第70話 忙しい!!
祭りも終わり、数日が経過した頃。
「……エリヌス様?」
「…………」
「え、エリヌス様……?」
「ん? あ、ああ。なんだ?」
「いえ、随分と上の空でしたので……」
「……すまん」
まだ半分ほど残っていた食事を、ゆっくりと口へ運ぶ。
…………。
「あの……お体が悪いのでしたら、休まれては……?」
「いや、大丈夫だ。少し落ち込んでいるだけだから」
「……ダフネ殿のことですか?」
「まあ、な……」
ここ数日は、酷く忙しかった。
それはもう、目が回るほどに。
というか、実際に眩暈で倒れたしな。
それもこれも、例の襲撃犯のせいだ。
あいつ自身は雇われの身だったが、問題は雇った奴だ。
面倒な事に、そこそこの立場の人間だった。
子爵──私より低い立場とはいえ、それなりの権力はもちろん有している。
そんな人間が、和解を申し出てきたのだ。
当然、秘密裏にだが。
こちらとしても、あまり騒ぎ立てたくはなかった。
なにせ、その子爵は代々ロベリア家との繋がりが強いのだ。
そうなると、表立って騒げば、自然とセッシリフォリアも口を出してくる。
そうなれば、より面倒になるのはこちらだ。
それを分かってか、あの子爵も若干油断した様子で和解交渉をしてきた。
だからこそ、かなりこちら優位に話を進められたのだがな。
結果的に、それなりの物資と金銭が手に入った。
交渉終盤の時の奴、相当焦った様子だったな。
だが、もうその時点では、あいつも後に引けない状態だった。
こちらの勝ち、という訳だ。
しかしまあ、その交渉の準備やら何やらを頭に叩き込むのが、あまりにも大変だった。
それに加えて──
──私は現在、ダフネ様ロスに陥っている。
この数日間は、忙しさでなんとか紛れていた。
だが、交渉もすべて終わった現在!
推しがもう近くにいないという現実に、私は打ちのめされそうになっている。
「ハァ……」
「……エリヌス様。久しぶりに、一緒にトレーニングをしませんか? 体を動かせば、多少気分も良くなるかもしれません」
「いや、そんな気分でもない」
「そうですか……」
元気づけてくれているのは分かるのだが、生憎と、本当に気分が乗らない。
それに、連日の修行による疲れもな……。
「オリーブ。そういえばだが、あれはどうなっている?」
「あれ、と言いますと、お見合いですか?」
「ああ。間に合いそうか?」
「ええ。先日の指示通り、お見合い当日の三日前には届きます。それから、装飾品も最高級のものを用意いたしました」
「そうか。ありがとう」
……このお見合いも、私の悩みの種の一つだ。
このお見合い、ただのお見合いでは終わらない。
武力のロベリア家。
財力のカーディナリス家。
この二つの家が、手を組むのだ。
他の貴族連中からすれば、堪ったものではない。
両家の力がより一層強くなれば、何が起こるのやら……。
……と、他の貴族連中は考えているはずだ。
確かに、私も同じ立場であれば、そう考えるだろう。
だが──
「にしても、エリヌス様も、もうご結婚されるような年齢ですか……。早いですね」
「……そうだな。少し遅いくらいだ」
「それで、エリヌス様。今回のお見合いで結婚するつもりは……?」
「ない」
「ですよねー……」
──生憎と、私が結婚することは絶対にない!!
私は推し一筋!!
ダフネ様ラブ!!
エリヌス様最高!!
そんな人間が、作中にも出ていない人間を愛せるものか。
しかも、相手はとてつもない怪力だと聞く。
更には、あのセッシリフォリアの娘だ。
失礼だが、どんなゴリラをお出しされるか、分かったものではない。
それに、私は今後も見合いなど受けないつもりだ。
家柄上、見合いを申し込まれることが多いのは百も承知。
だが、そんなものを受けたところで、私の野望の邪魔になるだけだ。
まあ、今回はセッシリフォリアが相手という事で、例外中の例外の対応を取るが。
私の野望には、私と幾人かの忠臣だけいればいい。
それで十分だ。
というか、それ以上は不要だ。
「ご馳走様。少し早いが、部屋に戻るぞ。まだ書類が残っているのでな」
「そうですか。では、夕食の時に及び致しますね」
「ああ」
これから待っている書類地獄に気分を落としながら、私は自室へと戻っていった。
第二部スタートです!!
かなり重要な話が多くなる予定なので、お楽しみに!!




