第106話(サイド:オリーブ) エリヌス様は
主のいない食卓は、異様な空気に包まれていた。
「き、聞きましたよ、皆さん。魔王軍幹部の件。物凄い活躍だったそうですね!」
エリヌス様に頼まれた以上は、と思い、この重苦しい空気を切り裂こうとする。
「まあ、な」
聞いたことのないくらい暗い声で、ダフネ様が言った。
それに合わせて、他の三人も小さく頷くような動作をした。
「この調子でいけば、すぐに国一番の冒険者になれますよ。恐らく、実力はとっくに届いていますので、あとは知名度が追いつくのを待つだけだと思いますよ」
これは別に、嘘ではない。
わたくしの知る限り、ダフネ殿たち以上の実力を持つ現役冒険者はいない。
「知名度、か。……そうだ、忘れていた。僕たち、エリヌスに頼みたいことがあったんだ!」
「おまっ……!! あんな大切なことを忘れてただと!?」
「まったく、何のためにお一人でここまで来たんですか……」
「まあまあ。全員そろっての方が意味はあるだろうし」
「ごめん!! ごめんって!! ごめんなさい!!」
エリヌス様に、頼みたいこと?
……正直、乗り気ではない。
今のエリヌス様は、ギリギリの状態で動いている。
これ以上の重責は……。
「……なあ、オリーブ」
「はい? どうしましたか?」
「エリヌスのところに、行ってもいいか?」
唐突な問いに戸惑いつつ、なんと返すべきかを考える。
「……正直なところ、承諾しかねます。ダフネ殿は重々承知していますでしょうが、今のエリヌス様はあまり調子がよろしくありませんので」
「だからこそだ。……気づかないのか? エリヌスの部屋から、ずっと魔力が漏れ出ている。微量だが、確実だ」
その言葉に、慌てて魔力探知を始める。
…………。
「……確かに、本当に微量ですが、感じます。常にエリヌス様と接していたので、気づきませんでした」
「常に魔力が……。となると、魔力制御ができないほどに弱っているのでしょうか。普通の方でしたら何もしなくても制御はできるのですが、エリヌス様ほどの魔力量でしたら、勝手に漏れ出す、というのもあり得ます」
専門家のマルバが言うのであれば、そうなのだろう。
それにしても、俺が気づけなかったとは……!!
「……四人は、そこで待っててくれないか?」
「え?」
ダフネ殿の提案に、思考が凍り付く。
「なにか分からないけど、嫌な予感がする。ヴァクシー。剣を」
「……はいよ」
「ありがと。三人とも、警戒は怠らないように」
「わかりました」
「これだけ広かったら、多少は狙撃……できるのか?」
目の前でどんどんと準備を進めていく四人に、わたくしは我慢できずに口を挟んだ。
「一体、何をするつもりですか!?」
「……万が一に備えて、だ。……そうだな。オリーブ。良かったら、一緒に来てくれ。そっちの方が、いいと思う」
言われなくとも、勝手に行くつもりだった。
……でも。
「……一つだけ、忠告です。何があろうと、わたくしの主人を傷つけたら──殺します」
ダフネ殿たちに初めて向ける、本気の殺意。
それが伝わったのか、ダフネ殿以外は一瞬だけ目を伏せ、そのまま頷いた。
「それじゃあ、決まりだな。行こう、オリーブ」
「……はい」
エリヌス様の部屋に、何があるというのか。
少しの不快感と違和感を覚えつつ、ダフネ殿の後をついて歩いた。




