八.松寿丸の嫁選び
それから数年の月日が流れ、慶長五年を迎えた。史実通りにいけば関ヶ原の戦いが起き、徳川家康が天下人になる道筋が出来上がるのだが、転生者である私の介入によって歴史は大きく変わっている。
私と秀次様の間には五人目の子供である次男が生まれていた。秀次様によって万と名付けられているのだが、この名前は秀次様の幼名だとする説があると前世で聞いたことがあった。もっとも、農民出身である『豊臣秀次』に幼名があったとは考えにくいから後世の捏造だという噂もあるらしいけれど。
ともあれ、慶長四年に生まれた万も含め、私の子供たちは皆健やかに成長中だ。亀は数え十二歳、松寿丸は数え十歳、千代は数え六歳になっている。皆、大きな病気をすることもなく元気で、それが嬉しい。と同時に、鶴が生きていれば十四歳になっていてそろそろ輿入れの話が出始める頃だっただろうかと思わずにはいられなかった。
そんなことを考えていたからだろうか。秀次様に呼び出された私が聞かされたのは、我が子の許嫁決めについてだった。年齢的に亀のことだろうかと思っていたが、どうやら違ったようだ。
「徳川殿より、姫を松寿丸に嫁がせたいという申し出があった」
秀次様のその言葉に、私は歴史修正力が働いたのだろうと悟った。
史実では、『茶々』の息子である秀頼に『江』の娘である千姫が幼くして嫁いでいる。今回は秀頼の代わりに松寿丸がいるから、徳川家から姫を……という話になったのだろう。
「されど、江を秀忠殿に嫁がせたことで、徳川との繋がりは結ばれたではありませぬか。松寿丸の正室を徳川からとなると、いささか不公平では?」
「それはそうなのだが……」
私の指摘に、秀次様は言葉を濁す。なんとなくだが察しがついた。おそらく徳川殿は、秀次様が関白位を継ぐときに助けになったことで恩着せがましくふるまっているのだろう。実際助けてもらったので、秀次様も強くは出れないのだ。
「……分かりました。徳川から姫を娶るとして、どの姫をお迎えするのですか?」
史実では家康の子供は多いが、どちらかといえば男児のほうが多かった覚えがある。私の介入がないからか徳川家の歴史――信康の切腹等――は史実通りのため、徳川家の姫と言えば秀忠殿の子――つまり、江の娘ということになる。秀忠殿と江の間には、史実より一年遅れ――つまり慶長三年に千姫こと千が生まれている。そして、昨年に懐妊が発覚しているため、今年にはおそらく子々が生まれるのだろう。
「千姫では少し年が離れすぎているゆえ、完子ではどうかと申しておる。松寿丸と完子は一つしか年が変わらぬし、何よりお江が徳川に嫁ぐまではともに育ったも同然の仲だとのことでな。それに、今豊臣家の男児は松寿丸と万しかおらぬ。千姫では子を産める身体になるまで時間がかかるが、完子なら数年でという話だ」
「それはそうかもしれませぬ。されど……血が近すぎるのではありませぬか? 松寿丸と完子は、父も母もそれぞれ兄弟姉妹にございます」
松寿丸の母である私と完子の母である江。松寿丸の父である秀勝様と完子の父である秀勝様。史実の秀頼と千姫よりも血が濃い。近親婚は遺伝子の面でもあまり推奨されていないしはずだ。スペイン・ハプスブルク家は近親婚を繰り返しすぎたせいで断絶したといわれているくらいだし。
「そうか?」
だが、秀次様はあまりそこまで気にしていないようだ。それも当然かもしれない。この時代には、近親婚の弊害という概念はないはずだから。
「だが、豊臣家の血を守るにはそれがよいのではないかとも思うて。何より、気心知れた関係のほうが松寿丸にもよかろう」
「……分かりました。されど、江はどう思っているのですか?それ次第にございましょう」
「そうだな。それは徳川殿に……いや、秀忠殿に聞いたほうがよかろう。徳川殿はなんとしてでも姫を松寿丸に輿入れさせたいようであるし」
「お願いいたします」
秀次様であれば、江と秀忠殿の意向は組んでくれるだろう。そう思いながら私は頭を下げたのだった。
秀次様が私と松寿丸、そして亀を呼び出したのはそれから一か月後。
「松寿丸の正室が決まった」
そう切り出す秀次様。亀が「えっ」と声をあげた。
「おそれながら父上、松寿丸はまだ十にございます。早いのでは?」
「分かっている。なにもすぐにという話ではない、婚儀はあと二、三年してからの話だ。だが、今のうちから相手を知っていたほうがよいだろう」
亀の進言に応えて、秀次様は少し不安げな表情を浮かべている松寿丸を見る。
「案ずるな、松寿丸。そなたもよく知っている姫を迎える。きっとすぐに打ち解けられるであろうよ」
「私が知っている姫君、ですか?」
松寿丸はきょとんとしたように目を瞬かせた。秀次様が関白になるまでは聚楽第、なって以降は大坂城を出たことのない松寿丸が知っている姫と言えば、姉妹である亀と千代、そして幼いころは兄妹同然に育った完子くらいである。
「まさか……完子ですか?」
先に気づいたのは亀だった。そうだ、と秀次様は亀の問いかけに頷く。亀と松寿丸が揃って驚愕の表情を浮かべ、顔を見合わせたのだった。




