四.血は争えぬ
大変ご無沙汰しております。私生活が少しバタついておりました。
少しずつ再開して行こうと思います。
「秀政、それは……」
「まさか、父上に謀反を起こすというのか?」
絶句した私の言葉を、亀が代弁した。武力行使も厭わないとはそういうことだ。何なら、徳川殿の協力があったから回避できたとはいえ秀次様も秀吉から関白位を奪うときは同じことを考えていたのだから。
「謀反ではありませぬ。あくまでもこの国のため……今の父上では、この国の安寧は難しいと」
「されど!亡き太閤殿下とは違い、父上は朝鮮への出兵など目論んではいないではないかっ」
「姉上」
静かな声で秀政は亀を遮る。
「そういうことではないのです。今はまだ、父上は徳川への怨嗟にとりつかれているだけで、おおむね政に関しては正常な判断を下せております。……されど、その狂気がさらに広がればどうなると思いますか?」
「……」
「政にも支障がでるやもしれませぬ。そうなった場合、被害を被るのは我々ではないのです。何の罪もない、ただ毎日を生きているだけの民に被害が及ぶのです」
その通りだ。誰が天下人であろうが、民には何の関係もない。大事なのは、その天下人が何をするかだ。たとえ地位が高くても、その権力をかさに着て横暴に振る舞えば被害者はその周囲だけでは済まないのだ。
「豊臣の嫡男として生まれたからには、私には民を守る義務があります。たとえ父上であろうと……何の罪もない民を傷つける者を権力の座に置くことはできませぬ」
「さ、されど!父上はまだ何もしておらぬ。ただ徳川殿を疎んでおられるだけで……」
亀はなおも秀次様を庇おうとする。亀にとって秀次様は優しい父親なのだから当然だろう。たとえ今乱心してしまっているとしても。
「姉上。何もしていない今だからこそ手を打つべきなのです。何かあってからでは遅いのではないですか?……父上が我ら家族にとって優しくとも、民に非道な仕打ちをするようでは意味がありません」
「っ……」
秀政の冷静な指摘に、亀は小さく呻いて口を噤んだ。
「父上が家族に優しい肩であろうと、民には何の関係もありませぬ。だからこそ――」
「待て、秀政」
私は秀政を遮った。
「もう少し様子を見るべきじゃ」
「母上!」
「今の秀次様は何をするか分からぬ。下手に動いて嗅ぎつけられてしまっては厄介じゃ。それに、政に支障が出ておらぬ以上、おそらく家臣たちの協力は難しいであろう」
かつて秀次様が秀吉を関白位から追ったとき、秀吉は明らかにおかしかった。おそらく現代で言う認知症が始まっていたのだろう。私を母上と勘違いして夜這いをかけたり、唐入り――朝鮮出兵を始めようとしたり、色々と無茶苦茶な言動が多かった。だからこそ、秀次様が動いたときに徳川殿や他の家臣たちも協力してくれたのだ。
けれど、今の秀次様は違う。私の前では徳川殿を疎んで毛嫌いする言動をしているけれど、本人たちの前ではおくびにも出さない。政にもまったく支障は出ていないし、千代を東宮に嫁がせようと考えているのも豊臣家の今後を考えると一理あるのだ。何しろ、史実の徳川家はそうやって天皇家にも力を伸ばしたのだから。何より、政に関してはまったくもって正常なのである。現状、家臣たちは秀次様の異変に気付かないだろう。そうなれば、どう考えたって秀政の考えに賛同してくれる者はいない。
「秀政、怒らずに聞くがよい」
「……」
「とりあえず、そなたの側室探しは進める」
「母上っ!」
「……怒らずに聞けと申したはずじゃ」
「承諾しておりませぬ!」
確かに「はい」とは言われていない。けれど、それをどうこう言っている場合ではない。私はふうっとため息をついて続けた。
「よいか。これは、秀次様がこれ以上むやみに暴走するのを防ぐためじゃ。それに、徳川殿がこれ以上増長してしまうのを避けるためでもある」
「……されど、完子は……」
秀政は悔しそうだ。
無理もない。秀政と完子はまだ真の夫婦にはなっていないけれど、それは決して秀政が完子を疎んでいるからではないのだ。徳川殿の増長を避けるためというのももちろんだし、幼い頃は一緒に育った完子を「妻」として見れていないから。完子自身のことは大切に思っているのだ。
「あの子ももう子供ではない。私が話すゆえ、きっと分かってくれるであろう」
「……承知いたしました」
どう見ても承知している顔ではない。装えない時点でまだまだこの子は為政者としては幼い。
何はともあれ前途多難。私は大きくため息をつくのだった。




