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第117話 二通

 翌日。

 ダフネ様もオリーブも普段通りに振舞ってくれているおかげで、何事もなかったかのように一日が始まった。

 ……まあ、マルバたちは普通に気づいているようだが。

 それでも、オリーブたちが触れないから、ということで触れないでくれているみたいだ。

 三人とも優しくて良かった。


 とはいっても、平穏というものは私にはそうそう訪れてくれないようで。


「……手紙、か……」

「……はい」


 差出人の名前を見て、オリーブと二人そろってため息を吐く。


「セッシリフォリアからが一枚。……まあ、こっちはダフネ殿の件だろうな」

「ですね。……ですが、もう一方は……」


 再びそろってのため息。

 手紙に書かれた、差出人の名前。


 ──カンナ。


「なぜ、このタイミングで……?」

「……エリヌス様の言う()の策略でしょうか」

「かも、な。だが、まずは……こっちだ」


 そう言って、セッシリフォリアからの手紙に魔法を放ち、綺麗に開封する。


「さて。どんな内容か……」


 吉報であることを願うばかりだが、いかほどか──





「──よし、読み終わった」

「いかがでしたか?」

「……すぐにでも、ダフネ様たちを食堂に呼べ」

「え、それは、どちらの意味で……?」


「勇者就任を祝うために決まっているだろう!!」


 そう叫び、オリーブと喜びの声をあげながら両手でハイタッチをする。


「やりましたね、エリヌス様!!」

「ああ!! やったのはダフネ様たちだがな!!」


 ついに、ダフネ様たちが正式に勇者一行に認められる!!

 こんなに喜ばしいことがあるものか!?


 手紙には、国王への推薦が無事に通ったこと、そして、勇者就任を祝う盛大なパーティーが開かれることが書いてあった。

 文面から、あのセッシリフォリアでさえ、喜んでいるのが伝わってくる。


「オリーブ! 至急、領内一の仕立屋に連絡だ!! 勇者就任のパーティーが、国主催で行われるからな。恥をかかせるわけにはいかん!!」

「はい、かしこまりました!!」


 推しに貢ぐためとあらば、金に糸目はつけない。

 最高品質のものをお渡しするぞ!!


「……あ、エリヌス様!!」

「どうした!?」


「カンナ様からの手紙は……?」


 ……あ。





 さっきまでのハイテンションが嘘であったかのように静まり返った部屋の中、私は静かに手紙に書かれた一文字一文字を丁寧に読み進めていた。

 そして、ようやく読み終わった私は、


「……嘘だろ」


 端的に、そう呟いた。


「い、いかがなさいましたか……?」


 不安げに聞いてくるオリーブをよそに、私は頭を抱えた。


「……オリーブ」

「はい……?」


「カンナが、我が家に来るそうだ」


「はい。……はい!?」


 頭の中が大パニックだ。

 何が起きている?


『拝啓 エリヌス・カーディナリス様』


 その言葉から綴られていた手紙には、お目付け役の説得に時間がかかって返信が遅くなったこと、そして、手紙が着く頃にはすでにオフィオポゴンの背に乗っているだろうということが書かれていた。


 ……何が目的だ?


 カンナがエキノプスに何らかの危害を加えられていることは明白。

 だが、なぜ、このタイミングで、我が家に……?

 手紙が到着したタイミングから察するに、私が回復魔法を使った時よりも前に送った──と偽装したかったのだろう。


 私やカンナのように強力な魔力を持っている人間だと、手紙のインクにすら魔力が浸み込んでしまう。

 そして、その魔力の残留具合から、手紙を書いた時期くらいは判別できる。

 ……それに気づかないほど、エキノプスは焦っているのだろうか。


 だとすれば、これは好機だ。

 相手からボロを出してくれているのだから。


 だが、なぜ?


 なぜ、こんな策をとってきたんだ……?


「え、エリヌス様。どうなさいますか……?」

「……とりあえず、カンナが来るのを待とう。もしかすると、カンナを助けられるかもしれん」

「ですが、それでエリヌス様の身に危険が及ぶ可能性も……」


「構わん」


 きっぱりと、私はそう言い切った。


「第一に、だ。今、この家にどれだけの戦力が集まっていると思ってる?」

「……あ!!」


 恐らく、今の我が屋敷は、世界で一番安全な場所だ。


 オリーブ、ダフネ様、ヴァクシニアム、マルバ、ブーガンビル、そして私。


 最強の布陣にもほどがある。

 こんな場所であれば、いくらエキノプスが相手だろうと簡単に手は出せまい。

 というか、絶対に出させない。


「とりあえずは、ダフネ様たちに話をしよう。勇者の件と──カンナの件を。四人には申し訳ないが、勇者としての初任務だ」

「かしこまりました」

「初任務を私の私的利用で済ましてしまうのは心苦しいが、事態が事態だからな……」


 そう言ってため息を吐く私を見て、オリーブはなぜか笑みをこぼした。


「……なぜ笑った?」

「いえ、すみません……。エリヌス様が、そこまでカンナ様を想っていたとは考えておりませんでしたので」

「……は? 何を勘違いしている?」

「大丈夫ですよ、エリヌス様。初恋(・・)というのは、失敗する可能性の方が高いですので。……まあ、むしろ、成功した後は仲の進展が早いとも聞きますし」

「おい、オリーブ!! 勘違いも甚だしいぞ!!」

「それでは、ダフネ殿たちを呼んできますね!」

「オリーブ!!」


 ニヤニヤと笑みを浮かべたまま、オリーブは小走りで部屋を出ていった。

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