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第2話 魔法適正◎

「それでは、エリヌス様。早速、稽古の方、始めていきましょうか」

「ああ。よろしく頼む」


 剣を握る手に、じっとりと汗が染みだす。

 手に馴染んでいるはずなのに、変に重たく感じてしまう。

 日本での記憶が流れ込んできたせいで、体が違和感を覚えているのだろう。


「それでは、まずは正面から」


 いつも通り、いつも通りに……!!


「ハッ!! タッ!! ヤッ!!」

「動きが硬いですよ、エリヌス様!!」


 分かっている。

 分かっているが、記憶が邪魔をして上手く剣を振れないのだ。

 ……どうしたものか。


「やめ!! ……どうなさったのですか、エリヌス様。いつものキレがありませんが……」

「すまん。少し悩みがあってな。集中できていなかっただけだ」

「そうですか……。でしたら、どなたかにお悩み事を話されてはどうですか? おつきの方々でもよいですし、差し出がましいかもしれませんが、お力になれるのであれば、わたくしにも」

「……いや、大丈夫だ」


 できるか、相談なんて。

 前世は別の人間で、これから先無残に殺されることが分かっているから、そのために鍛えたいだなんて。

 与太話扱いされるだけだ。


「それでは、今日の稽古はお休みになさいますか? 身に入らない状態でやっても、あまり効果はないでしょうし」

「いや、続けてくれ。剣を極めなければ、他家への面目が立たん」

「左様でございますか。それでは、続けましょうか」





「本日の稽古は以上です。ありがとうございました」

「ああ。ご苦労だったな」


 ……疲れた。

 ただ、指南役も私の心中を察してか、いつもよりも軽めの稽古にしてくれた。

 それでも、変に神経を使ったせいか、いつも以上に疲れてしまった。


「エリヌス様」

「ん?」

「剣を上手くなろうと、焦る必要はありませんよ。わたくし自身、未だ修行中の身です。才覚も、エリヌス様には遠く及びません」

「変に気を使わなくていい。私に剣の才能がないのは分かっている」

「いえいえ。太刀筋は素晴らしいですよ。ですので、諦めず、一緒に鍛錬に励みましょう」


 そう言ってにこやかに笑う指南役だが、未来の事が分かっている私からすると、少々複雑な気持ちだ。

 ……ん?

 いや、待てよ?


 未来の事が分かってる?


 …………。

 ……うん、試す価値はありそうだ。


「なあ。お前は、ここで指南役をする前は、何の仕事をしていたんだ?」

「わたくしですか? わたくしは、まあ、しがない冒険者をやっておりました。まあ、芽も出ないうちに大怪我を負って、それからはこうして、色々な方の剣術なんかを指導して回っております」

「そうか。……なら、魔法(・・)なんかにも詳しかったりするのか?」


 その質問が意外だったのか、指南役は少し目を丸くした。


「どうなんだ?」

「ええと、まあ、多少は存じておりますが……。もちろん、専門家の足元にも及びませんが」

「承知の上だ。……どうだ。少し、私に魔法の稽古もつけてくれんか?」

「ええと、それは構いませんが……」

「もちろん、剣とは別に稽古代も出す」

「……承知いたしました。それでは、どのような魔法を習得なさりたいのですか?」

「いや、習得はいい。試し打ちをしたいんだ」


 その言葉に、今度こそ指南役は心底驚いたようだ。


「実はな、前々から独学で魔法を学んでいたのだ。実際に使ったことは無いがな」


 ……嘘はついていない。

 この世界の魔法については、小説で散々学んできたし、魔法も使ったことがない。


「独学で、ですか。お言葉ですが、エリヌス様。魔法を扱うというのは、相当に難しいそうですよ? 魔力の流れから使用する魔法のイメージ、詠唱の完全記憶。これらを完璧にして、初めて魔法が使えるそうですから」

「知っている。だが、案ずるな。勉強した、と言っただろう? 必要なことは、すべて頭に叩き込んである」


 ……今度は、ちょっとだけ嘘だ。

 魔力を扱うのは、今までやったことがない。

 でもまあ……大丈夫だろう。

 エリヌス様には、天賦の才がある。

 きっと、上手くやれるはずだ。





「ここなら、自由に魔法を撃ってもいいはずだ」


 そう言ってやってきたのは、敷地内のだだっ広い平原。

 正直、自分でもどのくらいの威力が出るのか分からないのだ。


「ええと、エリヌス様? どのような魔法を使うおつもりで……」

「まあ、見ておけ。それと、危ないから私のそばから離れるなよ?」


 指南役は若干警戒した様子を見せながら、私のすぐ後ろに立った。

 ……うん、この位置なら大丈夫なはずだ。

 小説でも、この魔法(・・・・)を使う時は、エリヌス様自身が前線に出て、敵の陣形を崩すために使われていた。

 つまり、背後の味方には一切影響が出ないのだ。

 ……多分。


「それでは、始めるぞ。危険だと判断したら、すぐに止めてくれ」

「かしこまりました」


 この世界で生を受け、十五年も生きてきたのだ。

 多少なりとも、魔力というものへの理解はある。

 体の内を流れる力、それを理解し、腕に流し込む。

 そして。


「『地獄の門を開く時。深淵の瞳を覗かば、汝、災禍の業をその身に宿さん。燃えろ。潰れろ。壊れろ』」


 スッと息を吸い、遠くの方へ視線を合わせる。

 ……イメージは、小説の挿絵。

 いける──!!


「『暗黒太陽(ソレイユ・ノーア)』!!」




 ──ボオォッ!!




 ……え?

 ……えぇ……?


「え、エリヌス様。今のは……」

「……勉強した」

「どこでですか!?」

「……適当に読み漁っていた本に紛れ込んでいただけだ。……この事は、二人だけの秘密だぞ」

「か、かしこまりました……。……隠し通せるとは思いませんが……」


 どちらが先に言うでもなく、私たちはそそくさと平原を後にした。


 ……まさか、あそこまでの威力が出るとは。

 恐らく、詠唱が完璧すぎたのだろう。

 なんてったって、この厨二病全開の完全詠唱を、私は五秒以内に読み上げることができるのだ。

 一人部屋に籠り、延々と詠唱を繰り返していた賜物だな……。

 今思い出すと少しだけ恥ずかしい黒歴史だが、それでも、今後役立つことがあるかもしれない。

 エリヌス様が完全詠唱をして使った魔法で、私が覚えていない魔法なんて、一つもないのだから。

 ……とはいえ──


「……やりすぎたよなぁ……」

「制御する術を学んだほうがいいかもしれませんね」


 背後の巨大な真っ黒のクレーターには目もくれず、私たちはそんな会話をした。

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