3話~ロックの教祖~
二人が反省文を書き終え、生徒指導室から解放されたのは正午過ぎであった。
本日は始業式のみの早上がりとなっていたので、他の生徒達は皆とっくに下校しており、校内にはハルとカナタだけが取り残されていた。
静まり返った渡り廊下を歩きながら、カナタが申し訳なさそうに言った。
「すまんかったのう……。お前まで怒られるハメになってしもうて」
「別にいいよ。普通に楽しかったし」
「はぁ……ワシは昔から……周りに迷惑を掛ける星の下に生まれとるようじゃ……」
カナタは溜息を漏らすと、それは少し大袈裟なくらいに落ち込んだ。
そんな彼の肩をポンポンと叩いてからハルは話題を切り替える。
「まあまあ、気にすんなって。ところでカナタ……お前、ロックに詳しいのか?」
「ん、ああ……そうじゃな。ワシの家にレコードがたくさんあるからのう」
「レコード……?なんでまた……そんな古いモン。今の時代はネットにサブスク、音楽はデジタルで聴くのが主流だろ」
「確かにそうかもしれんが……古い物には古い物の良さもあるんじゃ」
「と、いうと?」
「う~む、例えばじゃが……『最新型のスポーツカー』と『レトロなクラシックカー』……どちらが魅力的じゃと思う?」
「え?そう言われると……それはどっちもカッコいいかな。なんというか、それぞれに違う良さがあるっていうか」
「ま、そういうことじゃな」
「おお~、なるほど!」
カナタの持論に深く感心すると、ハルはそのまま興味津々に尋ねた。
「じゃあさ!そのレコードってやつを是非とも聴いてみたいんだけど……これから、お前ん家に遊びに行ってもいいか?」
「え、ワシの家にか?まあ……別に構わんが」
「よし、決まりな!んじゃ、俺の友達も連れて遊びに行くわ!」
★
田園風景の中にポツンと建てられた平屋の一軒家、そこがカナタの家であった。
聞くところによると、転勤族である父親の仕事の関係で家族揃ってこのド田舎に越してきたらしい。
「田舎の夜は静かで眠りやすい」とカナタは得意気に語っていたが、もうしばらくすると近辺ではカエルの大合唱が始まるシーズンとなり、夜な夜な騒音に悩まされることを彼はまだ知らないのだろう……。
「ここがワシの部屋じゃ。まあ、入ってくれ」
「おお~~!!」
早速、カナタの部屋にお邪魔したハルレイコンビは感嘆の声を漏らした。
そこには驚きの絶景が広がっていたからである。
10畳程ある広めの和室の中……まず最初に目に飛び込んできたのは、壁一面を支配する巨大なラック、そこに収納されたレコードの山だ。その量たるや悠に数千枚は超えているだろう。
その脇にはレコードプレイヤーと大きなスピーカーが完備されており、壁には額装したバンドのポスターも飾られていた。まるで老舗レコードショップのようなシャレオツな空間である。
しかし……最も注目すべきは部屋の奥に堂々と置かれていた「ある代物」であった。
それを目にしたレイが真っ先に興奮を伝える。
「うお~!すっげ~!超カッコいいのがあるじゃーん!」
それは……、
ピカピカに手入れされたTAMAのドラムセットであった──
クラシカルに光り輝きながら、まるで要塞のように君臨するそのドラムセットに目を向けると、カナタはさらりと言ってのけた。
「ああ、親父の影響でのう……ワシは小さい頃からドラムをやっとるんじゃ。ロックなら全般、叩けない曲はないぞ」
目を輝かせたハルがすかさず「叩いてみてくれ!」と懇願すると、カナタは快く了承した。
★
ズダッダ!ズダッダ!ズダッダ!ドコッ!シャーン!!!
カナタはレコードプレイヤーで再生したNIRVANAの「Smells Like Teen Spirit」に合わせて、勢いよくドラムを叩き始めた。
バスドラが踏み込まれ、スネアとハイハットが流れるように打ち鳴らされると、部屋中の空気がビリビリと振動した。
力強く刻まれる激しいビート、脳内がトリップするような心地よいアタック音、ライトシンバルにトドメを刺されてノックアウト。
ハルはその衝撃に飲み込まれると、グツグツと踊るような燃料に全身を支配された。
音圧と迫力が寄せては返し、耳鳴りと同時に眩暈がやってくる。
すると、
バチッ……!
ハルの胸の奥で何かが弾けた。
それはまるでスパークプラグが火花を散らし、心底に潜んでいた「導火線」に火をつけるかのような音だった──