第94話 天敵
たなびく雲が前から後ろへ、前から後ろへと高速で駆け抜けていく。
「やっぱり、空の旅はいいですね、エリヌス様!! 上から見える景色が、なんというか、爽快感がありますし!!」
「そう、だな。……そうだな。爽快感がある」
自分の心中とは真逆のことを口先だけでしゃべる。
「…………」
「……エリヌス様? どうなさいましたか?」
「……何でもない」
何でもない。
そう、何でもないんだ。
……何でもない、はずなんだ。
◆
エリヌス様は、最強だった。
あの小説の中で、エリヌス様と渡り合えたものはダフネ様を除き、誰一人としていなかった。
最強。
そして、最凶。
それこそがエリヌス様であった。
強さと技術、そして狡猾さを併せ持つエリヌス様は、正しく悪のカリスマなのだ。
その狡猾さゆえ、エリヌス様は目的達成のために魔王軍とも手を組んでいた。
あくまでも、利用していただけだから、最後には平然と裏切っていたが。
そして、魔王軍と手を組んでいた時、見張り兼補佐役として、ある魔物がエリヌス様の側近にいた。
計略に長け、高度な魔法センスと意地の悪さの光るあいつ──
──エキノプスを。
あいつのせいで、何度ダフネ様が窮地に陥ったことか。
……まあ、逆にあいつの策がからぶって、ダフネ様が有利になることもあったのだが。
その時はその時で、エリヌス様に被害が来ていたが。
つまるところ、エキノプスという魔物は、ダフネ様推しかつエリヌス様推しの私にとって天敵なのだ!!
◆
「──エキノプス……」
ぼそっと呟き、下唇の皮を嚙む。
まさか、この段階であいつの名前を聞くことになるとは思わなかった。
作中展開からして、もう少し後かと……。
……いやまあ、まだ偶然だという可能性も否定できないのだが。
ただ名前が一緒名だけ、という可能性は十分にある。
だが、あの一瞬だけ感じた魔力。
……怪しさも十分にある。
「……オフィオポゴン殿」
「はい、どうかなさいましたか?」
「貴殿のところの執事長──エキノプス殿は、魔法を扱ったりしますか?」
「魔法、ですか? いえ、そんな話は……」
「……そうですか」
「あのー、エリヌス様。本当にどうなさったんですか……?」
「何でもない。気にするな、オリーブ」
ただの偶然、そうに決まっている。
だが、警戒しておいて損はない。
私自身、そろそろ実の振り方を考えねばだな。
「エリヌス伯爵。オリーブ殿。雷雲が近くに発生していますので、少々迂回しますね」
「ええ、頼みます」
はるか遠方に見える黒い雲。
それを一瞬だけ視界に置き、すぐに私は固い鱗の上に腰を下ろした。
一応、今話でこの第二章二部は終わりです。
はい、なんと三部構成になってるんですね……。
三部目で、ようやく章のタイトルを回収……できたら……いいな……。
頑張りますので、応援よろしくお願いします!!




