いではありません。生徒会の件です。

現在の生徒会長――ガブリエラさんが、最近までダンテ殿下を魔法で操っていたことが判明しました。

恐らく、来週中には彼女は会長の座を追われます。

そこで――

彼女の傘下にいるイグナートさんも、巻き添えを食わないよう、忠告に来ました」


クィアシーナが一息に言い切ると、

それまで高揚していたイグナートの表情が、すっと引いた。


「――どういう意味だ?

シュターグ令嬢が、ダンテ殿下を操っていただと?」


先ほどまでの勢いは消え、低く押さえた声。

急に真面目な声音で返され、クィアシーナはわずかに圧倒された。


「ええ……精神魔法の類だそうです。

この魔法は、昨年ジガルデ先生が会長をされていたときにも施されていたものになります」


その言葉に、イグナートはギリ、と奥歯を噛んだ。


「あのアマ……ほんと、汚ねぇな……」


以前から恨みがあるような物言いに、クィアシーナは思わず喉を鳴らした。

イグナートの表情が何かを睨みつけるような目つきに変わる。


「姐さんは貴族の事情に疎いだろうから、一応説明しとくけど――

俺の実家は、貴族主義の派閥に属してる。


マクレン家やブリード家に組してるようにも見えるが、実際は独立した考えを持ってるんだ。

ルーベントさんとこのグレジア領と反対側に位置するストーン領は、グレジア領と同じく国境の要。

グレジアが民衆派だから、均衡を取るために貴族派に属してるに過ぎねぇ」


急に派閥の話を始めたイグナートに、クィアシーナは説明そっちのけで、

(彼に一体、何が起こったの!?)

と、軽くパニックになっていた。


イグナートとは、これまで戦いの話しかしたことがない。(そしてその度に、軽くあしらってきた)

だからこそ、貴族らしい理路整然とした彼に、混乱しかない。


「うちの兄貴は強硬な貴族主義だったが、俺や兄貴以外の家族はそうじゃねぇ。

だから学園に入ってからは、貴族派の連中に目をつけられねぇ程度に、それっぽく振る舞ってたんだが――」


どうやら彼もデリックと同じ、"なんちゃって貴族主義"だったようだ。


「どうにも貴族主義の連中も、きな臭くてな。特に今年に入ってからだ。

昨年、ブリード家のジガルデさんが失脚してから、新しい手段で第一王子派がダンテ殿下を追い落としにかかってるんじゃないかとは思ってたが……

まさか、去年の時点ですでに、あの女が裏で手を引いてたとはな」


「……なにか、思うところでもあるんですか?」


ただならぬ気配に、クィアシーナは思わず口を挟んだ。


「昨年は、兄貴も生徒会に入ってた。

そこでジガルデさんの馬鹿な施策に乗っかって、兄貴も多少やらかしはしたんだけどな……」


イグナートは一度言葉を切り、ゆっくり息を吐いた。


「けど、兄貴は確かに偏った考えをすることはあっても、平民を虐げるような真似はしなかった。

貴族主義だった理由も、周りの貴族連中が“戦いに強い”――ただそれだけだったしな。


……それが、貴族主義の“茶会”に出てから、人が変わったみてぇに平民をこき下ろすようになった」


「茶会……?」


「ああ。貴族主義の連中が結束を固めるために、定期的に開いてる趣味の悪い集まりだ。

俺も何度か参加させられた」


イグナートは腕を組み、眉間に深く皺を刻む。


「――そのときの茶会のメンバーに、

なぜか中立派のシュターグ家のご令嬢がいたらしい」


クィアシーナはその名を聞いた瞬間、びくりと身体を跳ねさせた。


「言っとくが、兄貴には魔法はかけられてねぇ。

俺、鼻が利くからな。妙な仕掛けがあればすぐ気づく」


イグナートは小さく息を吐き、言葉を続ける。


「けどな……

今年、俺も茶会に参加したとき、シュターグ令嬢がいたんだが――あいつ、言葉選びが妙に巧みなんだよ。

たとえばマクレン嬢が過激なことを言い出すだろ?

するとシュターグ令嬢――ガブリエラ嬢は、やんわりとそれを嗜める。

場を収める、って感じでな。


……なのに、気づいたら」

イグナートはわずかに眉を歪めた。


「――その思想を、すんなり受け入れてる自分がいた」


クィアシーナの背筋に、ぞくりと冷たいものが走る。


「貴族主義っていうより……

第一王子の思想を、うまいこと広めようとしてる感じだな。あれは」


イグナートは組んでいた腕を外し、頬杖をついた。


「“意識改革”。

この間までダンテ殿下が掲げてた方針に、妙に近ぇんだよ。

……ほんと、薄気味が悪いぜ」


イグナートが言い終わると同時に、室内に沈黙が降りた。


脳筋の戦闘狂だと思っていた彼から飛び出した思わぬ情報に、クィアシーナは頭の整理に精一杯だった。


(意識改革――

いまの貴族主義の連中は、ガブリエラさんの思想を受け入れた者たちで成り立ってる……?)


だが、デリックはそうではない。

ガブリエラと関わったからといって、必ずしも彼女の支配下に置かれるわけではないのだろう。


「――イグナートさんは、彼女の思想に、いまも賛成しているんですか?」


クィアシーナは、あえて確信を問うた。

ここで肯定されたら、彼女の“お友達”としての説得は失敗に終わる。


しかし、そんな懸念をよそに、イグナートは心底つまらなそうに鼻を鳴らした。


「あぁ゛?

姐さん、俺はな――派閥争いとか、これっぽっちも興味ねぇんだよ」


彼は肩をすくめる。


「俺はただ、拳で語り合える相手がいりゃ、それで十分だ」


「……最高のご回答、ありがとうございます」


クィアシーナは、珍しく素直に――というより、初めてイグナートへ礼を述べた。


と、ここで黙って聞いていたルーベントが、首を傾げながら口を挟む。


「でもおまえ、だったらなんでガブリエラ嬢の勧誘なんかに乗って、生徒会に入ったんだ?

率直に疑問なんだが……」


「なんでって――」


イグナートは、ぱっと目を見開き、前のめりになる。


「生徒会といえば、最強の集団じゃないっすか!」


「……は?」


思わずルーベントが素の声を漏らした。


「まず、元会長のダンテ殿下と元副会長のリンスティー様。あの二人は規格外でしょ?」


「それから元書記の二人。アレクシス様はニコニコしながらえげつない魔法を撃ってくるし、ビクターは暗殺攻撃がヤベえ」


「元会計のルーベント様は言わずもがな剣術最強。ドゥランも魔法系統無視した特大魔法ぶっ放してくるし」


「しかも腹立つのがマグの野郎だよ。一番平和そうな顔して、拳が重ぇ。みぞおち入れられたとき、脳ミソ昇天したぜ」


「姐さんの前任のアリーチェさんも、何が起きたか分からないまま何回か意識飛んだし……」


そして、完全に熱が入った様子で、イグナートはクィアシーナを真っ直ぐ見据えた。


「何より――」


「めちゃくちゃ平凡な見た目の姐さんが一番驚きだよ!」


「人畜無害そうなくせに、一発が強烈なんだよ!

ほんっと痺れるぜ!!」


熱量のすべてをぶつけられ、クィアシーナは白目を剥いた。


(最強集団って、なんだそれ。

……ていうか、この人、全員に戦闘しかけてたの?)


しかも、今の彼の話しぶりだと、全員から返り討ちにあっている。


「だから、生徒会入りを打診されたとき、ついに俺の時代が来たかって思ったね!

俺も姐さんたちの意思を継いで、最強になるよ!」


「すみません。ガブリエラさんは、そういう意味であなたを勧誘したわけじゃありませんし、私たちの誰も、あなたに意思を継がせようとはしていません」


クィアシーナは手をぶんぶんと横に振り、はっきりと言い切った。


「まあ、やりたい動機は人それぞれだしな……」


ルーベントが年長者らしく、さりげなくフォローに回る。

――強引に話をまとめている感がすごい。


イグナートは熱を吐き出して満足したのか、ふうっと息をつき、二人に向き直った。


「とにかく、俺は俺を貫く。ガブリエラ嬢になにか思惑があったとしても、乗らねえよ。

それは姐さんと拳に誓う」


「……感謝します。あなたの意思が鋼でできていて良かった」


ようやく、クィアシーナは安堵の笑みをこぼした。


――しかし、ほっとしたのも束の間。


イグナートが、堂々と口を開く。


「よし、じゃあ話も終わったってことで――行きますか!

訓練所!」


「……ん?」


耳を疑った。

――訓練所??


「ああ、そうだな。せっかくクィアシーナがクインシーとして来てくれたんだ。ちょっと立ち寄るのも悪くない」


なぜかルーベントまで乗り気になり、流れは一気に不穏な方向へ傾いた。


――どうしてこうなった。



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