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1000のディスコード  作者: 小田切 青
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5話~友情パンク~


カナタは学校の屋上で昼食を取っていた。


錆びたベンチに腰を掛け、購買で買ったチリドッグにかじりつく。


そしてフェンス越しに広がる長閑な景色(農道を走っている軽トラの助手席に犬が乗っている)をただぼんやりと眺めていた。


すると、塔屋の方から声が聞こえてきた。


「おーい!こんなところにいたのか、探したぞ!」


そう言いながらカナタに向かってブンブンと手を振ったのは、午前中の授業にはその姿を見せなかったハルである。


新学期を迎えた昨日の今日で早くも学校をサボったのかと思いきや……何やらその背中には大きなソフトケースが背負われていた。


ハルは急ぎ足でカナタの元に駆け寄ると、立ち所に背中の「それ」をお披露目した。


「じゃじゃーん!見てくれよコレ!」


彼がケースの中から取り出したのは……ガラクタ同然にも見えるボロボロのプレシジョンベースだった。初心者用の安いモデル、擦り傷だらけのステッカーまみれ、ネックもかなり反っている。


「ついさっき、商店街にあるリサイクルショップで買ってきたんだ!いや~、店主のお婆ちゃんとの値引き交渉に苦戦していたらすっかり遅くなっちまったぜ!」


どうやらハルが今ほどまで学校に姿を見せなかったのは、このベースを買いに行っていたことが理由らしい。


その行動に呆れるようにクスリと笑うと、カナタは手に持っていたチリドッグの残りを一気に口の中に放り込んだ。


そこで唐突に話は切り出された。


「なあ、カナタ!俺たちさ、一緒にバンドをやらないか?」


「……?」


突然の勧誘に驚くカナタ。


口に入っているパサついたパン生地のせいで、今は言葉を上手く返せない。


そんなこともお構いなしに、ハルは擦れたストラップを肩に掛け、ボロボロのベースを自慢気に抱えながら勧誘を続けた。


「昨日さ、お前のドラムを見て思ったんだよ。俺も『ロックがやりたい!バンドがやりたい!もう絶対にコレしかない!』ってな。だからさ、俺たち一緒にバンドをやろうぜ!」


話を聞きながらも無言で咀嚼を続けるカナタを見て、ハルはさらにこう付け加えた。


「俺はお前のおかげでロックに目覚めたんだ!だから……この出会いはきっと運命なんだよ!」


その言葉にカナタは目の奥を大きく揺らした。


それから咄嗟に校舎のグラウンドの方に目を向けると、カナタは約二年前の出来事を思い出し始めた──







カナタは中学時代から変わり者のマイノリティであった。


校則を無視したブリーチとスパイキーヘア、学校指定のブレザーは缶バッジと安全ピンだらけ、おまけにローファーの代わりにラバーソールを履いてくるような異端児だったので周囲からは完全に浮いていた。


勉強の成績も堂々の学年最下位であり、「劣等生」というのはまさしくカナタのために使われる言葉だといっても過言ではなかった……。




桜舞う季節、ある日の昼休み。


カナタがいつものように屋上のベンチに寝転びながらイヤホンで音楽を聴いていると、一人の少年が声を掛けてきた。


「ねえ、君さ。いつも、この場所にいるよね」


「……はあ?」


「放課後も毎日ここで音楽聴いてるでしょ?」


「何じゃ……お前……」


「野球部が練習してるグラウンドからさ、屋上にいる君のことがよく見えるんだよね。髪型がツンツンで超目立つからさ、いつも気になってたんだ」


そう笑いながら声を掛けて来たのは、クリッとした坊主頭の少年だった。


真っ黒に日焼けした肌、真っ白に整った歯並び、そして笑うと頬に深いえくぼが出来るのが印象的だった。


彼の名前は山河大咲やまかわ だいさく。カナタとは中学3年で初めて同じクラスになった同級生であり……また「超」が付くほどの優等生でもあった。


成績は常に学年トップ、野球部の部長を務めており、明るくリーダーシップがあることから生徒会長までこなしていた。


そんな非の打ち所がない文武両道の秀才が、文武不良道を極める少年に向かって屈託のない笑顔で尋ねてきたのである。


「君さ、音楽に詳しかったりするの?実は俺もさ、カッコいい音楽とか色々興味があって聴いてみたいんだけどさ、オススメとかあったら色々教えてくれない?」


春うららの風が吹き抜ける空の下、こうして凸凹な二人の交流は始まった。




「カナタってさ、どうして髪をツンツンにしてるの?」


「これはのう、パンクの象徴なんじゃ」


「……象徴?」


「ああ。要するに……何かに『反抗する』っていうメッセージじゃな」


「ふ~ん、反抗か。じゃあ……俺も髪を逆立ててみようかな。あ、でも俺は丸坊主だから無理だった。あはは」


「いや、案ずることはないぞ。坊主頭のパンクロッカーだっておるからのう。特にワシが敬愛しとるブルーハーツっていうバンドのボーカルなんじゃが、その人がめちゃくちゃカッコ良くて……」


二人はすぐに打ち解け、仲の良い友達同士となった。


学校一の優等生と学校一の劣等生、その垣根を「音楽」はいとも容易く壊してくれたのである。





やがて夏の大会を終えた大咲は野球部を引退した。


それからというもの、彼はカナタの家に頻繁に遊びに訪れるようになった。


カナタが所有する大量のレコードを聴き漁ることに没頭し始めたのである。


そんな折、大咲は「どうしてアナログレコードにこだわるのか?」とカナタに問いかけたことがあった。


対してカナタが「最新のスポーツカーと古いクラシックカー、どちらにも魅力はある。古い物には古い物の良さがある」という持論を展開すると、大咲はひどく感心した様子で大きく頷いていた。



──秋も本格的に色づき、外の風もいよいよ肌寒くなってきた頃。


この日もカナタの部屋に入り浸っては、ひたすらレコード鑑賞に時間を費やす大咲。


そんな彼を見るとカナタは前々から感じていた心配事を口にした。


「大咲よ……ここのところ、ほとんど毎日ワシと遊んでばかりじゃが……受験勉強はしなくていいんか?お前が受ける高校は倍率もめちゃくちゃ高い難関校なんじゃろ?」


秀才である大咲は地元有数の進学校を志望していた。


そこに受かれば「エリート街道まっしぐら」とまでいわれる大学付属の人気校で、それだけにくぐれる門もかなり狭いことでも有名だった。


いくら彼が成績優秀といえど、毎日遊んでばかりいるその様子にカナタは不安を感じざるを得なかったのである。


しかし、そんな心配もよそに大咲は随分あっさりとした口調で返した。


「受験勉強?ああ、大丈夫だよ」


「そうか。なら構わんのじゃが……」


「それにさ……」


「それに……なんじゃ?」


「正直さ、よく分かっていないんだ。俺はなんのために勉強しているんだろうって……」


大咲は手に取ったレコードのジャケットを見つめながら、いつになく真剣な表情で話し始めた。


「俺はさ……勉強も部活も何もかも全部、周囲の期待に応えてやっているだけなんだ。ホラ、生徒会長になったのだって周囲に推薦されたから立候補しただけ……。こう見えて、俺ってさ……実は……自分の意志で何かを決めたことって全く無いんだよね……。だから、たまに思うんだ……俺って……本当は空っぽな人間なんじゃないかって……。それに比べたらさ……周りの目なんて気にせずに『自分らしさ』を貫いているカナタはめちゃくちゃカッコいいと思うよ」


カナタは驚いた。


まさか彼がそんなことを考えているとは、夢にも思わなかったからである。


当然のようにカナタが反応に戸惑っていると、「この話はここまで」と大咲はいつものような温顔に戻ってから話を続けた。


「それよりさ、今日は面白い物を持って来たんだよ」


大咲はスクールバッグの中から何かをゴソゴソと取り出した。


それは……古ぼけたフィルムカメラだった。


まるで昭和の映画に出てきそうな、いかにもゴツくて重たいアナログ機器だ。


「コレさ、家にあったお爺ちゃんのやつなんだけど……レトロでカッコいいだろ?『古い物には古い物の良さがある』って前にカナタが言ってたのを思い出して、ちょっと興味本位で借りて来てみたんだよ。まだフィルムが残ってるからさ、一緒に撮ってみない?」


そう言って大咲はカメラのレンズを内側に向けると、二人の顔が写り込むようにして自撮りの容量でシャッターを切った。



パシャッ!



「うん、良い音だ。今度さ、現像したらこの写真を持ってくるよ」


頬に深いえくぼを作りながら、大咲は満足気な表情を浮かべた。


しかし……彼がその写真を持ってくることは決してなかった。





冬になり高校受験もいよいよと迫ってきた時期である。


この頃になると大咲がカナタの家に遊びに来ることは一切なくなっていた。


詳しく聞けば、どうやら模試の結果が初めて怪しい判定になったそうだ。


「ごめん。親に外出禁止令出されちゃってさ。受験が終わるまで、しばらく遊びに行けないわ」


本人はさほど気にすることもなく平気な素振りを見せていたが、カナタは大きな不安に苛まれることになった。


というのも、


彼の成績が下がってしまったのは「自分と遊んでいた事」……いや、もっと言えば「劣等生である自分と関わってしまった事」に原因があるのではないか……そのような自責の念がカナタの胸の中に渦巻いていたからである……。




それから受験シーズンを終えて、いよいよ迎えた卒業式。


この日が中学校生活における最後の登校日であったが……そこに学校一の優等生の姿は見えなかった。


クラス担任が言うには「大咲は風邪を引いたために欠席」という話だったが、カナタにはどうにも納得がいかなかった。


なぜなら大咲は中学における三年間、ただの一度も欠席をしたことのない皆勤賞の持ち主であったからだ。


カナタはそのことをクラス担任にジリジリと問い詰めると、とうとう信じられない話をこっそりと耳にした。それは……、




大咲が志望校に落ちた後からずっと、自宅の部屋に閉じこもり音信不通となっている……という話だった。




「朱に交われば赤くなる」という言葉がある。


──人は周囲に影響されやすく、交際する相手によっては善にもなれば悪にもなるということを意味する。

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