第二話 救いの手は目指す所に
メランは泣きながら走った。アズルに厳しく止められていたので訪問したことはないがギルドの場所ならば知っている。アズルに連れ戻される前に冒険者になることを目的にメランは町外れの酒場兼ギルドへ向かった。
「冒険者になりたいんですが!」
ギルドに飛び込んだメランは開口一番にそう言い放った。
「うちは常に人手不足だから歓迎したい気持ちは山々なんだけどねー」
長い金髪が特徴の美しい受付嬢は困り顔で応対した。
「この523ページに書いてあるとおり、18歳になるまでは親の許可が無いとギルドで働くことができないの。よければご両親を連れてきて欲しいなー」
カウンターに立つ受付嬢は背後の棚から取り出した分厚い規約をメランに見せる。メランはギルドに関する情報を仕入れることを制限されていたため、その致命的な項を知らなかったのだ。メランは内心絶望しながらも食い下がった。
「事情があって家には頼れないんです!どうかお願いします!!」
必死の訴えを受け、受付嬢はしばらく考え込んだが、やがて何かに気づいたようで分厚い規約をめくり、あるページをメランに見せた。
「この1343ページのギルド身元引き受け制度が使えるかもしれない。」
「それを使いま」「ただし!」
メランは目を輝かせて同意しようとしたが遮られた。
「この制度にはギルドが身元を引き受けるに十分な理由があることと将来有望な人材であることが条件にある。君の身の上話してくれる?」
受付嬢は真剣な眼差しで尋ねた。四角形のテーブルに場を移し、メランはこれまでのことを手短に話した。ずっと夢を拒絶されてきたこと、憧れを持つことすら許されなかったこと、自由な時間を持てなかったこと、知りたくもないことばかりを知り、やりたくもないことばかりをやらされたこと。
一通り聞き終えた受付嬢は目に涙を浮かべ、隣に座るメランを突然抱き寄せた。
「むぐっ」
受付嬢は自らの胸に引き寄せた少年の頭を優しく撫でながら、
「メラン君はこれまでずっと一人で頑張ってきたんだね。辛かったね。もう大丈夫だよ」
と慰めの言葉を絶えずかけ続けた。少年はもがくが受付嬢は気にせず頭を撫で続ける。メランは母性に包まれるような未知の感覚に困惑しながらもどこか安心感を覚えていた。しばらくもみくちゃにされた後、ようやく解放された少年はぜえぜえと息を切らしながらも受付嬢に尋ねた。
「どうですか?制度適用できそうですか?」
「五分五分と言ったところかなー。普通なら思春期の悩みということで却下されてしまう可能性もある。だけど優しいお姉さんが助けてあげようではないかー」
そう悪戯っぽく笑う受付嬢の姿に少年は女神を幻視し、これまでの人生が少し救われた気がした。
「ありがとうございます!受付嬢さん!」
受付嬢は感極まってそう告げるメランを不思議そうに見つめた後、先ほどとは違った楽しげな笑みを浮かべた。
「受付嬢さんって、変な呼び名ー。そういえば名乗ってなかったっけ。私はノエルよ。これからよろしくねー」
メランは突然笑われたことにたじろぎながらも、ノエルに向かって再度告げた。
「ありがとうございます。ノエルさん。こちらこそよろしくお願いします」
「そんなに堅くならなくていいの、もっと家族のように接してよー」
「はい、分かりました!―あ、違うごめん、僕頑張るから!」
こうして冒険者メランが誕生した…訳ではない。そう二つ目の条件があるのだ。
「それでこれから僕がギルドにとって有益であることを示せばいいのかな?」
「えー別にいいのにー。例え制度が適応できなくても私が君を養うし、君を苦しめる全てから守ってあげるよー」
「魅力的な提案だけどそれは駄目。僕はあくまでこの世界で苦しんでいる全ての人を救うような冒険者になることが目標だ。身元云々はその際に立ちはだかる壁の一つに過ぎない」
「その意思の強い瞳、ますますメラン君のこと気に入っちゃった♡ まあ、そうはいっても基本的にこのギルド、≪迅雷の守護人≫は常時人手不足だからこちらの条件ではじかれることはほとんど無いと思うよー」
「何か理由があるの?」
「この街は王都から徒歩で一週間くらいの微妙な距離にあるでしょ。謀反の可能性なども考慮して私たちは余り大きな戦力を持ってはいけないことになっているの。大きな問題は国の騎士団が対応することになっているんだー」
「なるほど、難儀な話だね。それでも、例えそうだとしても、僕はここで英雄を目指したい。」
「私がいるから♡?」
「それもあるけど… もし僕が生まれ育った街が危機に瀕した時、別の街のギルドに所属しているという理由で何もできないのは嫌だ」
「からかってごめん、素晴らしい心がけね!このギルドの理念にも合致しているわ。それでは試験の話に移るね。ええと、まずはここで適正調査をして、それから実戦で評価かな。この制度を適用する以上、君はEランク相当の任務を実際に受けて、ギルドの即戦力となり得ることを示す必要がある。まあ私が付き添って判定することになるからめったなことが無い限り上手く行くよ。」
「いいや、忖度無用だよ。僕は実力で冒険者の資格があることを示してみせる。」
「ごめんごめん。君はそういう子だよねー。じゃあ私は二階で少しギルドマスターと話してくるから君はカウンター奥の右の部屋にある倉庫から使いたい武器防具を選んできて。」
「先に適性検査をしなくていいの?」
「あはは、それもそうね。ええと確かこの段に…あっ、あった!この剣を握って君が思う強さの形を念じてくれる?その思念に共鳴して君の力の源がその剣を通して現れるから」
メランは記憶にない母の姿を自分なりに思い浮かべた。任務の途中で死亡し、亡骸も残らなかったという母。いったいどんな人だったのだろう。自らの命を投げ打ってまで、何を成し遂げたのだろうか。メランにとって母は憧れであり、夢の象徴であり、超えるべき壁であり、そして悲しみの形でもある。
(母さん、今英雄への第一歩を踏み出します。見ていてください)
そのようなことを考えていると剣が黒く染まり発光した。
「黒色に光ったということは君には黒魔法の素質があるということだね!攻撃魔法や妨害のエキスパートで結構珍しいのよー。合格に十一歩近づいたわね!」
はしゃぐノエルを尻目に、メランは自分に魔導師としての才能があることに実感を持てずにいた。
「お前に冒険者の資格は無い」という父に幼少期から絶えず何度も言われてきた言葉は未だにメランを強く縛っている。その様子に気づいたノエルは、
「大丈夫。さっきも言ったとおり魔導師は貴重なのよ。このギルドには他に一人しかいないわ。君には冒険者としての資質がある」
と告げた。その言葉を受け、メランは自らを幾重にも縛りつける鎖が解けた気がした。
それと同時に胸の中から強くこみ上げてくるものがあった。気が付くと、メランは静かに涙を流していた。それは先ほどの悔しさや怒りから来る涙ではなく、安心と喜びから来る涙であった。少年が静かに泣く様子をノエルはじっと見つめていた。
強固な首輪により牙の存在を忘れた犬は、逃げた先の森に住まう神のお告げにより自らに立派な牙があることを知った。しかし、その牙が天地を裂くことすら容易な巨狼の牙であることを犬は未だ知らない。
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