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第83話 歴然の差

 ……どうしてこうなった。


「準備はよろしいでしょうか、エリヌス伯爵?」

「まったくもってよろしくないです」


 彼女の要望で、この屋敷のだだっ広い運動場に来たが、心の準備など、まったくできていない。

 というか、服を汚したくないのだが。


 そうは言っても、あのお嬢様(・・・)、執事に私をここまで案内させる間に運動用の服に着替えてるし、もう今更やめさせてもらえるような雰囲気でもない。


 ……女性相手に本気を出すのは、私と──エリヌス様の矜持に反するんだがな。

 それでも、本気を出さねば、こちらが殺されるだろう。


「……ふぅー……」

「あら? ようやく覚悟が決まりまして?」

「いいえ。というか、先に言っておきます。私が今から行うのは、単なる自衛です。それだけは覚えておいてください」

「……あくまでも、戦う気はない、と」

「ええ。ですから、貴女の方から一方的に攻撃してきてください。私はそれに対応するだけですから」


「……そうですか」


 ゾッと背筋が凍るような感覚を覚える。

 ……久しぶりに味わうな。

 私の父や、セッシリフォリアがたまに纏っていたあの雰囲気。


「では、エリヌス伯爵が本気を出してくださるよう、(わたくし)も頑張らせていただきますわ」

「……どうぞご自由に」


「では、遠慮なく」


 その声は、背後から聞こえてきた。

 咄嗟に反応して振り向くも、そこには誰もいない。


「隙ありですわっ!!」

「おっ!?」


 背後から、強烈な一撃。

 それと同時に、大きな爆発音が響く。


「いててて……。噂に違わぬ実力、といったところですかね」

「……今のは何ですの?」

「魔法ですよ、魔法。私が開発した、オリジナルのね」


 あのお嬢様相手に、生半可な防衛などできない。

 私は、『ソレイユ・ノーア』を全身に流していた。

 ダフネ様たちとの手合わせ以来だ。


「まだ続けますか? まあ、続ければ……確実に腕の骨が折れるでしょうが」

「そうですわね。一撃で分かりましたわ」


 まあ、黒魔術を受けてまともに腕の形を保っているだけでも凄いんだがな。

 どんな防御力をしてるんだよ。


「ですが、この程度で音を上げる私ではありませんわ!!」

「……お好きにどーぞ」





 そこからは、二つの意味で一方的だった。


 私は一方的に攻撃されている。

 だが、彼女の方は一方的に魔法で防御され続けている。


 最初の一撃から、魔法の出力を少し上げたため、今では攻撃が当たる前に魔法が発動し、私に触れる事すら不可能になっている。

 ……それでも、魔法を掻い潜って一撃を入れてくることがあるのだが。


 とはいっても、私たちの間の差は歴然。

 彼女の腕や足は、段々とボロボロになってきている。


「……そろそろやめないと、後で回復魔法で治せなくなりますよ?」

「お黙り下さいまし!! まだ、この程度で……!!」


 フラフラとした足取りで、彼女が近づいてくる。

 まだやるつもりかと、少々呆れてしまう。


 ──ズッ。


 ……あれ?

 今、私は、何をした?


 ──私が、後退った?


 なぜだ?

 相手との差は歴然。

 圧倒的に私が勝っているのに。


 ……いや、違う。

 私の防衛本能が、訴えかけてきている。


 あのボロボロの彼女が、何かを仕掛けに来る……!!


「いきますわよ、エリヌス伯爵!!」

「……!!」


 無言で、今まで通りに攻撃を受ける。

 その拳は一段と早く、まるで雷が飛んできているかのようだった。


 それでも、私の魔法の方が早く発動する。

 絶対に、私がやられることは──


 ──バリンッ!!


 ……は?


「勝負あり、ですわ」


 その一言が聞こえてきたかと思うと、防御のために咄嗟に上げた右腕に、全力のハイキックが当たった。

 ミシッと鈍い音が鳴り、そのまま私の体は吹き飛ばされた。


「ぐあっ……!!」


 なんだ!?

 何が起こった!?


「ふふっ、私の作戦勝ちですわね」


 作戦……!?

 ……くそっ、そういうことか。


 私の魔法を掻い潜って当ててきていた一撃。

 思い返せば、あれはほとんどが同じ場所──心臓の真上に当たっていた。

 恐らく、他の場所に充ててきていたのは、私にそれを悟らせないため。


 ──彼女の体には、大量の魔力が流れている。


 そう言ったのは、紛れもない私自身だ。

 つまり、彼女の攻撃には魔力がこもっている。

 それ故に、何度も何度も同じ場所を攻撃されれば、私の体に流れている魔力の流れが壊れてしまう。


 それはまるで、私が彼女の無意識の結界を壊した時のように。


 ……恐らく、彼女はあのたった一度の出来事で学習したのだろう。

 まったく、末恐ろしい戦闘センスだ。

 貴族の娘でなかったら、ダフネ様と肩を並べるほどの実力者になっていただろう。


「……分かりました」

「はい?」


「あなたの才能に敬意を表します。それ故──今からは、私も本気で戦う。覚悟してもらおうか」

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