不祈不想
「久しぶりに会いたいな」
珍しい名前からのメッセージを見て、ずきりと胸が痛む。
その名前を見るのも何年ぶりだろう。
彼女の言葉に深い意味なんてないのだろうけど、色々と憶測してしまいそうになり、その都度頭を振って、くだらない思考を隅に追いやる。
……期待はしない。
既に想いは殺している。
きっとこの連絡もただの気まぐれか、或いはもっと自分を傷つける何かの報告なのだろう。
『どちらにしても針の山を歩くようなものだ。やめておけ』
自分の内側からあふれ出る声が、まるで懇願するように啜り泣いている。
けれど、自分は彼女に逆らうことなんてできない。
彼女が望んだことを、なんだってしてあげるつもりだから。
彼女が会いたいと言うのならば会う。それだけだ。
それ以外の意味なんていらない。
何度も何度もそう自分に言い聞かせる。
本当は断ってしまっても良かったのだろう。
惚れた弱みとはよく言ったものだけど、それくらいの権利はこちらにもある。
それでもこうして久しぶりに甘えてくる彼女を受け入れてしまうのは、自分の愚かさでしかない。
彼女は自分の善意を疑うことすらしてないのだから。
別に人の心を弄ぶような悪女というわけではない。
そうであればよかったのにと、思わず苦笑してしまう。
自分は利用されるためなら、なんだってしてあげただろう。
いや、やめておこう。
それは仮定の話で、今回の話とは何ら関係のない妄想だ。
考えまいとすればするほどに、消し去ったはずの彼女の存在が自らの中で大きくなっていく。
彼女は自分ではなく違う人を選んだ。
それで幸せになるならばそれでいい。
相手が誰だって構わないと、心の底からそう思った。
そうであるならば、彼女の幸せに自分の意志が介在してはいけない。
故に祈らず。
故に想わず。
彼女への愛情は粉々に砕いて、思考の淵にも浮上しないほどに沈め込んだ。
それが正しいことだと信じていた。
「色々あって別れたんだ」
飲み始めて少ししてから、彼女がそう言った。
胸が少しだけざわついた。
きっとそんなことだろうと、予想はしていた。期待はしていた。
けれど、今更なのだ。
今更何も思うところはない。
肩の荷を外すように語りだす彼女に相槌を打つ。
昔と同じように笑う彼女を、優しく受け入れた。
これまでもこれからも、私は彼女の幸せを祈らない。
――だからどうぞ、末永くお幸せに。
――この世界のあらゆる障害が、あなたを避けて通りますように。
そう祈りそうになる心を、粉々に砕いて。




