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七.輿入れ説得騒動

秀吉から秀次様へ関白位が移ったことで、世の情勢は大きく変わることとなる。そのせいか、年号が文禄から慶長へ改まった。

そして、秀次様が関白になったことに伴い、正室である私は北政所の位を授与された。今までおね様が呼ばれていた「政所様」という呼称を使われるのは面映ゆいけれど、それもこの地位に就いたゆえの責任なのだと割り切ることにした。ちなみに、秀吉は秀次様の当初の計画通り淀城へと移っていった。おね様もそれに同行し、代わりに私たち一家が大坂城へと移り生活を始めている。秀吉の趣味が全開になったきらびやかな大坂城に目が慣れるまでは時間がかかったけれど、住めば都というか、何とかなっていた。

こうして、一連の騒動が片付いた後だが、まだ大きな問題が一つ残っていた。



「絶対に嫌です!」


鼻息荒く言い放つ江に、私はため息をついた。

大きな問題、それは江の輿入れに関してである。秀吉が決めた徳川秀忠殿への輿入れだったが、秀次様が関白位を継ぐにあたって徳川殿の協力を得るためにそれを了承したのだ。結果的に謀反を起こすことなく自然な流れで関白位の譲渡ができたものの、徳川殿が声を上げてくれたのはかなり大きな役割を果たしてくれたという。それを踏まえると、やはり約束を反故にすることはできなかった。


「義兄上様、私は秀勝様の妻にございます。秀勝様との子である完子と小吉を守り育てるという役目が私にはあるのです。それなのに、他の殿方に嫁ぐなど、秀勝様への裏切りに他なりませぬ!」

「そこまで秀勝を想うてくれておること、あやつの兄としては嬉しいが……それは裏切りではないぞ、お江。秀勝も、そなたと完子と小吉の幸せを願っているはずだ」

「私の幸せは完子と小吉とともにいることにございます。他の殿方に嫁ぐことではありませぬ!」

「完子と小吉を徳川へ連れてゆく了承は得ている。さすがに小吉を嫡男とすることはできぬが、実の子同然に遇してくれるとのことだ」

「私の夫は秀勝様ただ一人です。私は、秀勝様の菩提を弔って生きてまいります」


堂々巡りである。困り果てたように秀次様は私を見た。それを受けてか、江は私に矛先を変えたようだ。


「姉上、姉上からも義兄上様に申してくださいませ!」


その訴えに私はため息をつく。江は、私が自分の味方だと信じて疑わないのだろう。だけど、今から私は妹の願いを一蹴するのだ。


「……江。完子と小吉を連れて行って構わぬ、秀忠殿のもとへ嫁に行け」

「あ、姉上……!?」


信じられない、と言わんばかりの表情を浮かべる江。


「なぜです!? なぜ、そのようなことを……!」

「そなたのためじゃ。私はそなたの姉として、そなたに幸せになってもらいたいのじゃ」

「私の幸せを姉上たちが決めないでくださいませ!私の幸せは秀勝様の妻でいることにございます!」

「これはもう決まったことじゃ。そなたがどのように申せど、もう秀忠殿への輿入れは決まっておる」

「……っ!」


取り付く島もない私の言葉に、江はわなわなと震えた。やがてその目に涙を浮かべ、絞り出すような声で言った。


「……姉上は、変わってしまわれましたね。姉上はもう、秀吉の、猿の身内に成り果てたのでございますね……!」


そう言い、江は立ち上がり踵を返した。そのまま荒い足音をたてながら部屋を出て行ってしまう。江の乳母であるリエがおろおろしながらも私たちに一礼し、主君を追いかけていった。

二人だけになった部屋で、秀次様が申し訳なさそうに私を見る。


「……茶々、すまぬ。辛い役割をさせたな」

「いえ……秀次様が謝ることではございませぬ」


正直、江の言葉はかなり堪えた。秀次様の妻であり北政所になった今、私はもう豊臣家の人間だ。豊臣家の利益を考えて行動しなければならない。分かってはいたが、江に「猿の身内」と言われるのはきつい。


「……こうなったらもはや、天長院様に依頼するしかなかろう」

「母上に、ですか?」

「ああ。最初の夫君を失い、政のために二度目の輿入れをしたのは天長院様も同じだ。何より、天長院様は今でも長政殿を想うておられるのだろう? 長政殿を想われたまま、柴田殿へ嫁がれた……今のお江の心中を理解できるのは、天長院様だけやもしれぬ」


秀次様の提案に、私ははっとした。

確かにそうだ。母上は父上を今でも想っている。秀吉の増長を牽制するために、つまり政のために、

父上を想ったまま、父上の忘れ形見である私たち姉妹を連れて義父上に輿入れした。今の江と同じような境遇だ。きっと母上なら……と思った。


「……情けのうございますね。大人になり、母となっても、困ったときには私は母上を頼ってしまうのです」

「親というのはそういうものであろう。亀や千代が成長し、輿入れしたあとでも、そなたを頼ってくれたら嬉しいのではないか?」

「……そうですね」




その後、母上がどのように江を説得したのかは知らない。けれど、母上に依頼をして半月ほどで江は意を決した表情で私と秀次様のもとを訪ねてきた。


「姉上、義兄上様。私は秀忠殿のもとへ輿入れいたします」

「……そうか」


ほっとしたような表情の秀次様。江は私に身体を向けた。


「姉上」

「……なんじゃ?」

「先日のご無礼をお許しください。私は、完子と小吉とともに、必ずや幸せになります。秀勝様も、きっと喜んでくださるでしょう」


そう言って、目に薄く涙の膜を張りながら江は微笑んだのだった。




慶長二年。年が明けてほどなく、江は完子と小吉を連れて徳川秀忠殿へ嫁いでいった。

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