十四.秀政と完子
「お呼びでしょうか、母上」
「そこへ座るがよい」
江戸へと帰る江を見送った後、私は秀政を自室へと呼んだ。なぜ呼ばれたのかわからないといった表情で、秀政は私の目の前に座る。その顔立ちはずいぶん大人びてきたがまだ少年といっても差し支えない。
「秀政。はっきり問うが、完子とまだ真の夫婦になっておらぬというのはまことか?」
「!」
私の問いかけに、秀政が目を見開く。そのままばつが悪そうな表情へと変わる。どうやら図星のようだった。
「……なぜそのようなことを?」
「そのことで完子が悩んでおる、と江から聞いたのじゃ。そなた、完子には「まだそのような年齢ではない」と理由を申したそうじゃな?」
「……はい」
「されど、完子もそれは承知しておることじゃ。あの子はまだ十三、月のものが来るようになっているとはいえ、身体はまだ大人になりきってはおらぬ。あまりにも早く子を成しては、母体にも負担がかかりかねぬゆえな」
まあ、史実では前田殿――前田利家の正室であるまつは十代前半で子を成しているけれどあれは例外だ。『江』が十二歳で佐治一成に嫁いだのだって早すぎるくらいなのだから。それを考えると秀政の判断は妥当だといえる。けれど、
「ゆえに、私はそなたが積極的に子を成そうとしておらぬことを咎めてはいないのだ。されど、完子が不安に思うておるようじゃ。そなたに、妻として……女子として見られておらぬのではないかとな」
「完子が……ですか」
「そうじゃ。……それに、完子と真の夫婦になろうとしない理由はそれだけではないのであろう?」
なんとなく、そんな気がしたのだ。私の問いかけを受けた秀政の表情がさらに渋くなった。
「……秀政。この際じゃ、はっきり申せ。完子には私から取り成そう」
「母上……」
不安そうな秀政。だが、やがて意を決したように言った。
「……正直、完子を妻として見れぬのです」
「……」
「私にとって、完子は従妹なのです。幼い頃はともに遊んだ仲にございます。叔母上が徳川へ嫁がれて、離れましたが……それでも、私にとって妹のような存在なのです。私たちは、まだ夫婦になって一年も経っておりませぬ。そう簡単に見方を変えられぬのです」
「……それもそうじゃな」
完子が秀政をどう思っているかは分からない。けれど、秀政が完子に向ける感情はまだ「正室」ではなく「従妹」。確かに、女性としては見れないだろう。
「それに……完子との間に子を成せば、さらに徳川は増長するでしょう」
「……!」
目を伏せて言った秀政。私ははっとした。
「父上が関白になられてから、徳川殿はあれこれと政に口を出してきております。そのせいで、父上も苦労をされておられます。最近は疲れがたまっておられるようで、お顔の色もよくありませぬ」
「……そなたも気づいておったか」
「はい」
真剣な面持ちの秀政。
「完子は秀忠殿のお子ではなく亡き叔父上のお子ですから、徳川の血は引いておりませぬ。されど、それでも徳川から嫁いできたということは徳川の姫にございます。これ以上、徳川を増長させたくないのです。完子に罪なきことは承知しています。今はまだ完子を心の底から妻であるとは思えませぬが、大切な存在であることは変わりませぬ」
「秀政……」
完子を嫌っているわけではない。けれど、完子と女性として見ることができず、完子との間に子を成せば徳川が増長してくるのではないかと不安感がある。秀政の考えはこういうことだろう。
「……そなたの気持ちは分かった。完子には私からうまく伝えておく。されどな、無理に完子を女子として見よとは言わぬが、もう少し距離を縮めるようにはせよ。完子は徳川の姫である前に、私の姪でもあるのじゃ。可愛い姪に悲しい思いをさせるわけにはゆかぬ。そなたとて、完子に辛い思いをさせたいわけではなかろう?」
「当然です」
大きく頷く秀政。少なくとも秀政は完子を妻として見ようと努力はしているようだ。悪感情はないのだから、そこは時間が解決してくれるだろう。
問題は徳川家だ。現状、秀次様の関白就任にかこつけて増長しているのだから、この先完子と秀政の間に子ができればなおさらだ。江の話を聞くに秀忠殿はそこまで権力に執着はないようだけれど、油断はできない。秀次様に話してみなければと思った。
けれど、秀次様は政が忙しいようで、なかなか話をする機会がなかった。あまり話してくれないけれど、切支丹の取り締まりや琉球との交易制度の整備など色々と忙しいらしい。政は大事だけれど、さすがに秀次様の身体が心配になってきた。折に触れて休んでもらうよう声はかけているし秀次様はその時は聞き入れてくれるのだが、少しするとまた同じように政に没入してしまう。このままでは本当に体を壊してしまう。不安は募る一方だった。
その一方で、秀政はあの子なりに完子と距離を縮める努力をしているようだ。最近少し沈んだ様子だった完子の笑顔も増えてきていて、二人が寄り添って過ごす姿を見かけることも増えた。懸案事項は増えると同時に減っていて、嬉しいような不安なような微妙な心地だった。




