第29話 持ち駒
「何を言い出すかと思えば……。今更、交渉だと?」
「ああ、そうだ。本来、この役目はそなたの父がやるはずだったのだがな。どうせ、あやつは失敗したのだろう?」
「大正解だ」
「ふん、やはりな。あやつが逃げ出した時点で、そのことは察していた」
……ん?
逃げ出した?
もしかして、死体はまだ見つかってない……!?
……何があったのかは分からないが、これは大きいぞ。
情報は武器だ。
ある程度、セッシリフォリアを揺さぶれるかもしれないな。
「それで? どんな条件だ? 言ってみろ」
「減らず口は相変わらずだな、エリヌス。いや、前よりも酷くなったか?」
「尋問にかけられて、精神が消耗しているからかもな」
「ふん、偉そうに。まあ、よい。お前であれば、その程度の無礼は許してやる」
「へえ、随分と買ってくれてるんだな」
「当然だ。お前ほどの逸材は、どこにもおらん」
……こいつ、本当にセッシリフォリアか?
こんなにべた褒めしてくるなんて……。
「ああ、そうだ。取引だったな。条件は三つだ。一つ、黒魔術を学ぶこと。二つ、学んだことは私のために使うこと。三つ、私に金輪際逆らわぬこと。どうだ、簡単だろう?」
「……確かにな」
要は、駒としての私の力を強めたいってことか。
まあ、黒魔術を使えるというのは、それだけで脅威だ。
……バーベナという前例が、それを証明している。
それを持ち駒にできれば、セッシリフォリアは向かうところ敵なしになるだろう。
……だが。
「仮に私が条件を呑んだとして、それを守ると思うのか?」
「……それは、裏切るという宣言にも聞こえるが?」
「仮の話だ。で、どうするつもりだ? セッシリフォリア侯爵ともあろう者が、その可能性を考慮していないはずがないだろう?」
「当たり前だ。万が一の保険として、お前にはこれをつけてもらう」
そう言って奴が取り出したのは、どす黒い赤色の宝石がついた、ごつい装飾の指輪だった。
「……なんだ、これは?」
「この宝石には、悪魔が宿っている。私との契約で、お前が契約を破った瞬間に殺すように命令している」
「……なるほど」
「一つ言っておくが、その指輪は一度つけたら外せんぞ。まあ、呪いの指輪というやつだ」
「……なるほど」
絶対に裏切れない状況を作るわけか。
ま、想定の範囲内だな。
「……少し聞いてもいいか?」
「なんだ?」
私には、一つ気になっていたことがあった。
「悪魔というのは、そう簡単に呼び出せるのか? 父にも渡していたようだが」
「あやつ、その事まで喋ったのか……。という事は、悪魔も見たのか?」
「……いいや」
答えるべきか迷ったが、私は嘘を吐いた。
ここで悪魔の事を話せば、なぜ生き延びたのかという話になる。
……あの悪魔は、私の切り札だ。
ここで切るわけにはいかない。
「そうか。まあ、お前が生きている時点でそうであろうが」
あっぶね。
やっぱり、この答えで正解みたいだった。
「……悪魔。アレは、言うまでもなく人外の存在だ。呼び出すのも容易ではない上、使役するにも代償がいる」
「代償、ね……」
私が魔力を渡したやつか。
「お前の父に渡した悪魔には、召喚で三人、使役で五人の生贄を使った」
……は?
…………は!?
そんなに代償ってデカいの!?
「まあ、下級悪魔であったから、その程度で済んだがな。……その指輪に入れたのは、中級悪魔だ。召喚で十人、使役で二十人もっていかれた」
「……へえ」
「もっと上の階級の悪魔になれば、更に生贄が必要になる。調達が大変だが、必要経費だ」
「……随分と詳しく話してくれるんだな」
「肝心要の部分を話さなければ、こんな情報、無価値だからな」
……なるほど。
もっと重要な話は、仲間になってから話すわけか。
交渉手段としては、良い手だな。
だが、残念ながら、一つだけ計算違いをしている。
私にとって、この情報はかなり大きいのだ。
無価値だと算盤を弾いた時点で、大きな大誤算だ。
「……お前は、何体の悪魔を使役しているんだ?」
「私か? ……お前の父に渡した悪魔と指輪の悪魔を含めて、五体だ」
「五体もか……。生贄の調達が難しかったのだろう?」
「まあな。生贄も二百人は優に超えている」
……こいつ……!!
私に挑発してきやがったな。
五体の悪魔で生贄の数が二百を超えるという事は、今までの話から計算すると、上級の悪魔が少なくとも一体はいるという事だ。
そして、それを自在に扱えるとアピールすることで、私を容易に脅せるわけだ。
……しかも、生贄の数を誤魔化して言っている可能性もある。
私に、セッシリフォリアという存在を大きく見せようとしているのだ。
「……それだけ悪魔を使役していれば、物事を思うがままに動かせるのだろう?」
「実に子供らしい発想だな」
あ?
「悪魔を動かすのは、そんなに簡単ではない。魔力操作を覚え、それぞれの悪魔ごとに適切な指示を魔力を介して出さねばならん」
「……ほう」
「まあ、黒魔術のエキスパートであるお前であれば、容易だろうがな。私には、難しくて敵わん。悪魔の階級が上がれば、命令の複雑性も増すからな」
……ペラペラと話してくれてありがとさん。
もう用はない。
「……貴重な話をしてくれてありがたい。だが、セッシリフォリア殿は、ここに取引に来たのでは?」
「ああ、そうだったな。……それで、どうする?」
どうせ、もう十分に脅せたとか考えているんだろうな。
実際、奴の側近の間合いに私はいるわけだし、悪魔という切り札もある。
……でも、考えが浅すぎる。
その程度、私には脅しにすらなり得ん。
いつでも殺せる?
馬鹿が、その程度で怯む私ではない。
それに、こいつのおかげで私は拷問を受け続けたのだ。
復讐心で燃え上がっている私の心は、誰にも邪魔できない。
「エリヌス。さあ、答えは?」
答えは、もう決まり切っている。
「謹んでお受けさせていただこう。セッシリフォリア侯爵」
そう言って、私は指輪をはめた。
それを見たセッシリフォリアは、一瞬驚いた様子だったが、すぐに嬉しそうな歪んだ笑みを浮かべた。




