第十三話 砂に負けない移動法、或いは受付嬢ノエルの受難(後編)
地中に逃げようとした砂龍だが、突如地面が黒く、堅い物質に覆われ退路を封じられる。メランの目論見は当たったようだ。下半身だけが地面に埋まり、身動きを取ることが出来ない砂龍は絶好のサンドバッグ(砂だけに)である。マリーはさらに速度を上げてラッシュを叩き込む。しかし、この勝敗がほぼ決定した状態で、メランは尚も思考を重ねていた。
(この状況下で奴が可能な攻撃は闇雲なブレス、噛み付き位の筈だ。しかし、ならばこの不安感は一体なんだ。何か見落としていることがあるのか)
メランにはもちろん知るよしもないが、トワナムでアズルに暴かれたように彼はれっきとした龍族である。故に本能から同族である砂龍が次に取り得る行動を察知しているのだ。
ここで捕捉として、メランの補助魔法は論理魔法による補助とは異なり、維持にも魔力を必要とする。他の論理魔法との重要な違いとしては、被魔法者が気絶した場合でも補助の効果は続くが、発動中の術者は常に集中を保つ必要があるという点が挙げられる。メランは現在砂嵐を消すための雨、二人分の防御魔法、ファトアルスによる砂龍の潜行防止で4つの補助魔法を常時使っている状態であるため、魔力はともかく意識の余裕が足りない状況である。
(一見たたみかける絶好の機会だ。退けと言ってもマリーは聞かないだろう。僕があちらに赴くしかないが、この高台から下までは全力のダッシュでも結構な時間がかかるだろう。ならばいっそのこと飛び降りてしまうのはどうだろうか。だめだ、この高度の飛び降りは、恐怖などの余分な感情や着地の際の意識の空白などによって補助魔法群が解除される危険性がある。さすがに非現実的だ。何らかの魔法であちらに向かうのは?あと二つくらいなら何とか発動可能だろう。とはいえ高度的に離れた位置に移動するための魔法には心当たりが無い。新たな魔法を作る必要がありそうだ)
そう思案するメランの悪い予感が当たったようで、砂龍は次の行動に移ろうとしている。それはブレスでも噛み付きでもなく、人化である。砂龍の体が徐々に縮み、人型を取りつつある。足になるであろう部分が地面に付いた。ファトアルスによる進退窮まった状態も解除されたようだ。マリーは気にせずに殴り続けるが倒すには至らない。
(龍族は人の姿を取ることも出来るのか!? 急がないと。もう算段は付いた。ここからは時間との闘いだ。全力で思考せよ)
龍の人化を初めて見たメランだが驚きもそこそこに新たなる魔法の発動準備である。思い浮かべるはマリーの言葉。
(足が付く時間を極力短く!)
「ロードズ・ロードッ!」
メランは靴が黒く染まることを確認するや否や空中へ飛び出す。別に飛び降りプランに決めた訳ではない。空気を踏みしめると即座にもう片方の足を先へと踏み出す。そう、メランは空中を走るという選択を取ったのだ。メランが先程作った魔法は、触れる全てを足場とし歩み続ける暴君の如き傲慢さを靴に付与するものである。虚空を踏みしめながら続けて短剣を黒刀化する。黒魔導師メランは安全地帯での援護射撃を止め、戦場へ殴り込みをかけた。
「間に合えぇぇぇぇぇぇっっっっっ!!!」
メランは攻撃に腐心するマリーを抱き締め、退避する。同時に人化が完了した砂龍は、砂の刃を生成し横薙ぎの攻撃を行う。直前までマリーの立っていた場所も攻撃範囲内に入っていた。マリーは青ざめるが、今は反省している場合では無い。砂龍は屈強な戦士の姿を取っている。これまでとは戦い方を大きく変える必要があるだろう。
「た、助かったっす! 少し周りが見えていなかったっす…」
確かに先程のマリーの様子は尋常では無かった。メラン落ち込むマリーの様子を見て、激励することにした。
「大丈夫、相手が悪かっただけだ。とにかく今は目前の敵に集中だ。これからは僕も近接戦闘に参加する。遅れるなよっ!」
「はいっす! 近接なら先輩にも負けるつもりはないっすよ!」
「頼もしいな―行くぞっ!」
メランは右手の黒刀を逆手に持ち替えた。ファトアルスにより固まった足場は良好。全力疾走で砂龍の左側面に回り込むとすれ違いざまに切り裂く。「刀」という魔法名はメランが知る強い武器のイメージというだけであり、その実態はブレアのパラディアスを基にした剣である。すなわち、メランの黒刀は刺突と斬撃の両方に優れているのだ。トップスピードを維持したまま背後に位置取ったメランはその勢いで突進する。剣を再び通常通りに持ち替えたメランは右肩を引き絞り力を貯める。そして接触の直前に全力で打ち出した。それと同時に全面からマリーの渾身の正拳突きも放たれた。逃げ場の無い衝撃は砂龍の全身を貫く。砂龍は大きくダメージを受けたようだ。しかし、人型とはいえ龍の能力はそのままであり、砂龍は周囲に砂の棘を出し反撃する。マリーは後ろに跳躍して回避するが、メランは前に跳躍した。先程の魔法の効果により、砂の棘すらもメランにとっては足場である。両手で強く柄を握りしめると黒刀は肥大化した。さらに跳び上がったメランは砂龍の脳天に上から渾身の一撃を叩き込む。
ズガァァァァァン!!
轟音が鳴り響く。
(やったか!?)
メランには砂龍を倒しきった自信があった。しかし、砂龍は健在である。どうやら砂のコーティングで本体への衝撃を和らげていたようだ。ファトアルスによる大地からの隔絶が無ければ完全に衝撃を地面へ逃がされていただろう。火龍よりも攻撃が弱いことで油断していたが、砂龍も別の方面に秀でた相当な難敵であるようだ。
(くそっ。こいつ特殊能力という点では以前の火龍よりも手強いな。どうすればいい)
「先輩っ! 合わせてくださいっす!」
「ああ!」
今度はマリーが跳び上がる。足を高く上げている様子から見るに、かかと落としで攻めるようだ。最初の連係攻撃のダメージを見るに、同時攻撃により装甲を破る作戦は確かに有効かもしれない。メランは再び両手で黒刀に魔力を込める。最早片手で振り回すことが不可能なほどに刀は肥大化している。砂龍は動かない。二人の攻撃を受け止める心積もりのようである。
「「うぉぉぉぉぉ!!」」
地面すれすれの位置から放たれる切り上げと、天空からのかかと落としはまたしてもほぼ同時に砂龍に直撃し、衝撃を逃がす隙を与えない。砂による威力減衰はあるだろうが、それでも確実に先程の叩きつけよりもダメージが出ている。しかし、砂龍は先程よりも素早く反撃を繰り出す。避ける素振りを見せなかったのはカウンターを狙っていたかららしい。自由落下するマリーに砂の刃による縦切りが直撃する。マリーにダメージは無いようだが、防具の大部分が元の色に戻っている。追撃とばかりに砂龍はマリーに蹴りを入れる。マリーは吹き飛ばされた。防御魔法も完全に解けたようだ。これ以上は危険だとメランは判断した。
「マリー! あとは僕が片を付けるから下がっていろ!」
「先輩! でも一人じゃっ」
「大丈夫。もう作戦は考えてある。マリーは休め。」
それでもマリーは逡巡しているようだったが、やがて頷いた
「分かったっす… 任せるっす」
託された思いを胸にメランは砂龍と対峙する。決着は近い。
―三度場面は変わりトワナムのギルド。アズルは未だ種明かしの最中である。
「人間の国に潜んでいる可能性がある≪黒き星≫の確保、武器提供や同族殺しによる≪黒き星≫の効率的な育成、そしてダンジョンの管理や諜報で戦争の準備を進める。それが冒険者ギルドに派遣された受付嬢すなわち淫魔の役目である。ここまでが俺の予想だ」
アズルの答え合わせは終わった。しかし今回の訪問の目的は発表会では無いはずだ。
「そ、それであなたはここに何をしに来たの?ただ私に独り言を言いに来ただけ?」
「はは、よく考えろよ。俺はお前達の計画のほとんどを知っている。つまり計画を潰すことが出来るんだ。」
「無理よ。私に危害を加えるとメラン君が黙っちゃいないわ。メラン君はあなたの説得にも応じないだろうし」
「この期に及んでメランの冒険者活動を妨害するほど俺は馬鹿でも意固地でも無いさ。例えば冒険者ギルドの本部を叩く。さすがに配備されている魔物は幹部クラスだろうが俺の相手ではない。他には各地のダンジョン、特に龍族が巣くうものを片っ端から潰して回る。龍族は一回子供の数を絞ったせいで貴重なのだろう。同族殺しによるメランの強化計画は頓挫する。だから言ったんだ。お前達の計画を潰すことが出来る」
ノエルの戦闘力はCランク相当である。ただならない雰囲気を放つこの男に攻撃が通じるとは思えない。対話での着地を試みる方がまだ可能性が高そうだ。
「嘘。あれだけメラン君の冒険者入りを反対していたじゃない」
「当初メランの冒険者入りを反対していたのは、メランが活躍することで黒い魔力を持つことが魔物や国に知られることを危惧したからだ。知られると確実に利用か処刑だ。あいつをそんな目には合わせたくなかった。しかし、身元引き受け制度などという馬鹿げた規則の存在を知った時点でギルドが既に魔物に支配されている可能性に思い至った。そこで俺は息子を妨害する理由が無くなった。魔物達には知られてしまっているし、情報規制がある以上、国には知られない。案外今の状況はあいつにとっても俺にとっても悪くないんだ。」
「なぜ身元引き受け制度が怪しいと?」
「それまでも望んだ孤児や奴隷達は各支部の独断で孤児院にこっそり斡旋する、ギルドで働いてもらうなど、個人の判断で行っていた。それらは各国の法律と照らし合わせると何らかの違反に抵触する可能性があるからギルド本部は黙認と言う形を取っていた。こういった行為を規約に明文化し、推奨することは救われる子供の数を増やすどころか、ギルドが国と衝突し、活動に規制が入る危険性すらある。ただでさえ微妙なギルドの立場をさらに危うくするような行動を取るメリットはないはずだ。何か隠された裏の意味があると考えた。例えば、「探し人」が見つかったときに速やかに保護、もとい多少強引でも取り込むため、とかな」
「先日こちらに来て文句を言いに来たのは?」
「受付嬢とギルドマスター、一般冒険者の顔を一通り見に来た。どこまでが魔物の手のものか判断する必要があったからな。そしてもう一つ。メランの口から俺を否定してもらう必要があった」
「どういうことよ」
「メランが自分の口で冒険者を目指すことを大衆の前で宣言し俺が邪魔者になる。それは、他ならぬお前が望んだことだろう。正式に俺が拒絶されることで、それ以降の俺の妨害を咎めることの正当性が担保される。逆に言うと、それが完了するまでは、立場が危ういメランに大手を振って危険な任務や遠征任務を割り当てることは出来ない。俺があの時言った「メランはギルドにとって厄介者である」という言葉は真実だ。メランと俺が対峙することで、ようやくメランは真に冒険者となった。そして解禁された遠征でメランが不在な時に俺がお前と対話することが出来るというわけだ」
「…最悪だわ。ここまで知られているとはね。それで、肝心のあなたの目的をまだ聞いていないのだけれど」
「お前達の計画を基本的には邪魔しない、という条件の下ここに俺を置かせろ」
新入りは倒れる。犬は自分の不甲斐なさを嘆きながらも前を向き、敵と対峙する。
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