第43話 押しと押しと推し
……そうだった。
戦闘面の事や二次創作の事ばかり思い出していたが、そうだった。
この女──マルバは、こういう奴だった。
ただの穏やかお姉さんじゃない。
自身のために、その容姿を利用しまくる奴だった。
だからこそ、マルバが恥ずかしがって怒りそうな服を着させるという二次創作が賑わったのだ。
これならあいつも恥ずかしがるだろう、と。
というか、恥じらいの顔が見たい、と。
もちろん、ノリノリで超過激な服を着ているイラストも沢山あったが。
原作がそうだからこそ、二次創作ではそんな性格とは少しずれたキャラクター性で描かれることも多かった。
もちろん、性格はそのままドストレートで、色んなキャラを誘惑することもあったが。
でも、賢者のくせして、決して清楚に描かれることは無かった。
「エリヌス様?」
「まずは目的を言ってくれないか? 話はそれからだ」
「……そうですね。回りくどいことはお嫌いみたいですし。では、単刀直入に」
ペロリと唇をなめ、マルバは言った。
「私に、黒魔術を教えてください」
「嫌だ」
ヴァクシニアムの時と同じく、私はきっぱりと断った。
「まあまあ、そう言わずに」
「残念ながら、そういう訳にもいかないんだよ。それと……ごめん」
「えっ?」
軽い謝罪を述べつつ、私はマルバを押し返し、そのまま流れるように体勢を逆転させた。
つまりは……私が押し倒した。
「そっちから誘ってきたんだ。覚悟、できてるんだろう?」
「えっ、う、いや、ちょっと……!!」
いわゆるあごクイというものをしながら、今度は私がマルバに囁いた。
「そんなに好奇心旺盛なら、もっと別のことを教えてやるよ。ベッドの上で……な?」
「は、はうぅ……」
顔を真っ赤にし、芽を回して、マルバは気絶した。
……ふぅ。
「おっえー!!」
自分で言っていて、気持ち悪くなった。
キザな台詞なんか、吐くもんじゃないな。
胃の中を吐いてしまいそうになった。
でも、これもすべては前世の記憶のおかげだ。
マルバは、押せ押せなくせに、いざ自分が推されると弱いのだ。
それに、我が最推しであるエリヌス様、顔が良いのだ。
本当に、とにかくイケメンなのだ。
だからこそ、こっちからめちゃくちゃに攻めてみたが……。
「……二度としたくないな」
苦笑しつつ、マルバをベッドに寝かせ、自分は部屋の中央に鎮座したままだった椅子へ向かった。
◆
「……ん、んん……」
「お、ようやくお目覚めですか?」
手元の本から目を離し、柔和な笑みを意識して浮かべながら、マルバに声をかける。
「えっ。きゃっ、むぐっ……!!」
「しー。静かに。今は夜中なんだから」
叫びそうになったマルバの口を押さえ、なんとか宥める。
「大丈夫、私は何もしていない。というか、する気もない。安心してくれ」
……安心、できてなさそうだな。
ちょっとやりすぎたか。
「あー、その……。……さっきのは、ただの牽制だ。理解してくれるか?」
マルバは、こくこくと頷いた。
……よし。
「手を離すが、お願いだから叫ぶなよ?」
「……変態」
こっちのセリフだ、バーカ!!
「自分から誘っておいてですか? あ。隣、失礼しても?」
「……よくこの流れで来れますね」
「ここからだと、話しづらいですから」
ベッドに乗り、マルバと向き合うような形になる。
…………。
「そのー……、ガウン、閉めてもらっても?」
「あ、すみません……」
いそいそとガウンの紐を結ぶマルバを見て、ようやく一安心する。
「あのね、マルバ。あんな強硬手段に出なくたって、私と話すことくらいできるんだ」
「……はい。すみませんでした」
「うん、分かったならいいんだ。でも、他の貴族相手だったら、打ち首でもおかしくないからね?」
「……はい」
分かってんのかなあ、この子。
「……で、黒魔術を知りたいんだって?」
「はい」
まあ、理由は大方予想がつくな。
というか、夕食の時の考えで合っているだろう。
「いくら仲間想いとはいえ、あんな手段を取るのは、正直看過できない」
「……理由、気付いてたんですか?」
「当然。魔法を極めるなら、その逆も極める、だろう?」
その言葉に、マルバは頷いた。
「確かに、それは魔法の極意だ。私自身、黒魔術を研究する過程で、様々な聖魔法を覚えた」
「ですよね。ダフネから聞いた話で、おおよその実力は分かっていますから」
……ま、それもどうせ一部だろうけど。
「でもね。私の扱っている黒魔術は、そう簡単なものではないんだ。……というか、聖魔法を強化するための黒魔術だったら、もっと教えるのに適任な人間を知っている」
まあ、オススメはしないが、と心の中で付け加える。
「ですが、黒魔術を覚えれば、私の魔法は格段に進歩しますよね?」
「うん。今までの比較にならないくらいにね」
「なら……!!」
「比較にならないのは、効果だけじゃなくて、体へのフィードバックもだよ?」
その言葉に、マルバの表情が凍り付いた。
……察しはいいんだな。
「高火力の魔法を撃てばどうなるのか、そのくらいは分かるだろう?」
「はい。ですが、あなたは……」
「言わんとすることは分かるよ。私はただの貴族だ。でも、それなりに才能もあるし、努力もしてきたつもりだ。それこそ、君たち冒険者に劣らない程度にね」
「…………」
疑ってる……のか?
「……手、出して?」
「え?」
「今から、軽く魔法を使ってあげる。あ、もちろん、聖魔法だよ?」
「…………」
無言で差し出された手を、そっと握る。
そして──
「『リクパレーション』」
──優しく、回復魔法を唱えた。
「……ふぅ。どうかな? 少しは私の魔法について、分かったかな?」
「……はい。ひしひしと」
そう言ったマルバの顔は、青ざめていた。
最低位の回復魔法。
無詠唱。
その上、私は一割も力を入れていない。
恐らく、この三つくらいはマルバに伝わっただろう。
そして、この三つだけで、黒魔術を覚える気も失せただろう。
「……やはり、凄まじいですね。最高位のものと遜色ないですよ?」
「それだけ、その対極に位置する魔法が強いんだ」
「これは……私如きが覚えたら、駄目ですね」
「まあ……うん。私も慣れはしたが、それはある程度の才能と努力の結果だ。……本来、黒魔術なんてものは、使い手自身も壊してしまうような代物だからね」
「では、なぜそれを使おうと?」
当然の疑問だな。
だが、私はこれに対して、確固たる自信をもって答えることができる。
「才能があったから。そして、私の夢に必要だからだ。これ以上の理由はないし、いらない」
「……そうですか」
「ああ。まあ、これに懲りたら、黒魔術なんて覚えようとしない事。その代わり──」
すっと手を伸ばし、マルバの顔に添える。
「──明日、本気の魔法を見せてあげるから。そいつとさっきの魔法、両方を見て、考えてから、まだ学びたかったら、私のところへおいで。多少は、助言なりなんなりできるはずだから」
「は、ふぁあい……」
もう一度あごクイをしながらそう言うと、マルバは返事ともいえぬ返事を返した。
そして、その瞬間──
──ミシッ。
背後から、何かが軋むような音が聞こえてきた。
「マールーバー? あんた、エリヌスとそういう関係だったの?」
「えっ、あっ!!」
扉が開けっ放しだったことに、今更気付き、私は呆気ない声を上げた。
だが、もう遅い。
ダフネ様が、開け放されたままのドアの取っ手を、とてつもない力で握っていた。
「あ、だ、ダフネ!! ち、違うの、これは……!!」
「ううん、いいよー。そのまま、お二人でごゆっくりー」
「「だ、ダフネー!!」」
私たちの叫びも虚しく、大きな音を立てて扉は締まり、ダフネ様の足音は遠ざかっていった。




