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1000のディスコード  作者: 小田切 青
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4話~仁義なき争い~


カナタの家からの帰り道。


遠くの空からヤマバトの鳴き声が響く中、夕暮れに染まった農道をレイの運転するママチャリがゆっくりと走っていた。




──突然、後ろの荷台に揺られていたハルが呟いた。


「俺、決めたわ」


「え?」


「将来……ロックスターになる」


ガタガタと跳ねる砂利道を上手くハンドルで捌きながら、レイは正面を向いたまま聞き返した。


「それはつまり……『バンド』を始めるってことー?」


「そういうこと」


「なるほどね……さっきのカナタの影響か~」


「ああ、なんつーかさ……ビビッときたんだよ。もう絶対にコレしかない!っていうのかな」


「ふむふむ」


「だから決めた……俺はバンドマンになる。そして将来……『伝説のロックスター』として永久に語り継がれる存在になってやるのさ」


「あはは。また随分と大きく出たね~」


「夢は大きくてナンボだからな。とにかく俺は……これから最高のバンドを作るんだ……!そして全国ツアーができるぐらいの大人気バンドになって……ゆくゆくは数万人の観客の前でロックを鳴らしてやるんだよ……爆音でガツーンとな!!どうだ、めちゃくちゃカッコいいだろ!?」


ハルの大胆な発言を背中越しに受け止めると、レイはゆっくりと口角を上げた。


そして、あっさりと言った。


「じゃ~、俺も付き合うよ。ハルがバンドをやるなら、俺もやる」


今朝の今朝まで退屈に染まりきっていた幼馴染が自ら『何かをやる』と言い出した……それは長年近くで彼の姿を見てきたレイにとっても心から歓迎すべき出来事であった。また『友の夢は自分の夢である』とも……。


かような友情をひしひしと感じ取ったのか、ハルはその運転手の背中を後ろからバンバンと叩きながら上機嫌な声を飛ばした。


「さすがレイ!そうこなくっちゃな!じゃあまずは俺達二人でバンド結成だ。とりあえず俺がギターを弾くからよ……そうだな、お前は『ベース』を弾いてくれ」




キキーッ!……ガタン!!




突如、急ブレーキで自転車が止められた。


その反動に大きく面食らっているハルの方を振り向きながら、レイは顔をしかめて物申した。


「いやいや……ちょっと待ってよ。ギターは俺がやりたいんだけど?」


キョトンとした表情でハルが言い返す。


「何言ってんだよ?俺がギターに決まってるだろ」


「ごめん……悪いけど……そこは譲れないよ。ギターは俺が弾くからさ、ベースはハルが弾いてくれない?」


「ふ、ふざけんな……バンド結成の言い出しっぺは俺なんだぞ?つまるところ、バンドリーダーは俺なんだから……リーダーの言うことは黙って聞いとけ!お前はベースだ、レイ!」


「やだね~!俺は絶対にギターがいい。ギターソロとか弾いて目立ちたいしさ~!」


「この……分からず屋め……。そんなの俺だって……ギターソロを弾いて目立ちたいに決まってるだろうがァァ!」




バンド結成あるある。


「ギター」という華のある人気ポジションを奪い合う……仁義なき争い、勃発。


(ちなみにこの時、バンドには「ツインギター」という構成があることを二人はまだ知らなかった……)




そうして両者は一歩も引けぬ舌戦、交渉、協議の末……平等にジャンケン対決で決めることにした。


ハルが指をポキポキと鳴らしながら言った。


「マジで一回こっきりの真剣勝負だからな!文句なしだぞ?」


「オーケー!じゃあ勝った方がギター、負けた方がベースね」


「よしきた!じゃーんけーん……」


「ポン!!」







雑木林が生い茂る川沿いに建てられた年季の入った小さな家。


錆びついたトタン張りのボロ家で、限りなくバラックに近いような粗末な見た目である。


ハルはこの家で母親と二人暮らしをしていた。いや、正確に言えば二人と一匹だ。


「ただいま~」


「ぬにゃあ」


ハルが玄関の中に入ると、飼い猫である黒い雑種が駆け足で近づいて来た。


元々は野良猫だったのだが、いつの間にか家猫となり住み着くようになった「クロべぇ」である。


クロべぇは飼い主の足元に頭を擦りつけながら、情けない声で何度も繰り返し鳴いた。


「ぬ、ぬ、ぬ……ぬにゃあ……ごろごろごろ」


「よーしよし」


ハルはその可愛らしい四足歩行のもふもふを、まるで我が子のように抱きかかえた。


それから居間の中に入ると……ちゃぶ台の上で家計簿をつけている母親の作業着姿が目に入った。


ハルの母親・瀬乃美雪せの みゆきはショートヘアが似合う美しい女性であった。まるで舞台女優のような凛と澄み渡った雰囲気を持ち合わせていて、姿勢も良くすらりとしている。そして切れ長の目、その瞳の奥には芯の通った「優しさ」と「逞しさ」の色が滲み出ていた。それはきっと……工場勤めの女手一つで家計を支え、ひたむきに一人息子を育てあげたきたことにより培われたものなのだろう……。



美雪は家計簿をパタンと閉じると、柔らかな笑顔を見せてから言った。


「おかえりなさい。新学期はどうだった?」


「ああ、楽しかったぜ。それに面白い転校生が来たんだよ」


「へぇ~、こんな田舎に珍しいわね。どんな子なの?」


「ロックに詳しくて、ドラムが上手いんだ」


「あら、楽器が出来るなんて素敵じゃない」


「だろ?俺もそう思って『バンド』を始めることにしたんだ」


幼少時代からずっと無趣味を極めてきた息子の口から「バンド」などという言葉が飛び出した。


美雪は両手を胸に当てると、その切れ長の目をキラキラと輝かせた。


「まあ!バンド!?良いわね~!じゃあ、なにかしら……エレキギターでも始めるの?」


「い、いや……それがちょっとな……」


すかさずハルは大きな溜息をついた。


そうである……。


先ほどのレイとのジャンケン対決……見事に敗北を喫し、この度ベーシスト・ハルが爆誕したのであった……!


「本当はギターをやりたかったんだけど……ちょいと理由があってな……俺はベースっていう楽器をやることにしたんだ。はぁ……ベースってなんとなく……地味なイメージがあるんだよな……」※あくまで個人の見解です。


そう不満気にこぼすハルの姿を見て、美雪は口元を緩めながら諭した。


「まあまあ、いいじゃないの。私はバンドのことはよく分からないけど……どんな楽器にだって大事な役割があるんでしょう?それなら精一杯やりなさいよ」


「そう言われたら、そうなんだけどさ……」


「安心なさい!私はハルがどんな楽器を弾いていたって大ファンになるわよ!」


「……地味で目立たないベーシストの大ファンにか?」


「とーにーかーく!やるからには全力で頑張りなさい、いいわね?」


「あいよ」


ハルが気の抜けた炭酸のような返事をすると、その腕に抱かれていた愛猫もまた飼い主の真似をするように情けない声で鳴いた。


「ぬにゃう」


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