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第八話 纏うは漆黒、相対するは紅蓮

「僕が主の気を引くから、アンジェがブレアの元に行って回復する、でいいかな?」


「はい、問題ありません。お姉ちゃんは必ず私が助けます」


 二人は勢いよく扉を開けた。

 ここで一つ豆知識。龍はなぜ最上級の魔物として恐れられているのか。強固な龍鱗、強力な属性攻撃、爪や尻尾による打撃といったものが理由として挙げられる。しかしこれらに加え、地味ながらも大きな特徴として「再生と適応」がある。龍は例え重傷であっても命ある限りは再生を続け、更に危機的状況を打破するために形質を変えることができる。これらは龍族に共通した性質であるが、より位の高い龍族の中は人型を取る、捕食により能力をコピーするなどが可能な個体もいる。瀕死のブレアに求めるのは酷な話かもしれないが、火龍の最期をしっかり見届けることができなかったことは、彼女の大きな過ちである。


 メランとアンジェの二人が主の部屋に入ると、龍が溶岩の中で傷を癒やしていた。翼と目の再生こそ間に合っていないようだが、ブレアが与えたダメージの半分ほどは既に回復されてしまっている。今にもブレアに止めを刺すために動き出しそうだ。メランの判断は速かった。


(龍なんて初めて見たっ! あいつ再生しているな。ブレアさんの努力が無駄になる前に戦闘を始める。急げ!)


「間に合わせるっ!! アンジェ先に行かせてもらうぞ!」


「はい!私のことは気にせずに」


 その言葉が終わらないうちにメランは駆け出していた。短剣を抜くと火龍の右側を回り込む形で火龍の背後をとり、溶岩の池に鎮座する龍へ跳びかかり、斬りつける。


 ギンッ。鋭い音と共に短剣は弾かれた。そう、メランには知るよしも無いことだが、先程の激闘から生存したことで火龍は新たな力を手にしていた。強い斬撃への耐性を持つ鱗と地上での戦闘に耐えうる強靱な足腰である。メランは短剣での攻撃が通じないと見るや、溶岩の池に落ちないように火龍の背中を足場に後ろへ跳んだ。火龍が振り向きメランを認識する。


(このまま逃げ回れば囮としての役目は十分に果たせそうか)


 そう判断したメランはジグザグに走りながら地面に横たわるブレアから離れる。異常事態のため彼自身は気付いていないが、すっかり弱気になってしまっているようだ。火龍は何度か炎を吐いたが、当たらないと見るや唸りながら体を起こし、メランを追いかけ始めた。その動きは巨体に見合わず速い。アンジェに目をやると、ブレアの治癒を始めていた。メランの攻撃が通らない以上、ブレアが完全に回復するまで持ちこたえないといけない。このままでは火龍に追いつかれてしまうため、何か次の作戦を考える必要がありそうだ。


(ブラックブロックチェインは物理攻撃で破壊不可能、敵の魔力吸収という特殊性能と引き換えに、相手が格上の場合縛ることのできる時間が短いという制限が付いている。とりあえず一か八か試すか)


「ブラックブロックチェイン!!」


 火龍は実体を持った魔術的な束縛に捕らわれた。抜け出そうともがいているが、その行為は無意味である。メランは全速力で走りできるだけ距離を稼ぐ。途中で岩壁が抉れている地点を通過した。もし、ブレアと火龍の戦いがここで行われたのだとしたら、ブレアは入り口付近まで吹き飛ばされたことになる。火龍の攻撃の威力の程を肌で感じ、内心絶望しながらも足は止める訳にはいかない。5秒程経っただろうか。鎖が切れ、火龍は再び走り出した。それだけ相手は格上なのだ。この魔法は拘束時間が短いほど吸収できる魔力量も減少する。格下の敵に使うと差し引きプラスになるので見落としがちだが、決して消費魔力自体が低いわけでは無い。使えてあと三発位だろう。また、いざという時の攻撃魔法の分は残しておきたい。

 メランは走りながら策を練る。ここで不定形魔法の「発動には思考を必要とする」という特徴が弱点としてメランに牙をむく。動き回るだけでも脳のリソースの一部は使用される。走りながら作戦を考えている現状では魔法を使うことができないのだ。徐々に両者の距離は縮まってきている。距離がゼロとなるまであと10秒といったところであろうか。悠長に立ち止まって魔法を使おうものなら、八つ裂きや火あぶりになる未来が見える。思考をフル回転させ、打開策を探るメラン。残り8秒、自身の持つ龍に関する知識から使える情報を整理する。残り6秒、ある作戦を思いつく。残り4秒、先程の閃きに穴が無いかを精査する。残り2秒、魔法を使うためにイメージを始める。残り0秒、火龍の爪がメランを貫く。ちょこまかと動き回るネズミを始末した火龍は勝利の雄叫びを上げた。


「グオォォォ「ノワール・ブルーム」 グォ?」


 貫いたはずの邪魔者の声がする。瞬間火龍の頭を強い熱が撫でた。


「グォオオオオオ!?」


 いや、火属性の攻撃は火龍に通用しない。そう、これは痛みである。メランの策が完璧に決まったのだ。メランは残り1秒の段階で魔力による陽炎を生み出し、右側に回り込んでいた。死角を見極め背後に立つと背中を駆け上がり、後頭部に突き刺さったブレアのパラディアスを勢いよく引き抜いた。これこそがメランの作戦、「ブレアの遺志作戦」である。


 再び火龍はメランを追いかけるが、回復のためか走行速度は落ちている。これもメランの想定通りである。二刀流で攻めることも考えたが、パラディアスを握って考えを改めた。これは今のメランに使いこなせる剣では到底無い。ノワール・ブルームは消費魔力が少ないため、先程のブラックブロックチェインによる消費分を合わせてもまだ半分ほどの魔力が残っている。メランに残された選択肢は一つ。隙を見計らい、魂昏葬裁を直撃させる。それ以外の魔法は通用しない可能性が高い。しかし、今回は補助魔法無しで当てる必要があるので達成は非常に困難である。勝負は火龍の目が完全に回復するまでに十分な距離を取れるかで決すると言っていいだろう。メランは残り体力の全てを振り絞り激走した。徐々に火龍との距離が遠ざかる。命懸けの追いかけっこは最終局面を迎えようとしていた。


 しばらく無心で走っていたメランだが、部屋の壁が近づいてきた。そろそろ勝負を決める必要がありそうだ


(もう十分か。思考を始めるっ!)


 立ち止まって火龍の方へ向き直り、地獄の門を空想するメラン。火龍はみるみる近づいてくる。目も今にも再生しそうだ。溢れそうになる恐怖心を抑えつつ、空想を続ける。そして火龍との距離が僅かとなったときに遂に火龍の目が再生した。魔法はまだ完成しない。


 そんな絶望的な状況下で、しかしメランは笑っていた。目の再生、メランはそれをも作戦に組み込んでいたのだ。急に両目が見えるようになったことで火龍の視界に僅かな歪みが生じ、一瞬の思考の空白へと繋がった。そしてその時間は明確な隙となり…魔法が発動した。そう、メランは目の再生中に距離を取り、目の再生で生じる隙と合わせて魔法を完成させるというギリギリの作戦を練っていたのだ。これをもって「ブレアの遺志作戦」は完遂する。


「魂昏葬裁」


 至近距離から放たれた超火力の光線を火龍はその身で全て受ける。そして火龍は吹き飛び、地に伏した。起き上がる様子も、再生する様子も無い。


「はぁ、はぁ、やったぞ!! 僕は龍に勝った!!」


 メランはまさかの大金星に酔いしれる。ブレアのお膳立てがある状態で、読みを完璧に通し、自分ができる全てをぶつけた上での大金星である。同じことをしろともう一度言われても無理であろう。この奇跡の勝利の結果だろうか、メランは疲労困憊ながら全身から力が湧き出す感覚を覚えた。今までの自分とは違う生物に変身したという錯覚さえ感じるほどだ。


 ゴゴゴゴゴ…


 ―異様な気配を感じてメランは横たわる火龍に目を向けた。火龍は先程確かに絶命したはずである。しかし、何かがおかしい。あってはならないことが密かに進行しているような感覚。あるはずの無い存在がそこにいるような感覚。その悪い予感はあたり、火龍はなおも起き上がった。


 しかし様子がおかしい。紫色のオーラが立ち上っており、目も白目をむいている。そして一部骨がむき出しになっているが再生が起こらない。


「何者かにより火龍の死体が操られているのかっ。 一体誰が!? 何のために!?」


 最早火龍に相対する魔力はメランには残っていない…訳では無い。むしろ魔力は溢れださん限りに滾っている。先程の感覚は錯覚では無く、火龍の討伐により実際に魔力が回復している、いや増加しているのだ。初めての出来事に困惑しながらもメランは高揚していた。魔力と共に全能感がメランの体中を駆け巡っている。今なら直接対決で目の前の火龍に打ち勝つことが出来ると判断するほどに。その全能感は不定形魔法の可能性を広げ、増加した魔力は黒魔法のレベルを引き上げる。メランはこれまでとは別次元の魔導師へと変貌を遂げていた。


 メランはアンジェの耐火魔法を思い返しながら、即興で新たな魔法を生み出す。


「黒へ染まれっ! シュバルツ・ポーター」


 メランの赤いローブが漆黒に塗りつぶされた。実体を元にした不定形魔法はメランが元から得意としている分野である。続けてメランは思考する。


(敵を倒すためには武器が必要だ。今の僕なら龍の鱗をたやすく切り裂く刃を作ることが出来るはずだ。イメージはパラディアス、触媒は僕の短剣だ。…今まで余り活用することが出来ずにいて済まない。これからは一緒に闘おう)


 目の前の敵を放置し、武器に語りかけるほど集中しているメランの様子を好機と捉えたか、火龍は熱線を吐き出す。地を抉り溶かしながら這う火柱はメランのローブに直撃し、そして直後に霧散した。火龍はその結果を信じることが出来ないようで火炎を、火球を、溶岩を次々と放つが、そのどれもがメランには届かない。痺れを切らした火龍は、いや火龍を操る何者かは火龍に突撃指示を出した。火龍は突進し、自分の体長の半分にも満たない相手に全力で爪を切り下ろそうとした。その期に及んでメランはようやく火龍の攻撃に気が付いた。ゆっくりとした動きで短剣を振り上げる。先程火龍に傷一つ付けることが出来なかった短剣は、振り下ろされる爪を受け、軽く弾いた。龍はまたしても吹き飛ばされる。元が黒色であるため分かりにくいが、既に魔法は完成している。短剣を纏う黒は周りの全てを吸い込むように蠢いている。


「驚くのはまだ早いよ、黒刀」


 等身が伸びた。いや短剣を覆う黒が質量を増したと言うべきか。メランが体勢を立て直す途中の火龍に駆け寄り、横薙ぎの一撃を加えると非常に強固なはずの龍の鱗がバターのように切断された。火龍は苦悶の表情を浮かべることも、声を上げることも無い。やはり体は既に死んでいるのだ。メランは次々と攻撃を加える。死も再生も許されず、少しずつボロボロになっていく火龍の姿を見て先程の高揚感は何処かに消えていた。メランは目の前の火龍に同情すら覚えた。メランは死してなお利用される火龍の安らぎを願いながらも最後の一撃を用意する。メランは火龍を見上げ、その頭部に左の手をかざすと静かに呟く。


「偽神の救済」


 掌から黒き光球が発射され、火龍の頭部を砕いた。今度こそ再び動くことは無いだろう。


 犬は自らの牙の本質を知った。過ぎた力は犬を何処へ連れて行くのだろうか。それを決めるのは意思と環境である。


ここまで読んで下さり本当に、本当にありがとうございました。もし、「続きが気になる」、「面白かった」というような方がおられましたら、是非とも評価やブックマークをよろしくお願いいたします。今後ともどうかよろしくお願いいたします。

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