8. 谷の町のデパート開業
8. 谷の町のデパート開業
ある日、佳代子はあるものが開業することに、待ち遠しくてうずうずしていた。
ついにわが町にもデパートが開業することになったのだ。
省鉄や路面電車を乗りつけば、専門店の集まる、帝都のにぎやかな町のデパートに行けるのだが、
自分の住んでいる家のすぐ近くにできるビルディングという高層の建物に、
いろいろなものが売られているというのが、
大きな自慢であり、うれしかった。
いよいよ開業の日、佳代子は母、ちよの手を引っ張り、
早く行こうよ、とせかしていた。
父は、
「そんなに慌てずとも、デパートは逃げていかないぞ。」
と佳代子を諭す。
兄の亮一は、デパートなどわれ関せずといったところで、
友人と練兵場の原っぱへ遊びに行ってしまった。
結局、父と母、そして佳代子と3人でデパートへ行くことになったのだ。
川沿いの道を歩き、徒歩10分くらいのところにそのデパートはあった。
デパートは、この間乗車した港の町へ向かう電車駅につながっており、
正面のドアが開く前から、大勢の人がおしよせていた。
佳代子はその建物を見上げ、階数を数える。
白い大きなビルで、なんと7階もある。
「私、洋服を見るんだ。
母さんもでしょ。」
佳代子はその様なことを言い、はしゃぐ。
「まったく、どうして、そんなにうれしいんだか。」
父は女の、その様な気持ちがわからないといった表情で、
佳代子を見る。
「ファッションよ、わからないの?」
佳代子はそう反論する。
しばらくして、デパートのドアが開く。
入口には大きな花が飾られ、中にどっと人が流れ込む。
佳代子は階段を急いでのぼり、
洋服売り場へ行く。
「あら、売り場の入口が駅ともつながっているのね?」
母が軽く驚く。
駅とつながる、その入り口からも、
電車で郊外からやってきたと思われる人が、たくさん入ってくる。
「売り切れるわ!」
佳代子は洋服売り場へ急ぐ。
売り場へ着くと、大勢の人を書き分けて、
洋服を選び始める。
母も佳代子に手を引かれる形で、売り場に到着し、
商品の見定めを始める。
「私の寸法は…これとこれね。高いわ。」
佳代子は値札を見て、残念な声を上げる。
結局母が長羽織を買い、佳代子は袴姿を購入した。
後で家に戻り、何と父もトンビコートを1着購入しているのがわかった。
「なんか文句あるか?」
と父は言った。