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1000のディスコード  作者: 小田切 青
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7話~13 SECONDS TIME BOMB~


ブォーン……ビビーン……ベンベン……



お日様があくびをしながらスロウに昇り始めた早朝。


まだ生徒のほとんどが登校していない笹団高校の屋上に、味気ないベースの生音が鳴り響いていた。


若干反り気味のネックを押さえ、黙々とベース練習に励んでいるのはハルだ。


ベンチの上で胡坐をかきながら初心者用の教本を見つめては顔をしかめる。


そして錆びの入ったフレットをおそるおそる押さえながら、ぎこちないピッキングを繰り返す……。


すると突如、そんなハルの目の前にドサッ!と数冊のバンドスコアが投げ込まれた。


「練習するなら……小難しい教本よりこっちの方がオススメじゃ」


そう言いながらハルの隣に腰を下ろしたのは、いつにも増して激しく髪を逆立てたカナタであった。


カナタはベンチに座ってから大きく足を組むと、どこか吹っ切れた様子で言い放った。


「前言撤回するわい」


「え?」


「昨日、ワシと関わると『ロクなことにならん』と言ったが……あれは間違いじゃった。正確に言うと、ワシと関わると『ロックなことになる』……そういうことじゃった」


「はあ……?なんだそりゃ……つまらない話なら聞かないぞ。俺は今ベース練習で忙しいんだから、そういう冗談はあとで……」


「バンドの勧誘なら受けてやる、そう言っとるんじゃ」


「……え?」


「ドラムはワシに任せろ」


昨日とは打って変わり、カナタはあっさりとバンドメンバーに加入することを承諾した。


その事実にハルは子供のように目を輝かせると、


「ま……マジかよ!?いや~、良かった良かった!お前なら絶対にやってくれると思ってたんだよ!!」


喜びを爆発させるようにしてカナタの肩を力任せに何度もバシバシと叩いた。


まるで布団でも叩くかのようなその力加減にカナタが悶絶していると、今度は塔屋の方からレイが顔を覗かせた。


「お~い、ハル~!カナタ~!おっはよう~!」


レイはスキップをしながら上機嫌で近づいて来ると「見てよコレ!」と言って二人の目の前にドン!と四角形のハードケースを置いた。


レイがケースを開けると、その中に入っていたのは……なんと!



ギブソンのレスポール、黄金に光り輝く名機「ゴールドトップ」であった──



メイプルトップ&マホガニーボディ、P-90のピックアップ、指板にはインディアン・ローズウッド。その細部にまでクラフトマンシップを感じられる極上のモデルだ。ちなみに値段はウン十万もする……。


それを見たカナタが目を見開いて発狂する。


「ぎ……ギブソン!?しかもゴールドトップ!?ど……どうしたんじゃ、コレ!?」


「へへ~!いいでしょ~!知り合いから譲って貰ったんだよね~」


「譲って貰ったって……そんな気軽な代物じゃありゃせんぞ?」


「いや~、俺が『ギターを始める』って話をしたら地元中に広まっちゃってさ~。そしたら……お父さんの勤務先の上司の行きつけの居酒屋の店長が仲良くしてる常連の親戚の家の近所に住んでる昔ミュージシャンだったと自称する謎のスキンヘッドのお爺ちゃんが……コレを譲ってくれたんだ」


「田舎のネットワークっちゅーのは……凄まじいのう……」


知り合いというよりもほとんど赤の他人からゴールドトップを譲り受けたレイの強運に対し、カナタは恐れ入るように瞬きを繰り返した。



何はさておき、バンドの旗揚げメンバーが全員揃ったところでハルが話を切り出す。


「よーし!役者は揃ったな!じゃあ、早速だけど……俺たちのバンド名を決めようぜ!」


「うむ、それもそうじゃのう。バンド名っちゅーのは最初に決めておいた方が練習にも気持ちが入るし……」


カナタが腕を組みながら意気揚々と答えた、その時であった。



ヒュルリ……!



どこからともなく澄みきった春風が屋上に吹き抜けると、そこに運ばれてきた桜の一片がパンクスの鼻先をヒラヒラとかすめていった。


鼻の粘膜を刺激されたのか、むずむずとくしゃみが出そうになるカナタ。


「へ、へっ……へっ………!……へっ……へ、へっ……!」


くしゃみは出そうで出なかった。


あと一歩のところで出るかと思いきや収まり、収まったと思いきや出そうになる。


そんな悪戦苦闘するカナタの様子を、両手の指を折りながら興味津々に観察するのはレイであった。



イチ……ニ……サン……シ……ゴ……ロク……シチ……ハチ……キュウ……ジュウ……ジュウイチ……ジュウニ……ジュウサン……。



レイの指がちょうど13回動いたところで、


「へ、へっくしッ!!」


カナタはようやくその大きなくしゃみを放出した。


その後、すかさずレイが冗談交じりに笑う。


「あっはっは!随分と長い闘いだったね~!今、くしゃみが起爆するまでに13秒もかかってたよ!」


「な、なんで秒数を数えとるんじゃ……。それに『起爆』って……ワシのくしゃみは時限爆弾か何か?」


カナタは恥ずかしそうに人差し指で鼻先をゴシゴシと擦った。



その光景を黙って見ていたハルが不意に呟いた。


「くしゃみが出るまで……13秒……時限爆弾……」


ハルはたちまち目の色を変えると、カバンから急いで筆箱を取り出し、マジックペンを一本手に取った。


口を使ってペンのキャップを外すと、自分の手のひらに向かって勢いよく文字を書き始める……そして、


「よし……コレだ!!」


ハルは手のひらに書き殴ったその文字をレイとカナタに見せつけた。


油性ペンの滲んだ筆跡で書かれていたのは……、




13 SECONDS TIME BOMB




その文字を目を細めながらじっくり読み上げるレイとカナタ。


「サーティーン……セカンズ……タイムボム?」


「ああ、これが俺たちのバンド名だ!なんかこう……ナインインチネイルズみたいで響きがカッコいいだろ?よし、コレでいこう!決まりな!!」


こうして一切の有無を言わさず、ハルの閃きと独断によって彼らのバンド名はあっさりと決定した。


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