表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

85/132

第85話 むっつりさん

 運動で熱くなってしまったせいか、芝生の上は冷たく、気持ちよく感じた。


「……さて。まずは、(わたくし)の非礼を詫びさせてください。突然、試合などを申し込んでしまい、申し訳ございませんでした」

「あー、いえ、気にしないでください。私自身、少し楽しめたので」

「そうですか……。それなら、よかったです」


 そう言って微笑んだ彼女は、儚げな少女を思わせる様だった。

 ……あれだけの大戦闘をした後だというのに。


「それでは、試合を申し込んだ理由も話しますね」

「はい。私も気になっていたので、助かります」

「理由は簡単です。私が、結婚したくなかったからです」


 ……お?


「ご存じの通り、私は、その……こういう性格、ですから。殿方と一緒に生活するというのは、あまり想像できないと言いますか……」

「ああ、それでですか。自分より強い人が好きだと言っていたのは」

「はい、そうなんです……。ですので、エリヌス伯爵に期待をしてしまいました。稀代の天才魔術師、とお伺いしていますので」

「いやいや、それほどでもないですよ。私よりも強い奴もいますし」


 実際、今の私とバーベナが戦っても、負ける可能性は十分にある。

 というか、あいつはこっちの手の内を知ってるわけだしな。

 一応は、師匠だし。

 それでも、相討ちくらいには持っていけると思いたいが……。


 それに、コランバインやオリーブに勝てるかどうかも怪しい。

 あの二人は、少々人間の枠からはみ出しすぎている。


「そうなのですか? ……世界は広いのですね」

「ええ、本当に」

「ですが、それでも、エリヌス伯爵への期待は本当ですのよ? 他の貴族の方は、貧弱すぎます。それに比べて、エリヌス伯爵は、相当鍛えてらっしゃるようですので」

「ああ、戦っている間に分かりましたか?」

「いえ。正直、素の筋力がどれだけあるかは、分かりませんでした」

「あ、そうですか……」


 まあ、あれだけ筋力に差があれば、他の人間と大して変わらないように感じるかもな。

 ……あれ?


「じゃあ、なんで鍛えていると?」

「その格好から、多少の体格はうかがえますから。それに、あの時……。……あ」

「あの時、なんですか?」


 そう聞き返すと、カンナはあわあわと焦り出し、顔がどんどんと真っ赤になっていった。

 ……えっ、マジで何!?


「す、すみません!! わ、わわ、忘れてくださいまし!!」

「は、はあ……。……って、鼻血!! 大丈夫ですか!?」

「こ、これは、あの時の記憶が……。って、違いますわ!? あ、ああ、は、ハンカチ……!!」

「こ、これを!!」


 ポケットからハンカチを取り出し、カンナに手渡す。


「も、申し訳ございません……!! こんな白いハンカチを……!!」

「いえ、気にしないでください。……というか、どんどん酷くなってませんか!?」

「き、気にしないでくださいまし!! 決して、決して、ハンカチの匂いでやられたとか、そういうのではありませんので!!」

「は、はい」


 …………。


「もしかして、意外と男性に弱いんですか?」

「ひゃうっ!?」


 悪戯心が芽生えてしまった。

 ついつい、カンナの耳元でささやくなどという、私らしくない──いや、エリヌス様らしくはあるのだが──私自身らしくない行動をとってしまった。

 ……って、やばっ!?


「大丈夫ですか!?」

「ひゅっ──」


 倒れそうになったカンナを抱きしめるように受け止めると、変な呼吸音を上げ、そして──気絶してしまった。


「か、カンナさんー!?」





「う、うう、すみません。はしたない姿ばかり見せてしまって……」

「い、いえ、お気になさらず……」


 あの後、なんとかカンナさんは意識を取り戻し、冷静さを取り戻せたようだが……。


「……それにしても、本当に男性への免疫が無いんですね」

「うっ。実は、そうなんです……。子供の頃から、周囲にいる男性というのが、父と使用人くらいでしたので……」


 なるほど、それでか。

 にしても、推しを目の前にした私みたいな反応だったな。

 ……少し愉快だったが、あそこまで過剰に反応されると、困ってしまうな。


「まあ、そもそもとして、私に近寄ってくるようなもの好きな男性が少なかった、というのはありますが」

「え、そんなに美人なのにですか?」

「びじっ……!? ……コホン。その、私には、この筋力がありますから……」

「あ、ああ……。なるほど……」


 話しながら、カンナがその辺の石を握ったのだが、簡単に砕け散ってしまった。


「ですので、恋をする、というのもまだあまり分からないと言いますか……。初恋も……。……もう、覚えてないくらい昔の出来事ですから」

「……なら、その相手と結婚されては? 私よりも適任でしょうし」

「結婚っ!? い、いえ、その……それは、難しいと言いますか、なんと言いますか……」


 口をもごもごと動かしながら、カンナは頬を朱に染めていった。


「あ、そ、そうですわ!! エリヌス伯爵()適任ですわよ!! なんてったって、この私に勝ったのですから!!」

「……そうかも、ですね」

「……え?」


 でも、と前置きし、私は言葉を続けた。


「生憎、私は結婚願望が無いのです。……というより、結婚しては駄目、というのが正しいですかね」

「……? どういう意味、でしょうか?」

「言葉通りですよ」


 ……話しても、いいのだろうか。

 カンナは、セッシリフォリアの娘だ。

 ……でも。


「……私には、夢があるんです。野望とも言える、大きな夢が」


 誰も──オリーブやダフネ様さえも──知らない事を、私はとうとう口に出してしまった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ