第七話 進むべきは今
ダンジョン攻略を再開した一行は立ち塞がる魔物たち(主にDランク)を蹴散らしながら先に進んだ。メランはブラックブロックチェインで敵を縛り短剣で止めを刺すという手法で魔力を温存、回復しながら、アンジェは基本的に二人の後ろをついていく形で、そしてブレアは敵のほとんどを受け持ち、切り伏せながら奥へ奥へと向かっていった。その道中でメランは、どういう訳か先に進むにつれてアンジェの顔が暗くなっていくことに気付いた。理由を尋ねようかとも考えたが、メランには姉の前でアンジェの深い内面に切り込む勇気はなかった。
さて、2時間程進み続けた時三人の足が急に止まった。突如これまでとは雰囲気が異なる場所に出たのだ。これまでの広場とは違い何者かに作られた石造りの部屋であり、奥には扉がある。
「ここは?」
初めて見る光景に目を輝かせながらも冷静に説明を求めるメランにブレアは
「この部屋はダンジョン主の部屋の直前の部屋、通称ゼロターンだ。ここで準備を整えボスに挑むのがダンジョン探索の基本だ。主を倒すとダンジョンは消滅する。通常は引き返すことも選択肢にあるが、ここの敵は非常に強い。万が一外に出てくることを考えると退く道理は無いな」
と説明した。それを受けて魔力十分のメランは
「そうですね! では少し休憩した後ボスに挑みますか」
と答えるが、ブレアはその発言を否定する。
「いや、メランとアンジェは外で待っていてくれ。道中にはCランクの魔物すら混じっていた。主は恐らくBランク以上だ。規定面でも実力面でもお前たちは主部屋に入ることができない、いやアタシが許さない」
その有無を言わさぬ迫力に思わず頷きそうになるメランだったが、思い留まった。少し考えるだけでもその命令には到底従えそうに無いことが分かる。仲間を思う心情に、人として当然の道理に、何よりメランのスタンスとは真っ向から反している。アンジェを疑うわけでは無いが、この先に待つ魔物は相当強敵だ。アンジェと一緒に説得しようと彼女の方を向くとアンジェは何かに耐えるような面持ちで、特に反論をする様子は無い、いや反論を飲み込んでいる様子であった。一縷の望みすら消えてしまったメランは反論の論拠を探すが、筋の通った主張は見つからない。今の自分では正しくブレアの足手まといなのだ。自分より辛いであろうアンジェが必死に耐えているのだから自分も耐えなければならない。肝心なときに役に立てない自分を歯がゆく思いながらもメランは覚悟を決めた。憧れの先輩一人を死地に送る覚悟を。
「そんな顔すんなって、メランのお陰でほとんど消耗せずにここまで来ることができたし、アンジェの補助魔法があるからアタシは思い通りに暴れることができるんだ。二人は十分に役割を果たしてくれたさ」
そういうとブレアは重厚な扉を開けた。扉の先は熱気が漂う火山内部のような空間であるようだ。扉が大きな音を立てて閉まる。メランは崩れ落ちるように座り込んだ。残された二人の空気は主の部屋とは対照的である。しばらく沈黙が続いたが、アンジェの方が静かに口を開いた。少女の本音がポツリポツリとこぼれ落ちる。少年はその受け皿になることしかできない。いや受け皿に徹することが最良の役目であると言うべきか。
「お姉ちゃんはいつもこうなんです。肝心なときに私を頼ってくれない。そして一人で物事を解決する力を持っている。私たちを危険な目に合わせたくないが故の行動であることはもちろん理解していますが……。やはり辛いですね」
しかし、生来のお人好しであるメランは、少女の心がひび割れ、その破片が溢れ出す様子を黙って見ていることができない。差し出がましいと分かっていながらもメランは口を閉じていられない。
「アンジェはいつもこんな思いをしているのか。強いな。本当に強いよ」
「いえ、私は弱いです。殴られてでも言いつけを破る覚悟も勇気も無い。メランさんのように現状を打破するために反抗するという選択肢が取れないだけです。」
「それは違うよ、アンジェ。君には自分の本心を押し殺して言いつけを守る覚悟と勇気があるんだ。少なくとも僕はそう思う。僕の場合とはそもそも状況が違うだろうし」
そう絞り出すように呟く。再び沈黙が場を包むが、突然アンジェが近づいてきた。アンジェは座り込むメランと背中合わせになる形でゆっくりと座った。少女のぬくもりと震えが同時に伝わってくる。アンジェもやはり怖いのだ。自らの預かりしれぬところで姉が孤独な戦いに挑んでいることが。
「今は傷をなめあいましょうか」 「…そうだな」
再び沈黙が広がる。しかし、先ほどのような気まずい雰囲気ではなく、どこか暖かい空気がそこには漂っていた。
―沈黙は悲痛な叫びで破られた。
「いやあああっ、嘘っ! そんなこと、そんなこと有り得ないっ!!」
急に立ち上がったアンジェのただならぬ様子にメランも立ち上がり気を引き締める
「どうかしたのか?」
「お姉ちゃんに掛けた補助魔法が解除されました。そんなっ」
「どれくらいまずい」
「最低でも意識は失っています。最悪では…」
これ以上アンジェの口から辛い言葉を吐かせる訳にはいかない。
「分かった、それ以上言わなくていい。行くぞ!!」
「どこへですか?」
「とぼけてるのか!? ブレアさんの所にだよ」
「でも、私たちだけでは…」
「時は一刻を争う!! ランクがどうとか言っている場合では無いだろっ!」
「ああ、私はどうすれば…」
「アンジェがいた方が心強いけど、アンジェが行かないとしても僕は行くよ。」
「メランさんだけで何ができましょうか」
「主を倒しブレアさんを持ち帰る、簡単だろ」
「そんなこと…」
できるわけがないとは言えなかった。彼女も希望は捨てていないのである。
なおも思い迷うアンジェにメランは最後の説得を試みる。
「なあ、アンジェ。変わるのなら、反抗するなら、今なんじゃないか。今以外にはないんじゃないか」
「えっ?」
「傍観は、否傍観すら許されない現状を許してもいいと本気で思っているのか?」
「それは………もちろんこのままでいいとは思っていませんよ。でも身内である私がお姉ちゃんの言うことを無視すると、妹一人すら制御できない人間と見なされAランク冒険者としてのお姉ちゃんの権威まで揺らいでしまう。私はお姉ちゃんに迷惑をかけたくない」
「このままでは命令違反で叱られる機会すら失うかもしれないんだ。今の自分が出しゃばった行動をしていることはよく分かっている。だが、もう一度よく考えてくれ」
アンジェは姉の命と姉の誇りを天秤に掛けて深く思い悩んでいるようだ。彼女もまた底抜けに優しい人間なのだ。数秒後彼女は顔を上げた。その顔に迷いはもう無い。先程とは違った覚悟を決めたようだ。
「私も行きます。」
―少し前、ブレアは非常に広い主の部屋で敵を探していた。耐火魔法のお陰で熱気は感じないが、それゆえに主の強い重圧をダイレクトに感じる。ここの主はBランクどころかAランクの魔物の可能性が高そうだ。
(くそっ。目算を誤ったか。)
既に抜刀しているブレアはそのようなことを考えながらも周囲を強く警戒する。そして、主は遂に姿を現した。その神々しさすら感じる存在を目にしてブレアは、
「予想外の大物だ。こんな奴がトワナム周辺に出るなんていったいどうなっているんだ。そもそもこいつの目撃例は世界で1年数件のはず。何者かが糸を引いている可能性もあるな」
と毒づきながらも走る。否、走ると表現するよりも跳ぶと表現する方が適切か。妹の補助魔法の効果もあり、彼女の今の全速力は音速にすら届きうる。ただの移動で衝撃波が発生し地面が抉られる。一瞬で主の前に移動したブレアは急停止し、闘気を貯める。未だ主は眼前の彼女の存在に気付けない。そして剣を振るった。美しさすら感じる鋭い横薙ぎが凄まじい音を立てて放たれた。渾身の一撃は主に直撃し、その体に深く傷を付け、衝撃波が斬撃の延長線上にあった巨岩を粉砕した。この一連の攻撃に要した時間は一秒の半分にも満たない。これが彼女の得意技の一つ「線斬り」である。確かに彼女の前ではほとんどの冒険者が足手まといになるだろう。
しかしそれでもダンジョンの主を、Aランク冒険者の集団ですら手を焼く最強格の魔物、「龍」を絶命させるには至らない。火龍は呻き声を上げながらようやくブレアの存在を認識したようで、飛行して距離を取りつつ火焔を吐き出す。ブレアは横に跳んで回避する。いくら耐火の魔法の恩恵を受けているとはいえ、鉄をも溶かすとされている火龍の炎は好んで受けたいものでは無い。
(まずは翼を切るか)
翼無きブレアを嘲るように悠々と飛び回る火龍に対し、ブレアは再び剣を振る。タイミングをずらした二発の縦切りが生み出す衝撃波は正しく火龍の飛行ルートを狙い撃ち、それぞれ片翼に甚大な裂傷を与えた。結果火龍はふらふらと墜落する。その隙を見逃すブレアではない。剣を鞘に収め深く腰を落とし闘気を貯める。火龍がブレアの直接攻撃の射程内に入った瞬間彼女は動いた。
「仟斬りぃぃっ!」
抜剣と共に放たれる神速の斬撃は「線斬り」の数十倍の速度で龍の鱗を引き裂く。その勢いのままにブレアは舞い、敵を斬り続ける。これが彼女の奥義の一つ「仟斬り」である。一撃に要する時間は初動こそ0.01秒程度であるが、攻撃を重ねるごとに加速していく。最終的には誇張なく1000発以上の斬撃が放たれる。ブレアは武具の扱いに関するシードを所有しているが、同様のシード保有者で同レベルの斬撃を放てる人間は世界でも両手で数えることができるほどしか存在しない。しかし滅多斬りにされるがままの龍ではない。少しの間蹲った後に上体を反らし高らかに咆哮を上げた。
「グオォォォォォォォォッ!!!」
物理的な質量すら感じさせるような轟音を間近で浴びたブレアは気を失う寸前であったが、剣の柄頭で自らの膝を殴りつけることで何とか意識を保った。その隙を突いて龍は尻尾を鞭の要領で勢いよく振るった。ブレアは何とか剣の腹で受けるが、衝撃は吸収しきれない。剣は弾き飛ばされ、ブレアも吹き飛んだ。地面に追突し、転がるブレアは傷だらけであり、とてもじゃないが剣なんて振れないように思われる。しかし彼女は既に次の策を講じている。火龍は追撃のために二本の足でブレアの方へ向かうが、足は翼ほど発達していないようでその動きは緩慢である。その歴然とした事実が彼女の計画を支えている。
さて、ブレアのシードが武器に関連していることは先程述べたが、武器に関する能力とはどのようなものだろうか。武芸の習熟速度上昇? 攻撃速度や攻撃力の高さ?
確かにそのような側面もある。しかし、そのどれもが本質とはほど遠い。ブレアのシードの前提にあるのは「武器との対話」である。武器を識ることで適切な動きが可能となる。武器と心を通わせることで通常よりも強力な攻撃を放つことが出来る。そして、武器と共に戦うことで戦略の幅は大きく広がる。火龍がブレアと地面に突き刺さった剣を結ぶ直線にさしかかる直前、彼女の最後の攻撃が放たれた。彼女は動かない、最早動くことはできない。動くのは火龍と、そして彼女の剣である。
「…サモン・アーム」
剣が独りでに浮かび上がり、その切っ先がブレアの腰に下がっている鞘へと向いた。
「来い!! パラディアス!!!」
猛スピードでブレアの剣、パラディアスがブレアの元へ帰ろうとする。その経路に丁度火龍が差し掛かり、後頭部にパラディアスが突き刺さる。刺突と斬撃、両方に長けた剣であるパラディアスは深く火龍の頭を穿ち、右目まで貫いた。自らの目論見が成功した瞬間を見届け、ブレアは静かに気を失った。
臆病な飼い主の元から逃げ出した犬の心には余裕が生まれた。犬はその心の余剰を利用し、周りの人々に報いるようと決意した。自分から誰かのために行動することを覚えた犬はまた一つ成長した。
ここまで読んで下さり本当に、本当にありがとうございました。もし、「続きが気になる」、「面白かった」というような方がおられましたら、是非とも評価やブックマークをよろしくお願いいたします。今後ともどうかよろしくお願いいたします。