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狐の嫁入り伝う夜

作者: 真代あと

昔ばなし、「狐女房」より。

著作権のない二次創作を作ってというテーマで書き上げたものです。元々は文字制限の為に第一稿から大分文を削って提出しましたが、今回投稿するにあたって大分元に戻して載せるに至りました。

・ 昔話、“狐女房”より。


 ――さてさて。

 日本に伝わる幾つもの昔語りの一つに、“狐女房”というお話があります。


 昔々、あるところに田を耕して暮らす貧乏な男が居ました。

 ある日、男が田んぼを耕している最中、一人で道を歩く女の姿を見付けました。こんな所を歩いてどこへ向かうのかと思い見ていると、突然その女がふらつき倒れ伏してしまいました。これは大変と、男はその女を家へと運び、手厚く介抱します。

 しばらくして元気になった、大層美しい女は、命を救ってくれた恩を返そうと男の元で家事をし始めました。男もまた、畑仕事に精を出し、幸せな時間を過ごしていました。

 やがて男と女は子をもうけました。しかしその子は体が弱く、病に罹ってしまった子供を、夫と女房は必死で看病しました。その甲斐あって子供の病気は治りましたが、その間畑仕事は出来ず、田んぼは荒れ放題、とても米を作れる状態ではありませんでした。

 しかし次の日、荒れた田んぼをなんとかしようと夫が向かうと、その田んぼには綺麗に水が張られ、稲が敷き詰められていました。

 これは何事か、と夫は驚きます。ところが、その稲は全て逆さまに植えられており、これでは米は出来ないと、家に戻り女房に愚痴を漏らしてしまいます。

 女房は大層驚き、突然夫の田んぼに向かって走り出しました。そして田んぼに着くなり歌を詠みながら舞っていると、なんと逆さまだった稲が次々元の通りに引っ繰り返っていくではありませんか。

 そう、田んぼに稲を植えたのは女房だったのです。只、無我夢中で歌い舞っていた女房は、両耳が頭の上に生え、尻尾を揺らし、だんだんと姿が人のものではなくなってしまいました。

 女房の正体は化け狐でした。仕方のない事とはいえ、本当の姿を見られた女房は、「姿を見られたからには去らねばなりません」と言い残し、夫と子供の元から消えていってしまいます。夫は必死で消えた女房を探しましたが、遂に二度と会う事は出来ませんでした。

 只、その後も夫の植えた稲穂だけは、いつまでも立派に実り、米に困る事なく不自由せずに暮らしていけましたとさ。


 ――あの日から、何百年が経ったでしょうか。彼女達の子孫は、今もどこかで健やかに生きているのでしょうか――。



・ 狐の嫁入り伝う夜


 あの子に出会った夏の一日は、今でもはっきり覚えている。

 その日僕は、とある不良達に絡まれていたんだ。




 放課後。人気のない中学校の校舎裏で。

「おらさっさと金出せよ」

 男子三人組のリーダーが僕にそう命令する。三人に囲まれる形で、僕はここに連れて来られて脅されていた。

 左側にはリーダーと同じようににやにやと笑みを浮かべてる、体つきのいい奴。右側には無表情で少し華奢に見えるけど、この学校で凄く強いと噂の奴。

 こんなの逃げられない。関わりたくないのに、なんで僕が。

「聞こえないのかよ? さっさと出せって言ってんだよ」

 目の前のリーダー。一番弱そうに見えるけど、お金と権力を振りかざして大きな顔をしてる、一番の問題児だ。

 怖い、悔しい、泣きそうになる。こんな奴だけど逆らうと一家丸ごと報復されたっていう話も聞くし。家族も巻き込まれるかもと思うと怖くて、財布を出そうと――。

「まあ、今の世になってもいじめとは。この国も病んでいるんだなあ」

 その時後ろから声が。振り向くと一人の女の子が、左手を腰に当て僕達の方を見ていた。

 おかしかった。すらりと背の高い、流れるような黒髪ロングヘアのその子は、なんでだか僕らの学校の男子制服を着ていた。その上おかしいのは、こんな場に居合わせたのに強い笑みを浮かべていた事。

「なんだよお前。関係ないだろあっち行けよ」

 左側の奴が、女子の前に行く。

「関係ない? 確かに――って言いたいところだけれど、こんな場面を見ちゃったら黙ってるのも気分が悪いんだよねえ」

 その女子生徒? が僕の前に歩み出て来た。同い年に見えるけど、だったらもっとおかしい。この不良組の事を知らないなんて。

「はあ? 俺らの邪魔するってのか?」

 左側の奴が、威嚇するように低い声で女子に言う。

「そう。私は君達に喧嘩を売り込もうとしている。特に――元凶の君にはね」

 女子は足を奴らの前に踏み出して、不良のリーダーにじっと目線を向けた。

「な、なんなんだよ。いいか、僕のパパはここの議員なんだぞ。僕に手を出したら」

「議員の息子? へえそれは凄い凄い。

 ――で?」

「はあ? だから、僕に何かしたらパパが黙って」

 あっはっはと、リーダーが言い終わる前に女子は大笑いした。

「勘違いしちゃいけないなあ。どれだけお父様が立派だろうが、君なんてのはそこいらに居るおガキ様の一人に過ぎないんだよ。人一人いじめて楽しむのが趣味だなんて、器が小さい小さい」

「っ、お前、僕にそんな口利いて――」

「おや怒ったのかい? 怒れ怒れ。それでどうする? この女の子を殴り倒しでもするのかな。そんな度胸もないだろうに」

「っ――おい、お前!」

 リーダーが、子分の片方に顔をやる。強いと噂の奴に。

「え? は、はい」

「そいつ追っ払えよ。気分悪いから」

 と、自分は動かないままで命令する。

「っ……」

 明らかに、使われてるっていうのが解った。多分乗り気じゃない。そいつもリーダーに逆らえないでいるんだ。

 でも同じだよ。やってる事は不良だ。

 そいつが女子の前に来る。だけどその時。

「え……?」

 女子は笑みを崩さないまま。

 だけどそいつの目が泳いでる。女子と睨み合っただけなのに、そいつはなぜか何も出来ずにいた。

「おい何突っ立ってるんだよ、とっとと追っ払えよ!」

 リーダーの檄が飛ぶ。その声に押されるように、女子の目の前に来た男子がその肩を手で押して――。

 ぐるんと。

 その時、男子の体が、宙返りしたみたいに一回転する。そしてずどんと、地面に叩き付けられた。

「え?」「は!?」

 みんな、僕も含めて信じられないような声を出した。だって、その女子が何かした様子が全然見えなかったんだから。

「先に手を出したのは、そっち側だからね」

 強い笑みを変えないまま、女子は言った。

 今のって、もしかして空気投げってやつじゃないのか。昔テレビで見た事があるけど、相当な達人でも難しいって聞いた事がある。でもそんな事が出来るなんて――。

「っ、憶えとけよお前ら!」

 捨て台詞を吐いて三人組は走り逃げてしまう。只、女子に投げられた奴だけは、なぜか途中でちらりとこっちを向いてから二人を追っていった。

「まったく、最後まで小悪党そのまんまだったねえ」

 その逃げていくさまを見届けるように、女子は足を止めていて、

「さてと」

 女子が長い後ろ髪をかき上げ、そして足を踏み出す。その凛とした振舞いに、僕は少し見とれていた。

「……あの!」

「ん?」

 僕の呼び掛けに、立ち去ろうとしていた女子の足が止まって、振り返る。

「ありがとう、ございました」

 頭を下げてお礼を言うと、女子はあっはっはと笑った。

「いいやお礼なんて要らないよ。私が助けたのはむしろ向こう――と言いたい所だけど」

 ぐう、と女子のお腹が鳴った。

「実は訳あって腹が減ってるんだ。恩義を感じてくれたなら、一つどこかうどん屋ででもご馳走してくれないか」

 女子は、少し苦い笑みを浮かべながら、僕に言った。


 断る理由はなかった。その子を連れて、近場のうどん屋に。そこでその子はきつねうどんを一つ注文して、向かい合って席に座った。

「……あの」

「ん? 何かな少年」

 つるつると、女子は出されたうどんを食べながら僕を見やる。

「君、同じ中学の生徒なの?」

「何を言う、君と同じ服装じゃないか」

 いや確かに同じ制服だけど。制服が全く同じという所に問題があると思う。

「似合ってないかな。この服」

「いや、似合うも何も、なんで男子服なの?」

 つる――とうどんをすする口が止まった。

「男子服、なのかこれは」

 そして上目遣いの格好で、僕の方をじっと見やる。

「いやまずズボンの時点でそうだからさ」

 女子はうどんを飲み込んで、自分の服装をまじまじと見ながら、うーんと唸った。因みにうちの学校は、女子はロングスカートを着用するように校則で指定されている。

「そうか。上手く繕ったと思ったのに失敗してしまったか」

 失敗って何を。ますますこの人の事が解らなくなってしまった。

「まあこんな事もある。ちょいと変な娘だと、そう思ってくれ」

 自分で言っちゃうかなあ。男装の麗人、と思えば確かに似合ってるけど。それに言葉遣いも女の子にしては――。

「君って、一体誰――」

 と言い掛けて、女子が人差し指を立てて僕の口元に押し当てた。いきなり女子からそんな事をされて、ちょっとどきっとしてしまう。

「駄目だよ。女の子に軽々しく素性を訊いちゃあ」

「いやでも、どう考えても普通じゃあ」

「普通なんてつまらないものさ。変っていう事も否定はしないけれどね」

 そうして女子は、器を持ってうどんのつゆを少しずつすすり飲んでいく。

「まあ細かい事はいいじゃないか。袖振り合うも多生の縁。もうちょっと付き合っておくれよ」

 そして器を置き、最後に残った油揚げを、女の子は一気に口に含んで、

「んーーっ!」

 目を強くつむって、なんとも言えない、ご馳走を食べたように満面の笑みを浮かべて噛み締めた。

「はあ。やっぱり最高だねえきつねうどん」

 そんなにおいしかったのかなここのうどん。

 そして女子は油揚げを食べ切って、ふう、と一息吐いた。

「ご馳走様だ。じゃあ行こうか」

 席を立って、女子は僕の方を見下ろす格好に。高みから笑むその子の姿は、凄く似合っていた。

「行くって、どこに?」

「そりゃああいつらの所にさ」

 って、なんでそんな事になるんだ。嫌だよそんなの。

 だけど、僕の思いとは別に、女子は僕の隣に来て手を差し出す。

「なに、奴が悪党に屈している姿が見ていられないと。それだけさ」

 それに手を重ねると、女子はぐいっと手を引っ張って、僕を席から立ち上がらせた。


 うどん屋を二人で出て。

「さあて、腹ごしらえも出来た事だし」

 うーん、と手を上げ伸びをする女子。これから不良に向き合うってのに、全然緊張感が見えない。

「……どうやって探すの? あいつらの居る場所なんて、そんなの」

 解る訳がない。だけど女子は、笑みを浮かべる。

「ふっふっふ。そう難しい事じゃないよ。奴の匂い――居場所なら大体解るからね」

 女子はそう言って歩き出した。迷いのない動きだった。心当たりでもあるのかと。

 ……そうして、不良達の居場所はすぐに見付けられた。学校の、さっきの校舎裏に戻って来ていたんだ。

「みいつけた」

 女子が笑みながらそう言って、不良に向かう。

「な、またお前!」

 リーダーが僕らを見て少し狼狽する。対する女子の笑みは全然変わらないまま。

「鬼ごっこは私の勝ちだね。今度は文字通り、お前達が退治される鬼だ」

「な、何が鬼だよふざけてんじゃねえよ」

「おや、お前達には自覚もないのか。自分がどんな人間かも解らないか? 己の愚かさにも気付かず、権力を笠に着て只一方的な攻撃ばかりを繰り返す馬鹿者だと」

 態度だけでなく、言葉でも女子は不良を追い詰めていく。そのさまに、リーダーは怒り具合がどんどん高まっていく様子だった。

「まあ故あってと言っても、悪い事をした子には折檻が必要だよねえ。それを誰もしなかったっていうのも問題だけど。親の顔が見たいとはこの事だね」

「っ――おいお前! 今度こそやっちまえよ!」

 リーダーがさっきの男子に命令する。この女子に投げ飛ばされた奴に。

「それでいいのか? 田国たぐに 万行まゆき

 女子は、そいつだけをじっと見ていた。ってなんで、そいつの名前を知ってる?

「お前は女に手を上げる子か? 弱きをいじめて楽しむ子か? 強い者に取り入って、自分に害が及ばなければそれでいいと、満足するような子か?」

 それは、まるでこの場の全員に問い掛けているように聞こえた。強い者に逆らうのは、誰だって怖い。だけど誰かが止めないと、強さを持つ者はいずれ図に乗り暴走をするんだろう。独裁者のように。

「あーもう、お前もやれよ! 思いっきり痛め付けろ!」

 その言葉に苛ついたリーダーが、もう一人にも命令する。

「やめろ!」

 その時、田国という男子が、大声を張り上げた。

「もうこれ以上、お前に手は貸さない」

 田国が、僕と女子をかばうように、二人の不良に向かう。

「な、お前、僕に逆らうのか!」

「さっきも言ったぞ。もうお前に手は貸さないって」

 リーダーが怒りをあらわにした顔をする。もう一人の男子も、どうしたらいいのか解らない、うろたえた様子だった。

「よくぞ言った万行っ!」

 只一人。女子だけが大声を上げ、満足そうな笑みを浮かべた。

「後はこの“儂”に、任せるがいい!」

 くおーんくおーん、と何かの鳴き声がする。すると女子の体がみるみるうちに黒ずんでいって、それが人の形に見えない、大きな得体の知れない何かに変わっていった。

「う、うわあ!」

 二人組が、そして僕も恐れおののき、腰を抜かす。だけど田国だけは、それを見ても恐れる様子はなく。むしろ安堵するような顔をして、後ろから響くその鳴き声を聞いていた。

 現れたのは、人の背程の大きさのある、銀毛の巨大狐。それが獲物を目の前にした猛獣みたいに、ぐるぐると唸って不良二人をねめつけていた。

「さあ、悪事を働く悪餓鬼共よ。その身にかぶりつき、骨も残さず食ってやろうか!」

「ひああ!」

「ま、待て、僕を置いて逃げるなあ!」

 二人は一目散に逃げていった。残ったのは僕と田国だけ。

「ふん、これだけ脅せばまあ大丈夫だろう」

 そう言うと、巨大狐はみるみる小さくなっていく。そして中型犬くらいの大きさになって止まった。

「やれば出来るではないか。万行よ」

 体を小さくした狐に、田国がゆっくりと寄っていってその体を抱き締めた。

「ふふっ、甘えん坊だなお前は。だが――」

 ……姿を見られたからには去らねばならぬ。

 狐は小さくそう言って、一つ田国の頬を舐めると、するりとその腕から抜け出た。

「あ、待って!」

 去ろうとする狐が、田国の声にその足を止める。

「どうして、俺なんかを」

 ゆっくりと、狐が振り返って。

「なんか、などと言うな。儂とあの人の血を継ぐ、いとしい子よ」

 狐はそれだけ言って、そして今度こそ、僕らの前から走り消えてしまった。

 ……あんな狐、いやあんな人間が居る訳がない。非現実な光景を目にしてしまった僕らは、只呆然とここに立っているだけだった。

「……悪かったな、お前」

 やがて、田国という生徒は、それだけ言って一人歩いていってしまった。

 僕は――なんとなくだけど、さっきの非現実を受け入れてしまっていた気がした。あの女子とのやり取りとかも、全部本当の事だと。

 ……帰ろう。

 ここに居てもなんにもならない。全部、終わった事だと思ったから。


 その不思議な日の夜の事。こんこんと、何かを叩くような音がした。部屋を暗くして、ベッドに入って眠ろうとしていた時に。

「――もし、起きているか少年よ」

 その声は聞き覚えがあって。がばりと布団をのけて身を起こしてみると、ベランダの戸、カーテンの向こうに、夜の淡い明かりに照らされている人影が。ここは二階なのに、こんな所に来れそうな人は。

「貴方、あの――!」

 と言い掛けて、人影が口元に人差し指をやり、しーっと口にした。

「あまり騒ぐな。人に聞かれてしまう」

 そうだ。この人は人間じゃない。上に突き出た耳と、尻尾の影がそう語っている。

「どうして、僕の所に?」

「なに。君に礼と詫びを言い忘れていたなと思ってね。ああ、戸は開けないでおくれよ。もう一度姿を見られたなら、次に会う事はもうないと思っておくれ」

 礼と詫び。なんでそんな事を。僕の方こそお礼を言いたかったのに。

「まずは詫びを。最初に君を助けはしたが、それは万行と会う為に君の立場を利用させて貰ったんだ。いじめを助けるのは自然だろう? だから最初からじっと見ていた。見ていただけだ、いよいよと追い詰められるまでな。それを謝りたいと思ってね」

「そんな事。助けて貰った事に変わりないのに」

 そう言うと、カーテンの向こう側から小さくふふっ、と笑う声がした。

「成程そうか。なら次は礼だ。君のお陰で上手く万行を正す事が出来た。その事に感謝を。あと――きつねうどん、うまかったぞ」

「あ……」

 そうか。この人が狐なら、あの時はうどんが好きというよりも油揚げを食べたかったんだ。

「やっぱり、あの時の目的は油揚げ?」

「ああ。あれは実に舌に合う。買い込んで里の方にも持って帰りたいくらいにな」

「……狐の里なんて、あるんですか」

「おっと、少し喋り過ぎたか。まあ、そんな所もあるにはある、というだけでな。他言は無用に願うぞ」

 ……狐の住む里、か。この人みたいな人――狐がたくさん居るのかな。人間の知らない所で、それぞれ独自で暮らしている住処があるのなら――それは凄く夢のある話に思えて来る。

「さあてそろそろおいとまを――と言いたいけれど、来た理由はもう一つ。君に言伝をお願いしたく思ってね」

「こと、づて?」

「そう、万行へのね」

「その、万行君は貴方の」

「万行は、儂の血を引いておる。人間と、あやかしとしての血をな。だから強く、だから弱かったんだ」

「強くて、弱い?」

 言わんとするところがよく解らなかった。強いと弱い、両立するには矛盾する言葉だ。

「力はある。その気になれば、人を軽く凌駕する程の力をな。代わりに精神的に弱さがある。だから不良に取り入る事で、なんとか己を保とうとしていたんだろうな。あまり自覚はないだろうが」

 弱さを、克服する為に不良グループに入っていたのか? 人の道から外れた事をしていれば、怖がられるだけだと思うけど。

「今の世に、妖怪の住める場所はない。神々には信仰心という力が宿っているが、妖怪も似たようなものだ。恐れを糧とする妖怪には、今の世は寂し過ぎる」

 ……それは、解る気がする。信仰心も恐れも、人の心から生まれるものだ。そういう意味では神と妖怪は近しい、そう言いたいんだろう。感情のベクトルとしては違えど。だから、万行君は妖怪のように恐れられる側に回っていたんだと。

「言伝は――貴方からは、言えないんですか」

「出来たらしているよ。いずれお礼はするからさ、頼むよ」

 そう言って、狐さんは少し間を置いて。ふう、と一息吐いてから。

「どうか、儂とあの人の血を継ぐ子であれば。

 ……心優しい子になって。

 そして健やかに、生きておくれよ、と――」

 ……その声は、今にも泣き出しそうな震えた声で。

 影が、目の涙を拭うような仕草をして。

 もう一度万行君に会って欲しい。どうしてたった一度姿を見られただけで会えなくなってしまうのか。それがどうしても解らなくて。

「狐さん!」

 そう思ったら、居ても立っても居られずに窓の方に行って、カーテンを開いた。

「万行君は――」充分に心優しい人だ。だって万行君は、僕にも狐さんにも乱暴をしようとはしなかったんだから。

 そう伝えようとした。だけど、その時にはもう狐さんの姿はそこになかった。

 どこからか、くおーんくおーんという、悲しそうに響く鳴き声を残して。


 ――そして、僕が狐さんに会う事は二度となかった。




「……そうか」

 翌日。学校で万行君に、狐さんと会った事と、あの言伝を伝えると、一言だけ呟いて廊下の外の遠くを見るような眼をした。

「ありがとうな。色々」

 万行君は、小さな声だけど僕にお礼を言ってくれた。不器用な感じがひしひしと伝わって来る、そんな声で。

 ……本当、あの人の言う通り、根は悪い奴じゃなさそうだった。


 今では、僕と万行君は友人になっている。狐に驚かされた不良達はすっかり大人しくなっていた。

 万行君には狐の血が混じっている。だけどそんな事は関係ない。彼が心優しい“人間”だという事は、一緒に居る友人としてよく解っている。

 そうして二人で帰る途中、野生の狐を見る事がたまにあった。あの日の狐さんを知ってるんだろうかと思って近寄ると、狐はふいとどこかへ逃げてしまう。だけど、その時には決まって、あの少女の声が聞こえる気がしたんだ。


“あの人の、継ぎとなった子供達を、

 母はずっと、見守っておるからな――”


読んで頂きありがとうございます。


これはとある昔話のその後を書いてみたものです。柳田國男に影響を受けて書いてみたら、結局は強気女子がおいしい所をかっさらっていくいつものパターンに……。

ともかくいろんな人に楽しんで頂ければ幸いに思います。宜しければ評価や感想など頂ければ、今後の励みになりますので宜しくお願い致します。

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